商標登録のミスで店名変更 「指定商品・指定役務」の基本を解説
知恵を絞って生み出した商品・サービスのブランドや信用を守るには、商標登録による保護が欠かせません。しかし、登録の仕方を誤ると店名の変更を余儀なくされるなど、思わぬトラブルを招く恐れもあります。中小企業の相談を多く扱っている弁理士らによる連載「後継ぎのための商標権講座」3回目は、商標登録出願の具体的な手順や、ミスにつながりかねない「指定商品・指定役務」の基礎知識について、実際にあった失敗例などをもとに解説します。
知恵を絞って生み出した商品・サービスのブランドや信用を守るには、商標登録による保護が欠かせません。しかし、登録の仕方を誤ると店名の変更を余儀なくされるなど、思わぬトラブルを招く恐れもあります。中小企業の相談を多く扱っている弁理士らによる連載「後継ぎのための商標権講座」3回目は、商標登録出願の具体的な手順や、ミスにつながりかねない「指定商品・指定役務」の基礎知識について、実際にあった失敗例などをもとに解説します。
目次
前回「商標登録を怠ってチャンスを逃した工場 商機をつかむ商標権活用の基本」では、登録可能な商標の要件について説明しました。今回は、商標登録出願の具体的な手順と「指定商品・指定役務」や「区分」などの専門用語について解説します(※本稿では弁理士に依頼して出願手続きを行うことを前提としています)。
まずは、実際にあった失敗事例を紹介します。唐揚げ専門店の創業者A社長が弁理士に、次のような相談をしていました。
「先生、このお店の名前を見てください。うちの会社の商標とそっくりだ。これって訴えたら勝てますよね?登録証だってちゃんとあるんですよ!」
ところが、パソコンを使って調べ始めた弁理士の顔がみるみると曇っていきます。
「うーん、これはまずいな…。」
きちんと商標登録がされているというのに、何か問題でもあったのでしょうか(この事例の詳細は記事の後半で解説します)。
担当する弁理士の方針にもよりますが、多くの場合は以下の流れで出願手続きの準備をします。
それぞれについて、次章から詳しく説明します。
↓ここから続き
例として、以下のような図形と文字を組み合わせたロゴを商標登録するときを考えてみます。
この場合は、以下の3パターンの出願を検討することになります。
出願する商標は、事業での使用状況や今後の事業展開を踏まえて決定します。1件あたり15万円程度の費用はかかりますが、3パターン全てを出願するという判断もあり得ます。
新商品の名称など、出願を依頼する段階ですでに登録すべき商標が決まっていることも多いですが、適切な商標権は事業計画を考慮したうえで取得すべきです。使用状況を弁理士に伝えた上で最終的に決めることを勧めています。
商標は他の商品やサービスと区別するための目印になります(第1回「商標登録を怠ると思わぬ経営リスクに トラブルの事例をもとに解説」を参照)。従って出願の際は、その商標を使用する商品・サービスを指定しなければいけません。
このような商品・サービスを「指定商品」「指定役務」といいます。商標権の権利範囲は、この「指定商品」「指定役務」によって決まるため、選定はとても重要です。
登録商標と類似の商標であっても、使用している商品・サービスが「指定商品」「指定役務」と非類似であれば、商標権侵害とはなりません。その商標を登録することも可能です。
例えば、朝日新聞社は指定商品「印刷物」について商標「あさひ」の商標権を所有していますが、自転車販売店が同じ商標を商品「自転車」について使用しても侵害とはなりません。
類似判断を容易にするため、商品または役務には、数字とアルファベットの組み合わせでできた五桁の共通コードである「類似群コード」が付されています。
特許庁での審査では、同じ類似群コードが付された商品及び役務について、原則としてお互いに類似するものと推定されます。
指定商品・指定役務は、商標の使用状況を考慮して決定します。このときは、現在使用している商品・サービスだけでなく、構想段階にある事業についても検討しましょう。
例えば、「切り餅」のメーカーが将来的に「柏餅」や「桜餅」の製造を検討している場合、指定商品は「餅」のみではなく、「柏餅」や「桜餅」が含まれる「もち菓子」も記載すべきです。
「もち菓子」を記載しない場合、その商標権は「柏餅」や「桜餅」には及ばず、権利範囲が狭くなるためです(※「餅」の類似群コードは「32F03」、「もち菓子」の類似群コードは「30A01」と異なるため、これらは互いに非類似の商品と推定されます)。
また、一度出願してしまうと指定商品・役務を追加することはできません。適切な商標権を取得するために、弁理士との入念な打ち合わせが必要です。
