目次

  1. 足るを知るとは
    1. 「足るを知る」の意味
    2. 「足るを知る者は富む」が由来
    3. 「足るを知る」がビジネスに与えた影響
  2. 足るを知る考えがビジネスにおいて重要な理由
    1. 次に向けた自然な熱意を生み出す
    2. 持続的な「儲かる状態」を追求する
  3. 足るを知るを実践するためのポイント
    1. 職場で「まだ」と「もう」のバランスを
    2. 「未来」の行動を切り拓ける会議を
    3. 周りの人間を「動かす」言霊づくりを
  4. 足るを知るを誤解しないための注意点
    1. 「足るを知る」と「分をわきまえる」の違いを把握する
    2. 満足するものではないことを理解する
    3. 無理を強いるものではない
  5. 足るを知る生き方とは
    1. 当たり前におごった自分に気づく
    2. 有るものへの感謝から未来をみる
  6. 「足るを知る」を人生・仕事の根っこに

 足るを知るとは、現状に満足し、感謝の気持ちを持つことです。どんな境遇でも、今あるものに喜びを見出し、過剰な欲望に振り回されない生き方を指します。決して現状に甘んじることや、努力を放棄することではなく、現状を受け入れた上で、感謝の念を持ちながら、前向きに生きていく姿勢です。

 「足るを知る」感覚でいることが、生活やビジネスにいかに有効か。その真意と、実践具体策をご紹介しつつ、一緒に考えていきましょう。

 筆者自身の体験でいうと、「足るを知る」は下半身不随の闘病生活に終止符を打ち、事業への可能性を切り拓いた言霊でもあります。経営者人生にとって「命の恩言葉」「人生の恩言葉」なのです。だからこそ、「足るを知る」という言葉が嫌われている現状を、何とかしたいと感じています。

 長い人生やビジネスを前に進めるうえで、特に以下のような人には、ぜひ読んで行動につなげて欲しいと願っています。

「前向きではやっているが、ストレスや緊張を感じることも多い」
「『まだ』という口癖が多く、『もう』が少な目」
「やってもやっても、充足感が得れていない」
「どこまで行っても、上には上がいて、頑張りを継続することに疲弊しがち」

 「足るを知る」には、不足を嘆かず、満ち足りて捉え、充足感(幸福感・感謝)を感じるという意味があります。「自分の実情に、満足する(認める)気持ち」を説く、古来からの教えです。

 誰しも、周りの人から「ありがとう」「助かりました」と言ってもらえると嬉しいですよね。ただ、これらの言葉は相手にゆだねられています(相手次第)。ですが、「足るを知る」は、自分が自分自身に感じることなのです。

 自分が「足るを知る」というスタンスに立てれば、相手がどうであれ、自分が自分に「やってみた自分はスゴイ」「学びがあった」と力や元気をもらうことが可能になります。

 「足るを知る」は、紀元前6世紀のお釈迦様さまの仏教が由来です。明確に伝えられているのは、その影響を受けた老子が広めた「足るを知る者は富み、強めて行なう者は志有り」という言葉です。

 その想いは「ものごとを満ち足りて捉えることができる人は豊かになり、前向きに行動をを続ける人は志を持っている(目標実現に近い)」といえます。

 人生でも仕事でも、目標を達成するには、継続し、ブレずに、また戻れる自分の「志」が不可欠です。その一丁目一番地である「志」に影響を強めるのが「足るを知る」であり、結果豊かになっていく、と説いているのです。

 「富」は、物質的・経済的に富むという意味だけでなく、真の豊かさを表現していると、くみ取りたいものです。

 その後、日本では、10世紀平安時代、天台宗の僧侶である、源信(げんしん)が伝えた「足ることを知らば、貧といえども富と名づくべし。財ありとも欲多ければ、これを貧と名づく」という言葉も残ってます。

 これは「足るを知る人は『貧しくとも富める人』であり、足るを知らない人は『財はあれども貧しい人』である」と説いた言葉です。

 17世紀江戸時代に、水戸光圀(徳川光圀)により京都の石庭で有名な龍安寺に寄進された、つくばい(手水鉢)。有名な「吾唯知足(われただたるをしる)」が刻まれています。

 18世紀には、石田梅岩が、言葉「知足安分(ちそくあんぶん)」で、「足るを知り、境遇や身分に満ち足りることが真の幸せ」と説きました。彼が「負けるが勝ち」という名言を残し、当時の低かった商業の地位を引き上げたのです。

 現代では、経営の神様・松下幸之助氏が「足るを知るということがないと、いつも不平や不満で心を暗くすることになってしまう」と、組織のリーダーを導いたことでも有名です。京セラ、第二電電、日本航空の経営を進め、盛和塾塾長であった稲盛和夫氏も「足るを知る」に深くかかわり、行動哲学として組み込まれていました。

 廃れるものや継承されないものも多いなか、「足るを知る」の教えは、脈々と伝わってきているのです。

 昭和と言った、ずいぶん前に職場でも聞いた「滅私奉公」や「ガンバリズム」。失われた30年と言われる平成の「過度な競争」や「成長至上主義」。では、令和はどのような時代になるのでしょうか。

