目次

  1. 事業承継税制とは
    1. 税制の目的と背景
    2. 納税猶予の条件
    3. 納税が必要になる場合
    4. 免除事由
    5. 認定までの流れ
    6. 経営におけるメリット
  2. 特例承継計画とは
  3. 特例承継計画の記載内容
    1. 会社
    2. 特例代表者
    3. 特例後継者
    4. 株式取得期間の経営計画
    5. 株式等承継後5年間の経営計画
    6. 事業計画書について
  4. 特例承継計画の提出期限延長
    1. 提出期限の1年延長
    2. 期限延長の影響
    3. 期限延長の留意点
  5. 特例承継計画の承認と納税猶予
    1. 認定後から納税猶予まで
    2. 計画変更の場合
    3. 特例経営承継期間経過後の実績報告
  6. 特例承継計画のケーススタディー
    1. 特例承継計画作成後の確認申請
    2. 特例承継計画作成後、確認申請をしなかったケース
    3. ケーススタディーから学ぶ教訓
  7. 後継ぎがとるべき行動

 日本企業の99.7%を占める中小企業は、経営者の高齢化や後継者の不在による事業承継の課題を抱えています。

 その対策として、2008(平成20)年に「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法)が成立し、その一環として事業承継税制が創設されました。

 事業承継税制とは、一定の要件などを満たした場合、後継者が贈与または相続などで取得した株式などにかかる贈与税・相続税の納税を猶予し、その後、先代経営者の死亡などで猶予されている贈与税・相続税の納付が免除される制度です。

 18(平成30)年には、事業承継のさらなる促進のため、10年間の期間限定の特例措置として「法人版事業承継税制の特例」が創設されました。

事業承継税制における贈与税の納税猶予(出典:中小企業庁「経営承継円滑化法申請マニュアル」)

 この特例措置を受ける際、特例承継計画の提出が必須になります。本稿では特例承継計画について、事例も交えて詳しく解説します(文中の20歳の表記については、民法改正によって令和4年4月1日以降は18歳となります)。

 まず特例承継計画の前提となる「法人版事業承継税制の特例」の概要を説明します。

 法人版事業承継税制の特例で贈与税の納税猶予を受けると、後継者が贈与により取得した株式などにかかる贈与税が100%猶予されます。

 相続税の納税猶予を受けた場合も、後継者が相続などで取得した株式などにかかる相続税が100%猶予されます。

 法人版事業承継税制の特例の適用を受けるための主な要件は以下の通りです。

図表1

贈与 相続
会社 ・中小企業者である
・上場会社等・風俗営業会社に該当しない
・資産管理会社に該当しない(一定の要件を満たす場合は除く)
後継者

・会社の代表権を有する

・20歳以上

・役員の就任から3年以上経過

・後継者とその親族等で総議決権の50%超を保有

・後継者とその親族等の中で最も多く議決権を有している(後継者1人の場合)

・各後継者が総議決権の10%以上を有し、かつ後継者とその親族等の中で最も多く議決権を有している(後継者が2~3人の場合)

・相続開始直前に役員であり(一定の場合を除く)、相続開始から5カ月後に代表者である

・相続時に後継者とその親族などで総議決権の50%超を保有

・後継者とその親族等の中で最も多く議決権を有している(後継者1人の場合)

・各後継者が総議決権の10%以上を有し、かつ後継者とその親族等の中で最も多く議決権を有している(後継者が2~3人の場合)

先代経営者

・代表権を有していた 

・贈与の直前で、先代経営者とその親族などで総議決権の50%超を有し、かつ後継者を除いたこれらの者の中で最も多く議決権を保有

・贈与時は代表権を有していない

・代表権を有していた

・先代経営者がその会社の代表者であった期間内、および相続開始の直前において、先代経営者とその親族等で総議決権の50%超を保有し、かつこれらの者の中で最も多くの議決権を有する者(特例の適⽤を受ける後継者を除く)であった

