フジイ金型は自動車向けのダイキャスト金型などを製造し、業界大手の規模を誇ります。藤井さんは横浜国立大学大学院工学研究科を卒業後、旭化成に入社。11年ほど勤務したのち、35歳に家業へ入り取締役になりました。2012年には、代表取締役に就任。
2012年に社長就任時は、リーマンショックの影響が残り業績が低迷していました。社長に就任して4期目、2016年にリーマン前の状況まで業績を戻すことができ、2019年まで順調に成長し、社長就任時から売上高は2倍近く、経常利益だと3倍以上となっていました。
「1つ目はトップダウンに染まった企業文化。2つ目は縄張り意識、指示待ち意識などの官僚主義。最後は外部環境の変化についていけていないのではないか、という課題もありました」
「社員を幸せにするためにはどのような会社にすべきか思い描きました。個人事業主のように働いてほしい。要は、皆さんそれぞれ、責任感を伴って主体的に働くというスタイルが理想だという結論に至りました」
そこで、藤井さんは経営改革に有効とされる、マッキンゼーの7Sフレームワークを使って分析します。3つのハードの経営資源と、4つのソフトの経営資源を洗い出したといいます。ちなみにこのフレームワークでは、3つのハードの経営資源は変革しやすく、4つのソフトの経営資源は変革に時間がかかるとされています。
- 戦略(Strategy)
- システム・制度(System)
- 組織構造(Structure)
- 共通価値観(Shared Value)
- 人材・スタッフ(Staff)
- スキル・能力(Skills)
- スタイル(Style)
フジイ金型にこのフレームワークを当てはめると、以下のポイントが浮き彫りになりました。
「まず『戦略』については、低価格で販売するためにコスト削減を目的にして短納期で製造していました。『システム・制度』の問題点は、人事制度としては公式の評価制度がない、という点が挙げられました。各部門トップの意向を意識した目標管理制度はあったものの、部門トップの意向が変化すると評価が変わってしまうという課題がありました」
「『組織構造』については、製造部門の中で3つの部門が横並びになっていました。するとある部門のトップはとにかく高品質なものを目指す、違う部門のトップはとにかく短納期を目指す、というように目標が食い違ってしまうことがあります。その間を異動した社員は、評価基準が変わってしまい消化できない、ということが起きていました」
「『共通価値感』については、儲け至上主義を前面に出していました。また『人材・スタッフ』については、1つの作業を繰り返して完璧にできる単能工になることを重視しており、リーダーシップやマネジメント能力はそれほど重要視されておらず、能力がある社員の育成も疎かになっていました」
「『スキル・能力』では、生産工程を常に改善して無駄を省き、短納期に対応する組織能力はありました。最後に『スタイル』ですが、先に述べたとおり、トップダウンというリーダーシップはあったものの、メンバーが比較的内向き・保守的で、指示待ち状態に陥っていました」
自動車業界が変化するなか、自社をより成長させるため、藤井さんは変革を決意します。
マッキンゼーの7Sから7つの改革へ
藤井さんは、分析結果をもとに7つの変革に着手しました。
「『戦略』では、お客様の困りごとを解決する手段として短納期に対応する。結果的に短納期を対応することは同じでも意識を変えました。『システム・制度』では全社的に統一した評価制度を導入しました。全社方針や目標も、全社管理して方向性を統一することにしました。この部分は自力で試みていましたがうまくいかず、2019年から専門の外部コンサルタントに予算を割いて依頼しています」
「『組織構造』は営業部門を引き上げて全体を管轄し、業務権限を強化しました。下の4つのソフトSについては『共通価値感』は従来の儲ける意識を残しつつ、お客様のために、仲間のために、というより上位概念を設定しました」
「大手の専用金型メーカーとして、リーダー企業であるという自覚と責任を持つという意識付けも行いました。金型専業業界は、社員数が20人以下の企業が全体の75%ほどです。私たちは82人の社員を抱えるリーダー企業である、という意識を新たにしました」
「『人材・スタッフ』についても、従来までの単能工人材を獲得するとともに、リーダークラスの人材を中途で積極的に採用するようにしました。新卒採用も継続的に行い、大卒レベルを採用しています。採用の失敗は育成では取り戻せないと思っています。まず入り口である採用を重視しています」
「『スキル・能力』のところは、リーダーシップ、マネジメント能力を組織の強みとしていきたいと思っています」
「最後の『スタイル』は、自ら学ぶ機会を設け、自らの考えを植え付ける。あとは部門横断的にコミュニケーションをとることができ、セルフマネジメントを推奨する。長期で成長させる方針としました。実際何をやっているかというと、2019年ごろからこれも外部に委託して、幹部層と若手層のメンバーを選抜して、月に1回ほど勉強会を3年ほど続けています。自ら考えて行動する、まず行動から変えるセルフマネジメントを学んでもらっています」
「6稼4勤」が生んだ多能工
そんな中で到来したコロナショック。2020年ごろには、フジイ金型も、他社と同様に社員を一時休業させる一時金を申請せざるを得ない状況に陥ります。
週1日休みを増やし、週4日勤務とすることが一般的ですが、藤井さんにはリーマンショックの時の苦い経験が頭をよぎったといいます。
