朝3時起きの酒造りやめた「神戸酒心館」13代目 カーボンゼロで世界へ
兵庫県の灘一帯にある日本有数の酒造地「灘五郷」の1つ、御影郷に酒蔵「神戸酒心館」はあります。13代目の安福武之助社長になった今、大きな転換期を迎えています。朝3時起き、杜氏頼みだった酒造りを変え、通年雇用の社員らの手で全国新酒鑑評会の金賞を受賞しました。さらに国内の需要が下がるなか、海外に向けてカーボンゼロの日本酒「福寿 純米酒エコゼロ」の発売を始めました。
兵庫県の灘一帯にある日本有数の酒造地「灘五郷」の1つ、御影郷に酒蔵「神戸酒心館」はあります。13代目の安福武之助社長になった今、大きな転換期を迎えています。朝3時起き、杜氏頼みだった酒造りを変え、通年雇用の社員らの手で全国新酒鑑評会の金賞を受賞しました。さらに国内の需要が下がるなか、海外に向けてカーボンゼロの日本酒「福寿 純米酒エコゼロ」の発売を始めました。
「会社のこれからの成長のために、海外マーケットは無視できない。海外で闘うための武器として“カーボンゼロ”は武器になります」(安福武之助社長)
10月20日に発売された新商品、世界初を掲げるカーボンゼロの日本酒「福寿 純米酒エコゼロ」の開発背景を安福社長はこう説明します。使用する電力について100%再生可能エネルギーを使用するなど、酒づくりの工程で排出される二酸化炭素(CO2)を実質的にゼロにしました。
そのほかにも環境負荷を抑える次のような取り組みもしています。
日本酒全体の国内出荷量は1970年代のピークの3分の1にまで減少しています。さらに、コロナ禍によって一筋の光明だったインバウンド消費がなくなっている今、神戸酒心館は「海外ではサステナブルな商品かどうかが商品選びに影響を与える」として、長期的な戦略ともいえるサステナブルな酒造りを始めました。
「気候の変化によって、酒造好適米である山田錦の収穫が減ったり、六甲山からの宮水の供給が減少したりと深刻な水不足におちいったら、事業継続自体が難しくなるリスクもあります。この点からも、サステナブルな酒造りに舵を切る必要があると考えました」(安福社長)
50人規模の酒蔵がサステナブルな酒造りで本当に売り上げを伸ばせるのでしょうか。
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安福社長は「ただ、環境への負荷を低減するだけでなく、売り上げの増加とコストダウンによる利益の拡大は両立できる」と、安福社長は断言します。
その自信の背景には、2006年に着手した生産工程の大改革がありました。酒造りの核となる杜氏が高齢を理由に引退したタイミングで、通年雇用の「社員による酒造り」を開始していました。
「当時の社長だった父(安福幸雄氏)と会長だった伯父(安福重照氏)は、徹底してクオリティを追求する従来のやり方でなければ売れないと言っていました。ただ、いつかはいなくなってしまう杜氏に任せっきりの属人的な造り方では、企業の継続は難しい。説得して新しいやり方に移行した後の全国新酒鑑評会で金賞を受賞することができたんです。これが客観的にみても、品質が高まっているという証拠となり、伯父も父も納得した形です」(安福社長)
こうやって先代たちを納得させるクオリティを維持しつつ、安定して供給し続けられる体制作りを進められました。ベテランの杜氏の熟練の技を数値化し、工程をデータで管理することで、ベテランの杜氏に依存しない「社員による酒造り」ができるようになったのです。
かつては毎日3時起きで杜氏がやっていた作業も必要なくなりました。温度管理や循環水などの運転状況は、遠隔監視システムを導入したことで、いつでもどこでもスマートフォンでモニタリングできるようになっています。
「毎朝3時に起き、極寒の場所やサウナのような麹室の中でモニタリングするようなきつい職場環境では若い人は働き続けてくれません。昔は目で確認しなければならなかったことも今は異常値になるとアラームで教えてもらえるので常に見続ける必要はなく、働きやすい環境ができました」(安福社長)
洗米工程で節水型設備を導入、洗瓶工程で使用する水の一部再循環にするなどし、2010年からの7年間で生産量3倍に対し水使用量の増加を35%に抑えています。
2013年には新冷媒を採用した冷凍機、2014年には空調設備に更新し工場における省エネルギーを推進。2015年にはジェット式気泡タイプの洗米機といったように高効率な、次々と醸造設備を新たに導入するなどで、2010年からの7年間でCO2排出量とエネルギー使用量は12%減少しています。
エネルギーの使用量を抑えられたのは、ちょうどサステナブル経営の重要性に気づいたタイミングと、設備更新のタイミングが重なったからです。
業務効率化と品質維持に軸足を置いて考えると、環境負荷低減と利益の拡大の二兎を追うことはできず、現状維持を選ばざるをえない場合もあるなか、小回りが効き、スピード感を持って経営の舵取りができる50人規模の酒蔵だからこそできたことでもあると安福社長は胸を張ります。
「サステナブルは、資本力ある大企業だけが取り組めるというものではありません。従業員50人規模の老舗酒蔵だからこそできるサステナブルがある」と安福社長は考えています。
サステナブル経営に気づけたのは、2000年代初めから海外でのブランド戦略に力を入れ、毎年フランスやドイツなどで開催されるワインの展示会に出展してきたからです。
「ヨーロッパの有名ブランドだけでなく、チリやオーストラリアのワインのブランドも、環境配慮型商品がすでにトレンドになっていて、当たり前のように環境負荷低減の取り組みを企業価値としてPRしていました。そこに、日本発のブランドは1つもなかったんです。国内市場が3分の1になっている日本酒が海外のマーケットで戦うならいますぐ取り組まなければと感じました」(安福社長)
海外で気づいたサステナブル。実は振り返ってみると、灘五郷ではもともと同様のマインドが受け継がれていました。酒造りに欠かせない米の「持続可能な調達」のために農家と契約し酒米を育ててもらう「村米制度」がありました。安福社長は農家が持続可能な米作りができるよう、イネの生育状況把握のためにドローンを導入するなどの支援にも積極的に取り組んでいます。
ただ、環境配慮型商品のブランド価値が売り上げに大きく反映されるのはまだまだ先。海外輸出による売り上げは全体の約1割程度です。「ポストコロナ時代を見据えたサステナブル経営にゴールはありません」(安福社長)。
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