「畳を後世に残すのは自分の使命」 世界を飛び回る久保木畳店3代目
福島県須賀川市にある久保木畳店は、畳の販売や内装工事を通じ、地域の暮らしを支えてきました。専務で3代目にあたる久保木史朗(ふみお)さん(35)は、父からの手紙で家業の苦境を知り、大手ゼネコンを退職。2020年に1月に家業に入りました。抜群の行動力で収支改善や海外展開に取り組み、会社の業績を上向かせています。「畳を後世に残し、世界に広める」という目標に向け、奔走する史朗さんの軌跡をたどりました。
福島県須賀川市にある久保木畳店は、畳の販売や内装工事を通じ、地域の暮らしを支えてきました。専務で3代目にあたる久保木史朗(ふみお)さん(35)は、父からの手紙で家業の苦境を知り、大手ゼネコンを退職。2020年に1月に家業に入りました。抜群の行動力で収支改善や海外展開に取り組み、会社の業績を上向かせています。「畳を後世に残し、世界に広める」という目標に向け、奔走する史朗さんの軌跡をたどりました。
目次
久保木畳店は1975年、史朗さんの祖父・栄一さんが設立しました。現在は史朗さんの父・徹朗(てつお)さん(66)が2代目社長を務めています。
久保木畳店のホームページによると、店の起源は江戸時代の元文年間(1736~1741年)にさかのぼります。現在の須賀川市で初代当主が創業して以来、畳職を家業としてきました。史朗さんは15代目にあたります。
畳の製造・販売のほか、障子やふすま、カーテンなどの内装工事も手がけます。2022年5月期の売上高は約1.5億円。史朗さんら役員も含め11人が働いています。
史朗さんは須賀川市で生まれ育ち、慶応大学を経て2013年に大手ゼネコンに入社。ITエンジニアとして、ホテルや学校のICT(情報通信技術)環境の設計・施工などを担当しました。
史朗さんは男女4人きょうだいで、上から2番目の長男です。ただ、家業を継ぐことは一切考えてこなかったといいます。
転機は2019年のゴールデンウィークでした。実家に帰省中、テーブルの上に置かれた父からの手紙を見つけたのです。折り込みチラシの裏に、4枚にわたって書かれていました。
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手紙では、業界の先行きが厳しいこと、自社も業績不振が続いていることを説明した後、「今後どうすべきか分からない」という徹朗さんの率直な気持ちが吐露されていました。その上で「何かいい知恵はないか」と史朗さんに助言を求めていたのです。
農林水産省の統計によると、畳の表面に使われる畳表(いぐさと糸を編んだござ状のもの)の国内供給量は、1996年に3831万枚ありましたが、2019年には1124万枚と約7割減りました。畳表の材料であるいぐさの国内生産農家は、2002年に1340戸ありましたが、2019年には406戸とやはり7割減っています。史朗さんはこうした業界の現状を調べ、次のように考えました。
畳業界が消滅するくらいのスピードで減っている。必要とされないなら自然淘汰(とうた)もやむを得ないが、本当にそれでいいのだろうか。例えば茶道や華道、柔道は畳の上で発展してきた。もし畳がなくなれば、こうした様々な日本文化に悪影響を及ぼす。やはり畳は残すべきだ。でも誰がやるのか。それはたまたま畳屋の息子に生まれた自分の使命ではないか――。
そんな思いに突き動かされた史朗さんは2019年8月、再び帰省した際、久保木畳店で働く義理の兄の助けを借り、畳のコースターを試作しました。「和室を持たない人に畳を使ってもらうには」と考えてのことでした。
試作の様子をインスタグラムにアップして少し経った頃、友人から「よく行くすし屋さんで大将に見せたら、ほしがっていたよ」と連絡がありました。すぐに電話して、東京都心の店に足を運ぶと、5枚買ってもらえたのです。
「古くさい、必要とされていないと思っていた畳だけど、コースターは高級すし店からほしいと言ってもらえた。やり方次第で、畳の価値はまだまだ高められるんじゃないか」。可能性を感じた史朗さんは家業を継ぐことを決心します。大手ゼネコンを退社し、2020年1月、久保木畳店に入社したのです。