「区分」は商品・役務を一定の基準でカテゴリー分けしたもので第1類から第45類まであります。「区分」は商標権取得の費用に大きく関係しています。
商標権取得にかかる費用は、大きく分けて弁理士報酬と特許庁に納付する手数料(印紙代)の2種類があります。これらの費用は一つの商標につく「区分」の数が多くなるほど高くなる傾向があります。従って、費用を抑えたい場合は「区分」の数をできるだけ少なくするようにします。
膨大な商品・役務を45の区分にカテゴリー分けしているため、一つの区分に異なる商品・役務が多数含まれているケースもあります。先の例に挙げた「餅」「もち菓子」はいずれも第30類なので、両方記載しても区分数は同じで費用は変わりません。
ただし、記載できる指定商品数の上限や他人の商標権との抵触を考慮し、権利範囲を狭くするほうが得策の場合もあります。弁理士と相談して適切な指定商品・役務を検討するのがベストです。
ある程度、出願の方針が固まったら、弁理士が商標調査をします。調査結果次第では、指定商品・役務の変更や商標そのものの変更を弁理士から提案される場合もあります。
弁理士が作成した出願書類を確認し、打ち合わせ通りの内容になっているかをチェックします。特に問題がなければ、弁理士に手続きを進めてもらい出願を完了させます。
筆者は経営者の方から「法人と代表者個人のどちらの名義で出願する方が良いのか」と聞かれることがあります。一般的には、経費負担や裁判などの紛争を考慮し、法人名義で出願する方が良いケースが多いです。
一方、個人名義であれば、企業買収されても商標権は代表者の手元に残ります。ブランド名に愛着があり、商標権だけは手元に残したいといった意向を持つ場合、個人名義で出願した方が良いでしょう。
それでは本稿の冒頭で触れた、店名の商標登録を独学で行ったために、適切な指定商品を記載せず、やむを得ず店名を変更した失敗事例を紹介します(※個人情報の特定を防ぐため、一部の内容は加工・修正しています)。
まずはA社長の事業の概要を説明します。
話は、5年前にさかのぼります。
A社長「商標っていうのを取った方が良いらしいな。うちの店名も知れ渡ってきたし、取っておこうか」
B副社長「でも、いろいろと費用がかかるんじゃない?」
A社長「そうだな。お金ももったいないし、インターネットで調べて私たちだけで取ってみるか」
こうしてB副社長は、インターネットでの情報を頼りに悪戦苦闘しながら出願手続きを行い、無事に店名の商標登録を完了させました。
そして5年後、店名が他社に使用されている事実を知り、意気揚々と弁理士のところへ相談に来たというわけです。
しかし、冒頭で説明したように、弁理士は「これはまずい」と話し、A社長との間で次のような会話が交わされました。
弁理士:「この商標の指定役務は『唐揚げ料理の提供』だけで、商品『鶏肉の唐揚げ』は指定されていません。このため、商標がイートインに限定され、テイクアウト商品の『鶏肉のから揚げ』にまで商標権の効力が及びません。相手のお店もテイクアウト専門店なので商標権は及ばず、訴えても勝つことはできないのです」
A社長:「そんな…。じゃあ、今から「鶏肉の唐揚げ」を指定すればいいんですか?」
弁理士:「残念ながら、指定商品を追加することはできません。そして相手方のお店は商品『鶏肉の唐揚げ』を指定して店名を商標登録しています。このままでは、逆に訴えられてしまうでしょう。登録日からそれほど日数が経っていないため、損害賠償金を請求されることはないと思いますが…」
A社長は、弁理士から商標の使用は避けるべしとの助言を受け、店名の変更を余儀なくされてしまいました。
B副社長は5年前の商標登録手続きの時点で、役務「唐揚げ料理の提供」だけでなく商品「鶏肉の唐揚げ」の両方を指定する必要がありました。
飲食店関連の商標を検討する場合、出願の時点では「イートイン」のみの実施であったとしても将来的にテイクアウト販売することを見据え、「テイクアウト」と「イートイン」の両方を考えなくてはなりません。
それぞれ別の商品・役務となり区分数が増えるため、費用は多くかかります。しかし、長年継続してきた事業ブランドの維持には、適切な商標権の取得が必須だと筆者は考えます。
このようなケースは飲食業界に限った話ではありません。商標登録を検討する際には、商標の使用場面や事業計画を弁理士に伝え、適切な商標の取得を目指しましょう。
次回は、出願した後の流れについて説明したいと思います。
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