前回は商標登録出願の具体的な手順を説明しました。今回は出願後の流れと「拒絶理由通知」が届いた際の対応方法について説明します(※本稿では弁理士に依頼して出願手続きを行うことを前提としています)。
まずは、筆者の業務で実際にあったシーンを紹介します。半年前に出願した商標出願について、特許庁の審査官から拒絶理由通知が届いたのです。まずはクライアントに状況報告をしなければいけません。
「〇〇社長、先日出願した商標について拒絶理由通知が届きました」
「ええっ!拒絶ですか。じゃあ、お金を払ったのに登録されないということですか!」
「社長、落ち着いて下さい。これからの対応について説明しますので…」
こうした事態を想定していた筆者が、今後の対応について説明すると、社長は落ち着きを取り戻してくれました。ここで問題になった拒絶理由通知とはどのようなものか、次章で説明します。
商標登録の出願後、特許庁の審査官が書類の不備などを確認する「方式審査」と商標の登録要件を見る「実体審査」を行います。審査の結果、登録要件が満たされていれば「登録査定」となり、登録料の納付後に商標が登録されます(第3回参照)。一方、審査官が登録できない理由があると判断した場合、いきなり「拒絶査定」をして審査を終えるのではなく、出願人に理由を告げ、対応するための猶予期間を通知します。これを、拒絶理由通知と呼びます。
本章では、拒絶理由通知への理解が不足していたために、不利益を被った和菓子メーカーのA社長の実例を紹介します(※個人情報の特定を防ぐため、一部の内容は加工・修正しています)。
A社長の事業内容と商標出願の経緯は次のとおりです。
- 創業35年。和菓子の製造・販売が主事業
- 2年前に販売を始めた新商品が好評で予想以上に売り上げが伸びる
- 新商品名を商標登録するべく、A社長の息子のB専務が出願手続きを行う
- インターネットで調べれば何とかなると考え、弁理士には依頼せず
このケースでは、出願して半年ほど経ってからA社長のもとに拒絶理由通知が届きました。A社長とB専務は次のような会話を交わします。
A社長「拒絶理由通知には『C社の登録商標と類似している』と書かれているな」
B専務「インターネットで調べたら、すでに登録された商標と類似していたら登録は難しいそうだよ。このまま使用していると裁判になるかもしれない」
A社長「調べた限り、類似した商品名は無かったんだがな。そもそもC社はお菓子の製造なんてしていないだろうに。まあ、拒絶と書いてあるのだから仕方ない。面倒なことにならないように商品名を変えて新たに商標出願し直そう」
商品名を変えたことで売り上げの伸びは鈍化したものの、新商品を安心して製造・販売できるようになり、A社長は胸をなでおろします。
しかし、最近になって驚くべきものを発見しました。拒絶された商標と類似する商品名の菓子が売り出されていたのです。しかも販売しているのはC社ではない別の会社で、商品名の横には「登録商標」の文字が表示されていました。
A社長は「私たちの商標は拒絶されたのに、どうして商標登録されているんだ」とうめきます。見切りが早すぎたのかもしれませんが、他社も条件は同じはず。なぜ登録されているのでしょうか。そしてA社はどのように対応すればよかったのでしょうか。この答えは、最終章で解説します。
拒絶理由通知への対応策
A社のように、拒絶理由通知に応答せず、放置しておくと「拒絶査定」となり、商標は登録されません。従って、応答期間内(通常40日)に何らかの対応をする必要があります。
拒絶理由通知への対応策は主に2種類です。
一つ目は出願内容を修正する「補正」と呼ばれる対応方法です。補正すると商標権の権利範囲が狭くなることが多いので注意は必要ですが、補正のみで対応可能な案件なら、低コストで拒絶理由を解消できます。
案件によっては、審査官が補正案を提示してくれる場合もあります。なお、商標の変更は一切できません。
二つ目は審査官に反論する方法です。この場合、意見書を作成して特許庁に提出します。必要に応じて証拠も添付します。審査官が示した理由や根拠を覆すだけの論理構成が必要で、この方法で拒絶理由を解消するのは容易ではありません。
対応を弁理士に依頼する場合、前者は0万円~2万円、後者は5万円~10万円の費用がかかります。
また、有料にはなりますが、応答期間は最大3カ月延長することも可能です。期間内の対応が難しい場合には、検討するといいでしょう。
ケース別の対応方法を解説
ここからは、拒絶理由通知への対応策について、主なケース別に詳しく説明します。
他人の登録商標と類似と判断された場合
商標法4条1項11号に関するもので、対応方法としては以下が考えられます。
