経営危機に直面した製材会社3代目 チームで生んだ「森のじゅうたん」
良質な木々に囲まれた飛驒高山の製材会社「カネモク」(岐阜県高山市)は、全国でも珍しい広葉樹を扱い、独自の乾燥技術で様々な商品を生み出しています。リーマン・ショックで経営危機に陥りましたが、3代目の森本賢吉さん(39)が父親と二人三脚で下請けから脱却。一から技術を継承し経営理念を明文化しながら、従業員とのチーム力で開発したフローリング材がグッドデザイン賞に輝きました。
良質な木々に囲まれた飛驒高山の製材会社「カネモク」(岐阜県高山市)は、全国でも珍しい広葉樹を扱い、独自の乾燥技術で様々な商品を生み出しています。リーマン・ショックで経営危機に陥りましたが、3代目の森本賢吉さん(39)が父親と二人三脚で下請けから脱却。一から技術を継承し経営理念を明文化しながら、従業員とのチーム力で開発したフローリング材がグッドデザイン賞に輝きました。
目次
カネモクは枕木の製材工場として1954年に創業し、80年代からは生活用の木工品に移行しました。現在10人ほどの従業員と事業を営んでいます。
原木の丸太の仕入れや製材、板の乾燥、製品を規格サイズに切る「木取り」といった全工程を自社で担えるため、幅広いニーズへの対応が可能です。
全国の家具メーカー、木工職人からのオーダーに応え、テーブルや椅子、積み木のおもちゃなど様々な商品に板を卸しています。
森本さんは小さい頃から木に囲まれ、夏休みには家業の工場に遊びに行ったり、下草刈りなどを手伝ったりしていました。
長男としていずれ家業を継ぐだろうと感じながらも、先代の父・敏さんからはいつも「好きなことをやれよ」と言われました。
森本さんは小学校1年生から始めたスキーにのめり込んで、強豪校の岐阜第一高校に進学。スポーツ推薦で中央大学に入学し、スキーひと筋の学生生活を送りました。
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しかし、日本ではマイナー競技のアルペンスキーのプロは狭き門です。悩んだ末、大学で選手生活に区切りをつけ、スキーのコーチとして地元に戻りました。
森本さんは3年ほどスキーのコーチをしていましたが、25歳のとき、社長の父から「戻ってくるか?」と声がかかりました。
「これだけ好きなようにやらせてもらったら、継がないわけにはいかない」。素直に家業に入ることができたと森本さんは言います。
入社したのは2008年のリーマン・ショックの影響が続くころ。当時のカネモクは大手家具メーカーの下請けがメインでしたが、リーマン・ショックのあおりを受け、その会社からの事業がなくなり、売り上げが6〜7割ダウンしてしまいました。
「会社が厳しいという話は父から聞いていましたが、内情は詳しく把握していませんでした。実際に数字を見るとかなり厳しく、路頭に迷いかねない状況でした」
森本さんは下請けからの脱却を目指し、父と事業の立て直しを図りました。
今までは「注文を受けて加工して送る」という待ちの姿勢で、下請けとしてブナの木ばかりを製材していました。それを、飛驒高山の原木を木材に加工して乾燥させ、提案していく「板販売」へと徐々に切り替えました。
顧客から要望が強かったブナの木だけでなく、様々な木の活用を自ら提案。丸太の仕入れから加工まで一気通貫でできる強みを生かし、経験豊富な従業員と丸太を色々な形に変えて販売するため、森本さんは父と東海3県の営業に出向きました。
今では、サクラ、クリ、トチのほか、ナシ、エンジュ、ミネバリなど市場にあまり出ない木も扱っています。
「厳しい状況のときに、父親と一緒に走ることができてよかった」と振り返ります。
製材業は未経験だった森本さんは製材の仕事も一から覚えていきました。
同社が扱う広葉樹は、針葉樹に比べて丸太の調達や加工の難易度が高く、市場規模も大きくはありません。そのため、広葉樹専門の製材会社は全国でも極めて珍しいといいます。
森本さんは原木の仕入れや製材、乾燥など、全ての工程を経験しました。「機械操作を覚えてからは、自分自身で感覚を突き詰めるしかありません。広葉樹は同じ板が一枚もなく、同じ工程も存在しません。今も毎回向き合いながら試行錯誤しています」
カネモクの強みである蒸気を活用した乾燥技術は、父の代から30〜40年にわたってデータを積み重ねてパターン化しています。
父が責任者を務めた工程を引き継ぐ森本さんは「木に無理をさせたくない」と語ります。乾燥する温度が高いと木に割れが入り、低くても乾かない。自然そのままの木材の良さを生かして製材するため、従業員と対話を重ねながら試行錯誤の日々といいます。
森本さんは2020年に社長になりました。その5〜6年前に父から「65歳になったらお前に譲る」と言われ、準備を進めていました。
一番年配の従業員は父と同年代くらい。コミュニケーションをどう取るかが心配だったといいます。
そこで、森本さんが取り組んだのが「理念の明文化」でした。
