元英会話講師のボトムアップ経営 松本鉱泉3代目は「雑談」を商品開発に
大阪市西成区の松本鉱泉は、自動販売機への飲料の納品や映画館・劇場で売るフードの仕入れなどを行う会社です。2022年に家業を継いだ3代目社長の三木祐香子さん(50)は、前職で25年ほど英会話講師を務めた経験があります。コロナ禍で逆風にさらされながらも、しっかりと休暇がとれる体制構築や、「雑談会」など社員がアイデアを言いやすい環境づくり、ハンドメイド商品の開発などに取り組んでいます。
大阪市西成区の松本鉱泉は、自動販売機への飲料の納品や映画館・劇場で売るフードの仕入れなどを行う会社です。2022年に家業を継いだ3代目社長の三木祐香子さん(50)は、前職で25年ほど英会話講師を務めた経験があります。コロナ禍で逆風にさらされながらも、しっかりと休暇がとれる体制構築や、「雑談会」など社員がアイデアを言いやすい環境づくり、ハンドメイド商品の開発などに取り組んでいます。
目次
松本鉱泉は、祐香子さんの祖父・松本茂夫さんが戦前から営むラムネ屋が起源です。終戦後、茂夫さんが大阪で「松本商店」を開業し、ラムネなどの瓶飲料を販売する「松本鉱泉所」に発展。1962年に松本鉱泉になりました。
飲料の製造・販売を広げるうち、映画館との結びつきが生まれました。時代の変化で飲料の容器も瓶から缶になると、事業内容も製造から仕入れへと切り替わります。
駅や劇場内にあった売店の減少に伴い、95年からは自動販売機に飲料を補充する業務が増えていきます。99年には、後を継ぐ予定だった祐香子さんの叔父が若くして亡くなったことで、母・松本昌子さんが2代目に就任。20年以上経営トップを務めました。
現在の主な事業は、関西を中心にホテルや京阪電鉄の駅構内にある自動販売機への納品、映画館や劇場、イベント会場の売店などに並ぶポップコーンやソフトクリーム、ホットフードなどを500品ほど納めています。従業員数は12人で、年商は約3億1千万円(2022年度)です。
祐香子さんは祖父の代から松本鉱泉を見てきました。生まれたころは現在の飲料置き場がすべて工場で、ジュースが製造される風景が当たり前でした。
「休日は年始の1日だけで、働きづめだった祖父を見てきました。『しんどそう』という思いがあり、家業には一切携わらないつもりでした」
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英語が好きで先生にもあこがれていた祐香子さんは、大学を出て英会話スクールの講師になります。
母が2代目に就いたころから家業に入るよう打診を受けていたものの、ハードな様子を目にしていただけに、断固拒否の姿勢でした。気持ちに揺らぎが出てきたのは、母の衰えを間近で感じるようになったからといいます。
「退任時、母の年齢は75歳。私が入社するころでも高齢の域に差しかかり、そろそろ助けてあげないといけないと思うようになりました」
祐香子さんは18年4月、松本鉱泉に入社しました。当時は講師を続けつつ週3日出社していましたが、両立は難しかったといいます。
「いわゆる『オフィスワーク』の経験が無く、生活・仕事のスタイルが変わったのもかなりの負担でした。もう25年ほど講師をしていたので、昔からの生徒さんもいますし、慣れ親しんでいる英会話への仕事に気持ちが傾いていました」
兼業生活が4カ月ほど続いたころに後継ぎの打診があり、いよいよ社長業を学ぶことになります。
後を継ぐことが決まってから、前専務に教わりつつお金の動きや経理、取引先の情報などをゼロから覚えました。
「講師時代は経営に関わるなんて考えたこともなく、家業とはいえ仕事の流れまでは把握していません。帳簿の見方など基本からの勉強はハードでした」
それでも家業に深く関わるようになった19年ごろの業績は好調でした。以前からソフトクリームなどを納品していた映画館「T・ジョイ」(東映系列)との取引が、近畿圏から九州や甲信越などにも広がったのが大きかったといいます。
当時はインバウンド需要も追い風となり、梅田にある阪神・阪急系列のホテルに設置された自動販売機への納品も決まったのです。
それと前後して、それまで整備されていなかったホームページのリニューアルにも取り組みました。
「リニューアル自体は専門業者に依頼しましたが、あまり費用もかけられず、ベースは私が作りました」
事業や会社の歴史の紹介、自販機の導入実績などを載せたリニューアル後は、ページビューや問い合わせが増え、新規の営業先がホームページを通して松本鉱泉を知るといった効果はあったといいます。
しかし、その矢先にコロナ禍に突入。母・昌子さんの退任が予定より1年早まったこともあり、就任前後はハードな日々を過ごしました。
「すでに母の仕事のほとんどを受け継いでおり不安はありませんでしたが、就任してから本当の大変さを知ることになりました」
松本鉱泉の主要取引先は観光業と結びついた映画館や駅、ホテルです。コロナ禍で一番大きな売り上げが抜けてしまいました。
祐香子さんは地道な経費削減に取り組み、自販機の補充業務のためトラックで営業先を回るルートを効率化。稼働させる車を減らし、ガソリン代や高速代を節約しました。「海外観光客が戻り、落ち込んだ売り上げの回復に期待していますが、すべてが急激に戻るわけではありません」
22年6月、祐香子さんが3代目に就任。休暇制度や就業規則の見直しに取りかかります。
「有給制度もきちんと整っておらず、正直『ひどいな』と感じました。今の時代に合った内容なのかを見直し、働きやすい環境に変えることが必要でした」