まず取り組んだのは収支の改善です。例えば、扱う畳の種類を10から4に減らしました。使ういぐさの品種や長さにより、完成品の畳の風合いや丈夫さは異なります。畳の種類を絞り込むことで、仕入れる畳表の種類も減り、「多品種を少量」ではなく「少品種を大量」に仕入れるようになりました。スケールメリットにより仕入れ単価が下がり、原材料費を4%圧縮することができたのです。
畳の種類を絞ったことで、ロスも減りました。多くの場合、畳表は20畳単位で仕入れます。20畳を1ロール仕入れ、6畳間3部屋分の畳を作ると、2畳分余ります。しかし、いぐさは長い時間が経つと変色するのです。あまり注文のない種類の畳だと、1ロール目の残りと新たに仕入れた2ロール目の色が違い、同じ部屋に敷けないことがありました。種類を絞ったことで、こうした無駄を省けるようになったといいます。
また、畳表の仕入れ時期をずらし、コスト削減に成功しました。いぐさ農家は夏にいぐさを収穫し、乾燥させた上で、通年で畳表を作って出荷します。一方、需要の面で見ると、陽気のいい秋や春先は畳替えのニーズが高まるものの、冬は閑散期です。こうした事情もあり、いぐさから作られる畳表の価格は、秋は高く、冬は安いそうです。史朗さんは仕入れ時期を秋から冬にずらすことで、コストを約10%下げました。
4種の畳の価格差をきちんと説明するようにしたことも大きな効果がありました。一般的にいぐさは長いほど高級とされます。畳の幅は約90センチなので、例えば長さ160センチのいぐさなら、細い部分を切り落とし、真ん中の太い部分だけを使えます。しかし長さ110センチのいぐさなら、先端近くの細い部分も使わざるを得ません。史朗さんは熊本県のいぐさ農家で収穫を手伝った経験があり、いぐさごとの品質の違いを肌で感じていました。
店で扱う4種の畳の値段は2.4万円、1.5万円、1.2万円、1万円とし、高い順に並べました(いずれも税別)。その上で「高い畳は太いいぐさを使っている分、品質が良く、丈夫で長持ちする。安い畳は逆に……」と説明するよう徹底しました。すると、それまで主流だった低価格帯の注文が減り、平均単価は約50%も上がったのです。
畳の種類を4つに絞り、高い順に並べるアイデアは、AppleやMicrosoft、Adobeといった強い米国企業を参考にしたといいます。いずれも主力商品の種類を絞り込み、スペックの高い方から順に見せていることに気づいたからです。「何か新しいことを始める時、他の事例を参考にすることが大事」と史朗さんは話します。
そう考えるようになったきっかけは、入社後に折り込みチラシを自ら作った経験です。作り方が分からないので、業種を問わず様々なチラシを集め、比較しました。共通する要素を抜き出し、優れた事例を分析するうち、「このアプローチは他にも応用できる」と気づいたそうです。
現在はリサーチ専門のアルバイトを採用し、様々な調査を頼んでいます。例えばオンライン予約システムの導入や新商品の開発にあたり、現状どんな商品やサービスがあるのかを調べてもらい、全体感や長所短所を把握した上で意思決定しています。
支出減ではなく収入増のために始めたのが、畳表の端材を使った小物づくりです。畳の大きさはおおむね縦180センチ×横90センチ。一方の畳表は縦210センチ×横95センチあるため、端っこが余ります。この端材を使い、コースターやブックカバー、ランチョンマットの製作を始めました。畳のへりにつける畳縁(たたみべり)もロールで仕入れるため、やはり端材が出ます。これを活用して畳縁だけで作ったバッグやポーチも開発しました。
例えば畳替えの日に雨が降ると、依頼者から「晴れた日にやってほしい」という要望が出て、作業が中止になることがあります。その場合、以前なら職人は工場の掃除などで時間をつぶしていましたが、今では小物づくりに励むようになりました。「今まで捨てていた端材と空いていた時間からお金を生み出せるようになり、1人当たりの売上高が増えました」と史朗さんは話します。
