売り上げ倍増した「日本一マメな不動産屋」2代目社長のアタマの中
石川県は人口10万人に占める高等教育機関(大学、短大、高専など)の数が全国1位(2018年)の「学都」です。金沢市の学生街・もりの里にある苗加(のうか)不動産は物件のあっせんだけでなく、通学バス運行やカフェ運営など大学生が喜ぶサービスも展開しています。地域密着の企業ならではのアイデアを出したのは、2代目の社長。「日本一マメな不動産屋」という理念を掲げ、走り続けます。
石川県は人口10万人に占める高等教育機関(大学、短大、高専など)の数が全国1位(2018年)の「学都」です。金沢市の学生街・もりの里にある苗加(のうか)不動産は物件のあっせんだけでなく、通学バス運行やカフェ運営など大学生が喜ぶサービスも展開しています。地域密着の企業ならではのアイデアを出したのは、2代目の社長。「日本一マメな不動産屋」という理念を掲げ、走り続けます。
1978年に金沢市で創業。大学生向けの物件を多く扱い、教育機関との連携も進める。ウィークリー・マンスリーマンションの運営なども行っている。従業員数は74人(2020年5月現在)。
苗加不動産は、金沢有数の不動産会社で、金沢大学の一人暮らしの学生のうち、約7割 が同社の管理物件に住んでいるといいます。そのルーツは意外にも「靴屋さん」でした。
3人きょうだいの長男として育った2代目社長の苗加充彦さん(50)は言います。「祖父と父が自宅近くの商店街の一角で靴屋を営んでいましたが、うまくいかなくなりました。父が不動産会社に勤めたあと、独立して起業したのが前身の苗加商事です。父や親せきに商売をしている人が多く、自分がサラリーマンになるイメージは一度も持ったことはありませんでした。父から会社を継いでほしいといわれたことはありませんが、幼いころから長男だから継ぐだろうと自然と思っていました」
19歳だった1989年、苗加商事に入社しました。先代社長の父・信勝さん(76)は、地元の不動産会社が徐々に倒産するのを見て、土地・建物の売買から、アパートのあっせんや管理業へと事業をシフトしました。バブル崩壊後も事業を存続させることができ、苗加さんは若い頃を「寝るとき以外は仕事」という営業マンとして過ごします。
社長就任は39歳だった2008年でした。事業拡大のため、今の本社があるもりの里に本社機能を移す直前のタイミングで、父親からバトンを託されました。
「『そろそろ社長をやれ』『はい』というやり取りだけでした。当時社員は30人くらいでしたが、自分より後に入社した若手ばかり。プレッシャーもなく等身大でいられたのが、よかったと思います」。
当時の不動産業界は地元企業に加え、全国展開のフランチャイズ店や大学の生協もアパートのあっせんを行う群雄割拠の時代に突入していました。「このままでは値下げ合戦、広告合戦という不毛な戦いに巻き込まれてしまうのは明らかで、危機感を持ちました。土俵を変える、他社と戦わずして勝つ方法を必死で考えました」
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勝ち抜くヒントは足元にありました。商圏をむやみに広げるのではなく、ターゲットを会社近くの金沢大学の学生に絞ります。あっせんだけでなく、入居後も手厚くサポートすることで、学生にとって一番の不動産会社になるという戦略が定まりました。「日本一マメな不動産屋」という企業理念と、緑のマメのシンボルマークが誕生しました。
まず手がけたのは、学生の居住エリアと金沢大学を15分間ほどでつなぐ入居者専用の通学バス「マメバス」の運行です。「雪の日に、大学行きの路線バスが定員オーバーで、たくさんの学生がバス停で凍えそうになっているのを見かけました。この中にはうちの入居者もたくさんいるのに、と思ったら、いてもたってもいられなくなり、バスを走らせようと即決しました」
