宮嶌裕二

みやじま・ゆうじ

株式会社モバイルファクトリー 代表取締役。1971年東京都生まれ。95年大学卒業後、ソフトバンク、サイバーエージェントを経て2001年モバイルファクトリーを設立。9歳、7歳、5歳の一男二女の父。

塚越 学

つかごし・まなぶ

NPO法人 ファザーリング・ジャパン理事。1975年東京都生まれ。2008年長男の誕生を機に同法人の会員となり、男性育休促進事業リーダー、12年理事に就任。三児の父でそれぞれで育休を取得。東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス推進部にて勤務しながら活動中。

2カ月の育業で部下に権限委譲

――2001年にモバイルファクトリーを創業した宮嶌さんは、経営トップとして育業を2度取得しています。

 宮嶌裕二さん(以下、宮嶌):2013年に第1子が生まれた時、2週間の育業を経験しました。経営者の視点としては、育業を自ら取ることで人材を採用しやすくするという目的がありました。

 IT企業はエンジニアの採用が重要です。業務に使うプログラミング言語「Perl」のエンジニアは大手企業との奪い合いでした。当時は上場を目指していた時期で、他社との差別化を考えたときに子どもが生まれることになり、育業が突破口の一つになると思ったのです。

 2週間はあっという間。創業してから、24時間ずっと仕事のことばかり考えていたので、仕事から離れたことがショックでした。経営者としてはリーダーだけど、子どもができたら家族の中では自分が一歩引いて(母親を)助けるサポーターの立場になったという感覚がありましたね。

株式会社モバイルファクトリー 代表取締役・宮嶌裕二さん

 2人目が生まれた2015年は株式上場のタイミングと重なったため、妻も「2歳児を世話しながら仕事をするのは無理だよね」と、里帰り出産を選びました。そして、2017年に第3子が誕生した時は2カ月の育業を取りました。このときは、妻から「実家ではなく自宅で育てたい」と言われたんです。そうなると、4歳、2歳、0歳の世話をしなければいけない。「2人で育児をしないと無理」と思い、2カ月の育業を取ることにしました。

 それまでワンマンな会社で、私が色々なことに口を出すマイクロマネジメントでした。でも、そのころ東証一部(現東証プライム)に上場したこともあり、私がいなくても成長できる会社でなくてはいけないと思い、あえて2カ月の育業を取ったという背景もあります。部下には給与面に関するものなど、最低限となる五つのルールだけ決めて、育業中の権限を委譲しました。

午前様の働き方をやめて時短に

――2カ月の育業中はどのように過ごしたのですか。

 宮嶌:妻が赤ちゃんの世話をしていたので、家で上の子2人の面倒を見ていました。4歳と2歳だから半端じゃなく元気で大変でした。

 塚越学さん(以下、塚越):ワンオペ育児でやっていたママも、3人目となるとさすがに自分一人ではできなくなることを悟り、夫や実家に頼るか、第三者のサービスを使い始めることが多いですね。

 宮嶌:妻からは「もし1人目と2人目の時、育児に協力的じゃなかったら、3人目をつくるのにイエスを出さなかった」と言われました。そのタイミングから午後4時までの時短勤務になっています。

 塚越:時短勤務は3人目のお子さんが生まれる前からですか。

 宮嶌:生まれた後です。これには理由がありまして……。第3子の育業から復帰した後、再びワーカホリックになり、連日午前様が続いたんです。そんなとき、妻から「相談がある」と切り出され、「4歳、2歳、0歳をワンオペで育てるのは無理。実家に帰りたい」と言われました。私は「やばい」と思いました。

 塚越:それは直感的に、でしょうか。

 宮嶌:実は妻は2度目の結婚相手でして、1回目の結婚のときは私が家庭を顧みなかったのが原因で離婚しています。「このままだとまた離婚になる」と思い、3日くらい悩んで妻と話し、連日午前様だった働き方をやめて、時短で子育てにもっとコミットすると決めたんです。

 塚越:それはよく聞く話ですね。そのときに気づかれて本当によかったと思います。過去に育業経験があったことでギリギリ歯止めがかかり、時短を取る決断に至ったのでしょうね。時短勤務は今も続いているんでしょうか。

