「映えない」海苔の魅力をSNSで発信 売り上げ2.5倍増、4代目の戦略
東京・合羽橋の「ぬま田海苔(のり)」は有明海の初摘み海苔だけを扱い、斬新な商品を次々と送り出して、先代から250%売り上げを伸ばしました。仕掛け人の4代目は、アパレル業界から転身した沼田晶一朗さん(43)です。「映える」という潮流の中では「地味」な商品ではあるものの、メディアプラットフォーム「note」で自ら発信し、海外にも海苔の魅力を伝えています。
東京・合羽橋の「ぬま田海苔(のり)」は有明海の初摘み海苔だけを扱い、斬新な商品を次々と送り出して、先代から250%売り上げを伸ばしました。仕掛け人の4代目は、アパレル業界から転身した沼田晶一朗さん(43)です。「映える」という潮流の中では「地味」な商品ではあるものの、メディアプラットフォーム「note」で自ら発信し、海外にも海苔の魅力を伝えています。
――過去のインタビューで「海苔は可能性があるのに、うまく提案できていない」と語っています。海苔にどのような可能性を感じたのでしょうか。
一般には知られていませんが、海苔には「漁場名」と「等級」があります。「入札」を経て、海苔は生産者から販売者へ売買されるのですが、そこでは海苔の産地と等級が全て開示されてやり取りされています。
ぬま田海苔では、その産地と等級名を全てオープンにして、そのまま商品のネーミングにしています。お客様にどういう海苔か分かりやすく説明し、安心して買ってもらえるようにするためです。
――単一産地から浮かび上がってくるストーリーを楽しむ、「シングルオリジン」という提案のあり方ですね。
まさに「海苔のシングルオリジン」です。一般的な海苔屋さんでは「松竹梅」という枠組みの中での提案が多いですが、本当は海苔のひとつひとつに名前とストーリーがあるのでうちはそれを伝えていく。加えて、それぞれの海苔に合う食べ方も「手巻き寿司に合う」「このおつまみに合う」「このチーズに合う」などと提案していけたらと思っています。
手巻き寿司もわりと当たり前の提案ですよね。さらにモッツァレラチーズと合わせて、ちょっとオリーブオイルをちょっとつけて食べると「イタリア版の磯部もち」のようになるよ、とか。うまみの強い海苔は発酵バターと合わせることでうまみがより持続します、といった具体的提案です。
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――とても解像度が高いです。
ペアリングの提案についてはまだまだ追求しないといけないし、もちろん全ての海苔に情報開示が必要なわけではないとも思います。そもそも詳細な等級がわからなくても、海苔屋とお客様には「この海苔屋さんならば、いい海苔を見立ててくれる」という強い信頼関係があって、それもひとつの日本の素敵な文化です。
海苔業界にも役割分担があると思うのです。大きな海苔屋さんは色んな販路を利用して、ふりかけやお茶漬けなどの加工品を含め大手だからこそできる提案をされている。でもうちは、母と私の2人でやっている小さな会社です。既存の海苔屋さんのスタイルを踏襲せず、全く新しい提案をしてもいいと感じました。
うちでは10枚2000円の海苔を販売しています。それをおいしいと言って買ってくださるお客様もいれば、「高すぎる」と感じる方もいる。でも、今までスーパーで10枚600円で買っていたところを、たまには1000円のものを買ってもいいな、と思ってもらえるような味わいの海苔を仕入れていきたいです。
そしてそれが日々努力されている海苔の生産者の方々のアピールや、海苔業界全体の価値が上がることに少しでもつながれば嬉しいです。
――後継ぎとして挫折したことや失敗したことはありますか。
仕入れや資金繰りは学びが多いですね。1回の入札で1年分の海苔を仕入れるため本当にプレッシャーですし、1度にどんとお金が出ていってそれから売上回収なのでキャッシュフローも実は悪いんです。
とはいえ、むやみやたらにお金を借りても負担になるだけです。給付金や助成金など公のセーフティネットを精査してサポートを受けています。そういう情報は知り合いづてに教えてもらっています。
挫折ではありませんが、海苔は今の「映える」という潮流の中では、地味な存在であることは否めません。でもイノシン酸、グルタミン酸、グアニル酸という三大うまみ成分を全て含んだ唯一の食材。うまみたっぷりで栄養価も高い海苔をもっと身近に感じてもらおうと開発したのが、初のオリジナル商品「初摘み海苔のうまみフレーク」です。
ごはんのお伴のイメージが強い「ふりかけ」と違って、さまざまな料理に付け足せる自然食材のみで構成された「トッピング」です。海苔の可能性をさらに広げたいと考え、より多くの料理に対応できる「フレーク」を選びました。
「普段の食事に、お好みの使い方で気軽に使っていただきたい」と、温かみのある料理のイラストを入れ、そのまま食卓に出しても違和感のないパッケージを目指しました。いま最も訴求したい商品なので、店内で一番目に入るアイラインの位置、最後にひと押し訴えられるレジ横に設置しています。
これも、アパレルで培った、ブランドの魅力を最大限にアピールできるように、商品の特徴や流行をキャッチアップして、戦略的に店舗を作り上げていく「VMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)」の発想を生かしています。
――沼田さんは「商品のストーリーを伝えること」を大切にされていると感じます。どんな工夫をして、海苔にストーリーをつけていったのでしょうか?
