トヨタの社長交代に学ぶ後継者の心構え 長期政権をメリットにするには
トヨタ自動車は、豊田章男社長が2023年4月1日付で会長に就任し、執行役員だった非創業家の佐藤恒治氏を社長に昇格させる人事を発表しました。社長交代は14年ぶりとなります。日本有数のファミリー企業の社長交代劇から、中小企業の経営者、あるいは後継者が考えるべき、心構えについて考えます。
トヨタ自動車は、豊田章男社長が2023年4月1日付で会長に就任し、執行役員だった非創業家の佐藤恒治氏を社長に昇格させる人事を発表しました。社長交代は14年ぶりとなります。日本有数のファミリー企業の社長交代劇から、中小企業の経営者、あるいは後継者が考えるべき、心構えについて考えます。
トヨタ自動車はグループ全体の自動車販売数は1048万台(2022年)で、3年連続で世界一となり、従業員数も連結ベースで37万人を抱える巨大企業です。これまで創業家と非創業家が入れ替わり社長を務めてきた歴史があります。
トヨタ自動車のルーツをたどると、豊田自動織機を1926年に創業した豊田佐吉氏にたどり着きます。佐吉氏の息子である喜一郎氏(章男氏の祖父)が中心となって、同製作所の自動車部を独立させたのが、現在のトヨタ自動車です。初代社長には喜一郎氏の義兄の豊田利三郎氏が就任します。
喜一郎氏は1941年に2代目社長に就任し、3代目は親族外の石田退三氏が担いました。石田氏は豊田家の大番頭と呼ばれ、トヨタグループの中興の祖として評価されています。その後、喜一郎氏の息子の章一郎氏(章男氏の父)が6代目社長となり、自動車の海外生産を推進し、新たに住宅部門(現在のトヨタホーム)を立ち上げました。
退任後は後に経団連会長も務めた奥田碩氏ら創業家外の社長となりましたが、豊田章男氏が2009年、53歳の若さで、14年ぶりに創業家出身の社長となりました。リーマン・ショックや米国での大規模リコール事件を乗り切り、今回、再び非創業家の佐藤氏に社長を譲った形になります。
佐藤氏の社長就任後も、豊田章男氏は代表権を持った取締役会長に就任します。今回の社長交代について、章男氏は「変革をさらに進めるためには、私が会長職となり、新社長をサポートする形が一番よいと考え、今回の決断に至った」と語りました。
副社長職ではなく、執行役員であった53歳の佐藤氏の社長就任は抜擢人事でした。狙いとしては、「クルマ屋の限界を超えたモビリティー分野の強化」「電気自動車の販売拡大」などが挙げられます。
佐藤氏は若く、1992年に技術者としてトヨタに入社したたたき上げであるために、従業員からの支持も信頼も得られるものだと思います。
章男氏としても社長職を続けることができたにもかかわらず、年功序列ではなく、実績や能力に応じて、経営者としては若い53歳の佐藤氏に社長職を譲る意思決定ができたことは大変素晴らしいことだと思います。
一族ではない経営幹部が社長職に就任したことで、従業員にとっては親族ではない自分にも今後色々なチャンスがあると考え、モチベーションが上がることになるでしょう。
今後は佐藤氏がリーダーシップを発揮していくと思いますが、章男氏も代表権を有して社内に残るために、影響力も引き続き発揮すると思います。佐藤氏はそのようなバックアップを受けて、章男氏と同様に10年以上経営トップを務めるのはないかと思います。
なお、章男氏の長男の大輔氏が現在、モビリティー分野の中核を担うトヨタ自動車の子会社ウーブン・アルファの代表取締役を務めています。いずれトヨタ自動車の社長に就任する可能性があると思われます。
トヨタ自動車は、直系一族の2代目喜一郎氏、6代目章一郎氏はともに約10年、11代目の章男氏に至っては14年にわたり社長職を務めてきました。ファミリーによる長期政権は、会社にどのような影響を与えるのでしょうか。
経営者が従業員から「支持」と「信頼」を得ている前提であれば、長期政権は会社を安定成長に導くことができます。
一般的な上場企業や大企業の経営者の在任期間は2期4年、3期6年程度になります。代表者として在任期間中に経営成果を出そうと考えるため、どうしても短期的、長く見ても数年といった中期的な目線での経営となってしまいます。そのため、短期的に収益が期待されるビジネスに傾斜しがちです。
例えば、シャープは液晶ビジネス、東芝は原子力発電ビジネスに傾斜してしまい、経営の屋台骨まで揺るがす事態を引き起こしてしまったのは、記憶に新しいことでしょう。
一方、ファミリーによる長期政権の場合は、会社の存続を第一に考えつつ、長期的な目線に立った経営戦略を遂行する傾向があり、当面の赤字が続いても、長期的に見て企業業績に寄与すると思われる事業領域には、積極的に取り組みます。