 宮嶌:はい。一番下の子はまだ幼稚園児なので当面は時短が続きそうです。私は朝食を作って子どもの送り迎えをしています。妻も今は仕事復帰して働いています。

育業が人材獲得の成否を左右

――育業を機にマイクロマネジメントを見直したのは大きな決断だったと思います。

 塚越:経営者は「自分がいないと回らない」と思い、手を放せないケースが多いですよね。職場にいると後輩も頼ってしまうので、トップが権限を委譲し、職場から居なくなることで成長につながるケースが多いと感じます。宮嶌さんが育業から戻ったとき、社員の皆さんの成長は感じましたか。

 宮嶌:それまで会社のすべてを知っている人間は私しかいなかったのですが、育業から戻った後は、広告はこの人、事業はこの人というように権限が分散されました。私が倒れたらまずいというリスクは回避できたと思います。

 塚越:宮嶌さんが1回目の育業を取った後、社内の男性エンジニア3人が育業を取ったと伺っています。社長が旗振り役で育業を経験したことで、社員の皆さんも取りやすくなったんでしょうね。

 宮嶌:社員にも育業を取るように働きかけました。当初目指した「人に優しい企業」という採用ブランディングはできていると思います。私自身、赤ちゃんとふれ合う時間が増えて妻との関係も良好になり、幸せになりました。経営者もプライベートが幸せでないといけない。実際、育業を取ってからの方が業績も伸びています。

――モバイルファクトリーでは14年から、男性対象者11人のうち7人(63.6%)が育業を取得しました。社内で育業を広げるために、どのような環境整備を進めたのでしょうか。

 宮嶌:チャットツールなどSaaS系のツールを入れて、属人化をなるべく無くすようにしています。また当社のビジネスモデルは、サービスのユーザー数が増えてもサーバーを増やせばいいので、従業員数は増員せず利益を出せています。

 塚越:「人手不足なので育業を取らせることができない」という経営者もいます。確かに日本は人手不足です。働いて稼ぐ人(生産年齢人口)は日々減っている国ですから。ただ育業を取らせることができないのはそれだけの理由ではありません。欧米は仕事に人をつけますが、日本は人に仕事をつけます。するとノウハウは人にたまります。ノウハウを持った人が長期で休んだりするとそれごと持っていかれるので、できるだけ休まないでくれという話になるんです。

 しかし、育業推進をしている経営者にヒアリングすると、むしろ多くのノウハウをもってしまっている人ほど休んでもらい、その引き継ぎ過程でノウハウを会社に還元してもらう。ノウハウの伝承になるから会社にとってプラスというわけです。SaaS系のツールなどを活用してサーバーに情報を残せば、みんなが見られますよね。

 宮嶌:逆にこれだけ採用が厳しい環境で、SaaS系ツールを入れない選択肢はないです。男性育業の推進は男性の採用に効くと思うじゃないですか。しかし、新卒採用の傾向を見ると、むしろ優秀な女性の採用につながっていると感じています。

NPO法人 ファザーリング・ジャパン理事・塚越学さん

 塚越:女性の方が学生時代から結婚や子育てなどのライフデザインも視野に入れた情報収集をしていて、子育てをサポートする「くるみん認定」を受けた企業かどうかなどをチェックしますからね。人的資本経営が進む中、企業はジェンダー平等の観点からも女性活躍推進と男性育業を両輪で進める必要があります。ところがこれまで有価証券報告書で女性管理職比率など女性活躍推進は触れている企業はあっても、もう片輪の男性育業について書く企業はほとんどありませんでした。

 改正育児・介護休業法で、2023年4月から年1回、従業員数1千人超の企業に育休取得状況の公表が義務づけられます。これと併せて有価証券報告書においても開示が必要となります。たとえば、男性の育休取得率が10%台(21年度の全国取得率は13.97%)なのに、女性管理職の比率だけ高めようとしても、投資家からは「男性の働き方に女性を寄せているだけ」と見られてしまうでしょう。

