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 東京商工リサーチの調査によると、2019年に全国で休廃業・解散と企業倒産の合計が5万件を超えました。中小企業庁の直近の調査によると、2016年時点の国内の事業者数は約358万9000件。全事業者の1%以上が、1年間で事業をやめた計算になります。

 休廃業した事業代表者の約8割を60代以上が占め、東京商工リサーチは「代表者の高齢化が休廃業・解散を加速する要因になっている」と指摘します。国内企業の大半を占める中小企業の共通課題が後継者不足なのです。国は後継者による事業承継を推進しようと、さまざまな支援に取り組んでいます。

 事業承継税制はその一つです。事業承継に伴う後継者の税負担を軽減するため、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)」に基づき、会社や個人事業の後継者が取得した一定の資産について、贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。

 中小企業において、自社株の評価額が高額になっている場合、事業承継をする際に、後継者が支払う贈与税や相続税が高額になり、大きな負担になる可能性があります。この記事で解説する事業承継税制は、税負担のメリットはあるものの、手続きが煩雑であったり、要件に合わなくなった場合は猶予されていた税金を一括で払う義務が生じる可能性があったりなど、デメリットもあります。自社株の評価を確認し、事業承継時の税負担が大きくなりそうな場合は、適用を検討してもよいでしょう。

 事業承継税制には、会社の株式等が対象の「法人版事業承継税制」と、個人事業者の事業用資産が対象の「個人版事業承継税制」があります。今回は法人版の事業承継税制について解説します。国税庁のパンフレットも参考にしてください。事業承継税制は複雑で難易度が高く、税理士が関わらずに申請することはかなり難しいです。制度の概要を理解した上で、適用を検討する場合は税理士に相談しましょう。

 制度はとても複雑なため、簡単に説明します。法人版事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、非上場会社の株式等を贈与または相続などによって取得した場合に適用できる制度です。要件を満たした場合、贈与税と相続税が、納税を猶予または免除されます。

 例えば、贈与者である先代経営者が死亡した場合は、原則として猶予されていた贈与税が免除され、贈与時の価額により他の相続財産と合算して相続税の計算対象となります。後継者が死亡した場合は、原則として納税が猶予されている贈与税と相続税の納付が免除されます。ほかにも、状況によって納税が免除される場合があります。

国税庁のサイトから引用
国税庁のサイトから引用

 2018年度(平成30年度)税制改正において、法人版事業承継税制が拡充され、納税猶予の対象となる非上場株式等の制限の撤廃や、納税猶予割合の引上げなどを含む特例措置が創設されました。特例措置は10年間の期限付きで、2027年(令和9年)12月31日までに贈与や相続を行うことが要件として定められています。

 以下、税制上有利な特例措置に基づいて解説します。

 特例措置の適用には、都道府県知事の認定などが必要です。会社の後継者や承継時までの経営見通し等を記載した「特例承継計画」を策定し、税理士や公認会計士が登録している認定経営革新等支援機関(以下、「認定支援機関」とします)の所見を記載したうえで、都道府県の窓口に提出します。問い合わせ先は国税庁のサイトで確認できます。

 なお、制度の利用にあたっては、納税が猶予される贈与税額・相続税額および利子税の額に見合う担保を税務署に提供する必要があります。

 制度はとても複雑なため、ポイントを絞って説明します。特例措置では、後継者が取得した株式に関する贈与税は全額が猶予されます。制度の適用を受けるには、都道府県知事の認定を受け、贈与税の申告期限が到来した時点から、5年間は後継者が株式を保有し、代表として事業を継続しなくてはなりません。

国税庁のサイトから引用
国税庁のサイトから引用

 その後も株式を継続保有してするなどの要件を満たせば、猶予されていた贈与税は先代経営者の死亡によって免除されます。株式は贈与時価額で他の相続財産と合算し、相続税を計算します。その際、一定の要件を満たしている場合には、相続税についても納税猶予および免除の適用を受けられます。

 手続きは原則として、特例承認計画を都道府県知事に提出し、先代経営者から後継者へ株式の贈与を行います。会社や後継者が要件を満たしていると都道府県知事から認定を受けたら、贈与税の申告期限までに、この制度の適用を受ける旨を記載した贈与税の申告書と一定の書類を税務署へ提出する、という流れになります。

国税庁サイトから引用
国税庁サイトから引用

 相続で株式を取得した場合も、条件を満たしていれば、後継者が死亡するなど、一定の事由が生じるまで相続税は全額が猶予されます。

 贈与税と同じく、制度の適用を受けるには、都道府県知事の認定を受け、相続税の申告期限が到来した時点から、5年間は後継者が株式を保有し、代表として事業を継続しなくてはなりません。

 その後も株式を継続保有していれば、原則として、後継者が死亡した場合や、次世代の後継者に贈与した場合に、猶予されていた相続税が免除されます。

 具体的な手続きの流れはおおむね贈与税と同じです。

 特例事業承継税制には、適用対象となる条件が細かく定められています。

 次の会社のいずれにも該当しないこと。

  1. 上場会社
  2. 中小企業者に該当しない会社
  3. 風俗営業会社
  4. 資産管理会社(一定の要件を満たすものを除く)

 そのほか、先代経営者、後継者にもそれぞれ要件が定められています。国税庁のサイトに適用になるかどうかや、提出書類のチェックシートがありますのでご活用ください。

 最大の注意点は、一定の要件を満たさなくなった場合は、猶予されていた税金と利子税を支払わなければならなくなることです。制度や要件はとても複雑で、専門的な書類を多量に作成する必要があります。

 この制度を利用するためには、専門的知識を持った人材でも膨大な時間がかかります。また、制度ができて時間がそれほど経過していないため、制度に関する知見や注意点が、事例として多くは共有化されていません。対応できる税理士も限られ、報酬も高額になる可能性があります。

 事業承継税制は一定の会社にとっては大きなメリットがありますが、非常に複雑で難しいです。計画から実行までとても長期間になるため、制度の概要を把握したら、税理士に相談することをお勧めします。