「理念が明確になることで迷ったときに立ち返り、従業員と認識が共有できて同じ方向で進んでいけます。理念に沿っていれば、挑戦して失敗してもいい。色々なチャレンジができる土壌がつくれるはずです」
理念を明文化するため、父のこれまでの歩みや想いを理解すべく、対話を深めました。コンサルティング会社に入ってもらい、カネモクの強みや弱みを洗い出す勉強会も開きました。
森本さんが父に確認しながら言葉をつくり、生まれたのが次の理念です。
森の恵みに感謝し、人と地球に貢献するチームカネモク
家族に安心と幸せを届けよう
働きやすい社内環境の整備、整理整頓に努めよう
木を知り、木を愛し、探求心を持とう
カネモクがずっと大切にしてきたものが、形になって表れました。
森本さんは事業を巡って、父と意見が異なることが増えてきたといいます。しかし、理念を明文化したことで、「『自然をそのままの形で暮らしの場に届ける』というのが根本にあれば、父と意見をすり合わせていけるようになっていきました」。
例えば、従業員に作業工程の改善点についてアドバイスするときも同じです。「僕のやり方はこうだよ」ではなく、まずは「どうだった?」と聞くところからスタートしています。
森本さんは3代目として様々な新規事業に取り組んでいます。2021年度のグッドデザイン賞に輝いたフローリング材「森のじゅうたん」もそのひとつです。
カネモクの経営理念である「森の恵み」を無駄なく使い、飛驒高山の広葉樹の活躍の場を広げたいという想いが始まりでした。
広葉樹には、直径が小さくて形ある商品としての活用が難しいとされる「小径木」と呼ばれる木々が多く存在します。小径木は砕かれて燃料に使われることがほとんどでした。
森本さんは活用の幅を広げようと、住宅のフローリング材を思いつきました。元々は外注していましたが、その業者がやめるタイミングで内製化に踏み切りました。
フローリングは材の幅が狭く、小径木でも切り出すことができます。しかし、最初はうまくいかず、半分くらい不良材を出してしまいました。
「機械の高さや刃物の角度などの調整が難しく、フローリング材を切り出すことができませんでした。カネモクは残業を一切しないのですが、この時はみんなに残ってもらって残業して、納品できるものを作り出すことができました」
湿気や乾燥によって木が膨らんだり、反ってしまったりする欠点は、カネモクが誇る乾燥技術でカバーできました。
正解のない世界で、うまくいかなければ仮説を立てて再挑戦する試行錯誤を繰り返し、カネモク仕様の技術を固めていきました。
山の状況に合わせた形で木材を提案したいという想いから、飛騨高山の様々な樹種をラインアップ。見た目は美しい半面、虫に食われやすい欠点がある「白太」という丸太の部位なども採り入れて、「森のじゅうたん」を完成。自然の森の環境を住宅に届けました。
「しっかり乾燥すれば、虫はなかなか入ってきません、乾燥に対して自信を持っているカネモクだからこそ、提案できることです」と森本さんは語ります。
グッドデザイン賞の受賞で問い合わせが増え、発信力の強化にもつながりました。
森本さんは、新たに広葉樹の端材を生かした燻製チップ「HIDA MOCC」(ヒダモック)の事業も立ち上げました。
広葉樹の端材はまとめて紙の原料として出荷されていましたが、森本さんは樹種ごとのポテンシャルを生かせないかと考えていました。
そんな中、商工会議所の活動で知り合った食品卸会社の経営者から「チップは樹種ごとに分けられるのか」と聞かれました。
「樹種を分けて燻製チップとして売り出すことができるかもしれない」と話が盛り上がり、森本さんはその経営者と打ち合わせを重ね、3カ月で商品化にこぎつけました。
ヤマザクラ、マクルミ、ナラ、ブナ、クリをそろえ、自分の好みに応じて、ベーコンや卵などの燻製が楽しめます。
自分の成長なくして会社の成長なし――。そんな思いを持つ森本さんは、商工会議所の活動や、地域の子どもに木育の機会を提供する「高山あすなろ会」など、外部の活動にも積極的です。
「事業でのチャレンジは勇気が必要ですが、失敗できないという面もあります。色々な会で役職を担うことで、挑戦の疑似体験ができます。成功体験はもちろん、失敗したときのほうが学ぶことが多く、外部の経験を自社にフィードバックしています」
こうしたチャレンジが燻製チップにつながり、家業の可能性を広げました。
「材木屋が食とつながるとは思っていませんでした。他社と強みをコラボさせることで、無限に良い価値が生まれると感じています。今後も強みを生かし合える人とつながりたいです」
地方に根を張るからこそ、顔が見える信頼関係を築きやすく、柔軟にスピーディーに動ける仲間が見つかります。その関係を生かすことが、地域でビジネスの価値を広げるヒントになるかもしれません。
広葉樹の可能性を切り開く森本さんの挑戦は、これからも続きます。
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