目次

  1. ファブレスとは
    1. ファブレス経営とは
    2. ファブレスとOEMの違い
    3. ファブレスに向いている業界・業種
  2. ファブレスのメリット
    1. 工場や設備への投資が不要
    2. コストダウンや短期リリースが可能
    3. 自社の強みを高度化できる
  3. ファブレスのデメリット
    1. 品質管理・生産管理が難しい
    2. ものづくりのノウハウが蓄積できない
    3. 情報漏洩のリスクがある
  4. 有名なファブレス企業
    1. Apple
    2. エレコム
    3. 無印良品
  5. ファブレスを成功させるためのポイント
    1. コアコンピタンスを磨き続ける
    2. パートナーシップを構築する
    3. サプライチェーン全体に責任を持つ
  6. ファブレスでフレキシブル&スピーディーな経営を実現

 ファブレスとは、英語の「fabrication facility(製造施設)」に「less(ない、持たない)」を組み合わせた造語です。一般的に、自社では製品の企画、開発、設計、販売に特化し、製造は他社に製造委託するメーカーやビジネスモデルのことを指します。

 1980年代後半、アメリカのシリコンバレーの半導体関連企業が日本企業へ生産を委託したことが起源とされますが、現在では半導体業界だけではなく、アップル、任天堂などのメーカーや、ユニクロ(株式会社ファーストリテイリング)、無印良品(株式会社良品計画)といった製造小売業も広義のファブレスといえます。

 また、総務省の日本標準産業分類では「自らは製造を行わないで,自己の所有に属する原材料を下請工場などに支給して製品をつくらせ,これを自己の名称で卸売するもの」が「製造問屋」として「卸売業」に定義されていることから、製造業だけでなく卸売業に分類されているファブレス企業もあるとわかります。

 ファブレス経営とは、自社の製造施設・工場を持たない経営方式のことです。製品の企画・開発、設計を自社で行い、製造を他社に委託し、できあがった製品を仕入れて自社ブランドで消費者に販売するという業務フローになります。

 ファブレス企業から委託されて製造を請け負う企業を「ファウンドリ企業」と呼ぶ場合がありますが、半導体業界以外で使われることはほとんどありません。

ファブレス経営の業務フロー
ファブレス経営の業務フロー(デザイン:中村里歩)

 ファブレス経営方式を採用することで、工場の建設や設備への投資、維持管理費や作業員の人件費を削減し、自社の経営資源(資金、人材、情報)を製品の企画、開発、設計、販売に集中投下できるようになります。

 また、新しく設備を導入する必要がなく、それらをすでに所有している工場に製造委託することで、商品化までの時間を短縮することも可能です。つまり、製造に優れた他社の経営資源(設備、技術、経験・ノウハウ、人材)を活用する経営方式であるともいえます。

 ファブレスに関連する用語として「OEM(Original Equipment Manufacturing)」という言葉があります。OEMは、委託者の製品を製造すること、または製造を受託する企業を指し、日本語では「相手先(委託者)ブランド名製造」と訳されます。

 ファブレスが「工場を持たない経営方式」を指すのに対し、OEMは工場側の視点で「他社ブランドの製品を製造する経営方式」であるといえます。両者の違いは、視点の違いということです。

   委託(自社)側の視点 → ファブレス
   受注(工場)側の視点 → OEM

 ファブレス企業がOEM生産を行う工場に製造委託することもありますし、メーカーが自社工場ではなく他社によるOEM生産によって製品ラインナップを拡充する場合もあります。

 OEM生産は、現在では食品、自動車、家電などさまざまな業界で行なわれています。大手食品メーカーがコンビニなどの流通小売業向けにプライベートブランドの商品をOEM生産していたり、市場規模の小さいスポーツカーの分野でトヨタ、スバル、BMWが提携して商品を相互に供給していたりするのは身近な例でしょう。

 OEMは委託側と受託する工場、それぞれにとって以下のようなメリットがあります。

委託側のメリット 受注する工場側のメリット
・大規模な投資なしで製品ラインナップを拡充できる
・自社の経営資源をコア事業に集中投下できる
・委託先の工場の経営資源(設備、技術、経験・ノウハウ、人材)を活用できる
・工場の稼働率を上げられる
・新たな販売ルートを確保できる
・自社の経営資源を製品製造に集中し経験・ノウハウの深化ができる

