脇役をヒット商品に いわい生花2代目が生んだ七色のかすみ草
栃木県鹿沼市に本店を置き、「街の花屋」として地元に根付く株式会社いわい生花。2代目の代表取締役岩井正明さん(53)は、売れ行きの悪かったかすみ草をレインボーカラーにした「ロマンチックかすみ草(商標登録済み)」を開発し、脇役をヒット商品に変えました。商品の質と鮮度にこだわり、廃棄率約30%といわれる生花業界において0.2%という驚異のロス削減も実現しています。
栃木県鹿沼市に本店を置き、「街の花屋」として地元に根付く株式会社いわい生花。2代目の代表取締役岩井正明さん(53)は、売れ行きの悪かったかすみ草をレインボーカラーにした「ロマンチックかすみ草(商標登録済み)」を開発し、脇役をヒット商品に変えました。商品の質と鮮度にこだわり、廃棄率約30%といわれる生花業界において0.2%という驚異のロス削減も実現しています。
目次
栃木県の中西部に位置し、宇都宮市と日光市に隣接する鹿沼市。ここに本店を置く「いわい生花」は、岩井さんの祖父と母が1968年に創業しました。現在は百貨店やスーパーなど県内約50カ所で生花を販売しています。
子どもの頃は家業を継ぐことを意識しなかったという岩井さん。上京して弁護士を目指していましたが、3年ほど経って実家に帰った時に心境が変化しました。
「夕方、店の前で母が頭を下げながら走り回り働く後ろ姿を見て、『育ててくれた母を一生守ってあげたい』と、地元に帰ることを決意しました」
東京の生花店で4年間、販売や配達、仕入れを学び、花屋で働く喜びを実感するようになりました。
「配達先にお花を届けると、皆さん『ありがとうございます』と笑顔になってくれます。働きながら感謝してもらえるなんて、なんてやりがいのある仕事だろうと、花屋の醍醐味を知ることができました」
修業を経て1995年に家業に入社しました。
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花屋にはいくつかの販路があり、店頭販売のほかにも冠婚葬祭の装花、花束や仏花などに加工してスーパーなどへ納品する卸販売などがあります。岩井さんが家業に入る前は、売り上げの9割を冠婚葬祭需要が占めており、地元の葬儀店や結婚式場に仏前のお供え花や装花を納入していました。
しかし、時代の流れと共に自宅葬が減ると葬儀社が造花を用意するようになり、生花の注文が減っていきます。さらに、人口減少により葬儀社の収入源であった造花の売り上げが減ると、葬儀業者が独自に生花の仕入れ機能を持つようになり、いわい生花のような生花店への注文が一気に途絶えてしまいました。
「葬儀店とは昔からの付き合いで口約束だったので、契約書も交わしていませんでした。ある日パッタリと売り上げがなくなり、店を続けるには自分たちで販路を広げるしか方法がなかったんです」
鹿沼市の人口は当時8万人ほどで、店の前の人通りも決して多いわけではありません。そこで、少しでも人が多く集まっている場所で花を売ろうと、岩井さんは2トントラックいっぱいに花を積み一人で移動販売を始めます。
目をつけたのは近隣のスーパーです。毎週日曜に店の外で朝市を開催しており、にぎわっているのを見ると、駐車場でゲリラ的に花の販売をはじめました。
「もちろん、店長さんに怒られてすぐに引き揚げました。でも何度も頼み込んだところ、朝市の1区画を借りることができたんです。そしたら一度に12〜3万円も売れました。当時、店の売り上げが1日1万円に満たない状態でしたので、これは新たな販路になるぞと手応えを感じました」
接客にも工夫を重ねました。ポイントは時間をかけて商品の良さを語ること、自分の思いをお客様に伝えることでした。
「自分みたいに一見怖そうな男性が花のことを熱心に語ると、インパクトがあるからか興味を持ってくれるんです。少しずつリピーターのお客さんも増えるようになりました」
さらに評判が広がり、2年ほど経った頃には県内で約10店舗を展開するスーパーからテナント出店のオファーを受けるまでに。本店以外の販売先を初めて増やすことができ、経営再建の足がかりとなりました。
売り上げは復調したものの、引き続き集客が伸び悩んでいた本店。しかし2006年、大きな転機が訪れます。ある日、福島県のかすみ草農家が来店してこう打ち明けました。
「残念ですが、今シーズンで農家を辞めることにしました」
かすみ草は花束でも脇役になることが多い花で、市場の競りでもなかなか買い手がつかず、廃棄されるケースが多かったといいます。いわい生花でもかすみ草は店の隅に追いやられる存在でした。東京の人気フラワーショップを視察しても、かすみ草は店頭にすら並んでいません。しかし、岩井さんにとってそれがヒントになりました。
「売れないものを売れば大きな価値になる。市場でも人気がなく、辞めてしまう農家さんがいるくらいなら自分が売ってやろう。かすみ草を日本一売る花屋になろうと決意しました」
早速、福島のかすみ草農家に連絡し、市場を通して生産量すべてを買い受けることにしました。
「農家さんとはちょうど同年代で、なんとか力になりたい、助けたいという思いもありました」
最初の2年間は、店頭に大量の白いかすみ草を陳列していましたが、売り上げは一向に伸びません。お客さんからは「きれいね」と言われ評判はいいものの、バラやガーベラといった鮮やかな花に比べると人気が劣ってしまっていました。
