日東物流は、個人のトラックドライバーだった菅原さんの父が1989年に創業した有限会社がルーツです。その後株式会社化し、現在の従業員数は約110人。トラックなど約80台の車両を持ち、関東エリアのコンビニやスーパーに、24時間体制で冷凍・チルド食品を届けています。
2代目の菅原さんは、新卒で物流大手に就職した後、2008年に家業に入社。2012年に専務に就任しました。この頃から、従業員の健康的な生活を守るため、「長くて当たり前」とされてきたドライバーの労働時間削減に着手します。
「労働時間を短くしようとしたら、基本的には人を増やすか仕事を減らすしかありません。適性あるドライバーを一定数確保するというのはなかなか難しく、うちでは仕事を減らして適切な労働時間に近づけるのが最適解と考えました。しかしなんでもかんでも仕事を減らしては、当然会社の経営が悪化してしまう。そこで、一つ一つの運行業務ごとに原価と利益を洗い出し、生産性のよい順にずらっと並べました。採算のよい仕事を残す一方、採算がとれていない仕事は交渉をして条件を改善するか撤退するかして、全体の生産性を底上げしていこうとしました」
運行ごとの生産性を見える化するため、菅原さんは独自の計算式を作りました。全日本トラック協会が公表している原価計算ツールも参考にしたと言います。運行距離や燃料費、タイヤの消耗具合や車両の価格、人件費といった細かな項目を入力することで、運行業務ごとの原価と利益を洗い出し、生産性を一覧で比較できるようにしたのです。
「それまでは業界の慣習もあり、運賃は原価に基づかず相場観で決まることがほとんどでした。たとえば、『4トン車を10時間運行するなら運賃は2万5000円』となんとなく決まっているけれど、その運賃が利益の出せる適切な額かはわからない、といった具合です。他の業界では当たり前とされている原価計算を、今からでもきっちりやっていく必要があると考えました」
実際に数字を洗い出してみると、割がいいと思っていたものの実は原価割れしていたり、採算が悪くても「昔からのつきあいだから」といったあいまいな理由で続けていたりする仕事が見つかりました。菅原さんは、採算の悪い仕事から順に荷主企業の元へ足を運び、運賃の値上げなどを求めて交渉にあたっていきました。
売り上げを減らしても利益がアップ
交渉相手からは「値上げなんてなんで急に言い出すんだ」「冗談じゃない」といった反応もありました。しかし、値上げの根拠を示して丁寧に説明したことで、交渉先の半分ほどは、ひとまず主張に理解を示してくれたといいます。改善の余地が見込める相手には粘り強く交渉を続ける一方で、理解を得られない荷主企業の仕事からは撤退していきました。
「仕事を続けて売り上げを確保できたとしても、採算がとれない以上は僕らがどんどん苦しくなる。中身がついてこない売り上げに意味はないと思いました。なにより、我々をパートナーとして考えてくれない会社さんの仕事に、我々の大切なドライバーを出したくないという気持ちがありました」
こうして採算のとれない仕事からは撤退しながら、改善の交渉を繰り返し、全体の生産性を底上げしていきました。2020年には、売上高はピーク時の13年と比べて約15%減らしながらも、経常利益を2.5倍にまで伸ばしました。利益率が改善したことで、給与水準を維持したまま、ドライバーの月あたりの平均労働時間も、数十時間減らすことができたと言います。さらに2024年夏からは、利益を従業員に還元すべく、前年対比5.8%の賃上げを予定しているとのことです。
荷主への交渉のポイントは
自ら価格交渉の場に臨むことが多いという菅原さん。準備には短くても半日、長い時には2週間ほどかけると言います。どんなところに気を付けているのか、交渉時の4つのポイントを聞きました。
【1】価格改定の根拠をしっかりと持つ
「運賃を3万円から3万2千円に引き上げてほしい」と交渉する場合も、その2千円がなぜ必要なのかをしっかりと説明できなければ、相手にも納得してもらえません。燃料費や人件費などの客観的なデータを示し、値上げが必要だと誰でも納得できる根拠を用意することが大切だと言います。
たとえば値上げの理由が燃料価格の高騰であれば資源エネルギー庁が公表している軽油価格の推移を、人件費の上昇であれば都道府県ごとの最低賃金の推移をグラフなどで紙資料にまとめ、交渉時に手渡します。運賃原価そのものを伝えなくても、国など公的機関が出していて誰でも客観的に確認できる数字を根拠として示せば、十分説得力を持たせることができます。そのためにも、時代や市況に合わせて変化する様々な指標の変化に気付くために、常にアンテナを高く張っておくことが重要だと、菅原さんは話します。
また交渉相手が大きな組織だと、こうした客観的な資料作りはより重要になってくるといいます。
「目の前の交渉相手が決裁権を持っていない場合、こちらの要望を持ちかえって検討してもらうことになります。相手が、上長へ説明する際にそのまま使えるようなものを目指して、資料を作っています」
【2】価格以外で交渉のできる条件をさがす
運賃値上げに応じてもらうのが難しそうなときは、配送距離の短縮など別の条件を提示して、採算のとれるラインを目指すといいます。
「運賃が据え置きでも所要時間が減れば、実質的に生産性は上がりますよね。たとえば配送先を変更して距離を50キロ短くしてもらったら、燃料費の負担が750円くらい安くなる。他にも、運賃を据え置く代わりに荷物を積む時の検品作業をなくしてもらうなど、いろんな方向から提案をします。交渉の選択肢を運賃だけにしない、というのが重要です」