①指定商品・役務の削除補正
指定商品・役務(第3回参照)を確認し、類似と判断された指定商品・役務の削除補正を検討します。今後の事業展開とのバランスを考えて判断します。
②意見書での反論
商標の類似性を確認し、意見書で反論できるだけの材料があるか判断します。
③先行商標を譲渡してもらう
登録された「他人」の商標が「出願人」の商標になれば、拒絶理由は解消します。先行権利者が長年使用していないなどの事情が見受けられれば、商標の譲渡交渉に応じてくれる可能性もあります。
ただし、相手方との交渉、契約書の作成、譲渡手続きなど煩雑な対応が必須で費用も高額になります。
なお、2024年4月からは、先行商標の権利者の同意があれば併存登録を認めるコンセント制度が導入されます。詳細はまだ公表されていませんが、手続きが簡素化されるのであれば、ぜひ利用してほしい制度です。
④先行商標を「潰す」
過去3年間使用していない商標を取り消すことができる制度(不使用取消審判)や、誤って登録されている商標を無効にする制度(無効審判)があります。これらを利用して先行商標を「潰す」ことを検討します。
成功の可否が予測できるため、実務上、不使用取消審判を利用することは多いです。費用は不使用取消審判が20万円程度、無効審判が30万円~40万円程度です。譲渡交渉に比べると簡素な対応で済みますが、相手方とは敵対的な関係となるので注意が必要です。
商品の産地・販売地・品質等を示す商標と判断された場合
商標法3条1項3号・6号に関するもので、対応方法としては以下が考えられます(第2回参照)。
①指定商品・役務の削除補正
ケースとしてはわずかですが、特定の指定商品・役務を削除すれば拒絶理由が解消される場合があります。
②意見書での反論
識別力がないと判断された場合、主な対応は意見書による反論です。審査官の論理構成を的確にとらえ、証拠を添付して識別性があることを主張します。
③放置する
商標登録をあきらめることになり、使用の独占はできません。ただ、同時に他人も同一・類似の商標について権利を取得できないことになります。従って、使用による商標権侵害の心配はなく、いわば特許庁のお墨付きをもらって堂々と商標を使用できると考えることもできるのです。使用の独占にこだわらないなら、こうした対応も検討するべきでしょう。
査定不服審判で覆せる場合も
拒絶理由の通知後、応答によって拒絶理由が解消すれば「登録査定」となりますが、審査官が解消されていないと考えれば「拒絶査定」となります。
しかし「拒絶査定」になったとしても、登録への道が閉ざされたわけではありません。不服申し立てをする「拒絶査定不服審判」という手段が残されています。
拒絶査定不服審判によって「拒絶査定」が「登録査定」になるケースも多く、特許行政年次報告書2022年版によると、およそ5割~6割程度覆っています。
拒絶査定不服審判は審査の続きという性質がありますが、審査とは異なる点がいくつかあります。
- 「審査」では審査官単独で審査するのに対し「審判」では3人または5人の合議体で慎重に審理を行う
- 「審査」では大量の出願を短期間に審査するため、審査基準を厳格に運用するが、「審判」では取引の実情を考慮するなど個別具体的事案に応じた柔軟な運用をする
審判の手続きを弁理士に依頼した場合、印紙代を含めた費用は、およそ20万円~30万円ほどと決して安いものではありませんが、何としても商標登録をしなければならないといった案件では、必ず検討するべきでしょう。
特に「識別力がない」ことが拒絶理由の場合、意見書での応答で覆すのは困難ですが、拒絶査定不服審判を提起することで、「登録査定」となるケースは少なくないと感じます。
和菓子メーカーはどう対応するべきだった?
それでは、前述した和菓子メーカーのA社長の話に戻ります。ここまで読んだ皆様には、なぜ他社が商標登録できたのか、ある程度想像がつくのではないでしょうか。
実はA社長の出願には、和菓子の製造・販売とは関係のない指定商品・役務が含まれていました。これらが先行登録していたC社の商標権と抵触することとなり、拒絶理由通知がなされたのです。
もし、A社長が不要な指定商品・役務を削除補正していれば、商品名を変えることなく製造・販売ができ、当初の勢いを保ったまま新商品の売り上げを伸ばせたかもしれません。
拒絶理由通知に対する対応は、将来の事業展開やコストバランスを考えて柔軟に対応しなければなりません。出願の段階で弁理士に依頼をしていないというケースであっても、弁理士に相談し、対応を依頼することも考えてほしいと思います。
次回は、商標登録後の注意点について説明したいと思います。