 なお、事業承継税制は一定の要件に該当すると、贈与税、相続税ともに猶予税額の全額または一部を打ち切られ、利子税と併せて納付する必要があります。主な要件は以下の通りです(例外あり)。

図表2

特例経営承継期間(原則申告期限後5年以内) 特例経営承継期間の経過後
適用を受けた株式を譲渡などした場合 全額納付 譲渡部分の税額を納付
後継者が代表権を有しなくなった場合 全額納付 継続
資産管理会社に該当した場合 全額納付 全額納付
一定の基準日の雇用の平均が贈与時の8割を下回った場合 報告書の提出で継続 継続

 猶予の打ち切り事由には上記のほかにも、解散や減資、継続届出書の提出が無い場合などがあり、注意が必要です。

 猶予された税額は以下の状態になることで免除されます。

図表3

贈与税 相続税

・先代経営者の死亡(一定の要件を満たす場合は相続の事業承継税制に移行可能)

・後継者の死亡(同)

・後継者がさらに次の後継者に事業承継税制で贈与

・承継した相続人の死亡(一定の要件を満たす場合は相続の事業承継税制に移行可能)

・承継した相続人が次の後継者に事業承継税制で贈与

 特例承継計画書の作成から経営承継円滑化法の認定申請までの流れは、以下の通りです。提出先は都道府県となります。

図表4

贈与 相続

①特例承継計画の策定(会社が作成し、認定経営革新等支援機関が所見を記載)

②特例承継計画の確認申請(2024年3月31日まで提出可能)

③贈与の実施(株式の贈与後も都道府県への認定申請時までは特例承継計画の作成が可能)

④経営承継円滑化法の認定申請(贈与年の10月15日から翌年1月15日までに申請)

⑤知事による認定

①特例承継計画の策定(会社が作成し、認定経営革新等支援機関が所見を記載)

②特例承継計画の確認申請(2024年3月31日まで提出可能)

③相続等の発生(株式の相続後も都道府県への認定申請時までは特例承継計画の作成が可能)

④経営承継円滑化法の認定申請(相続開始の日の翌日から5カ月以降8カ月以内に申請)

⑤知事による認定

 また、今回の特例は期限が10年間と定められています。特例と一般の主な違いは以下の通りです。

図表5

特例措置 一般措置
事前の計画策定等 2024年3月31日までの特例承継計画の提出 不要
適用期限 2027年12月31日までの贈与・相続等 なし
対象株数 全株式 総株式数の最大3分の2まで
納税猶予割合 100% 贈与100%、相続80%
承継パターン 複数株主から最大3人の後継者 複数株主から1人の後継者
雇用確保要件 弾力化(報告書の提出により、維持可能) 承継後5年間、平均8割の維持が必要
経営環境の変化に対応した免除 あり なし
相続時精算課税の適用 60歳以上の者から20歳以上への贈与 60歳以上の者から20歳以上の推定相続人・孫への贈与

 事業承継税制の適用で、後継者には以下のメリットがあります。

納税が猶予または免除される

 非上場会社の場合、社歴が長いほど会社の株価は高くなる傾向があります。そのため、相続税の負担を考慮して納税資金の確保や株価を下げるような対策をとるケースがあります。

 しかし、納税が猶予されることでこれらの対策を講じる負担が軽減されます。

経営に集中できる

 事業承継には、経営の実務面と会社の支配権である株式の承継の両方が必要です。事業承継税制を活用した贈与で株式の承継にめどが立つと、後継者は経営の実務面の引き継ぎに注力できます。

 ここからは特例事業承継税制の適用に必要な「特定承継計画」について、詳しく説明していきます。

 特例事業承継税制の適⽤を受けるには、24(令和6)年3月31日までに特例承継計画を都道府県庁に提出し、確認を受ける必要があります。

 特例承継計画には、後継者名や事業承継の予定時期、承継時までの経営の⾒通しや承継後5年間の事業計画等を記載。その内容について、認定経営⾰新等⽀援機関による指導及び助⾔を受ける必要があります。