 今回紹介している「足るを知る」考え方こそが、令和のビジネスの持続可能性や個々人と全体の幸福につながるビジョンの礎になるものと感じています。

 コロナの期間を経て、職場の変化が加速しているいま、人的資源の充実が喫緊の課題になっています。採用、育成、定着。これらのテーマにこそ、今回の「足るを知る」が、働きがいだけにとどまらないZ世代や若い世代の人たちにも響く考えだと感じています。

 昭和平成の時代では、職場に「もっと、もっと」と、車に例えればアクセルを全神経、全体力を使って踏み込むことが求められていたように思います。

 令和になって「ワークライフバランス」が当たり前になり、タイパを求め、ギアをシフトアップ(切り替える)する方向に進んでいます。努力や能力が足りていないのではなく、それが空回りしないように的確なスタンス(考え)で走れるように、浸透を進めていくのです。このスタンスに当たるのが、今回のまさしく「足るを知る」です。

 現状を認めて満ち足りた気持ちをたたえ合い、次に向けた自然な熱意に変えていくというものです。相手や組織への勝手な期待は、自分や組織リーダーの失望を生む危険があります。自己や自社に対してのイマココを承認するスタンスを、もう一歩増やしてみませんか。

 ビジネスリーダーにとっては、サステナブル、持続的な発展が令和のテーマになっています。企業の持続的な発展に欠かせない考えの一つに、「足るを知る」があります。以下は、ビジネスにおける「足るを知る」を表す有名な言葉です。

「儲けるは欲 儲かるは道」

 営業活動の中でも、セールスポイントではなく「バイイングポイント」という発想の転換があります。売り込んで儲けようとしているのか。それとも、購入する価値を伝え、結果購入が進み儲かるのか。これも、現状の満ち足りている状況を認め感謝しつつ、そのお役立ちを深め広げていく「足るを知る」という考えに基づいたものです。

 この考え方こそが、社会貢献も含め、三方よしにつながる考えなのではないでしょうか。

 ここまで「足るを知る」について、先日の教えや、過去ありがちだった背景を深めてきました。令和の時代、いまこそ「ビジネスで活かすには、何から実践するのか」を推進経験を元にお伝えします。職場でのちょっとしたシーンから、取り組んでいきましょう。

 ビジネスの世界でも、とりわけ強欲と恐怖の感情がうごめくと言われている金融業界。その格言に「まだはもうなり、もうはまだなり」という言葉があります。食事でいえば「八分目ぐらいで我慢しなさい」というものです。

 長期的に「まだ」と「もう」のバランスを取るために、まずは職場で「もっともっと」の口ぐせからの転換を図りませんか。大きなリスクをかぶり「まだまだ」とムリをするのではなく、継続や自然な成長を得るために「もう」の言葉を職場により広げたいものです。

 最終的には、他社との比較をやめたり、欲望(自我からくる)と意欲(他へのお役立ち)との区分けを明確にしたりできると、なお良しです。

 ビジネスの世界で、どこの会社も取り組んでいる場面が、会議ではないでしょうか。会議やミーティングで「何でやっていないのか!」「後いくら足りないのか!」と差額を明確にする取り組みも、目標達成には大事ではあります。

 一方で、それがもとでメンタル不調や、モチベーションダウンの長期的な士気低下に悩む声も耳にします。不足や未達を詰める前に、行動して「お客様から褒められたこと」「以前と違う成果が出たこと」など、良かったことやできたことを会議で話しませんか。

 過去を責める会議でなく、未来の行動を自分で決められる会議。あなたの会社の会議の雰囲気はいかがでしょうか。

 脱「売上至上主義」、脱「量の拡大発展主義」の展開を、いかに図っていくかが重要です。

 「わが社は何のために存在しているのか?」
 「わが社に入社して良かったことは何か?」
 「わが社が地域にあって良かったと言われるには?」

 これらの問いかけに対する答えを、明文化してみましょう。存在価値として掲げることが、遠いようで近い「足るを知る」の経営になっていきます。

 「ハピネス経営」「ウェルビーイング経営」と異なる展開を安易に目指すのではなく、次世代を担う後継者や組織のリーダーの本気・本音・本質の言霊づくり。それこそが周りの人間を惹きつけ、動かしていきます。

 リーダーや組織の真のパワーを引き出す「足るを知る」の考えや行動は、これまでの長い経緯の中で捉え間違いされているイメージがあります。誤解されがちな点を明確にして、本質的な点で共有・共感につなげていきましょう。

 「足るを知る」は「分をわきまえる」という言葉としばしば混同されます。しかし、両者の違いを理解していないと、モチベーションを下げてしまうかもしれません。

 「分をわきまえる」は、自分の置かれた立場や能力を理解し、身の丈に合った行動をすることを指します。一方、「足るを知る」は、置かれた状況に関わらず、今あるものに満足し、感謝する心の状態を重視します。前者はどちらかというと消極的なニュアンスを含むのに対し、後者はより積極的で、内面的な豊かさを追求する姿勢を表しています。

