商標登録を怠ってチャンスを逃した工場 商機をつかむ商標権活用の基本
連載「後継ぎのための商標権講座」2回目からは、実践編に入ります。商標権登録を怠ったばかりに大きな商機を逃した工場の実例から、登録できる商標と登録できないものの境目、商標でビジネスチャンスをつかむためのポイントなどについて、中小企業の相談に乗っている弁理士らが解説します。
連載「後継ぎのための商標権講座」2回目からは、実践編に入ります。商標権登録を怠ったばかりに大きな商機を逃した工場の実例から、登録できる商標と登録できないものの境目、商標でビジネスチャンスをつかむためのポイントなどについて、中小企業の相談に乗っている弁理士らが解説します。
目次
前回は商標登録の重要性について説明しました。今回は承継した事業を守るために役立つ知的財産権を紹介しつつ、登録可能な商標の要件について説明します。
「私の会社の方が最初に作ったんだ。他の会社はうちのをパクっただけなのに。なんでこんなことになってしまったのか…」
これは、筆者のクライアントである刃物工場の後継ぎA社長の言葉です(※この事例の詳細は、記事の後半で解説します)。
読者の皆様の中には、A社長と同じように他社から製品をまねされた経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。多くの経営者は事業を維持・発展させるため、商品開発や新たなサービスの提供、売り上げを伸ばすための営業手法の確立、業務改善ツールの運用など様々な活動をしています。
しかし、こうした努力にただ乗りしようとする者がいることも事実です。何か対策を講じることはできないのでしょうか。
このような「創造的活動」によって生み出されるものは、形ある「物」ではなく「財産的価値のある情報」であり、情報は容易に模倣されやすいという特性があります。そこで我が国では、これらを「知的財産」として保護し、創造活動した者に「知的財産権」を認めているのです。下の図を見ていただくと、様々な対象物を保護しようとしていることがわかります。
「発明」や「著作物」は「知的財産」の代表格ですが、それ以外にも「デザイン」や「営業秘密」など事業の維持・発展に不可欠な知的財産も保護対象となっています。それでは、知的財産権の中で、いくつか代表的な権利を紹介します。
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「発明」が保護の対象です。特許庁に出願し、審査を通過する必要があります。存続期間は出願から最長20年です。発明を公開する代償として独占的に使用できる権利が与えられています。
ちょっとした工夫である「考案(小発明)」が保護の対象です。特許権と似た制度ですが、保護対象が物品の形状・構造等に限られる点、簡易な審査(方式審査)のみであるため、早期に権利化が可能である点が異なります。また、存続期間は出願から最長10年と短くなっています。
物・建築物・画像の「デザイン」が保護の対象です。特許庁に出願し、審査を通過する必要があります。存続期間は出願から最長25年と他の権利より長くなっています。同一デザインだけでなく、類似の範囲まで権利が及ぶため商品の模倣防止に役立っています。
本連載のテーマである商標権については、連載1回目で詳しく取り上げていますので、ご覧ください。
音楽・絵画・写真・小説など「著作物」が保護の対象です。「著作物」を創作した時点で著作権が発生し、特許権のような審査はありません。存続期間は著作者の死後70年です(例外はあります)。
知的財産権のうち、特許権、実用新案権、意匠権、商標権の四つを「産業財産権」といい、特許庁が所管しています。これらの権利は、特許庁に出願し審査を通過する必要があります。審査を課す代わりに、他の知的財産より強い権利となっています。
それでは、どのような商標であれば、登録ができるのでしょうか。
事業者らが特許庁に商標登録出願をすると、書類の不備などを審査する「方式審査」と商標の登録要件を審査する「実体審査」が行われます。審査の結果、「登録査定」となれば、「登録料」の納付後に商標が登録されます。
商標法では、登録できない商標について細かく規定をしています。特に以下の三つのタイプをおさえておきましょう。
普通名称、慣用的に使用されている商標(例:清酒に「政宗」)、ありふれた氏(鈴木、佐藤など)、1~2文字のみの商標、などがこれにあたります。
これらの類型の中で、審査に最も引っかかりやすいのが「記述的商標」と呼ばれるもので、商品の産地・販売地・品質等を示す商標です。