 なお認定経営革新等支援機関とは、税務や金融等に関する専門知識や中小企業支援の実務経験を一定以上有する個人や法人等で、経済産業省の認定を受けた機関のことです。

 株式の移動前に計画が提出できなかった場合でも、24(令和6)年3月31日までの贈与・相続については、経営承継円滑化法の認定申請を行う際に併せて計画書の提出ができます。

 中小企業庁のホームページに業種別の記載例もありますので、参考にしてください。

 本章では特例承継計画の項目別に記載内容を解説します。

 特例承継計画には、以下の内容を記載します。

  • 主たる事業内容
  • 資本金額または出資の総額
  • 常時使用する従業員の数

 承継させる株式の現保有者(先代経営者)の氏名と代表権の有無を記載します。

 後継者については、特例代表者から株式を承継する予定者を最大3人まで記載できます。なお、ここに記載が無い者が株式を承継した場合、事業承継税制の特例は受けられません。

 特例代表者が有する株式などを特例後継者が取得するまでの期間における経営計画は、以下の内容を記載します。

  • 株式を承継する時期(予定)
  • 当該時期までの経営上の課題
  • 課題への対応策

 なお、すでに先代経営者が退任したり、株式の取得後だったりする場合は省略できます。

 特例後継者の株式等承継後5年間、どのように事業を継続発展させるかについて、1年ごとに具体的に記載します。数字面の記載は必要ありません。

 5と6については、中小企業庁の記載例をもとに作成・提出して問題ありません。

 しかし、その計画書を実際の事業計画として活用することは非常に難しいでしょう。

 これをきっかけに、先代経営者と後継者を中心になって実務上も活用できる事業計画書の作成をお勧めします。

 特例承継計画について、21(令和3)年末に公表された22(令和4)年度税制改正大綱で、提出期限がそれまでの23(令和5)年3月31日から翌24(令和6)年3月31日へと1年間延長されました(※正式には国会の可決で確定)。

 新型コロナウイルスの影響で、事業承継の実施が後ろ倒しになる傾向を踏まえた措置になります。

 特例承継計画は原則贈与や相続開始前に提出することになっています。しかし、24(令和6)年3月31日の期限までは、贈与や相続開始後でも認定申請時(図表4の④参照)までであれば提出が可能です。

 提出期限の1年間延長に加え、民法改正によって後継者等の年齢要件が20歳以上から18歳以上になります。これによって、適用の検討が可能な法人数が増加することとなります。

 なお、今回延長されるのは特例承継計画の提出期限のみで、事業承継税制の特例措置の期限である27(令和9)年3月31日は延長されません。これは税制改正大綱にも明記されています。

 特例承継計画が都道府県知事に認定された後から納税猶予に至るまでの流れは以下の通りです。

 なお、表中の基準日とは贈与税または相続税の申告期限の翌日から1年ごとに毎年やってくる日のことです。

図表6

手順 提出先
①贈与の実施・相続等の発生後、認定書の写しとともに贈与税または相続税の申告書を提出 税務署
②申告期限後5年間にわたり年次報告書を提出
(毎年、基準日の翌日から3月を経過する日まで)
都道府県
③申告期限後5年間、継続届出書を提出(毎年、基準日の翌日から5月を経過する日まで) 税務署
④5年経過後、雇用が5年平均8割を下回った場合は特例承継計画に関する報告書を提出(基準日の翌日から4月を経過する日まで) 都道府県
⑤6年目以降は継続届出書を提出(3年に1度、基準日の翌日から3月を経過する日まで) 税務署

 継続届出書の手続きの流れは以下の通りです。

継続届出書の提出等の手続の流れ(出典:国税庁ホームページ)