バスは入居者なら無料です。現在、朝夕の時間帯に2台で16便運行しています。ガソリン代と人件費などで年間1200万ほどのコストがかかりますが、企業価値向上につながっているといいます。「バスに社名やロゴを入れており、コストは広告費と考えています。金沢大学には県外出身の学生が多く、こんなバスで通学しているよと外に向けてSNS発信してくれる効果が大きいのです」と話します。
「マメな不動産屋」は次の一手も打ちます。2017年、会社で所有していた物件の1階に、入居者専用の「カフェ・ビーンズ」 を作りました。学生が朝食を食べる習慣がないことを心配する保護者の声を聞いたのが理由でした。
入居者はトーストとドリンクのモーニングセットを170円で利用できますが、苗加不動産に入居者をひとり紹介すれば、これが無料になります。さらに2人紹介すれば1オーダーに限り、いつでもなんでも無料になるという仕組みです。店内にはWi-Fiや電源も豊富にそろえ、勉強の場やイベント会場として活用されています。2019年には2号店もオープンしました。
苗加さんが普段から学生の生活を見つめていたからこそ生まれたアイデアですが、源にあるのは、幼いころから父に繰り返し聞かされた「想像する、信じる、実現する」という言葉でした。
「父は折に触れ、この言葉を口にしていました。十分考えること、そして実行することが大切なのだと。以来、おもしろいとひらめいたことは実現してきました。失敗なんて取り返せます。あの時やっていたらという後悔は絶対によくない」と強調します。
苗加さんが社長に就任した時、売上高は苗加不動産単体で3億5千万円、インターネット設備保守を担う関連企業などグループ全体で9億300万円のスタートでした。2019年6月の決算では単体で約3倍の10億4500万円、グループでは倍近い17億3000万円に成長を遂げます。
大切にしているのは、管理戸数より入居率です。同社の管理物件の入居率は96%を占めます。マメバスやカフェの効果が大きいとみています。「不動産会社はオーナーのことを最も大切にしがちですが、まずは入居者の満足度をいかに上げるかを考えています。そうすれば空室がなくなり、入居率が上がって結果的にオーナーが満足する。そしてオーナーが、我々に新たなオーナーを紹介してくれるのです」。管理戸数も、社長就任時のおよそ3000戸から現在は9000戸にまで伸びているそうです。
終わりの見えないコロナ禍は不動産業界も直撃しています。苗加不動産も2019年度はマイナスの影響は避けられましたが、今後は社会人の転勤需要は絶望的と、終息を待つ構えです。
しかし、アイデアマンは足をとめません。
今年、金沢大学の足元から、はじめて私立の金沢工業大学のメインキャンパスがある野々市(ののいち)市にまで営業エリアを広げました。その物件は同社初となる「食事付きの学生マンション」です。食事付きの物件は近年、首都圏や関西圏の大学生向けに急増しています。苗加さんは他県の事例を視察し、オートロックや防犯カメラに加え、食事や管理人といったソフト面の充実が、保護者への訴求力を高めると感じていました。
来春には、金沢大学付近でも食事付き物件を手掛けます。「もちろんリスクはありますが、とにかく県内で初めてのことはうちがやらないと。どこかほかのところにやられたら悔しくて悔しくてがまんできない」と笑います。
今春、長男の博斗さん(22)が苗加不動産に入社しました。「うれしいけれど、継いでほしいと言ったことはありません。同じようにやれるわけもないですから好きにやればいいと思っています」。過剰な期待感は見せず一歩引いた姿勢は、かつての父親との関係そのものです。
苗加さんは、社長として現場を飛び回るのはあと10年ほどと見据えているそうです。近年では、テレビ電話を活用した重要事項の説明が解禁されるなど、不動産業界を取り巻く環境は変わり続けています。「変化に対応していく柔軟性、そして若い人の満足を追求するためには、感性も若々しいほうが絶対的に有利です。だから自分が若く未熟だからといって、跡継ぎになることを恐れる必要はないと思います」と若い跡継ぎ世代の背中を押します。
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