商品開発と観光で急成長

 高岡市は鋳物の生産地として知られています。能作は鋳造技術を生かして、仏具や茶道具を製造してきました。伝統的なものづくりを続ける一方、婿入りした4代目で代表取締役の能作克治さん(62)が、ヒット商品を次々と送り出しました。

 中でも、錫を曲げてカゴのような器に仕立てた曲がる器「KAGO」シリーズが、大ブレーク。その他もぐい呑みやビアカップ、小皿やアクセサリーなど豊富なラインナップで、今では直営13店舗を抱えます。2017年の社屋移転とともに、工場見学(現在は新型コロナウイルスの影響で休止) や、鋳物製作体験、カフェやショップの運営にも力を入れ、2019年は13万人が工場を訪れました。

 2002年の社長就任時から20年足らずで、社員数を15倍の160人、売上は10倍の約16億円 に伸ばしました。そんな急成長企業で「産業観光」を担うのが、克治さんの長女で5代目の能作千春さん(34)です。現在は専務取締役で、いずれ後を継ぐ予定です。

能作を急成長させた父・能作克治さん(左)と笑顔で会話する千春さん

就職後に気づいた家業の価値

 「小さなころの遊び場は旧工場でした。10人ほどの職人さんはみんな優しかったけど、うす暗くてほこりと砂が舞っていて、自分が働くイメージは持てませんでした」と振り返る千春さんは大学卒業後、神戸市でアパレル通販紙の編集者になりました。

 入社3年後のある日、転機が訪れます。会社の先輩がセレクトショップで「いいものを見つけた」と持ってきたのが、先に入社していた妹がデザインした能作のトレーでした。

 「同僚にすごいと言われたのがうれしくて、初めて家業への興味がわきました。父も新卒で入った会社を3年でやめて能作に婿入りしています。『3年』というのは、ひとつの節目かもしれないと感じました」

「何でも屋」としてがむしゃらに

 働きづめでも生き生きと輝く父はヒーローでした。「家でもずっと仕事の話をしていて、次々と新しいことに挑む野心や志の高さは、子供心にすごいと感じていました。人生の8~9割は仕事なのだから、楽しまないといけないという口癖は、私自身にも刷り込まれました」

 仕事を辞めて富山に戻る決断をした2010年頃は、「KAGO」をはじめ、商品の出荷量が急増していました。ただ、当時の従業員数は20人ほどで人手は足りず、製品を保管するスペースもないという状態でした。「商品の包装や配送も自分でやる必要があり、何でも屋としてがむしゃらに働きました」

能作が鋳造技術を極めて制作した「KAGO」シリーズ(同社提供)

 千春さんは営業から製造現場への生産依頼を、口頭から書面に変えて受発注システムを改善したり、自社ECサイトを立ち上げたり、コツコツと会社の形を変えていきました。

自ら発案して社内誌を発行

 千春さんは、職人とのコミュニケーションを大切にしてきました。「休憩時間には、どんなに忙しくても職人さんの好みにあった飲み物を用意したり、お菓子を買いにコンビニに走ったりしていました」。昔からいた職人には「ちーちゃん大きくなったな」とかわいがられ、若い職人とは、飲みに行くなどして、関係を築きました。

 会社の急成長で社員数が増え、社長が全従業員と直接コミュニケーションを取るのが難しくなりました。「社長の良さを最大限発揮してもらうのも私の仕事。社長と従業員との橋渡し役を務めたいという思いでした」。千春さんの年齢は従業員の平均年齢とほぼ同じ。身近な存在だからこそ、従業員の魅力や能力を引き出すことができると考え、社内マネジメントに取り組みました。

能作千春さん(中央)は、従業員とのコミュニケーションを大切にしています

 自身の出産も大きなきっかけになりました。2013年の第1子出産の時は、産休で会社から一時離れたことで、取り残されたような気持ちになったといいます。そこで、第2子の産休に入る時、無理なく会社と関わり続けるために、社内誌の発行を始めました。元編集者の取材力を生かして「会社で何が起きているのか」を社員にヒアリングして、新商品や社員の動向を原稿にまとめ、月1回のペースで発行しました。

 産休中も会社とつながっていたいという思いで始めた社内誌が、従業員の情報共有に生かされ、社長のメッセージを従業員に届けられるという効果が生まれました。従業員の家族からも好評で、今でも千春さんが原稿を書き続けています。

能作千春さんが制作している社内誌(能作提供)
能作千春さんが制作している社内誌(能作提供)

従業員の声で生まれた新商品

 「社長は職人としての絶対的な技術に加え、デザインの面でも独自の感性を持っています。そして愛すべき人柄は、私にはない魅力です」。千春さんは父との違いを出すことが自分の強みだと思い、公式の社内面談以外でも、日頃から従業員に「最近どう?」などと声をかけているといいます。

