大戸屋問題で考える事業承継計画書 不測の事態に備えて早めの策定を
日本を代表する定食チェーンの大戸屋ホールディングスは2020年秋、敵対的な株式公開買い付け(TOB)で、外食大手コロワイドの傘下になり、経営陣も刷新されました。実質的な創業者の急死から、創業家と経営陣の対立が続いた結果、経営権をコロワイドに明け渡すことになりました。大戸屋をめぐる問題から、事業承継計画の重要性を読み解きます。
日本を代表する定食チェーンの大戸屋ホールディングスは2020年秋、敵対的な株式公開買い付け(TOB)で、外食大手コロワイドの傘下になり、経営陣も刷新されました。実質的な創業者の急死から、創業家と経営陣の対立が続いた結果、経営権をコロワイドに明け渡すことになりました。大戸屋をめぐる問題から、事業承継計画の重要性を読み解きます。
外食大手コロワイドによる大戸屋の公開株式買い付けは、単に大手企業による乗っ取りというわけではありません。全体像を把握するために、大戸屋の沿革について振り返ります。
大戸屋は1958年に三森栄一氏が東京・池袋に「大戸屋食堂」を開店。2代目の三森久実氏が実質的な創業者として、1983年に株式会社大戸屋を設立し、多店舗展開に乗り出します。女性にも親しまれるおしゃれな内装やメニュー、店内調理などのコンセプトが受けて、2001年には株式店頭公開を実現。その後も国内外に出店を進めてきました。
2012年、三森久実氏はいとこの窪田健一氏に社長職を譲り、代表取締役会長に就任し、2013年には金融機関で働いて2年になる長男・三森智仁氏を大戸屋に呼び戻しました。
久実氏は智仁氏に非常に期待していたようです。2014年7月に末期の肺がんが判明しますが、その前に幹部の1人に「10年後には智仁を社長にする。よろしく頼む」と話していたという報道もありました。そのような考えもあってか、肺がんが判明した後、すぐに長男・智仁氏を執行役員社長付にして、亡くなる直前の2015年6月には常務取締役海外事業本部長に昇格させました。
久実氏は2015年7月に急逝しました。しかし、智仁氏は窪田社長と対立して、会社を去ることになります。その後、介護施設などの高齢者に料理を宅配する事業を立ち上げました。そして、創業家の保有株式(約18%)については大戸屋への売却交渉がまとまらず、コロワイドに譲渡されることになりました。
コロワイドはその株式をベースにしながら、敵対的な株式公開買い付けを行い、大戸屋の実質的な経営権を握りました。その結果、窪田社長が退任し、智仁氏が入れ替わる形で取締役として復帰します。
しかし、一代で日本を代表する定食チェーンに育てた久実氏が、長男と窪田氏の対立や結果的にコロワイド傘下に入ったことを、喜んでいるとは思えません。久実氏は円滑な承継に向けて、どのような対応を取るべきだったのでしょうか。
2016年、窪田氏と創業家の対立を受けて、大戸屋は第三者委員会でコンプライアンス上の問題を洗い出し、報告書にまとめました。それによると、久実氏が生前から将来的に智仁氏を後継者にする意向だったことは、経営幹部も認識していましたが、具体的な承継時期については、正式な形では示されていませんでした。
事業承継に向けた具体的な道筋が、経営層などに十分に共有されていなかったことで、対立が起こったと思われます。
振り返ると、智仁氏が2013年に入社したときに、久実氏は長男を後継者にするという事業承継計画を文書でとりまとめ、少なくとも経営層には開示すべきでした。今回は肺がんという不測の事態でしたが、本来は突然の病気などにも備えるために、事業承継計画を策定すべきでしょう。
不測の事態に会社にどのような問題が生じるのかを想像し、そのような混乱を避けることも、経営者としての責務と捉えるべきです。
事業承継計画は一般的には、現経営者と後継者の関係性のみを捉えます。例えば、いつ社長職や代表権を譲るかや、株式の持ち分をどうするのかといった問題に着目して作成されます。
しかし、ファミリービジネスの永続性を担保するには、経営(ビジネス)、所有(オーナーシップ)、家族(ファミリー)というスリーサークルモデルの観点で、将来発生しうる問題を想定しなければいけません、具体的には、事業承継計画を作って目指すべき姿(基本方針)を明確にする必要があります。
上記の図表のような事業承継計画を検討することで、それぞれの観点で整合性が担保されているかも判断できます。よく問題となるのは、経営者と後継者の関係性だけではなく、就業していない家族(次男、長女など)がいる場合に、揉めることもあります。そういった家族との関係性も考慮したうえで、事業承継計画のなかで、いつ、どのような遺言書(遺産分割)を書き残すのかを決めるのも大切です。
大戸屋の事例で言えば、久実氏のいとこであった窪田社長(経営幹部)との関係性も考慮したうえで、事業承継計画を策定しておく必要がありました。多くのファミリービジネスがそうであるように、創業者(現経営者)が亡くなってから、関係者との調整を図るのは大変難しく、ご存命のうちに、関係者との調整を図っておくことが、事業承継の要諦とも言えます。
しかし、実際は、多くのファミリービジネスにおいて、事業承継計画が策定されていません。計画の必要性や存在自体が知られていないこともありますが、事業承継計画の策定自体が、現経営者の退任や死を連想させるために、取り組みにくいという側面があります。
従って後継者には、事業承継計画のフォーマットをダウンロードして、現経営者(親)、後継者(自分)、その他関係者の年齢を1年目に記載し、15年目までの年齢を記入することをお勧めします。
年齢以外の項目は白紙のままで良いので、親に今回の大戸屋騒動などについて話しながら計画書のフォーマットを渡し、「一度検討してみてほしい」とお願いすれば良いでしょう。そのあとは、しつこく事業承継に関する話はせず、相手からの反応を待ちます。
その場ですぐに検討されることは少ないのですが、多くの場合、それをきっかけに事業承継に関する会話が起こります。なぜなら、年齢情報を見ることで、経営者の頭の中で勝手に想像を始めるためです。お正月やお盆といった一族が集まる際に一度、検討してみてはいかがでしょうか。
事業承継計画の具体的な書き方やサンプルについては、拙書「『経営』承継はまだか」(中央経済社)も参考にして下さい。本書ではファミリービジネスが抱えている課題やその解決方法について、欧米の知見も盛り込んだ内容となっています。
今回は筆者が経営する株式会社日本FBMコンサルティングが作成した、事業承継計画書のフォーマットを用意しました。下記リンク先のページから、ツギノジダイに無料会員登録をしていただければダウンロードできますので、ぜひご参照下さい。
【参考資料】
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