木の実を使ったアパレルで得た果実 双葉商事4代目の新しい後継ぎモデル
アパレルメーカー・双葉商事4代目の深井喜翔さん(30)は、インドネシア産の木の実「カポック」を使ったアパレルブランドを展開するベンチャー企業を立ち上げました。植物由来の衣類を広めることで持続可能な開発目標(SDGs)の達成に近づきながら、家業の信頼とベンチャーのスピード感を掛け合わせ、事業承継の新しいモデルケースを作ろうとしています。
アパレルメーカー・双葉商事4代目の深井喜翔さん(30)は、インドネシア産の木の実「カポック」を使ったアパレルブランドを展開するベンチャー企業を立ち上げました。植物由来の衣類を広めることで持続可能な開発目標(SDGs)の達成に近づきながら、家業の信頼とベンチャーのスピード感を掛け合わせ、事業承継の新しいモデルケースを作ろうとしています。
目次
深井さんがCEOを務めるベンチャー企業「KAPOK JAPAN」が東京・日本橋に開いたショールームには、カポックを中綿に使った衣料品がずらりと並びます。
「KAPOK KNOT」というブランド名で、コート、ジャケット、マフラー、シャツなど20商品をそろえ、価格帯は9千円〜5万8千円です。たった5ミリの薄さで軽さ、柔らかさを兼ね備えながら、羽毛ダウンのように保温性にも優れているのが特徴です。
深井さんの家業の双葉商事は1947年に創業。父が3代目社長を務め、アパレルブランドのOEM(相手先ブランドによる生産)を主力にしています。現在の従業員数は20人ほどです。
深井さんは子どものころから後継ぎになることを意識し、NPO法人に所属したり、大学でソーシャルビジネスを学んだりしました。卒業後は不動産ベンチャーを経て、旭化成に入社しました。
カポックを知ったのは旭化成時代に資格の勉強をしていたときでした。2017年に家業に入り、カポックを使ったアパレルブランドを立ち上げようと思った背景には、大量生産・大量廃棄というアパレル業界が抱える課題への危機感がありました。
「ファストファッションの隆盛で、ファッション性と機能性を兼ね備えた安い商品が生まれました。ただ、アパレルに限らず、商品がすぐに消費されて捨てられることに違和感がありました」
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労働環境の変化でアパレル業界の苦境も感じ取っていました。「製造現場である東南アジアの最低賃金やコストが上がる一方で、日本のアパレル商品の売値が下がっています。目に見える形でアパレル業者が減っていて、社長の父は『残っているのは一流の会社しかない』と嘆いていました」
深井さんは、羽毛などの動物性素材を使わず木の伐採も不要なカポックを活用し、サステイナブルで消費者にも利便性が高い衣類の開発を思いつきました。
カポックはそれまで、枕やクッションの詰め物には使われていましたが、アパレルでの活用は少なかったといいます。
「カポックからできる繊維は短くて糸になりにくく、衣類にしても洗濯で抜け落ちるという欠点がありました」
大阪のビアガーデンで後継ぎ仲間に相談したところ、輪の中にいた応援購入サイト「マクアケ」のキュレーターに強く勧められ、事業化へと動き始めました。
深井さんはまず、カポックの原産国インドネシアの在大阪領事館に電話し、生産農園の紹介を頼みました。農園から連絡が来ないまま、インドネシアへの渡航日程だけ先に決めたといいます。
「現地に知り合いもいないのに、やばいやつですよね」と笑って振り返る深井さん。渡航1週間前に農園から連絡があり、ジャワ島に向かいました。
現地で痛感したのは、ハードルの高さでした。
カポックにはたくさんの種類があり、どの品種から服ができるかを調べ、再現性を高めなければいけませんでした。品質基準も一からつくる必要がありました。
また、カポックは自生力が強く、周りの生態系を壊す可能性もあります。「売り上げからお金を払ってカポックの木を植えるだけでは、現地にとってありがた迷惑なんです。植えるのは自由でも、収穫して販売する仕組みを、20年、30年と続けなければいけないのです」
カポックの品種改良は研究されていましたが、その先の需要が見いだせず、ストップしていたといいます。そこで、インドネシアの研究機関と契約を結び、研究費を出して事業化を進めました。
カポックから糸が作りにくいという課題は、カポックをシート状にすることで解決しました。家業の親族のふとん店の協力を仰いだり、前職の旭化成の人脈で試験データの提供を受けたりしました。
製造は家業の双葉商事が担いました。19年に「KAPOK KNOT」第1弾のコートを「マクアケ」で販売。目標額の50万円を大きく上回る1700万円を集め、大きな「果実」を得ました。
華々しさの裏には、足で稼ぐ営業活動がありました。
深井さんはコートを3着ほど入れたキャリーバッグを毎日持ち歩き、ビジネスカンファレンスや行きつけの飲食店、友人の誕生日会などを回り、購入や情報拡散を呼び掛けました。
マクアケで販売を始めた直後も、「KAPOK KNOT」の営業リストにあった未購入者に連絡し続け、瞬く間に目標額を突破しました。「マクアケからはアパレルで1700万円集めた例はないと言われ、起業への後押しになりました」