「リーマンショックのときも主に金曜日に休ませて週末3連休にしたのです。しかし、リーマンショックが終わっても、各社員の生産性がなかなか戻ってこないという課題が発生してしまいました。市場が回復したにも関わらず、要求にこたえられずに納期遅延が発生し、受注を断る場合もありました。週休3日に慣れてしまうと、社員の皆さんの生産性が落ちてしまうのです」
今回は一時休業を使用しつつも、各自の生産性が落ちず、逆にスキルアップや考え方のブラッシュアップができないないかと思案した藤井さん。その結果、「6稼4勤」という仕組みを考えだしました。
会社としては月曜日から土曜日まで6日間のうち、4日間または5日間出勤をする。出勤日はシフト制にしてずらしながらバランスを取るスタイルです。こうすれば平日に勉強をする、子供の世話をする、親の介護をする、など、個々人の自由度も上がります。
年間休日は119日から18日増えて年間137日になりましたが、給与は今までどおりとしましたため、時間単位では給与アップになりました。
他の工程の作業を覚えて、進めるよう心がけることで多能工化を促進させる効果もあったといいます。これまで知らなかった、他工程の大変さなどが理解できることから、他部門への思いやりやコミュニケーションを促進することもできました。
「過去の成功体験に縛られて、これからの失敗を恐れるタイプの人たちからは反対意見も出ました。しかし、若い層は最初から好意的にこの働き方を受け止めてくれました」
全社に成功体験を広げていく
改革を進めるため、藤井さんが使用したのは「コッターによる、変革の8つのステップ」です。
- 危機意識を高める
- 変革推進チームをつくる
- 適切なビジョンをつくる
- 変革のビジョンを周知徹底する
- 従業員の自発的な行動を促す
- 短期的な成果を生む
- さらに変革を進める
- 変革を根づかせる
危機意識を高める
「コロナショックの業績低迷ということで、瞬間的に売上高が3割ほど落ちましたが、包み隠さず発表していきました。その後、緊急社長メッセージということで、A4用紙2枚ぐらいに私のメッセージをまとめたものを全社員に配布し、従来の土日休みの週休2日から一時週休3日になることも伝えました。賞与昇給の減額、昇給も従来の上げ幅ほど上げられず、小額の増額になることについても同様です」
変革推進チームを作る
「ナンバー2で営業のトップの専務とよく話し合いをして、方向性を合わせてチーム作りをしました。ラッキーだったのは、比較的最初からこのナンバー2は私のアイデアに賛成し、協力的でした。その後、ほかの幹部メンバーに対して、全体と個別で意思確認をして、賛否を把握してチームに抱き込みました」
適切なビジョンをつくる
「新しい働き方に関する新制度の効果や詳細な運用方法、将来の布石についての説明をまとめた資料を作って全社に配布しました。コロナショックを乗り切って、成長局面に入ったらこんなことをしたい、という明るい未来をしっかりと明示するように意識しました。メンバーに与える夢を語ることは、トップの大切な仕事だと思います」
変革のビジョンを周知徹底する
「先ほどの資料をもとに各部門の時間を取って全社員に順番に説明していきました。不安を抱いている社員には、質疑応答の時間を設けて説明しました。非公式でも、例えば休憩所でフランクにビジョンを語ることなども意図的にやっています」
従業員の自発的な行動を促す
「ナンバー2にも積極的に公式の場、例えば社内の定例会議などで発言してもらっています。私以外の人にも語ってもらう場を作るということです。2020年5月からこの一時帰休の制度を始めましたが、1年間ぐらいはテスト期間だということを社員の皆さんに始めから説明して、いろいろと試してもらいました。失敗もありましたが、責め立てずに、新しいことにどんどん挑戦してもらう。やってさらにいいことがあったら褒めるということもやっていました。特に褒める時はみんなの前で褒めることも意識しました」
短期的な成果を生む
「一時帰休中の1年間のテスト期間の結果について、数字をもって社員に報告しました。休みが増えても、ちゃんと成功できるんだということを知ってもらいました」
さらに変革を進める
「うまく対応できた部分を称賛し、リーダーをほめました。そしてうまくできた部門の事例を発表させ、別の部署に展開します。それもうまくいったところで、正式に就業規則の変更を実施しました。その後、全社統一的な生産管理システムも新規導入し、各部門の作業負荷平準化を図り、成功体験を積み上げるということも行いました」
変革を根付かせる
「現在、うまく対応できていない部分をより強化すべく、少し人を増やしたり、設備投資を追加で行ったりして成功体験を経験させることを全社に展開しようとしています。あとは、社外に取り組みを公表して称賛される雰囲気を作ることも大切です。社会から称賛されると、社員も喜ぶ。今日のこの発表もその一貫かもしれません」
大きく負けなければいい まず実行
変革を始めて3年ほどになりますが、藤井さんは『変革を根付かせる』を進めながら、うまくいかないときは『短期的な成果を生む』『さらに変革を進める』に立ち戻るということを繰り返しています。
「この会社の停滞や不振はすべて経営者の責任です。要は自分ごととしてちゃんと考えないと人も動いてくれませんよということを、改めて認識しました。あとは、計画はほどほどにしておき、まずいかに実行するか。やってだめならば、ごめんなさいと謝って引き返せばいいのです。実行しながら作り込んでいくことが大切です」
19日公開予定の後編記事「フジイ金型社長が意識する『とにかく行動』 失敗を怒らない風土づくり」は、藤井さんと参加者の質疑応答について紹介します。