例えば、ファミリー企業であるサントリーでは、ビール事業を1963年に立ち上げました。長期間赤字続きでしたが。03年発売の「ザ・プレミアム・モルツ」がモンドセレクションのビール部門で最高金賞を受賞し、当時、プレミアムビールの座に君臨していたエビスビールを抜いて、08年にビール事業開始以来初となる単年度黒字を実現します。
つまり、事業開始から半世紀近くずっと赤字だったことになります。一般の上場企業であれば赤字が3~5年も続けばその事業から撤退するのではないでしょうか。サントリーはそのような判断をせず、当時、ウイスキーを中心としたお酒事業において、ビールの必要性を認識し、継続し続けました。
黒字化を達成した後も第三のビールなどを発売し、今ではビール事業は重要な収益事業となっています。さらに、ビール事業で開拓した外食産業において、本業のウイスキーを活用したハイボールブームも引き起こしました。お荷物として見られていたビール事業によって、会社全体の活動が活性化した事案と言えます。
このようにファミリービジネスの大きな特徴として、短期、中期的な目線ではなく、10年、20年といった長期スパンで経営を考えられるのは大きな強みです。
また、ノンファミリー幹部による長期政権が問題かと言えば、そんなことはありません。トヨタ自動車の創業家外社長も実績を残しており、ファミリーと同様に会社を安定成長に導くことができます。
しかし、経営者によこしまな考えがあれば、会社を危機に陥れることになります。日産自動車のカルロス・ゴーン氏による会社の私物化はその典型と言えるでしょう。
トヨタ自動車のようなファミリービジネスの後継者は、社長就任にあたってどのような心構えをすべきでしょうか。
まず大切なことは、従業員からの正式な後継者としての地位を獲得するために、「正統性」を獲得しなければなりません。具体的には従業員から、後継者の能力による「信頼」と、後継者が企業文化に即した行動をすることによる「支持」を得ることが必要です。
最近の後継者は勉強熱心であることも多く、比較的「信頼」は得られやすいのですが、ファミリービジネスの企業文化をなおざりにすることで「支持」が得られていないケースを目にします。そうならないよう、創業者らに創業の経緯や会社の歴史などを聞いてみてはいかがでしょうか。思わぬ成果が得られるのではないかと思います。
多くの中堅・中小企業は創業者による「ワンマン経営」であることが多くなっています。しかし、企業をより成長させていくには、経営者1人の力では限界があるため、社内の指示待ち人間をできるだけ減らし、自ら考え、行動できる人材を増やしていく「チーム型経営」が求められます。
後継者はワンマン経営からチーム型経営への変革を進める必要があります。チーム型経営の要諦は、各部門や部署を任せられる人材をいかにたくさん育成するかです。当然ながら親族だけでは限界があり、親族外にも任せていく必要があります。
今回のトヨタの社長交代は社長職を親族外に任せた事例ですが、中堅・中小企業でも社長職を任せられるような親族外の経営幹部がいれば託したら良いと思いますし、それが難しくても特定の部門や部署を担わせていく必要があります。そのような取り組みを通じて、企業がより成長していくことになります。
最後に後継者の心構えとして最も大切なことは、先代社長や創業者、従業員や取引先などのステークスホルダーに対する「感謝の気持ち」です。他の言葉で言えば「謙虚さ」を持っておくことが大切です。
豊田章男氏も自身のルーツを胸に刻んでいることがうかがえます。朝日新聞の記事によると、章男氏は22年10月30日、静岡県湖西市を訪れ、曽祖父にあたるグループ始祖の佐吉氏の像の前で「私にとって湖西は『トヨタの原点』を学んだ大切な場所。自分のためではなく、母の夜なべ仕事を楽にしたいという(佐吉氏の)思いが発明の原動力だった」と語りました。この日は佐吉氏の命日で顕彰祭が開かれていました。
オーナーとして過半数の株式を有した経営者であれば、ある意味、好き勝手ができるとも言えます。しかし、そのような姿を従業員は常に見ています。経営者として正しい振る舞いをしなければ、言葉や態度では経営者に従っているように見せても、心から従っているわけではありません。短期的な成長や成果を出せても、長期的に安定した企業成長を実現することは難しいように思います。
【参考文献】
「『経営』承継はまだか」(大井大輔著、中央経済社、2019年)
「トヨタ変革へ若返り」(朝日新聞、2023年1月27日付朝刊)
「トヨタ、14年ぶり社長交代の真意」(東洋経済、2023年2月11日号)
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