例えば商品「建築材料」に対して「スベラーヌ」という名前を商標登録しようとすると、「建築材料」の品質について「すべらない、すべりにくい」という品質を記述した商標と認定され、登録されません。
商品・サービスの名称を商標登録出願するケースは多いのですが、これらは商品の品質などをアピールするものが多く、この「記述的商標」にあたりやすいといえます。
国旗・都道府県章・菊花紋章、赤十字マーク等の公共性の高いマーク、差別的表現を含むような公序良俗に違反である商標がこれにあたります。また商品「ビール」に商標「〇△ウイスキー」のように品質を誤認させるような商標も登録できません。
すでに登録された他人の商標(注:23年6月に公布された改正商標法で要件が緩和)や、未登録の著名な商標と類似で指定商品・役務も類似である場合がこれにあたります。類似するかどうかは、データベースを利用して調べます(注:無料のデータベースもあります)。
それでは記事の冒頭で触れた、商標登録の存在を知らずに大きな商機を逃してしまった失敗事例を紹介します(個人情報の特定を防ぐため、一部の内容は加工・修正しています)。
まずはA社長の事業の概要を説明します。
話は、A社長の長年の友人であるXさんの相談を受けたところから始まります。
Xさん「最近、孫が生まれたんだけど伸びた爪をうまく切れないと娘が嘆いているんだよ。爪を切らないと孫の顔が傷だらけになってしまうし、良い爪切りがあるいいのだが」
A社長「そういえば、爪切りは以前に受注したことがあったな。あれを改良すればいいものが作れるかも。試作品を作ってみようか」
Xさん「ありがとう!とても助かるよ」
後日、試作品の感想をXさんに聞くと、とても喜んでいて、次のような会話がありました。
Xさん「娘もこんな使いやすい爪切りはないと大喜びだったよ!この爪切りなら特許を取れるんじゃないの?」
A社長「昔作ったものをちょっと改良しただけだし、特許なんて無理だよ。でもこれを販売するのもいいかもしれないな。うちの息子が会社のホームページで通販をしているし、頼んでみよう」
A社長は息子のB専務に頼み、「赤ちゃん用爪切りハサミ」という商品名で販売をはじめました。他の業務もあり大量生産はできないため、通信販売のみの小規模な販売でしたが、少しずつ売り上げが伸びていきました。
その後、「赤ちゃん用爪切りハサミ」を大手ECサイトに出品すると売り上げが急上昇。本格的に大量生産体制を検討することになりました。
ところが、このころから模倣と思われる類似の商品がECサイトで出回り始めます。中には堂々と「赤ちゃん用爪切りハサミ」と記載する出品者もいたのです。そのため、せっかく伸びてきた売り上げも頭打ちになってきました。
そんな中、B専務が「商標登録された商品であれば、ECサイトも模倣品が出回らないように対応してくれる」と聞き、あわてて弁理士に相談することになります。A社長もB専務も、特許についてが知識がありましたが、商標についてはその存在すら知りませんでした。
すでにお気づきの方も多いことでしょう。「赤ちゃん用爪切りハサミ」という名前は、「赤ちゃん用」の「爪を切るハサミ」の意味合いが生じ、商品の品質を表す「記述的商標」にあたる可能性が高いため、商標登録される可能性はとても低いです。
今さら商品名を変えて商標登録をしても効果がないと考え、A社長はこのまま細々と販売を続けることになりました。こうして大きな商機をみすみす逃すことになってしまったのです。
それでは、今回のケースではどのように対応すれば良かったのでしょうか。
まず、A社長は試作品が完成した段階で弁理士に相談するべきでした。特許となる発明のほとんどが改良発明なので、この爪切りも特許権を取得できた可能性は十分にあります。また、デザインに特徴があれば意匠権で保護できた可能性もあります。
商品名に関しては、商品名を記述的ではない、商標登録可能なものに変更し、登録した上で販売を始めれば全く異なる結果になったことでしょう。ブランド化して、他の商品と差別化する道もあったと思います。
弁理士の中には「JPAA知財経営コンサルタント(日本弁理士会認定資格)」の資格を持ち、スペシャリストとして、知財コンサル業務を行う専門家もいます。アイデアや新たな事業を思いついた段階で相談することで、大きな商機をつかめるかもしれません。後回しにせず、早めに相談することをお勧めします。
次回は、商標登録出願について説明したいと思います。
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