史朗さんが特に力を入れているのが海外展開です。まず家業に入った直後の2020年1月、スーツケースに畳コースターを詰め、ニューヨークを訪ねました。面会の約束をしていた現地の焼き鳥店が20枚買ってくれたものの、売れたのはそれだけ。ただ、日本人コミュニティを中心に多くの知り合いができたほか、先進的な取り組みをしている異業種の小売店を視察するなど収穫もありました。
帰国後、ネットショップ制作プラットフォームのSTORESを使い、ECサイトを開設。すると焼き鳥店で畳コースターを見たという客や同業の飲食店からの注文がぽつぽつと入るようになりました。
再びニューヨークを訪れたのは2021年11月。前回訪問時に知り合った着物店の一角を借り、4日間限定のポップアップストアを開いたのです。コロナ禍で訪問者が少ない時期だったこともあり、「畳屋の後継ぎが日本から来ている」という情報が日本人コミュニティ内で広まったり、日本の友人が現地の知り合いに知らせてくれたりして、多くの人が店を訪ねてくれました。ただ、彼らの多くは「商品を買うために来た」というより「応援に来た」という感じだったといいます。
予想外だったのは、その後の展開です。店を訪ねてくれた多くの人たちが、インスタグラムでポップアップストアの情報を発信してくれたのです。すると「何これ」「ほしい」といった反応が相次ぎ、日本国内に加えカナダ、シンガポール、マレーシア、アラブ首長国連邦など世界各地からECサイトに注文が寄せられました。結局、4日間の店頭売上50万円に対し、同期間のECサイトの売上は200万円に達しました。
「ニューヨークと無関係の世界中から注文が来て驚きました。現地に行くことをきっかけに、こんな波及効果があるのかと。大きな発見でした」
2022年11~12月、今度はパリとロンドンを訪ねました。海外売上の内訳を見るとヨーロッパが弱く、開拓の余地があると考えたためです。史朗さんは現地のすし店をターゲットに据えました。何の足場もない中、どうやってお店を探したのでしょうか。
インスタグラム上には、現地ですしの食べ歩きをしている個人とみられるアカウントがあります。そうしたアカウントが訪ねた店をエクセルにまとめ、地図上に落とし込み、ダイレクトメールで「今度そちらに行くので、畳コースターを見ていただけませんか」と打診したのです。
「日本では積極的な営業は嫌われがちですが、海外で畳コースターは存在さえ知られていないので、どんどんお声がけしています。ニューヨークでは最初に1店で導入していただいたのをきっかけに、それを見た人から注文が広がりました。ヨーロッパでもまず1店開拓できれば、突破口が開けると期待しています」
これまでの出荷先は日本を除き17カ国、件数にして200件を超えました。畳コースター2枚をノルウェーに送ったこともあれば、アメリカのシリコンバレーに畳26枚を納品したこともあります。売上高全体に占める海外の比率はまだ2%に過ぎませんが、史朗さんは大きな可能性を感じています。
「海外在住の日本人は134万人いて、大きなマーケットです。さらにコロナ禍前の2019年には訪日外国人旅行者が3188万人に達しました。彼らは潜在的な顧客で、実際、日本で和室に泊まって畳の良さを知ったという人からの注文もありました。海外はまだまだ未開拓で、チャンスがあると思います」
久保木畳店の経営改革を支えるのが、史朗さんの抜きんでた行動力です。早めの行動が大手企業との協業につながった例もあります。
2021年4月、ニューヨークで知り合った飲食店の日本人オーナーが一時帰国した際、サントリーと商談する機会がありました。オーナーに誘われ、史朗さんも商談に同行したのです。史朗さんは自身の取り組みや畳コースターについて説明したものの、その場では具体的な受発注には発展しませんでした。ただ、プレミアムモルツの海外展開を図りたいというサントリー側の意向を聞き、史朗さんはプレモルのロゴを入れた畳コースターの試作をひそかに進めました。
商談の2カ月後の2021年6月、サントリー側から「海外でのイベント用にプレモル専用の畳コースターを試作してもらえないか」という依頼が届きます。ちょうど試作品が完成したところで、史朗さんはすぐに発送。こうして正式な受注につながったのです。
