民事信託とは【司法書士がわかりやすく解説】家族信託との違いも
民事信託とは、遺言や後見制度を補完する制度です。中小企業の事業承継にも活用できる可能性があります。一方で、契約内容が複雑になり、関係者の理解が得られないといった注意点もあります。家族信託との違いやメリットを含め、司法書士の佐伯知哉さんがわかりやすく解説します。
民事信託とは、遺言や後見制度を補完する制度です。中小企業の事業承継にも活用できる可能性があります。一方で、契約内容が複雑になり、関係者の理解が得られないといった注意点もあります。家族信託との違いやメリットを含め、司法書士の佐伯知哉さんがわかりやすく解説します。
目次
簡単に説明すると、民事信託とは、ある特定の財産を自分自身(委託者)が、自分の財産を信頼できる人(受託者)に託して名義を移転し、信託契約で定めた一定の目的に従って「管理(守る)」「活用(活かす)」「承継(遺す)」を行ってもらいます。そして、信託の利益を享受する人(受益者)に信託財産を利用させたり、運用益などを給付したりする制度のことです。
たとえば、アパート経営をしている父親が将来の認知症に備えて、子どもにアパートを信託します。このとき、受益者も父親としておけば、アパートから発生する賃料収入は引き続き父親のものとすることが可能です。万が一父親が認知症になってしまった場合でも、アパートの名義は子供に移っているので、大規模修繕や建て替えなどに支障をきたすことがありません。
この例のように、委託者と受益者が同一人である限りは、贈与税や不動産取得税の課税の問題は出てきません。最終的には財産そのものを相続人等の財産を残したい人に承継して、その目的を達成するので遺言の代用として利用することもできます。
民事信託は、信託契約などによって内容を決めるので自分の生存中から死亡後まで、財産の管理活用承継について柔軟な設定ができます。
また、自分が信頼した人に財産を託すことができるので、成年後見制度のようにまったく知らない人に財産を管理されたり、家庭裁判所の監督下に置かれたりするようなことはありません。家族を受託者にすることもできるので、司法書士などの専門職が成年後見人になった場合に比べ、長い目でみれば費用も安く抑えることができる場合があります。
財産の管理・活用・承継を一つの契約ですることができるので、認知症対策から遺言の機能までを一つの契約内で持たせることも可能です。さらに、通常の遺言では、自分の死後に発生した相続(二次相続以降)について財産を承継する者を指定することはできませんが、信託では二次相続以降についても財産を承継する者を指定することができます。
このように、従来の成年後見制度や遺言では果たせなかったことについて、補完することができる新しい仕組みなのです。
民事信託という制度ですが、家族信託という言葉も耳にしたことがある方もいるかもしれません。ほかにも信託銀行や信託会社と何か関係があるのか疑問に思われることもあるかと思います。
まず、信託という大きな枠組みの中では、信託銀行や信託会社が行う「商事信託」と前述した「民事信託」の二つに分けることができます。
商事信託とは、「商」という文字が入るだけあって財産を託される受託者を信託銀行や信託会社がビジネスとして他人の財産を管理運用等する仕組みです。他人から託された財産について報酬をもらって運用して、運用益をその人に戻すという従来からある信託です。
一方で、民事信託とは、信託銀行等が担っていた受託者の立場を家族などの一般人が代わって行う制度です。信託銀行などのようにビジネスとして他人の財産を預かる場合については信託業法上の免許が必要で非常に要件は厳しいのですが、民事信託のようにビジネスとして行わない信託について免許は不要です。
ただし、信託銀行などのように不特定多数の人から財産を預かって、信託報酬を得るようなことはできません。あくまで特定の人の財産を原則として報酬をもらわずに管理運用などをすることを「民事信託」といいます。
最後に「家族信託」ですが、これは民事信託のなかでも、特に受託者を家族が担う場合を家族信託と呼ぶようです。「呼ぶようです」とはっきり言わないのは、家族信託という単語は、一般社団法人家族信託普及協会が商標登録している造語であり、公的な呼称ではないからです。
商標登録されていますが特に誤用しなければ使用しても問題はなく、言葉の響きが柔らかいので多くの専門家が利用する言葉になっています。
この違いについて、YouTubeでも解説しています。
中小企業の多くは株主と経営者が同一人物になっています。所有と経営が一致していることは、会社の経営において迅速な意思決定が可能という点ではメリットになるのですが、オーナーであり社長である代表者が、認知症などで判断能力を失ってしまったり、急逝してしまったりした場合に事業承継や会社の機能が完全にストップしてしまうようなデメリットもあります。
