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 前回は法人版の事業承継税制について解説しました(記事はこちら)。今回は個人版について説明します。2019年度(平成31年度)税制改正において、個人事業者の事業承継を促進するため、10年間の限定で「個人版事業承継税制」が創設されました。国税庁のサイトにもパンフレットを使って紹介しています。

個人版事業承継税制は、小売店や飲食店など青色申告で事業(不動産貸付事業等を除く)を行っていた事業者の後継者が、個人の事業用資産を贈与または相続などで取得した場合に、一定の要件のもとで贈与税や相続税が猶予される制度です
国税庁のサイトから引用

 個人版事業承継税制は、小売店や飲食店など青色申告で事業(不動産貸付事業等を除く)を行っていた事業者の後継者が、個人の事業用資産を贈与または相続などで取得した場合に、一定の要件のもとで贈与税や相続税が猶予される制度です。

 また、資産を引き継いだ後継者が死亡などした場合は、一定の要件を満たしていれば猶予されていた贈与税および相続税の納付が免除されます。

 事業承継税制には、会社の株式等を対象とする「法人版事業承継税制」と、個人事業者の事業用資産を対象とする「個人版事業承継税制」があり、内容が異なります。今回は個人版の事業承継税制について解説します。制度はとても複雑なため、ポイントを絞って説明します。詳しくは事業承継税制に対応できる税理士にご相談ください。

 個人版事業承継税制は、事業者の後継者が「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(以下、「経営承継円滑化法」とします)の認定を受け、2019年(平成31年)1月1日から2028年(令和10年)12月31日までに贈与又または相続などにより、特定事業用資産を取得した場合に適用される制度です。要件を満たしていれば特定事業用資産に関する贈与税または相続税の全額の納税が猶予されます。

 また、後継者が死亡するなど、一定の事由が発生した場合は、基本的に猶予されていた贈与税または相続税の納税が免除されます。

 「特定事業用資産」とは、先代事業者の事業に使用されていた資産のうち以下のもので、贈与または相続などが起こった日の前年における青色申告書の貸借対照表に計上されていたものを指します。

「特定事業用資産」とは、先代事業者の事業に使用されていた資産のうち以下のもので、贈与または相続などが起こった日の前年における青色申告書の貸借対照表に計上されていたものを指します。
1.400㎡までの宅地など
2.床面積800㎡までの建物
3.建物以外の減価償却資産で、固定資産税の課税対象とされている資産、自動車等、乳牛・果樹等の生物、特許権などの無形固定資産
国税庁サイトから引用
  1. 400㎡までの宅地など
  2. 床面積800㎡までの建物
  3. 建物以外の減価償却資産で、固定資産税の課税対象とされている資産、自動車等、乳牛・果樹等の生物、特許権などの無形固定資産

 個人版事業承継税制では、後継者が取得した特例事業用資産に関する贈与税は全額が猶予されます。事業を継続し、特例事業用資産を保有するなどの要件を満たせば、贈与税は猶予が継続され、先代経営者の死亡によって免除されます。贈与された特例事業用資産は贈与時価額で他の相続財産と合算し、相続税の計算対象となります。 その際、一定の要件を満たしている場合には、相続税についても納税猶予および免除の適用を受けられます。

国税庁サイトから引用
国税庁サイトから引用

 手続きを簡単に説明します。まず、原則として、先代事業者の事業を確実に承継するための具体的な計画を記載した「個人事業承継計画」を策定し、税理士や公認会計士などの認定経営革新等支援機関(以下、認定支援機関とします)の所見を記載してもらいます。

 その計画を都道府県知事に提出したあと、先代事業者から後継者へ特定事業資産の贈与を行い、事業や後継者が一定の要件を満たしていることについて都道府県知事から認定を受けます。国税庁のサイトで都道府県の担当窓口を紹介しています。

 その後、贈与税の申告期限までに、この制度の適用を受ける旨を記載した贈与税の申告書および一定の書類を税務署へ提出する、という流れになります。

 詳しくは税理士に相談して確認しましょう。

 相続の場合、条件を満たしている場合は、後継者が死亡するなど一定の事由が生じるまで、相続税は全額が猶予されます。具体的な手続きの流れはおおむね贈与税と同じです。

 特例事業承継税制には、適用対象となる条件が細かく定められています。主な要件を解説します。

後継者である受贈者・相続人の主な要件

  • 贈与税の場合は、贈与の日において20歳以上であること
  • 経営承継円滑化法の認定を受けていること
  • 贈与税の場合は、贈与の日まで引き続き3年以上にわたり、特定事業用資産に係る事業(同種・類似の事業を含む)に従事していたこと
  • 相続税の場合は、相続開始の直前において特定事業用資産に係る事業(同種・類似の事業を含む)に従事していたこと(先代事業者が60歳未満で死亡した場合は除く)
  • 贈与税・相続税の申告期限において、原則として開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること
  • 特定事業用資産に係る事業が、資産管理事業および性風俗関連特殊営業に該当しないこと

先代事業者等である贈与者の主な要件

贈与者・被相続人が先代事業者である場合

  • 贈与税の場合、廃業届出書を提出していることまたは贈与税の申告期限までに提出見込みであること
  • 贈与税の場合、贈与日の属する年、その前年およびその前々年を青色で確定申告していること
  • 相続税の場合、相続開始の日の属する年、その前年およびその前々年を青色で確定申告していること

贈与者・被相続人が先代事業者以外の場合

  • 先代事業者の贈与または相続開始の直前において、先代事業者と生計を一にする親族であること
  • 贈与税の場合、先代事業者からの贈与または相続後、一定の期間内に特定事業用資産を贈与していること
  • 相続税の場合、先代事業者からの贈与または相続後、一定の期間内に開始した相続に係る被相続人であること

担保提供

なお、制度の利用にあたっては、納税が猶予される贈与税額・相続税額および利子税の額に見合う担保を税務署に提供する必要があります。

 法人版と同じく、最大の注意点は、一定の要件を満たさなくなった場合は、猶予されていた税金と利子税を支払わなければならなくなることです。制度や要件はとても複雑で、専門的な書類を多量に作成する必要があります。

 制度利用には、専門的知識を持った人材でも膨大な時間がかかります。また、制度ができて時間がそれほど経過していないため、制度に関する知見や注意点が、事例として共有化されていません。対応できる税理士も限られるでしょうし、報酬も高額になる可能性が高いでしょう。

 事業承継税制は一定の事業者にとっては大きなメリットがありますが、非常に複雑で難しいです。税理士のサポートを受けることになるでしょうから、細かい内容を理解する必要はあまりないと思います。計画から実行までとても長期間になるため、制度の概要を把握したら、税理士に相談することをお勧めします。