「この男しかいない」51歳社長をうならせた経営案 不動産業を39歳に承継
立派な経営計画を作っても、社員に浸透させるのは至難の業です。愛知県の不動産会社3代目は、リーダー格だった親族外の若手社員を経営層に抜擢。二人三脚でアイデアを膨らませ、古い賃貸物件をおしゃれにリノベーションするビジネスを成功させました。
立派な経営計画を作っても、社員に浸透させるのは至難の業です。愛知県の不動産会社3代目は、リーダー格だった親族外の若手社員を経営層に抜擢。二人三脚でアイデアを膨らませ、古い賃貸物件をおしゃれにリノベーションするビジネスを成功させました。
誰も住みたがらない築30年以上の古いアパートを、独特のリノベーションで満室に。そんな願いが込められた「満室化プロジェクト」を手がけるのが、愛知県江南市の石井不動産です。従業員35名の小さな会社ですが、これまで100室以上のリノベーション物件を手掛けました。
リノベーションのコンセプトは、「木の温もりに包まれた居心地の良いカフェスタイル」です。
フロアには無垢材を使用しています。パイン材で仕上げたキッチン、板張りの壁、座ると落ち着く造作ベンチに加え、天井や窓にはおしゃれで厳選したカラーペイントを施します。カフェを思わせる空間は幅広い層から人気で、特に新婚夫婦に最適なスタイリングです。
ほかにも、ビンテージ感溢れるブルックリンスタイルや、エレガントなカントリースタイルなど、様々なバリエーションがあります。同社はこの取り組みを、ノウハウ提供を望む同業者や建築業者とシェアし、全国に向けてエリアの拡大を図っています。
石井不動産は、現会長の石井公久さん(52) が、約20年前に両親から3代目として経営を受け継ぎました。当初はなかなか利益が出ませんでした。危機感を覚えた石井さんは、2010年、住宅設備大手のLIXIL(リクシル)が運営する不動産チェーンERAが主催した後継者塾に通います。経営計画書を策定し、全社一丸となって実現を目指すことの大切さを学びました。
石井さんは社員向けに経営計画発表会を開きました。しかし、発表会後の宴会が終わると、会場には説明したばかりの経営計画書がいくつも置き忘れられていました。社長が「やるぞ!」と叫んでみたところで、笛吹けど踊らず。社員の意識は簡単には変わらない現実を突きつけられ、石井さんは頭を抱えてしまいました。
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石井さんは、現場リーダーの清水昭博さん(40)を経営陣に加えることにしました。石井さんが最初に採用した社員が清水さんでした。採用募集をしたわけではなく、清水さんの方から「雇ってくれないか」と売り込んできました。
当時、清水さんは23歳。宅地建物取引士の資格が取れる目処が立ち、電話帳にあった不動産業の「あ行」から順番に電話をかけて、就職先を探していたのです。
会ってみると、清水さんの周りには自然と人が集まって来るというフレンドリーな魅力がありました。当時、求人の予定はありませんでしたが、石井さんは清水さんの人柄を見込んで採用し、様々な仕事を任せるようになりました。
石井さんは清水さんに「どうしたら経営計画を全社で共有できるだろうか」と相談しました。すると、清水さんは貪欲に、経営について学ぶ姿勢を示しました。
どの会社も仕事ができる社員は大勢いますが、ほとんどは自分か自部門のことにしか関心がありません。しかし、清水さんは全体最適の目線で会社を捉えることができたのです。
例えば、毎年の経営計画を創るとき、当初は石井さんが方針を書き、清水さんがそこに利益計画を書き加える関係でした。ところが5年ほど前からは、「自分なりに経営計画を作ってみましたので見てください」と、石井さんが要求する前に清水さんの方から経営計画書の基礎案が出されるようになったのです。
しかもその計画書の出来が、石井さんが思う以上に良いのです。そんな清水さんを見るうちに、石井さんは「次の経営を任せられるのはこの男しかいない」と確信しました。
現場のマネジメントを清水に任せた石井さんは、他社と差別化できるアイデアと特殊な技術を探していました。ERAの研修で金沢市に行った時、石井さんは一人で別行動を取り、洒落たリフォームをしているという金沢市の工務店ヤマダタッケンを訪ねました。
石井さんが衝撃を受けたのは、ディズニーランドのアトラクション内でよく見られるように、古いものをかっこよく見せるデザインコンクリートという特殊技術でした。輸入建材を組み合わせて部屋の内装に用いると、古い部屋がおしゃれな空間に生まれ変わるのです。