能作の器はデザイン性に優れています(同社提供)

 そうした立ち話がアイデアの宝庫になっています。ある時、商品の検品を担当しているパート従業員の女性から「職人さんが一生懸命作ったのに、検品の基準が高いために売ることができないものが多くてもったいない」と言われたことがありました。

 その言葉をヒントに、厳しい検品で破棄していた物の中から、金属の微妙なシワやゆがみなど「職人の手作りだからこそ生まれる味」と呼べる範囲のものを抽出。職人技を理解した顧客が購入できるように、専用の販売コーナーを設けて、デザイン性の高い風鈴などが好評を博しています。

ママさん世代を対象に産業観光

 同社の産業観光は、地元の子どもに高岡の鋳物産業のすばらしさを教え、ゆくゆくは担い手になってもらいたいという社長の思いから始まりました。千春さんは本社移転の半年前の2016年に専務兼産業観光部長となりましたが、観光のエキスパートはおらず、物流、経理の担当者と3人でスタートしました。手探りの中、ターゲットを自分と同じママさん世代に定めました。

 「ママ友というネットワークや、SNSでの発信力を持つ世代に関心をもってもらうために、子どもが一緒に楽しめる場所を思い描きました」

能作は工場見学に力を入れ、多くの家族連れが訪れました(同社提供 ※現在は新型コロナウイルス感染拡大の影響で休止中)

 新社屋では、「工場見学」「鋳物製作体験」「カフェ」「ショップ」「観光案内」の5つを柱に、産業観光事業を展開しています。2019年は年間13万人が訪れる施設になりました。「毎日様々なお客様に作業の様子を見ていただけることで、職人たちの意識も変化し、スタッフ同士の結束が強くなったと感じています」

錫婚式がビジネスチャンスに

 千春さんは2019年から、結婚10年目を祝う「錫婚式」を産業観光に取り入れました。店頭で「錫婚式の記念品を買いに来た」という客が一定数いることに着目。錫婚式は金婚式や銀婚式ほど知られておらず、ブライダル業界も参入していないことがわかりました。「錫尽くしのオリジナル製品が作れる我が社のチャンスだと思いました。私も新婚と呼ばれる時期が過ぎていたころで、女性はもう一度主役になれる時を求めているのでは、という思いもありました」

 能作が地元企業と連携して、フォトウェディングや食事、体験、記念品などをプロデュースする錫婚式を企画し、錫の盃による三三九度や、錫器を使ったコース料理など、自社製品が夫婦の節目に彩りを添え、すでに60組が体験しています。結婚式とは異なり、内向きで少人数の式のため、コロナ禍の今も行われています。

能作がプロデュースしている「錫婚式」(同社提供)

 「朝から晩まで寄り添うことでお客様との絆が生まれ、口コミで能作の名前が広がっています。新商品の提案や会社の記念品の発注など、錫婚式から次のビジネスチャンスも生まれ続けています」

 ブライダル業界はコロナ禍で大打撃を受けましたが、能作の錫婚式は注目を集め、日本を代表するウエディングドレスデザイナーが商談に訪れているといいます。「結婚10年目には、当たり前のように錫婚式を挙げる世の中になるまで頑張りたいです」

コロナ禍で見据える未来

 能作もコロナ禍の影響を受け、2020年の直営店の売り上げは、2019年の半分ほどに落ち込みました。一方、ECサイトは好調で、錫の抗菌性や曲がる特性などを生かした医療機器が伸びたことから、トータルの売り上げはほぼ横ばいで推移しています。

 千春さんは今後を見据え 、海外事業部など強化したい部署に手厚く人員を配置するなど大規模な組織改編を行い、売上や経営状態を従業員に明らかにする報告会も始めました。

 「社長は数字に悩むのは経営側の務めで、社員には自分の仕事に邁進してもらいたいという考えでしたが、今の時代、従業員も数字が見えないと不安になります。従業員からは目標が明確になったと好評です。目標を見える化して、社員教育に力をいれ、この先も戦える組織づくりに取り組みたいです」

能作千春さんは後継ぎとして、「女性が仕事を続けやすい会社」を目指したいと考えています

 能作は今や160人の従業員を抱え、管理職の4割が女性を占めるようになりました。ただ、同業者の会合に顔をだすと、製造業の世界はまだまだ男性がメインだと痛感しているといいます。自身も産前産後の働き方に悩んだ経験から、「子どもを持っていても働けるし、デメリットではないということを、私自身と能作の従業員で証明していきたいです」

 千春さんはカリスマ経営者の父を尊敬しながら、後継ぎらしく、時代に合わせたマネジメントや新規事業で、能作のさらなる成長に挑みます。