日本茶カフェはなぜ商標を取り消されたのか 登録後の注意点と対策を解説
商品やサービスの商標登録が完了したからといって、油断してはいけません。適切な形で使用しなければ、同業他社などから審判を起こされ、商標が取り消される可能性もあります。商標登録後、どのような場合に取り消しの可能性があるのか、また、そうしたリスクを回避するための注意点について、中小企業の相談を多く扱う弁理士らが、実際の取り消し事例を交えて解説します(※本稿は弁理士に依頼して出願手続きを行うことを前提としています)。
商品やサービスの商標登録が完了したからといって、油断してはいけません。適切な形で使用しなければ、同業他社などから審判を起こされ、商標が取り消される可能性もあります。商標登録後、どのような場合に取り消しの可能性があるのか、また、そうしたリスクを回避するための注意点について、中小企業の相談を多く扱う弁理士らが、実際の取り消し事例を交えて解説します(※本稿は弁理士に依頼して出願手続きを行うことを前提としています)。
登録要件をクリアした商標や、応答によって拒絶理由が解消された商標には「登録査定」が通知されます。この通知を受け取ってから30日以内に登録料を納付すれば、手続きは完了です。
「登録料」の納付方法には「10年一括納付」と「5年分割納付」の2通りがあります。「5年分割納付」が活用されるのは、使用する商品の製品ライフサイクルが短い場合です。分納によって初期費用を抑えつつ、商品の売れ行きを見ながら使用の継続について検討することができます。
5年後の後期分納をしなければ権利は消滅するので、使用を継続する場合には納付期限に注意しましょう。5年ずつ分納するよりも10年一括納付する方が登録料の総額は安くなるので、あらかじめ長期間使用することが分かっている場合は一括納付をお勧めします。
ここからは、商標登録後に適切な使用を怠ったために、商標を取り消されてしまった、日本茶カフェ運営のA社長の事例を紹介します(※個人情報の特定を防ぐため、一部の内容は加工・修正しています)。まず、A社長の事業と商標出願の経緯は下記の通りです。
しかし、商標登録から4年ほど経ったころ、出願手続きを行った弁理士から電話がありました。
弁理士:A社長、4年前に登録した商標ですが、ちゃんと使っていますか。
A社長:先生、当然使っていますよ。カフェも好調です。何かありましたか。
弁理士:実は、同業他社から不使用取消審判を起こされ、特許庁から審判の代理人を受任するかどうか聞かれまして…。大丈夫だとは思いますが、以前に注意した点をちゃんと守っていますよね。
A社長:たしか「登録された商標を使用すること」でしたっけ。
弁理士:そうです。今からそちらにお伺いして確認します。
《しかし、1時間後に到着した弁理士は、お店の看板を見てがくぜんとします》
弁理士:あれほど言ったのに…。
A社長:先生、何か問題でもあるのですか。ちゃんと使っているではありませんか。
A社長は、登録された商標をきちんと使用しているという認識でしたが、一体何が問題だったのでしょうか(詳細は最終章で解説します)。
↓ここから続き
商標は登録されればそれで終わりではありません。登録後に注意するべき点は以下の通りです。
それぞれについて説明します。
商標権の存続期間は登録されてから10年間ですが、更新登録料を納付することで、期間をさらに10年延長できます。従って、10年ごとに更新手続きをすれば商標権を半永久的に持続させることも可能です。
これは、「信用の保護」という商標権の法目的を達成するために設けられた制度で、他の知財権にはこのようなものがありません。
手続きを担当した特許事務所が期限の管理を担うことが多いので、任せてしまうケースが多いです。ただ、更新するかどうかの判断も含め、後継ぎの皆様自身も期限管理を意識しておくといいでしょう。
お店に陳列された商品をよく見ると、ロゴに「Ⓡ」と表記されたマークが付いているものがあることに気付きます。これは、その商品名が商標登録されていることを示すマークで「アールマーク」といいます。商標登録された商品にアールマークを付けるかどうかは、商標権者に委ねられており義務ではありません。
筆者は模倣の抑止やブランド力の向上の観点から、商品名にⓇを付けるか、登録商標である旨を記載することを勧めています。最近では、Ⓡや商標そのものの知名度が上がってきたこともあり、模倣の抑止に大きな効果があります。
また、商品の出所が商標権者であることをアピールし続けることで、ブランド力が醸成され、商品価値が高まるケースも多いです。
将来的に事業が大きく発展すれば、自社の商標を使用したいという会社が現れるかもしれません。その場合、商標の使用を許諾する代わりにライセンス料の支払いを求める商標ライセンス契約を交わすことになります。
商標権は、登録後の取り扱いによって取り消されるケースがあります(審判手続後)。登録された商標が不正に使用されていたり、長期間不使用であったりする場合、誰でも特許庁に対し取り消しのための手続きができるのです(取消審判)。