とはいえ、松本鉱泉は自動販売機への納品や映画館・ホテルなどへの営業といった業務が主です。設置場所によって大幅に作業時間が変わり、夏場と冬場で忙しさが大幅に異なります。決まった労働時間を定めるのは難しく、社会保険労務士の助けを借り「変形労働時間制」を採用するなど、改善を試みていきます。
「休暇や就業時間の見直しは正解でした。これまでは、体が疲れてても休めず、無理して出勤したこともあったそうです。従業員は体調不良になった際もきちんと休みを取るようになりました。体力・気力が回復し、精神的にも楽になったのではないでしょうか」
一方、休暇制度を整備する際には、母・昌子さんとの衝突があったといいます。
「昔気質の人なので『休まないのが美徳』という考えが強く、私は休みを取ることが最も大事だと考えているので『そういうこと言ってたらあかんねん!』とけんかに発展することもありました。最終的には『会社を引き継いでいくのは私なので、これから私がやりやすいように変えさせてもらう』と強気に進めました」
昌子さんは引退したものの、会社の状況はすべて伝えており、何かあれば相談しているといいます。衝突しても、長年社長を務めた昌子さんのアドバイスは頼もしいものなのです。
社長就任直前の21年10月からは、大阪市経済戦略局の中小・ベンチャー企業支援拠点・大阪産業創造館による「中期経営計画策定サポートプログラム」に参加し、中期経営計画を初めて立てました。
「小さな会社なので、何か取り組む際はとりあえず挑戦してからその場で修正していくというスタイルで、しっかりとした経営計画を立てたことがありませんでした。だからこそ一度作ってみたく、従業員も関わることで意識も高くなるのではと期待しました」
祐香子さんと従業員3人が、半年ほど通って課題に取り組みました。会社を自動販売機、映画館、納品などの各部門に分け、強みや弱み、脅威や競合相手を分析しました。
「きめ細かいサービスにより関わる皆様に満足を提供し、地域の皆様に笑顔になっていただくきっかけ作りを提供します」という経営理念や、それに基づく行動規範なども策定。「松本鉱泉だからできること」が明確になったといいます。
「計画を立ててから1年足らずで分かりやすい結果は出ていませんが、新たなことを考える機運が高まったと感じます」
不定期で「雑談会」も開くようになりました。休憩中の何げない会話からアイデアが出ることがあったからです。
「会議では堅苦しく、意見が出なくなることもあります。従業員がある程度そろったとき、その時抱えている課題や話題をそれとなく切り出しています。従業員も雑談会をやっているという感覚がないかもしれません」
21年からはキャンドルやソープといったハンドメイド商品の製造・販売を始めました。「仕入れないでいい商品があれば利益率がよくなる」、「じゃあ何か手作りできるものを考えてみよう」という、雑談会での会話がきっかけになりました。
「さらに話し合いを進め、従業員が元々興味を持っていたソープと、私が好きなキャンドルを作ることにしました」
ハンドメイドの知識はゼロからのスタート。ユーチューブなどでハウツー動画を見たり、ソープ作りを行う教室に電話して作り方を聞いたり、手探り状態だったといいます。また、祐香子さんは自らキャンドル教室に通い、クラフトコースを受講して資格を取得するなど、力を入れました。
友人らにキャンドルを贈って感想を聞き、祐香子さんは「アロマが大事」だと気づきました。そこでアロマ教室にも通い始め、香りにこだわった商品が「アロマ缶キャンドル」(999円)です。現在はBtoC マーケットプレースの「メルカリShops」で販売しています。
「コロナ禍でもできることはないかと、試作を繰り返し販売に至りました。改善の余地はたくさんあるし、まだまだ売り上げはささやかですが、口コミを見た方から『キャンドルを売っていると聞いた』という反応もありました。今後は『キャンドルナイト』などのイベントにも参加しつつ、軌道にのせたいです」
当面はコロナ禍で落ち込んだ売り上げを復活させるのが目標です。「コロナ禍前の数字は、普通では戻らないでしょう。既存の営業先に新たな提案をしたり、新規の営業先を増やしたりしたいです」
劇場や建設中のホテルなど、まだ営業できるエリアはあるはずと考えています。初の試みとして、営業をかけられそうな会社にダイレクトメールを送ることも計画しています。
松本鉱泉の従業員は先代のころから働くベテランが大多数です。「新米社長」の祐香子さんは、従業員との対話を心がけています。
祖父や母の代は、トップダウンで指示を出すスタイルで、従業員が声を上げにくい風土だったといいます。祐香子さんの代ではボトムアップを心がけ、アイデアがどんどんわき上がる雰囲気作りに努めています。
「日頃からご家族のことや趣味の話、休みに何をしていたかなど、仕事以外の話題もよく話すようにしています。話すこと自体も大切なのですが、その人が話す際のしぐさや表情をくみ取って、なにか異変があればすぐ声をかけるようにしています」
言葉以外からも相手の思いをくみ取るという姿勢は、25年近く務めた講師時代から意識していたといいます。また、生徒一人ひとりと関わる力は従業員との関係作りにも役立っているのかもしれません。
「私は偉そうで強い存在になろうとは全く思っていません。意見があればどんどん言ってほしい。従業員の意見をくみ上げ、様々な角度から話を聞き、一人ひとりを見ていける3代目になりたいです」
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