ニッチを攻め続けたニッケンかみそり ブドウの病害予防で「切る」市場開拓

鼻毛カッターや耳毛抜き、すね毛カッターなどニッチ商品を世に出し続けてきたかみそりメーカー「ニッケンかみそり」(岐阜県関市)が、次の「切る」市場を探し求めるなかで、たどり着いたのは、国内外のブドウ農家やワイナリー向けの「ブドウ巻きつる処理機」です。創業者の孫で常務取締役の熊田征純さんは、後継者不足に悩む「刃物のまち、関市」の800年の歴史を紡いでいくため、さらに「切る」ニーズをより追求していこうとしています。
鼻毛カッターや耳毛抜き、すね毛カッターなどニッチ商品を世に出し続けてきたかみそりメーカー「ニッケンかみそり」(岐阜県関市)が、次の「切る」市場を探し求めるなかで、たどり着いたのは、国内外のブドウ農家やワイナリー向けの「ブドウ巻きつる処理機」です。創業者の孫で常務取締役の熊田征純さんは、後継者不足に悩む「刃物のまち、関市」の800年の歴史を紡いでいくため、さらに「切る」ニーズをより追求していこうとしています。
ニッケンかみそりは、創業者の熊田文夫氏が1953年に日本研削を設立し、かみそり類の製造販売を開始したのがルーツです。
売り上げ全体の89%はかみそりに頼っていますが、医療脱毛や電動シェーバーの普及とともに、国内のかみそり市場は年々縮小しています。
そこで、「体に生えているあらゆる毛を書き出し、どこの部位ならかみそりが必要とされるのか」を追求し、ヘアカッター・すね毛カッターに加え、2018年からは鼻毛カッターと耳毛抜きを発売するなど、ニッチな分野を攻め続けることで売上を維持してきたといいます。
創業者の孫で熊田征純さんの実家は工場から150m先にあり、「カンカンカン…」とプレス機が金属を打つ音を聞きながら育ちました。しかし、周りから「将来は社長」と言われるのが苦手で「勝手に将来を決めないで!」と心のなかで叫んでいたといいます。
大学卒業後は大手工作機械メーカーに入社。シンガポールへ赴任した1週間後に父は他界。父と最後にした会話が「もう戻って来なくてもいい。一部上場企業で部長職を目指せ」という言葉だったので、家業には帰らない決意をしました。
転機となったのは、フランス赴任中の休暇でイタリアの水の都ヴェネチアを訪れていたときのことです。ゴンドラに揺られながら眺める街は、歴史と文化が息づいていました。
ふと自分が生まれ育った、地元・関市のことがよみがえってきました。「イタリアでは、土地から歴史が作られ、文化が生まれていた。関市の刃物にも800年の歴史がある。家業に携わることが生まれた地の歴史・文化を紡ぐことにつながるのではないか」
2022年6月、ニッケンかみそりにUターンしてきた熊田さん。事業規模の小さいニッケンかみそりが生き残るには、業界やジャンルを問わず、「切る」貢献できる分野がないか探す日々だったといいます。
そのなかで、熊田さんが注目したのが、開発中の「秘密兵器」でした。
カミソリ刃の用途拡大に悩んでいた社員が、中小企業支援拠点の関市ビジネスサポートセンター Seki-Biz(セキビズ)に相談したところ「ブドウ農家が巻きつる処理で困っているらしい」と教えてもらったことがきっかけで、ブドウの巻きつるを処理するカッターを開発する動きが進んでいました。
ブドウは成長するにつれて、つるを伸ばしていくので、農家はワイヤーを張って棚を作ります。生育期にワイヤーへ巻き付いたつるは、休眠期になってもそのまま残りますが、これを放置すると、ブドウの果実を腐らせる病害「晩腐病(ばんぷびょう)」が越冬できる温床になってしまうのです。
日本のブドウで最も恐ろしい病害と言われる晩腐病を広げないようにするには、収穫後に、巻きつるをすべて取り除いてしまうことが大切です。しかし、このつるは、とにかく量が多く、さらに収穫後のつるは固くなってしまい、剪定ばさみで一つひとつ切り落とすと、次第に手に力が入らなくなるぐらいの重労働でした。
つるの除去が追いつかないという農家の悩みを知ったニッケンかみそりは2017年から開発に着手し、5年の試行錯誤を経て業界初の電動のぶどう巻つる処理機を開発しました。
レバーを握ると、巻きつるを挟み込む形で1分間に1.5万回転するおろし金形状の刃が、バリバリとつるをすり下ろすように削っていきます。
この巻きつる処理機の可能性を感じた熊田さん。2023年に販売を開始すると、さっそくブドウの産地へ販路開拓に動きます。ブドウの剪定講習会があると聞くと、5~10分のプレゼン時間をもらって巻きつる処理を実演したり、現地のワイナリーに飛び込み営業をかけたり。
山梨県や長野県を中心に北海道から九州まで足を運び、2024年度だけで累計60ヵ所以上訪問し、30を超える地域で剪定講習会に参加し、1200人以上に営業活動できたといいます。ブドウ農家の栽培方法のすべてに応えられる機械ではありませんが、ハサミよりも作業スピードが速いのが好評となりました。
2年で700台がようやく売れたころ、Instagramの海外のアカウントで、巻きつる処理機を実演している動画がバズり、海外からも問い合わせが来るようになりました。今までひたすらにニッチ市場を攻め続けてきた家業に、海外に打って出るチャンスが訪れました。
そこで販路拡大に向けて海外への進出ストーリーを、中小企業庁主催の第5回アトツギ甲子園でプレゼンすると、決勝大会まで進み、優秀賞を受賞しました。
ただし、熊田さんは慎重です。
「病気をどれぐらい防げるようになるのか、成果を数字で求められることも多いのでアメリカの大学や国内のワイナリーと協力してデータを作ろうと考えています。また、雨の多い日本と違って、海外では美観維持のニーズがあるかもしれません。日本のブドウ畑より圧倒的に広い畑で、どこまで巻きつる除去のニーズがあるのか。オーストリアやフランスなど一次情報を集めに行きたいと考えています」
熊田さんは元々、「関の刃物」の歴史を紡ぎたいと思い、家業に戻ってきました。そのため巻きつる処理機の普及に力を入れつつ、さらに一歩先も見据えています。
「農業や医療など、『切る』が貢献できる分野はまだあるはずです。切ることで困りごとがあれば、相談に訪れてもらえる。そんな歴史と文化を作りたいのです」
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