ペーパーレス時代の印刷業に新風を 2代目が仕掛ける「ものづくり」
2020年に創業50周年を迎える研恒社(東京都千代田区)は、企画・印刷・出版を軸に、優れた校正を売りにしてきました。ただ、ペーパーレス時代で印刷業が低迷傾向の中、2代目は新規事業として「ものづくり」に踏みだし、オリジナルノートの設計システムやルーズリーフブランドを生みました。
2020年に創業50周年を迎える研恒社(東京都千代田区)は、企画・印刷・出版を軸に、優れた校正を売りにしてきました。ただ、ペーパーレス時代で印刷業が低迷傾向の中、2代目は新規事業として「ものづくり」に踏みだし、オリジナルノートの設計システムやルーズリーフブランドを生みました。
「あなただけのノートを1冊からつくれます」。印象的なキャッチコピーを前面に出した「kaku」は、研恒社が運営するサービスです。自分のライフスタイルに合ったノートを1冊500円からデザインして購入でき、用紙は92種類、罫線は141種類から選べます。
研恒社代表取締役の神崎太一郎さんは、2016年に「kaku」を立ち上げました。印刷物を目の前の顧客に納品するだけでなく、エンドユーザーにどのように使われるかを考える新たなチャレンジの一環でした。
企業パンフレット等の商業印刷をメインに、シンクタンクのアンケートの校正、印刷、回収からデータ入力まで「父親が社長だった時代にはいろいろなことをやっていた」という神崎さん。創業以来、30年以上発行を続けている「ニュー・ポリシー」は、各省庁からの答申・報告などの重要な資料を選別し、体系的にまとめた月刊誌で、今も学術機関などに重宝されています。
「会社を継いだ当時は売り上げ至上主義で、お客様が指定した部数をそのまま気にせずに印刷していたこともありました。情けないことに、前は納品までが仕事で、納めた製品がその先でどう使われるかを考えていなかったのです」
しかし、顧客から「印刷物が余った」という話を聞くことが耐えられなかったといいます。「価値のある印刷物は大好きですが、何も考えずに仕事として製品を吐き出すのは、無責任だと思いました」
納品後を見据えた製品を考えるために、顧客のビジネスを知ろうと、毎年贈っていたお中元とお歳暮に目を付けました。「それまでは(既製品の)ゼリーやトマトジュース、ビールなどを贈っていましたが、自分たちにしかできないものを作って届けるようにしました」
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会社の強みを生かして、協力会社と一緒にオリジナルの化粧箱を作り、銀の泊を押してビールを入れて贈りました。「実は箱だけで1200円くらいかかり、中身のビールより値が張ります。でも、こんな箱を作ることもできるというメッセージを伝えました」
その後も、社員でアイデアを出し合いながら贈り物を続けると、楽しみにしてくれる顧客も増えていきました。中でも、オリジナルのノートを作って箱に収めたお歳暮の評判が良かったことが、会社を変えるきっかけになりました。「印刷した紙を製本しているものなので、自分たちの仕事にも直結しています。ここから『kaku』のアイデアが生まれました」
たった1冊からノートを印刷、製本してカスタマーに直接届けるというサービスを始めるには、相当な手間が必要です。しかし、「極少部数」に振り切ったことで社員にも覚悟ができた、と神崎さんは振り返ります。
「『kaku』を柱として育てたい思いがあり、展示会への出展も始めました。ある時、中綴じ機を会場に持参し、その場で表紙と用紙を選んでもらってノートを製本してみました。そうしたら1日で100名くらいの方が体験して下さり、社員にもお客さんと直接繋がるという実感が湧いたと思います」
大きくPRしているわけではないので注文は1日数件です。しかし、一冊でも気を緩めることなく、社員総出で丁寧に作って専用の箱に詰めて送っています。大切に育ててきた「kaku」は、2020年8月に特許を取得しました。
神崎さんはもともと、父親が創業した会社を継ぐ気はありませんでした。「次期社長も決まっていたのですが、その方が急遽、会社を辞めなければならなくなり、他社に勤めていた私がたった1年で戻ることになりました。入社するからには後を継ぐつもりでなければと覚悟を決めました」
実は高校時代は会話もほとんど無かったくらい、我が道を行く父親とは意見が合わなかったそうです。しかし、自身が社会に出てお客様に頭を下げるという経験をして、父の苦労に初めて気づきました。
入社して間もなく、印刷の発注数が減ってネット印刷による価格破壊が始まりました。先代は脱印刷を掲げて日本料理屋を開店します。赤字も出さず飲食店としては合格点でしたが、社員が店の業務に乗り気ではなかったといいます。
「普段の業務とかけ離れているので当然ですよね。ここから学んだことは、新しい事業へチャレンジするときは、50パーセントの変化がちょうどいいのではないかということでした」
入社して9年目の2011年に社長を引き継ぎ、その2年後に先代が病気で急逝。日本料理店もそのタイミングでクローズしました。「父と一緒に仕事したのは10年ちょっとでした。それでも、よくぶつかり、一緒に酒を飲み、しっかり話もしてきたので、私としてはやりきった感じです」
神崎さんのチャレンジは「kaku」だけではありません。2019年度、東京都が主催し、日本デザイン振興会が企画・運営を手がける「東京ビジネスデザインアワード(TBDA)」にエントリーしました。TBDAは、企業とデザイナーのマッチングを目指すデザイン・事業提案コンペティションで、研恒社はデザインコンサルティング会社「kenma」とつながることができました。
ノートの単位を「冊」から「頁」にシフトするというコンセプトを練り上げ、ルーズリーフブランド「PageBase」を立ち上げました。その第一弾として、リングのないスライド式の金属ルーズリーフバインダー「SlideNote」を開発しました。
「発想の源は、私の子どもたちが使っていた学習帳への問題意識でした。学年が替わってノートを新しくするたび、それまで使っていたノートのページが余ってしまいます。印刷や紙に関わる業界にいるのに、無駄をどうにもできないというのがもどかしかった。そんな思いをkenmaさんと一緒に形にしました」
「SlideNote」は2020年12月15日に新発売し、同時にSlideNote専用オリジナル用紙がオーダーができるECサイト「Paper&Print」も開設しました。自社でシステムを構築し、12種類の用紙と8種の罫線から、自分の好きなものを選んでオリジナルノート用紙をオーダーできます。紙質や罫線の幅やスタイルなどまで細かく好みが選べて、「SlideNote」と組み合わせて使用すれば、自分専用のノートシステムが出来上がります。
新しいチャレンジを続けながらも、神崎さんは「本業は校正を大切にする商業印刷」という原点を大切にしています。
「会社を継いだ時に、校正作業に丁寧に取り組む真面目さが我が社の良さだと思いました。それはこれからも変わらず、デジタルでもアナログでも、正しい情報をしっかり届けることを大切にしています。意味があり、価値があるものを作る会社として、軸がぶれないようにコツコツと続けていきたいです」
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