 ジェンダー平等に軸足をおく企業かどうかは、育休取得率が一番測りやすい。数日程度の育業でも率は上がりますが、若い人は取得期間もチェックしています。男女問わず子どもが3歳になるまでに1カ月以上の育休の完全取得を掲げる企業もあります。この波は様々な企業に広がるのではないでしょうか。

 宮嶌:取得率が低い企業はこれから厳しくなるのではないでしょうか。

 塚越:売り手市場では、人材は取り合いなのでどんどん選ばれなくなります。その企業で長く働こうとする就職希望者は育業が取れない企業より取れる企業に入りますよね。

育業で育った中核人材

――他の経営トップにも育業の取得を勧めますか。

 宮嶌:一番言いたいのは「経営者はもっと育業しよう」です。経営マシンというくらいだった私でも、育業で妻との関係も良くなってハッピーになると、こんなにも仕事がしやすいんだと思いました。

 塚越:私や宮嶌さんのような団塊ジュニア世代は、中学・高校時代に技術家庭科は男女で分けて教育を受けている性別役割分業世代ともいえるので、放っておくと男性は仕事にどんどんのめり込みますからね。それより下の男女平等参画で教育を受けている世代になると、男女とも育業は取れて当たり前という空気です。

 経営者の頭が固いから育業が進まないという企業には、「経営者には意識啓発より、実際に育業を体験させた方がいい」という話をします。年功序列が残る日本企業の経営者は60歳以上が多く、子育ては妻に任せきりだった世代です。であれば例えば「孫休暇」として、自宅に2~3週間、娘さんや息子さんを呼んで、お孫さんの育児をしてみたらいかがでしょうか。ここで大切なのは、意識より体験です。

――宮嶌さんをはじめ社員の育業取得を進めたことが、企業の成長にどうつながっているのでしょうか。

 宮嶌:私たちのようなモバイルゲーム事業は、人が考えることがそのまま売り上げや利益につながるんですね。データを解釈して施策を打つのも、現状ではAIじゃなくて人間です。

 我々は移動しながら遊ぶゲームが主流なので、コロナ禍ではユーザーが減りました。それを復活させた中核人材が、育業をきっかけに入社してくれた社員たちだったんです。例えば、一番若い執行役員は28歳の男性で、施策も分析も私をはるかに超えていると思います。

 育業を進める前までは私の才能が会社の成長の限界でした。しかし、育業を機に入ってきた優秀な人材が花開き、モバイルファクトリーを次のステージに進めています。

 塚越:もし最年少執行役員の方が1年間育業を取らせて欲しいと言ったらどうしますか?

 宮嶌:全然いいと思います。それで次の人材も育ちますから。

 塚越:こういう発想が、育業推進企業で起きている良い循環なんですよね。育業は総論賛成という経営者も、いざエース級の中核人材が取るとなると怖くて踏み出せないものです。でも、宮嶌さんのように経営者が自ら体験したからこそ、育業は企業の成長につながるというポジティブな影響を予見でき、気持ちよく育業を推せるんですね。

働きやすさは女性にも効く

――IT業界だけでなく、他の業界でも育業は広められるのでしょうか。

 塚越:育業推進は人的資本経営の一つに当たりますが、業界は関係ありません。というのも、日本は働いて稼ぐ人(生産年齢人口)は日々減っていき、同じ仕事の仕方をしていたら人手不足になっていきます。だから働き方改革だったわけです。フルスペック・フル稼働の人材がさらに減っても耐えうる仕事の質と量をコントロールすることで長時間労働を是正する。働く場所、働く時間の柔軟性、休みやすさの実現を図ることで、時間や場所に制約のある多様な人材を生かして経営するスタイルにアップデートしていく。

 こうした働き方改革を先送りしていた企業は、育業推進を起爆剤とし、誰もが休めて、誰かがいなくなっても何とか回る体験によって、組織学習を進めることが大切です。今、日本企業は業界を越えて、育業を含めた社員の休みを尊重し実現できる職場づくりが求められています。