 特例承継計画の確認を受けた後、計画内容の変更や会社の消滅などがあった場合は変更申請書または報告書を都道府県に提出し、再度確認を受けることができます。

 変更事項などを反映した計画を記載し、改めて認定経営⾰新等⽀援機関による指導及び助⾔を受けることが必要です。

 特例事業承継税制では、特例承継期間の5年間の平均雇⽤が贈与または相続時の8割を下回った場合でも認定取消・納税とはなりません(一般事業承継税制では打ち切り事由になります)。しかし、その理由については都道府県の確認を受ける必要があります。

 認定経営⾰新等⽀援機関が雇⽤が減少した理由について所⾒を記載するとともに、中⼩企業者の申告理由が経営悪化あるいは正当ではない理由による場合は、経営改善のための指導・助⾔を行います。

 本章では、筆者が特例承継計画の作成を検討した会社の事例を二つ紹介します。

会社概要

 創業40年の製造業で社員数は40人ほどです。

経緯

 先代経営者の息子が3年ほど前から後継者として代表に就任し、実務を行っていました。事業承継税制の特例によって、全株式の納税猶予や従業員8割維持の要件緩和が定められたのを契機に、適用申請を検討しました。

計画書の作成

 特例承継計画は筆者の事務所と後継者が相談しながら作成しました。後継者の考えを言語化して計画を作成することで、改めて後継者が後継ぎとなった理由やその覚悟に加え、会社の課題とその解決案、今後の会社の方向性を共有できました。

確認申請

 贈与の実施に先立ち、具体的な要件を確認する中で、株主構成や株式の発行形態について事前調整が必要であることがわかりました。特例承継計画の提出後、すぐに贈与は行わず対応後に行うことになりました。

概要

 創業60年の土建業で社員数は10人ほどの会社です。

経緯

 先代経営者の親族が後継者として決まったタイミングで、具体的に事業承継の検討を始めました。特例を適用するかどうかは未定でしたが、提出した場合でも実施が強制されるものではないため、選択肢の一つとして計画書の作成を進めました。

計画書の作成

 提出ありきではなく、今後どのように事業を進めていくか、数字面も加えた事業計画書を先代も加わって策定しました。

 その中で現在の経営状況や今後の見通しを熟慮した結果、5年後の会社形態に変化の可能性もあることなどを理由に、計画の提出・適用は見送りました。

 現在は検討過程で作成した事業計画書を基に、経営を行っています。

確認申請

 特例承継計画の提出は見送りましたが、今後の経営計画を考える入り口となり、事業計画書の作成につながりました。

 上記の2社のケースからは以下の教訓が学び取れます。

適用の有無を考えられる

 提出ありきではなく、作成を通じて特例の適用を受けるべきか、現状のままで受けることができるかどうかを、具体的に考えるきっかけの一つになります。

事業計画の作成

 提出する特例承継計画そのものは、とてもシンプルです。その作成を通じて、具体的な事業計画をまとめる入り口として使うこともできます。

 中小企業の中には、時間と手間がかかるため事業計画を作成できていない会社もあると思います。特例承継計画の検討を契機に、事業計画の作成を始めてもよいと思います。

 事業承継税制が適用されると、税負担の面で大きなメリットがあります。しかしその要件は複雑かつ長期にわたるため、どの会社でも適用すべきとは言えません。

 適用ありきではなく、後継者として今後会社をどのようにしていくかという事業計画作成の第一歩として考えることも可能です。

 特例承継計画を提出したからといって必ず実施しなくてはいけないものではないので、作成後に提出や適用を検討しても問題ありません。

 この制度は期日が設けられているので、そこも意識して検討してみてください。その際は先代経営者と作成することで、株式だけではなく実務面の事業承継も進めることができるはずです。

 なお、今回の制度説明はかなり簡略化しております。事業承継税制は非常に複雑かつ長期にわたる制度なので、適用を検討する際には必ず顧問税理士などへの相談をお願いします。