 ファブレスは、企画・開発・設計プロセスと製造プロセスが分離しやすい製品であることが大前提です。そのため、製品企画から製造・販売までの全工程を自社で賄うよりも一部のプロセスに特化することで競合他社に対する競争優位性を構築できる特徴を持つ業界・業種に向いています。ファブレスにより製品の企画・開発に特化することで世界初、業界初の製品を生み出し続けるアップルやキーエンスが代表的な例です。

 また、製品自体が比較的コモディティ化(一般化)しており、製造委託先が多い業界・業種にもファブレスの例が多く見られます。具体的にはデジタル機器、アパレル、食品、生活雑貨の業界・業種などです。PC周辺機器のエレコム、アパレルのユニクロ、アパレル・生活雑貨・食品を取り扱う無印良品が該当します。

 では、ファブレスにはどんなメリットとデメリットがあるのでしょうか。はじめにメリットについて確認していきます。

 製品を製造するためには、工場を建設するための土地や建設費、製造に必要な設備への投資、生産を行うための人員の確保や工場を運営するためのさまざまなコストがかかります。特に、ファブレスの起源とされる半導体業界では、シリコンサイクルと呼ばれる製造プロセスの更新サイクルごとに莫大な設備投資が必要です。

 しかし、ファブレスであれば工場への投資や設備の減価償却は不要になりますし、固定費が下がることで損益分岐点を引き下げられます。また、商品群や事業の撤退や転換も容易なので、市場の変化に対応しやすいというメリットもあります。

 ある分野の専業工場に原材料調達も含めて製造委託を行うと、工場側のスケールメリットにより原材料費や製造経費のコストダウンが期待できます。また、新しい設備の導入や、作業者を教育する手間を省くことができた場合、製造プロセスにかかるリードタイムの短縮にもつながるでしょう。

 つまり、新製品を市場投入するまでの時間を短くすることができ、市場トレンドや顧客の嗜好の変化に対してタイムリーな製品リリースが可能になるというわけです。

 製品企画・開発、設計に強みを持つ企業であれば、自社資源を集中投下することで自社の開発力を高度化し、競争優位性をさらに強固なものにできます。

 また、販売力に強みを持つ企業では、製造プロセスに投資する経営資源を商品ラインナップの拡充や店舗開発、人材育成などに振り分けることで、自社の販売力を強化できます。

 ファブレスはメリットばかりではありません。デメリットにも目を向けてみましょう。

 品質トラブルが発生した場合、自社工場であればすぐに現場にフィードバックして改善対策を実施できます。しかし、ファブレスの場合は製造委託先に品質トラブルの状況を説明し、改善対策の必要性を理解してもらうところから始めなければなりません。海外に製造委託している場合には、不良品の送付や異なる言語でのコミュニケーションなどに時間を要することもしばしばです。

 また、製造委託先が日本市場向けの製品を製造した経験がない場合には、特に注意が必要です。日本と欧米では、品質に対する基準・価値観が異なります。欧米では製品そのものがもたらす価値を重視するため多少の汚れやキズは気にしませんが、日本では製品価値に加えて購入体験も重視する傾向があるため、製品そのものに問題はなくても外箱が破れていたら買ってもらえません。

 そのような市場の違いによる品質基準について、製造委託先に理解してもらうのも苦労するポイントです。

 ファブレスでは製造プロセスに関与しないため、製品を製造することによって得られる”ものづくり”の知見やノウハウが得られません。

 工場では、より良い品質やコストダウンのために日々、さまざまな改善活動が行なわれます。それらの蓄積を通じて「不具合を出さないための設計」や「より早く安く作るための設計」などのノウハウが得られるのですが、ファブレスの場合はそれらを製品の企画・開発・設計にフィードバックすることが難しくなります。

 したがって、決まった製品仕様を一方的に押し付けるのではなく、製品仕様を決定するプロセスに製造委託先にも参画してもらい、製造ノウハウを取り込む工夫が必要です。

 新製品を製造委託する場合には、発売前に新製品の情報を製造委託先に伝えなければなりません。それらの情報には製品や技術に関する機密情報が含まれることも多いので、基本的に社外秘情報が漏洩するリスクが付きまといます。

 新製品情報が漏洩すると、コピー品が出回ってしまったり、自社より先に類似製品を他社にリリースされたりするかもしれません。信頼できる製造委託先を選定することはもちろんですが、契約書に機密情報の取扱いについても明記しておく必要があります。