 宮嶌:モバイルファクトリーは管理職の5割が女性で、ナンバーツーの常務執行役員COOも女性です。従業員は100人ほどで東証プライム上場企業としては小規模ですが、人材の移動が激しい業界にあって、女性の方が長く在籍してくれますね。その結果、管理職比率も高くなっています。

 塚越:働きやすさの面が、特に女性に効いているのだと思いますね。

――男性育業を推進するため、経営者に求められる姿勢は。

 宮嶌:年齢にもよりますが、「取れるなら1週間でもいいからボスが取りましょう」と言いたいです。できる人が休んでしまうのは嫌かもしれませんが、それを超える効果は採用も含めて絶対にありますから。

 塚越:経営者・管理職が仕事以外で幸せかどうかは、イクボス(部下のワーク・ライフ・バランスを考え、キャリアと人生を応援しながら、組織として結果を出したうえで、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司)の条件の一つです。働き方改革を進めると部下を定時に帰し、仕事のしわよせを上司がかぶり長時間労働になる職場が見受けられます。そんな上司をみた部下は「あんな上司にはなりたくない」って思うんです。

 イクボスは「あんな風になりたい」と思える上司の姿。上司自身もワーク・ライフ・バランスを実現できていることが大切です。特に経営者は従業員の人生を背負う厳しさが日々ありますから、仕事がうまくいかないときも「家庭」に幸せを感じられる居場所があることで人生を豊かにするのが重要と思います。

 最近は「育休 社長」といったキーワードでネット検索すると、40代くらいの若い経営者が複数出てくるようになりました。Z世代が気にしているところなので、PRとしてもいいのではないでしょうか。

周知義務で高まる育休取得率

――22年4月から改正育児・介護休業法が施行されました。産後8週間以内に最大4週間まで2回に分けて「産後パパ育休」が創設され、育休の分割取得も可能になりました。事業主には育休制度の周知と取得の意向確認が義務づけられ、企業に課せられる責任は重くなっています。

 宮嶌:経営者としてはやっぱり、時代の要請がきているんだなと思います。育業の分割には法施行の前から取り組んでいます。我々は改正法を武器に、良い人材を採用するきっかけにしたいと考えています。

 塚越:改正法の設計に関わりましたが、企業への周知義務に一番こだわりました。ここまでしないと日本人は取らないという問題意識によるものです。少なくとも制度を知らないから取らなかったという人をゼロにしたい。義務化が始まった後、育業を企業から本人に働きかけたことで飛躍的に取得率が伸びたと様々な企業から聞いています。

――改正育児・介護休業法を進める上での課題は。また育業促進のため、行政側に求めるサポートはありますか。

 塚越:改正法には、違反した企業が勧告も無視すると社名が公表される規定はありますが、企業への罰則がないことが課題になっています。大きな罰則がないと、特に中小企業に無視される恐れがあるので、制度の意義をどれだけ周知させられるかが大切です。国の企業支援として「子育てパパ支援助成金」(中小事業主が男性従業員に育休を取得させた場合、20万円が受給。育休取得率30%以上上昇すると最大75万円受給など)もあります。こうした情報をプッシュ型の発信で届けて欲しいです。

 労働者には、国の雇用保険から受け取れる育児休業給付金もあります。現状は育児休業をとり始めて6カ月間までは育休前賃金の67%(社会保険免除を含めると手取りの8割)を、その後は子どもが原則1歳になるまで50%を受け取れますが、その減少分で取得をためらう男性はまだいます。最初の8週間は賃金の100%を給付金として受け取れる形にすればさらに大きく推進ができるでしょう。

 宮嶌:給付金の付与率を上げていただけると、育業は一層推進されると思いますね。経営者としてもメリットを感じます。不足分を行政などでカバーして100%にしていただけると、ありがたいです。

《東京都の育業を促進する取組》

 東京都は育休を取得しやすい社会の雰囲気づくりのため、育休の「休む」というイメージを一新する愛称を募集し、多数のご応募の中から「育業」が選ばれました。過去2年度において男性従業員の育児休業取得率の平均が50%以上の都内事業所を対象に、「TOKYOパパ育業促進企業」として認定する制度も始めています。