「花を買う際には、色で選ぶ楽しさがあります。もし、かすみ草にもさまざまな色のバリエーションがあったら、もっと人気が出るのでは?と考えました」
当時、外国から青いバラが輸入されたのをヒントに新商品の開発に着手します。4年間の試行錯誤の末、2011年に完成したのが、かすみ草を七つの色で育てた「ロマンチックかすみ草」です。
花瓶に差しても退色せず、生花であるため約2週間かけてどんどんつぼみが咲き、グラデーションの変化を楽しむことができます。また、特殊技術によって通常のかすみ草に比べて約3倍花持ちするのも特徴です。
「私たちは生花店ですので、ドライフラワーではなく生花であること、また、品質を保ちながら長くお楽しみいただける商品を目指しました」
単体ではなかなか売れないかすみ草をどう売るか?そこには岩井さんが編み出した販売テクニックがありました。
いわい生花でいちばん売れている商品は千円の仏花です。一般的に仏花は菊のみで構成されており、かすみ草は「枯れると花が落ちるため縁起が悪い」とされてきました。しかし、ロマンチックかすみ草の品質に自信を持っていた岩井さんは、あえて仏花にロマンチックかすみ草をまぜて販売します。
「一度ご自宅で飾っていただければ、良さがわかってくれると確信していました」
すると、常連のお客さんを中心に「仏花に入っていたあの花ちょうだい」と注文が少しずつ増えるようになります。はじめは自宅需要を中心に、やがて母の日や誕生日、進学祝いなどの贈り物として購入されるようになり、県外にもロマンチックかすみ草が広がっていきました。
一年を通して供給する態勢も整えました。夏から秋に出荷する福島の農家以外にも、冬から秋にかけて出荷する熊本・天草の農家とも連携し、今や、いわい生花が取り扱うかすみ草の量は年間30万本にものぼります。
「国内最大の生花市場で取り扱うかすみ草の量は、年間14万本ほどと聞きました。ですから日本で一番、おそらく世界で一番、かすみ草を売る花屋になれたのではないでしょうか」
いわい生花の利益を支えているのはかすみ草だけではありません。もう一つの原動力は徹底的なロスの削減です。生花業界では商品の廃棄率が30%〜35%ほどと言われ、“フラワーロス”が課題となっています。しかし、いわい生花では繁忙期となるお盆時期でもわずか0.2%のみにとどめています。
「売り上げが限られる中で最大限の利益を得るには、廃棄量を減らすことが何よりも大切です。自社の加工工場では、作業中に折れたり傷ついたりした花の数を1本1本カウントしています。通常、花屋の商品は廃棄分も踏まえた価格設定をしていますが、ロスをなくすことで売値に還元し、よりリーズナブルに商品を提供することができます」
ロス削減を可能にしている理由は二つあります。一つは高品質の商品を仕入れること。もう一つは販売までのリードタイムを短縮することです。
売り上げ全体の3割を占める菊は、花の大きさや形、重さや発色によって等級が決められ「特A、A、B、C、規格外」の五つに分類されています。いわい生花では、上位わずか1%の「特A」と、12%の「A」ランクしか仕入れていません。
「品質が良い花ほど長くきれいに咲き続け、販売できる期間も長くできます。うちの仏花は夏場でも10日ほど長持ちしますよ」
リードタイムの短縮も徹底しました。仕入れの取引は市場を経由していますが、商品自体は産地から自社の加工工場に直送することで、より鮮度の高いうちに加工することが可能になりました。
「花は切り取った瞬間から鮮度が落ちていきます。ですから、いかに早く仕入れて店頭に並べ、お客様に届けられるかが勝負です。より新鮮できれいなお花をお届けしたい。この思いは店を継いだ当時から変わりません」
家業に入って以来、産地とのネットワーク作りにも注力してきた岩井さん。全国の生産地を行脚し、480以上の農家さんと取引関係を構築しています。
「コロナ禍では生花の需要が落ち込み、廃業する農家さんも多くありました。昨今、需要は少しずつ回復していますが、供給量が足りず、お盆なのに菊が不足することもありました。そんな時に生産者のネットワークは強みになります。今後は生産者の顔が見えるような売り方も強化していきたいですね」
今や県外からのお客様も数多く訪れるいわい生花。次の大きな目標は、かすみ草をテーマにした複合施設「いわいフラワービレッジ(仮称)」のオープンです。総本店から少し離れた土地で、既存店の広さをはるかに超える約1500坪の敷地面積にフラワーショップやカフェ、マルシェ、ガーデニングなどの機能を有する同施設は、2023年夏の開業を目指しています。
「かすみ草をメインに、観葉植物や造園など植物に関するものがなんでもそろうテーマパークのような場所を作りたいと考えています。1500坪の花屋さんなんて、日本にもなかなかないのではないでしょうか」
商圏の大きな宇都宮市ではなく、あえて地元・鹿沼市に出店を決めた背景には、地元に対する恩返しの思いがありました。
「鹿沼で創業したいわい生花ですから、地域にお客様を呼び、にぎわいが生まれるきっかけになれたらうれしいですね。植物をきっかけにコミュニケーションが生まれる拠点になるべく、開業が今からとても楽しみです」
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