運賃の値上げには頑なに反対していた相手が、距離の短縮など別の項目で交渉したらすんなり応じてくれた、といったこともあるそうです。
【3】交渉価格を段階的に用意する
「満額回答しか認めない」というような白黒をつけるスタンスだと、条件をのんでもらえなかったときにそこで話が終わってしまいます。「これ以上は無理だけどここまでは妥協できる」という最終防衛ラインを決めておき、要求の幅を持たせることで、柔軟な交渉が可能になります。
「運賃を3万2千円まであげてもらえればベストだけど、3万円を下回ったら原価割れを起こしてしまうような場合に、『3万1千円ならなんとか利益がとれるから、落としどころとして許容できるかな』と考えておくイメージです」
一方で交渉が折り合わず、運賃が最終防衛ラインを下回るようであれば、その仕事からは撤退することも視野にいれます。実際、要求をのんでもらえなさそうな取引先が相手の場合は、仮にその仕事がなくなっても売り上げをカバーできるよう、代替業務を確保したうえで価格交渉に臨んでいると言います。
【4】取引先の状況も考慮する
燃料費の高騰やコロナ禍など、外部要因で自社の経営が苦しいときは、取引先も同じように経営が苦しく、値上げに応じにくい可能性があります。
「すぐに運賃をあげてもらうのが難しそうなら、半年後には要望額の20%まで、1年後には50%まであげてもらうという風に、段階的にあげてもらうことも検討します。自分たちの理論だけを押し付けるのではなく、交渉に柔軟性を持たせることがやはり大事です」
ドライバーへの個別ヒアリングも
ここ10年ほどで、労働時間の削減を進めてきた日東物流。2024年4月からは働き方改革関連法に基づいて、トラックドライバーの時間外労働に年960時間の上限が適用され、1日あたりの拘束時間も最大15時間となります(いわゆる物流の2024年問題)。規制の強化に対応するためにも、菅原さんが続けているのが、ドライバーへのヒアリングを通じたボトルネックの解消です。
ドライバーの勤怠記録を見て、勤務時間が長い人へヒアリングを実施。何が原因で業務が長くなってしまっているのかを訪ね、運送コースや作業を一つ一つ確認しながら、どこにボトルネックがあるのか探していきます。すると「この付帯作業さえなければもっと早く終わる」「ここの集荷時間を30分遅らせてもらえれば待ち時間がなくて済む」といった改善点が浮かびあがってきます。荷主企業の協力が必要な場合は、菅原さんが直接赴いて改善を呼びかけることも多いということです。
「現場にある課題を、荷主さんがすべて把握できているわけではありません。だからこそ、僕らがそれをドライバーから吸い上げて、荷主さんに伝えることが重要になります」と菅原さんは話します。
足元では確実に変化も
トラック運送業者はそのほとんどが中小事業者で、荷主に対して立場が弱いことから、十分な運賃を受け取れないといったしわ寄せを受けてきました。経済産業省が2022年9月に調査した「価格転嫁状況の業種別ランキング」でも、トラック運送業は27業種中27位と、他業種に比べて値上げの価格交渉が進んでいない実態が明らかになりました。
しかし足元では、風向きが変わりつつあると菅原さんはいいます。
「2022年に交渉に行ったときは『1円も上げられない』といったスタンスだった荷主さんも、23年にはだいぶ話を聞いてくれるようになりました。『物流の2024年問題』に注目が集まり、サプライチェーンを確保していくためにはちゃんと投資をしていかないといけないという考え方が、荷主さん側にも広がってきているように思います」
国による後押しもあります。2022年12月には公正取引委員会が、受注業者への書面調査などを通じて、価格転嫁に消極的とみられる13の事業者名を公表しました。この中には大手企業も含まれており、公取委は「価格転嫁の円滑な推進を強く後押しする観点」から、公表に踏み切ったと説明しています。
「この公表も非常にインパクトのあるものでした。こうした後押しもあり、ひと昔前に比べてかなり価格交渉がしやすくなってはきています。これまで価格交渉に躊躇していた企業も、一歩を踏み出せるタイミングなのではないでしょうか」
宅配だけではない2024年問題
物流の2024年問題は、消費者にとって身近な「宅配」にフォーカスが当たりがちです。しかし物流事業全体の市場規模から見ると、宅配のようなBtoCの割合はごく一部。大部分は、日東物流のようなBtoBの企業間輸送が占めています。物流網の維持のためには、再配達の削減といった対策だけでは不十分で、「根本的にはドライバーの労働環境を改善して、なり手を増やしていく必要がある」と菅原さんは訴えます。
「トラックドライバーも近年は労働時間の削減が進み、フレキシブルな時間帯で働けたり、一人で過ごせる時間が長かったり、といった魅力もあります。災害時の物資輸送など、インフラを支える企業として感謝されるのも、やりがいを感じるところ。2024年問題がきっかけとはいえ、これほど注目が集まっているわけですから、物流の世界やドライバーに興味を持ってくれる人が少しでも増えたらうれしいですね」
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