深井さんは家業の双葉商事に在籍しながら、ベンチャー企業として「KAPOK JAPAN」を設立しました。
経営は双葉商事と切り離し、販売や開発、ブランディングは「KAPOK JAPAN」が担っています。深井さんは「自分で新会社を回すことで、ゼロから経理や人事などを手がけたかった」と強調します。
「例えば、経理管理システムのIT導入も、自分の会社ならすぐにできますが、父の会社だと経理担当者に理解してもらう必要があるので時間がかかります。父が引退するまで手が出せずスピード感が失われるくらいなら、自分の会社で(アイデアを)試して理解を深め、家業に還元した方がいいと考えました」
家業の中で新規事業を任されるケースも少なくありませんが、深井さんは「新規事業を普通に立ち上げるより別会社にした方がいい。事業承継の新しいモデルケースになりたいです」と言います。
深井さんは「会社を立ち上げたからこそ、父へのリスペクトが高まりました。何十人も雇って70年以上会社を続けるのはとんでもないこと」とも言います。
同社は黒字を維持しており、深井さんも既存事業に忙殺されすぎず「KAPOK KNOT」を進められたといいます。
「双葉商事の後継ぎであることが推進力になりました。ものづくりのノウハウはもちろん、社会的信頼と説得力はスタートアップにはない強みです」
マクアケでコートを売り始めたときは、両親も周りに宣伝してくれました。
「父もイノベーター志向で、何度も自社ブランドにトライした経験がありました。家業の信頼やリソースを使ってカポックを成長させることで、父が積み上げたものに新たな価値を見いだせる。一種の親孝行と思っています」
「KAPOK JAPAN」はデジタルトランスフォーメーション(DX)でSDGsを加速させています。マクアケの活用もその一つです。
「見込み生産が主流のアパレル業界で、廃棄ロスも目の当たりにしてきました。(先に資金を集めて製造する)クラウドファンディングは、アパレルとの相性がいいと思っていました」
深井さんはマクアケでの商品展開を「インターネットを活用した新時代の受注生産」と位置づけています。ジャケットやダウンシャツも含めて3回出店し、約5千万円を売り上げました。
製造過程から廃棄に至るまでの二酸化炭素(CO₂)排出量を算出するカーボンフットプリントの導入も進めています。米国発のライフスタイルブランド「オールバーズ」が開発したデジタルツールを参考に、各商品における排出量を計算しました。
「オールバーズのテンプレートを使ったのですが、対象外の素材があり、使用電力の算出も米国基準になってしまうという課題がありました。テンプレートの読解に時間がかかりましたが、オールバーズの日本法人の方と知り合い、加速度的に進みました」
環境負荷が少ない植物由来の「KAPOK KNOT」は、製品1着あたりのCO₂排出量が8.3~24.9キロで、環境省が算出した服1着あたりの排出量を下回る範囲に収まっています。カーボンフットプリントの数値は商品ごとに明示しています。
22年秋以降をめどに、ブロックチェーンの活用も計画中です。「木の実を収穫した時期や商品化までのルート、売り上げの何%が環境保全に使われて次の服が生まれたのかを『見える化』し、家系図のような仕組みを作りたいです」
「KAPOK JAPAN」が東京・日本橋で運営するショールームは遊休不動産を活用し、完全予約制になっています。後日配送するため、顧客は重いアウターを持つことなく帰宅できます。
「接客時間の半分は、素材やサプライチェーンの話などをしています。ブランドへの理解が深まれば、長く使ってもらえるプロダクトになる。アパレルの来店客の購入率は通常5~10%ですが、うちは50%以上です」
ショールームでは22年3月27日まで、他社の10ブランドを集めた「カポックマルシェ」を開催しています(月、火、水は定休。予約不要)。
再生ポリエステル100%のスーツ、廃棄リンゴを使った「アップルレザー」、都市鉱山の素材を活用したアクセサリーなど、サステイナブルな商品を集めました。
深井さんはベンチャーで得た経験を、家業にも生かそうとしています。
「いいものを作っている会社は日本にたくさんありますが、ブランディングして売るのが得意な会社は多くありません。日本人が携わるものづくりを世界に発信し、文化的な価値を広げていきたいです」
最近、後継ぎとしてうれしいことがありました。毎週一緒にランチを食べている祖父と初めて、家業の中長期的なビジョンについて話すことができたのです。
「事業者として認めてくれたかなと思い、感慨深かったですね。カポックが評判になり、祖父に『おたくの孫やん』という連絡もあるみたいです」
「KAPOK JAPAN」は22年2月、「中小企業SDGs ACTION! AWARDS」(朝日新聞社主催)の準グランプリを受賞しました。
SDGsの17項目のうち、特に「つくる責任 つかう責任」、「気候変動に具体的な対策を」、「陸の豊かさもを守ろう」を意識し、深井さんは事業を加速するつもりです。
「SDGsは標準装備のOSのようなものになると思います。17項目の達成には終わりがありません。常にアップデートして学び続けていきたいです」
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