先行商標によって登録できない場合(連載第4回参照)や、裁判などの係争案件では頻繁に利用される制度です。以下に詳細を説明します。
商標権者がわざと商品の品質を誤認させたり、他人の登録商標と混同させたりした場合、その商標権を取り消すことができる制度です(不正使用取消審判)。
前述したライセンス契約を交わしている場合、使用を許可した他社が不正な行為をした場合であっても同様に取り消しの対象となります。悪質な行為を放置すれば、需要者が保護されないという公益的理由から、こうした制度が設けられています(連載第1回参照)。
登録後3年以上使用していない商標を、取り消すことができる制度です(不使用取消審判)。長期間使用していない商標には保護すべき「信用」が蓄積されていないとの考えから設けられたものです。拒絶理由通知の対応手段として頻繫に利用されることも多く、商標権者としては細心の注意を払うべきものです(連載第4回参照)
商標権者として注意すべきなのは、登録された商標と「同じ商標」を使用しているかどうかです。登録された商標と全く同じものを使用している場合は問題ありませんが、実際にはパッケージや看板のスペース、商品の売り出し方、商品ラインアップなど様々な要因で登録されたものと異なる商標を使用する場面も多いことでしょう。
商標法もこうした取引の実情には、理解を示しており「社会通念上同一の商標」であれば「使用」と認めてくれます。従って、どこまでの範囲が「社会通念上同一」にあたるかが問題となるのです。
同一の商標であれば、表示方法を多少変更して使用することは認められています。例えば、横書きの商標を縦書きの商標として使用する、書体を明朝体からゴシック体に変更して使用する、アルファベットの大文字を小文字に変更して使用する、などです。
また、「アップル」を「apple」に変更して使用した場合など、読み方と意味が同じであれば外観を変更しても「社会通念上同一の商標」の使用と認められます。
ただし、平仮名、片仮名、アルファベットの相互使用であっても変更によって異なる意味合いが生じてしまう場合には、「社会通念上同一の商標」の使用と認められません。
例えば、「チョコ」を「ちょこ」に変更した場合、「チョコ」が「チョコレート」の略称であるのに対し「ちょこ」は「盃」も想起させるため、異なる意味合いが生じてしまいます。そのほか、同じ概念の図形であっても形態が大きく異なる場合には「社会通念上同一の商標」と認められないケースもあります。
以下、登録商標の使用と認められない事例を示します。
それでは前述したA社長の事例に戻ります。A社長の商標は上段にひらがなで「●●」、下段にアルファベットで「△△」と2段書きで表記されたものです。この商標にどんな問題があるのでしょうか。
話は商標登録を出願した4年前までさかのぼります。
A社長:店名は「●●」にしようと思っていたのですが、インバウンドのお客さんには分かりにくいと思いまして「△△」も候補となっているのです。
弁理士:●●の英訳は△△ではありません。なので、どちらも出願しておいた方がいいと思います。
A社長:でも、それだと費用が2倍になりますよね。困ったな…。そうだ、2段書きにして一つの出願とするのはどうでしょうか。
弁理士:あまりお勧めしませんが、そのようにするならば「△△」だけ使うというように、片方だけ表示することは絶対にやめて下さい。せっかく商標権を取っても取り消される可能性が高くなります。必ず登録された商標を使わないといけません。
A社長:わかりました。登録された商標を使えばいいのですね。
こうした経緯がありましたが、A社長は無事に登録されたことの喜びや事業運営の多忙さから、弁理士の注意の意図を忘れていました。その後、インバウンド客が増えたこともあり、実際にはアルファベットの「△△」だけを使うようになっていました。
2段書きの商標の場合、両方とも同じ意味を持つ場合であれば、片方だけの使用によって「社会通念上同一の商標」を使用したと認められます。しかし、今回のケースでは、「●●」の英訳が「△△」ではないため、認められません。
結局、同業他社から提起された不使用取消審判によって、A社長の商標は取り消され、店名を変更せざるを得ませんでした。
では、A社長はどのように対応するべきだったのでしょうか。まず、インバウンド客によって「△△」がブランド化されていったのですから、「△△」単体での商標登録出願を検討するべきでしょう。その場合、商標取得の可能性も高いと考えられます。
また、登録された商標を少しでも使用していれば、取り消しを回避できるので、弁理士のアドバイスを受け、最小限の費用で対応する方法を取ることもできたと思います。
これまで5回の連載で、「事業承継と商標」をテーマに説明しました。商標を上手に活用することで、これまで築き上げてきた信用が保護され、商品・サービスの付加価値を高めてくれます。連載の内容が、読者の皆様の事業に役立てば幸いです。
※連載「後継ぎのための商標権講座」は今回で終了します。
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