史朗さんは自身の活動報告のための情報誌も発行しています。TATAMI TIMESと題し、試験的にA4サイズ2ページからスタート。これまでに3号発行しました。畳コースターの過去の購入者や希望する人に送っています。情報誌発行のアイデアは、ニューヨークで視察したDtoC企業の取り組みをまねたといいます。
「営業、マーケティング、ブランディング、ウェブ周り、広告宣伝と一通り自分でやっています。作業に時間を取られるので、会社の成長スピードは遅いかもしれません。でも、他人に任せる際に的確な指示や判断ができるよう、まずは自分で一度やってみるべきだと思います。3年やって勘どころが分かってきたので、今後は少しずつ周りに仕事をお願いするつもりです」
進行中の大きなプロジェクトが「畳ビレッジ」です。コンセプトは「和室を持たない方に、畳に触れる空間を提供する」。須賀川市の工場を改装し、2023年4月1日オープン予定です。現在の工場の面積を3分の1に圧縮し、残りのスペースにカフェ、ラボ、小物ショップ、ショールームが入ります。
カフェは畳の上でコーヒーなどを飲んでもらう場所です。平日の日中に、地元の高齢者たちが集まれるような場にしたいといいます。史朗さんはカフェ開設に向け、全国のカフェ約200軒を訪問。メニュー開発から手がけます。
ラボではワークショップを開きます。週末に家族連れが工場を見学した後、小さな畳を製作する教室に参加するようなイメージです。カメラを取り付け、オンライン開催も受け付けます。事前に材料を送り、当日はZoomなどで現地とつなげば、一緒に小さな畳や畳コースターを作ることができます。
オンラインワークショップは特に海外向けに力を入れたいといいます。例えば日本人学校の子どもたちです。「もしサンフランシスコに20人分の材料を送ると、送料は段ボール1個で4000円くらいです。材料費は1000~3000円なので、送料を含め1人当たり1000円台から参加できます」と史朗さんは話します。以前、イタリアの日本語学校に頼まれ、畳の文化や歴史に関する講演をZoomで開いた経験もあるそうです。
小物ショップでは畳コースターを始めとした小物を販売し、ショールームでは畳替えや内装工事に関心のある人に向け、畳やカーテンの施工例を見せます。
工場の面積は3分の1に縮小します。「もともとそれで十分だった」と史朗さんは言います。使っていない機械や、失敗して置きっぱなしの畳などを処分し、場所を捻出しました。既存の物や場所、時間を活用してお金を生み出そうという発想は、小物づくりだけでなく、畳ビレッジにも生かされています。
総工費は約1億7千万円。約4分の1に事業再構築補助金を充て、残りは借り入れで賄います。
畳ビレッジを構想する際に参考にしたのは、人気の鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」の魅力を発信する「バーミキュラビレッジ」です。製造する愛知ドビー(名古屋市)はもともと、下請けの部品メーカーでした。将来的な成長が見込めない中、自社の強みを生かしてバーミキュラを開発し、業績を伸ばしたのです。
「いわゆる斜陽産業と呼ばれる業界でも、活路を見いだして成功した企業はいくつもあります。そんな会社を訪ねて日本中を歩く中で、バーミキュラビレッジにも出合いました」
史朗さんが家業に入ってちょうど3年。売上高は入社前の1億円から1.5億円に伸び、最終損益は赤字から黒字に転換しました。畳の販売枚数は横ばいですが、原価の圧縮や単価アップのおかげで利益率は大きく上昇。売上全体に占める小物の割合は1割前後に育ってきました。
入社する際、父・徹朗さんに「会長になって少し休んでもらえるよう、3年間、一生懸命やります」と約束しました。史朗さんは2023年夏、社長に就く予定です。
「自分の会社を大きくしたいというより、畳文化を残したい、世界に発信したいという気持ちでやっています。他の畳店やいぐさ農家と一緒に業界を盛り上げていきたいです」
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