ストーリーは「つける」のではなく「もともとあるもの」だと思うんです。それを見出せていなかったり、うまく伝えられていなかったりするだけではないでしょうか。人に聞いたり、ネットで調べたり、ストーリーを知る術はたくさんあります。
情報の正しさは慎重に見極めなければいけませんが、基本的にはお金もあまりかけずに、地道に努力すればストーリーを知ることができると思うんです。これも役割分担で、生産者の方は「作ることのプロ」。私たちは生産者が作る商品を「伝えるプロ」「背景のストーリーを語るプロ」でありたいです。
ーーオンラインショップ展開、Instagramやメディアプラットフォーム「note」などSNSでの発信にも積極的です。特にnoteは現在(2021年1月時点)、8000以上のフォロワーがいます。狙いや効果を教えてください。
オンラインショップやSNSでの発信は、「objcts.io」というレザー製品のブランドをやっている弟の知見やサポートによるものが大きいです。
SNS活用は、店舗に立って呼び込みするのと同じだと思います。入り口が広がるだけ。でも、間口はとにかく広い方がいいと思うんですね。
自分の言葉が重要だと考えているのでnoteは自分で書いています。これまでブログを書いたこともなかったですし、最初は迷いもありましたが、前職でも大事にしてきたコミュニケーション力を生かして、お店で接客するときのように等身大で書くことを意識しています。
SNS発信の大事なポイントは、全部自分でやらないことだと思います。Instagramは弟の会社に委託していて、私は「こんな写真や内容で」と依頼をするだけです。全て自分でやると同じ提案になる可能性があるので、何かを誰かに委託した方が、より色んな方に届くと感じています。
ーー色々な人の目線が入るのがいいのだと。
私一人ではとてもここまでできません。一緒に店を切り盛りする母やパートの方たちを中心に、ときには姉がてきぱきとパッケージングを手伝ってくれたり、弟がブランディングやデザインまわりをサポートしてくれたり、妹が英語の発信をフォローしてくれたり……。それぞれ得意分野を持ちよって協力しながら、店舗とWEBを運営しています。
ーー海外観光客のお話がありましたが、コロナの影響はどのぐらいありましたか。
今は海外客は0に近いです。東京オリンピックに向けて英語版のパンフレットを多めに作るといった先行投資をしていたので、打撃はありました。そこで取り組んだのが「食結びbyぬま田海苔」というプロジェクトです。
うちの初摘み海苔と合わせた商品をオンラインで販売しています。焼きおにぎり専門店やイタリアンとコラボレーションして、ご自宅でおにぎりに海苔を巻いてもらうセットや海苔のジェノベーゼを開発しました。
商品はあっても全国に届けるルートを持たない飲食店さんに、うちのオンラインショップという場を提供してコラボすることで、私たちは海苔を使った製品を広めることができます。一旦売り切れになるなど好評で、なんとか乗り切りました。
ーーぬま田海苔の未来像や4代目としての目標をどのように見据えていらっしゃいますか?
日本の伝統食の良さを守り、世界に伝え、外国の食卓にうちの商品が置かれるような状況を目指したいです。というのも、店にいらした海外のお客様の反応が素晴らしくて。「海苔が大好きになったよ」と来日するたびに海苔を買いに来てくれる方が、フランス、カナダ、ベルギー、オーストリア、イタリア、スペイン、ニュージーランド、台湾、世界中にいらっしゃいます。
コロナで来日できない海外のリピーター様からの注文が増えていて、EMS郵送などで対応しています。「うまみ」という言葉をほとんどの外国の方は知っていますが、実際にうちの海苔を食べて体感すると「なんでこんなにおいしいの?」と感動して購入されます。おいしい日本の海苔が海外では手に入らないのではないでしょうか。
海外でうまみの強い日本の海苔を食べる機会が増えれば、世界中の人にもっと海苔を好きになってもらえるという感覚があります。うちの海苔を気に入った外国の方の中には、「これはきっとあのチーズとも合う」などと、お客様の方から母国の食べ物とのペアリングを提案してくださるほど積極的な方もいますから。
ーー日本の中小企業は後継ぎ不足が深刻です。家業を継ぐ魅力や、同世代へのメッセージを聞かせて下さい。
私たち中小企業には、小回りがきいて自由にやれる良さがあります。むしろ、大手企業が取り組まないようなチャレンジングな取り組みを率先してやっていくことで、社会に貢献できるのではないでしょうか。もちろん色々な悩みが皆さんあると思うのですが、自分一人で抱え込まない方がいいです。
経営者は孤独であるべきだとよく言われますが、最終的に自分が判断しなければいけない責任はあっても、信頼できる人たちに相談しながら、周りと協力し合ってやっていく基本スタイルをとりたいですね。そうでないと本当に押し潰されてしまうし、家族でも友人でも街のお知り合いでもいい、人との縁を大事にしたいと感じています。
◆合羽橋にリアル店舗を開いた理由や、前職の経験を生かした商品装飾などについて聞いた沼田さんインタビューの前編はこちら
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