従来はこういったリスクのリスクヘッジとして生前贈与、任意後見や遺言の利用などが考えられていたのですが、民事信託を使うと、よりスムーズな事業承継や相続対策をできることがあります。
たとえば、現在のオーナー社長を委託者兼受益者、受託者を後継者とし、株式を信託財産とします。生前贈与と違って、実質的な所有者はオーナー社長のままなので後継者に贈与税が課税されることはありません。株式の管理権等は信託契約の中で後継者に一任するような内容にすれば、株式の議決権についてのみ後継者に事前に渡すことができます。
完全に議決権を渡してしまうことが心配であれば、指図権といって議決権の行使は受益者がコントロールするような信託契約の内容にすることも可能です。現オーナー社長の目の黒い内は完全に会社の経営を任せるようにはせずに、段階的に後継者に会社の経営権を譲渡していくようなことも可能な制度です。
中小企業が民事信託を活用する具体的なメリットと注意点を、次の4つにまとめました。
現オーナー社長が認知症や急逝してしまった場合でも後継者と民事信託契約を締結して株式を譲渡しておけば、会社の機能がストップすることなくスムーズな運営や事業譲渡が可能です。
生前贈与のように現オーナー社長が健在のときに株式を譲渡してしまうと、認知症対策や相続対策にはなるのですが現オーナー社長の会社に対する法律的な権限が完全に後継者に移行してしまいます。
民事信託であれば前述のように指図権などを設定しておけば、株式を後継者に譲渡しつつも、株式の議決権の行使など、一定の権限を現オーナー社長の手許に残しておきながら、認知症や相続の際のリスクヘッジも可能というおいしい所取りをすることができます。
委託者と受益者が同一人物である限りは贈与税の課税の問題は生じません。事業承継の場面においても、現オーナー社長が委託者兼受益者となり、受託者は後継者とすれば、株式の名義は受託者である後継者に移転しますが、生前贈与と違って実質的な所有者は現オーナー社長に残りますので贈与税は発生しません。
ただし、委託者と受益者を違う人にした場合は通常通り贈与税が課税されるのでご注意下さい。
従来のように事業承継の相続対策として遺言をのこした場合、現オーナー社長が死亡後に発生する相続(二次相続)についての株式などの承継先を決めておくことはできません。
たとえば現オーナー社長に長男と二男の2人の推定相続人がいて、長男には子供がいなくて二男には子供(孫)がいるような場合に、長男を後継者にしたいけど長男亡き後には血のつながりのある二男の子供(孫)に株式を相続させたいとします。
遺言では長男への株式の承継までしか決めておくことはできないのですが、民事信託の「受益者連続型信託」というスキームを使えば二次相続以降の株式等の遺産の承継先まであらかじめ決めておくことができます。いわば遺言の限界を超えた機能をもっている制度ということになります。
後継者へ生前に会社の株式を贈与した場合、実際会社の経営を任せてみたけどやはり適性が無かったような場合はどうでしょうか。こういった場合は株式の所有権は後継者へと完全に移転しているので後でやっぱりやめたということは原則できません。
改めて後継者から現オーナー社長へ戻すことも考えれますが、新たな贈与税の課税の問題などが発生します。民事信託契約で会社の株式を現オーナー社長から後継者へ信託した場合であれば、後継者が経営者として不適格であることが分かった場合に、委託者と受益者が合意すれば信託を終了させることができます。
通常は贈与税の課税を防ぐために委託者=受益者であることがほとんどですので、現オーナー社長としては一存で信託を終了させることができます。生前贈与と違って、元々後継者へ完全に株式の所有権が移転していたわけではないので、贈与税の課税の問題も生じません。
民事信託は、事業承継をはじめ、認知症や相続対策に有用な制度ですが、万能で何でもできる制度ではありません。遺言や後見制度がいらないのではと考えれる方もいますが自由度が高い分、契約内容は複雑になり、関係者の理解を得るのが難しい場合もあります。
複雑なスキームを組みすぎると一つ歯車が狂うと機能しなくなるような諸刃の剣でもあります。基本的な対策は遺言や後見制度を軸に考えて、これらを補完する役割として使用すれば、中小企業の強い味方になると思います。
司法書士さえき事務所所長
相続による不動産の名義変更手続きを始め、金融機関口座、株式等の有価証券、ゴルフ会員権などの名義変更、家庭裁判所に申立てが必要な相続放棄、限定承認、遺産分割調停などの手続きをサポート。東京司法書士会 登録番号東京第6217号
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