 たとえば「分をわきまえろ!」と叱責を聞いたことはありますが、「足るを知れ!」と言われたことはないですよね。

足るを知る 分をわきまえる
過去を肯定的 過去を否定的
内省的 外圧的
モチベーションアップ(成長意欲) モチベーションダウン(劣化)

 「自己を知る」というと「今に満足するものの」様な考えを目にすることがあります。具体的には「自己満足」という言葉です。「自己満足」は自分の基準であり、成長や発展を阻害するものという側面があります。

 真意は違うのかもしれませんが、個人的には満足という言葉には、あまり良くないイメージがついているようにも感じています。

 「足るを知る」は「満ち足りている感情や感覚」がフィットしています。「満足」するものではないことは、理解しておきたいところです。

 物質的な満足や欲望は誰にもあります。足るを知るは、「その欲を捨てなさい」といった無理を強要する考えではありません。仏教や禅で言われる「無所有こそ無尽蔵」という教えと、重なるのがこの「足るを知る」です。

 「贅沢や物質や利潤の満足にだけに囚われていると、どこまで行ってもさらに先がありますよ。それでいいのですか、疲弊しませんか、長期的に無理になっていませんか」と語り掛けてくれている感じです。場所の移動で言うと、西にどこまで行っても、さらに西があります。

 「足るを知る」は、無理を強いるものではありません。物質的にも精神的(人間関係・健康)にも、満ち足りている自分を十分に感じたうえで、次にどう進んでいくのかを自分に問う教えです。

 「足るを知る」とは何なのか、その意味と古来から現代にもひもづく流れを、ここまでで見てきました。

 それでは、実際の生活を通じて、どのようなのが「足るを知る」という考えや行動なのか、筆者自身の体験を交えて解説します。 お伝えする中で、「幸福な人生のビジョン」としての「足るを知る」を感じて欲しいです。

 筆者には人生を変えた言霊が、いくつかあります。その一つが「当たり前袋の話」です。社会人2年目、人生の前半戦で、何もわかっていない筆者が結婚する際、恩師が贈ってくださった物語です。

結婚をするとこれまでの一人暮らしと違い、家に帰ると家に明りが灯っている。きれいに片づけられた玄関で、「お帰りなさい」と明るい声で出迎えてもくれる。笑顔で「食事にする、お風呂に先に入る」と聴いてもくれる。結婚したその日は感動の連続だ。次の日も、その次の日も。

1週間が経ち、2週間がたち、1カ月が過ぎてくる。すると「今日は部屋が何か雑然としているなぁ」「今日はご飯がまだできていないんだぁ」等々、気づくことがある。そんなとき、相手や環境に対して、不平や不満、不安が増えてくることもある。

人間というのは、見えない「当たり前袋」というのを背負っている。知らずしらず、多忙ですれ違うときがある日常の生活で「やってあたりまえ」「わかって当たり前」「してもらって当たり前」という当たり前で、当たり前袋が膨らんでいるときがある。

空気、水、安全、あいさつ、笑顔、温かな声掛け、きずな等々、どれ一つも当たり前なものはない。当たり前袋を一緒に確認しながら、これからも一緒に歩んでいきましょう。

 支えてくれている人に、「してもらって当然」という自我やおごりは、手放せているでしょうか。

 次は、働き盛りだった36歳の筆者に起こった出来事です。

「脚が動かない……」。寒い冬の朝、目が覚め、布団から出てトイレに行こうとしたそのときでした。家内の付き添いで通院も、即刻緊急入院と告げられ、車イス生活が始まったのです。

最初は「ただ信じられない」気持ちでしたが「どうして自分が」という感情に変わるのに、そう時間はかかりませんでした。

退屈な入院生活で、自分の考え方が変わるきっかけとなったのが、テレビで放送されていた「車イスマラソン」です。

「同じようにこの方たちは、脚が動かない。でも目で前を見つめ、必死に手を動かしておられる。自分は何もしてないじゃないか、有るものが無くなったと嘆くばかりで」。

『不足を嘆かず、 有るものに感謝』できる自分に変わりたいと思うようになったのです。

 この「有るものに感謝」という、言わばマスターキーで、人生の可能性(未来)の扉が、切り開かれていったのは間違いがありません。

 「ありがとう」は有り難し。人生のなかで、どれだけ周りに自然と「ありがとう」と伝え合う関係が育めているでしょうか?もちろん、自分に対しての感謝の言葉も。

 「足るを知る」は、植物に例えれば、根っこに当たるものです。花がたくさん咲いても、枝葉が茂っても、幹が太くなっても、根っこが細く浅いものであれば、永く成長はできません。

 人生も仕事も持続的充実を実現するには、自らが「足るを知る」の本質の理解を進め、一歩一歩この教えでの実践を進めることです。

 「足るを知る」を心に宿して生活することこそが、組織のリーダーや後継者、次世代経営者にとっても、人を惹きつけ豊かなチームを生み出すことにつながると信じています。