「これなら差別化できる!」。直感した石井さんは、ヤマダタッケンにこの技術を教えてほしいとお願いしました。幸いなことに同社は「70年代不動産」という名称のボランタリーチェーンを展開していました。加盟すれば、技術を修得でき、必要な建材を調達できるといいます。
石井さんは早速清水さんに伝えると、翌週、今度は2人でヤマダタッケンを訪れます。技術にほれ込んだ2人は技術者を1人採用し、ヤマダタッケンで技術研修を受けてもらうことにしたのです。
現場を預かる清水さんは「これを賃貸物件のリノベーションに応用してみよう」と提案しました。
1部屋の改修費用はおよそ150~300万円です。デザイン性に優れているため、周囲の家賃が7万円だとしたら、8万円の値段をつけても借り手が付くと見込みました。空室だった部屋が、年間100万円近いの収入を生み出せば、3年ほどでリノベーションの元が取れ、そこから先は収益を生み続けます。
石井さんは経営者として「不動産会社からの提案が、空室に悩むオーナーの希望を生み出していない」と思っていました。
一般に、オーナー向けのセミナーのほとんどが「相続税対策に資産活用しませんか」という内容で、いわば「死に支度の提案」です。老朽化した建物の改修に関しても「カギをつけてセキュリティ強化を」、「クロスを張り替えましょう」など、満室にするには程遠いアドバイスばかりです。
ずっと違和感を覚えていた石井さんは、リノベーション事業のコンセプトを、「今、ある古いものを使って稼ぎ、死に支度を辞めて生きる力を付けましょう」と定めました。そして「満室化プロジェクト」と名付けたのです。
ビンテージ感を醸しながら、若い人たちが好むアメリカンテイストの空間へのリノベーションは、たちまち好評を博しました。大都市圏のオーナーからも注文が舞い込むようになり、物件を仲介する不動産会社からも「売りやすく、物件を見せなくても契約が取れる」と評判になりました。
石井さんの想いと清水さんのビジネスモデルがマッチしたからこそ、プロジェクトは成功しました。
その後、清水さんは駅前のひなびた食堂をイタリア料理店として再生するリノベーションに着手しました。腕利きのシェフを石井不動産で採用し、リノベーションだけでなく、店の運営も行いました。店は大繁盛し、リノベーションの技術が店舗ビジネスに生かせることも証明しました。
石井不動産が成長軌道に乗る中で、石井さんは2019年、51歳の若さでありながら39歳の清水さんに社長を引き継ぎました。
不動産業界は「旬な戦闘能力」がないと生き残れない業界です。その担い手は若い社員になります。石井さんは、自分が55歳を過ぎても、今と同じようにマネジメントできるイメージが沸かなかったといいます。若者を束ねるには、若い経営者が指揮をとった方がいいと考えました。
石井さんには3人の子供がいて、誰かが「会社を継ぎたい」と言う日が来るかもしれません。それでも、その日まで自分が社長を務めるのではなく、「旬な戦闘能力」のある人に経営を任せた方が、会社が発展すると考えました。そして、自分がオーナーで会長になり、清水さんが社長という形で事業承継したのです。
経営と所有の分離は、日本ではまだまだ珍しいですが、海外の同族経営(ファミリービジネス)では一般的です。特にグローバル企業や、多角化を進める企業が採用しています。
グローバル展開では求められる専門性が高く、そのスキルを社内で育てることは難しいからです。多角化も同様で、専門性の高い人材を雇って任せた方が事業の成功確率は高まります。オーナーは、スキルを持つ人材を外部から雇って経営を任せ、自分はオーナーとしての役割に専念します。
石井不動産の清水さんは内部昇格ですが、オーナーでは発揮できない能力を経営に生かしてもらうという意味では、海外で盛んな経営と所有の分離に通じるものがあるといえます。
社長を託された清水さんは若さを生かし、映像制作事業という新たなビジネスに取り組んでいます。最近の不動産販売には、動画でのPRが欠かせません。そこで、動画を撮影・編集できるスタッフを雇ったのです。
小さい会社が新しいスモールビジネスを次々と起こし、地域を活性化する経営スタイルは今後のトレンドでしょう。その時、所有と経営を分離した経営スタイルがマッチしているのです。
石井さんと清水さんが作り上げた「満室化プロジェクト」は、不動産業界に新しい風を吹かせました。2人の事業承継の在り方も、後継ぎ問題に直面している多くの中小企業にとって、追い風となるでしょう。
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