 ファブレスの成功事例として、代表的な企業を見ていきましょう。

  • Apple
  • エレコム
  • 無印良品

 それぞれの特徴を知ることで、ファブレス経営のヒントが見えてくるかもしれません。

 世界的なIT企業でGAFAの一角を占めるアップルはファブブレス企業としても有名です。自社工場を持たず、企画、開発、設計、さらに販売に特化して、iPhone、iPad、AppleWatchなどの独創的で先進的な製品を世に出し続けています。

 Appleでは古くから自社の技術ノウハウを情報機器のOS(オペレーティング・システム)に封じ込めており、技術ノウハウや機密情報の安易な流出防止にも成功しています(参照:サプライヤー責任|Apple)。

 PCサプライ品のトップランナーであるエレコムは、自社で生産設備を持たないファブレスメーカーです。市場の需要・トレンドに合った製品を迅速に開発する「商品開発力」、量販店ルートでの売場提案や在庫コントロールを可能にする「商品販売力」、新しい市場への「展開力」を武器に成長を続けてきました。

 構築されたノウハウにより、約17,000点ある商品は3~4年で全て入れ替えられます。多様化する顧客のニーズに対応できる機動力は、エレコムの大きな強みといえるでしょう(参照:事業領域/当社の強み|ELECOM)。

 アパレル、生活雑貨、食品と幅広い商品を専門店展開する無印良品(株式会社良品計画)は、取り扱う商品のすべてを国内外に製造委託するファブレス企業です。地球環境や生産者に配慮した素材を選び、すべての工程において無駄を省き、本当に必要なものを本当に必要なかたちでお客様に提供することを目指した、実質本位のものづくりを続けています。

 製造委託先とは、法律順守、人権、環境、調達トレーサビリティを含む遵守項目を定めた「生産パートナー行動規範」を締結し、サプライチェーン全体に対する責任を明確にしています(参照:良品計画の人権尊重  サプライチェーンの考え方)。

 ファブレスを成功させるために、下記のポイントを押さえておきましょう。

コアコンピタンスを磨き続ける 自社だけの強みを磨き上げて、自社ブランドを一層強固なものにしていく
パートナーシップを構築する 製造を委託する工場と十分なコミュニケーションを重ねて価値観を共有し、長期的なパートナーシップを構築する
サプライチェーン全体に責任を持つ トレーサビリティを重要視し、サプライチェーン全体に責任を持ち、リスク管理を行う

 以下で、それぞれ詳しく解説します。

 製造工程を外部に委託する以上、「ものづくりの力」で競争優位を構築することはできません。原材料調達や製造プロセスは委託先の力を借りつつ、自社では経営資源をコアコンピタンス(自社だけの強み)となる「商品企画力」や「固有技術」、「ブランド力」などに集中投下して、さらなる磨き上げを行いましょう。

 コアコンピタンスの磨き上げを通じて企業の競争力を高め、自社ブランドを一層強固なものにしていくことが重要になります。

 自社製品が目指す性能や価値、品質やコストを実現するには、製造を委託する工場と十分なコミュニケーションを重ねて価値観を共有し、長期的なパートナーシップを構築することが重要です。

 ファブレス企業にはOEM生産を行う工場から売り込み提案が来ることもありますが、安易に「安かろう悪かろう」に乗ってはいけません。多くの場合、こちらの要求品質を理解していなかったり、注文を取りたいためのキャンペーン価格だったりします。

 品質面でもコスト面でも、信頼できるパートナー工場と長期的な協業のなかで「顧客のために共に改善していく」ことが最良の選択となります。

 昨今では、地球温暖化ガスの削減、人権侵害、原料原産地のトレーサビリティにも注目が集まっています。これらについての管理体制が整っている製造委託先を選定することもポイントです。

 1997年に発生した米スポーツメーカー・ナイキの児童労働問題や2022年に発生したアップルの中国工場での大量離職問題など、製造委託先のトラブルが委託元であるファブレス企業に大きな影響を与える事例も散見されます。

 ファブレスであってもサプライチェーン全体に責任を持ち、リスク管理を行うことが重要です。

 ファブレスは、自社の経営資源をコア事業に集中投下できるメリットがあります。そのため「商品企画力」「固有技術」「ブランド力」にコアコンピタンスを持つ企業にとっては、自社の経営資源をコアコンピタンスに集中し、自社ブランドを一層強固なものにできる経営手法といえます。一方で、品質保証や製造委託先とのパートナーシップ構築が課題です。

 品質保証やパートナーシップ構築の課題を克服しつつファブレス経営のメリットを最大化して、消費者の嗜好やトレンドの変化が激しい現在のマーケットでフレキシブル&スピーディーな経営を実現しましょう。