目次

  1. 歩引きとは
  2. 歩引きによって下請け企業が被るリスク
  3. 歩引きの法的な規制
  4. 歩引きの事例
  5. 歩引きを求められた場合の対処法3つ
    1. 断固として拒否する
    2. 専門家に相談をする
    3. 公正取引委員会に申告をする
  6. 歩引きを持ち掛けられないようにする方法
    1. 違法行為に加担しない姿勢を相手方に理解させる
    2. 契約書を作成する
  7. 違法行為に加担せず、会社の利益を守るべき

 歩引きとは、下請け企業の請求金額に対して、買主・注文主である取引先がその金額に一定率を乗じた額を差し引き、支払うという慣習です。

 例えば、請求金額が1000万円でも、何らかの理由で100万円が差し引かれ、900万円しか支払われないといったケースです。このときの100万円については、その理由によって早期支払奨励金、戻入金、協賛金、協力金などさまざまな名称が付けられます。

 歩引きは、繊維業界で始まったものと言われています。昔はサプライヤーと販売業者の取引では、代金を手形で支払うことがほとんどで、実際の支払時期がかなり先になることがしばしばありました。

 そこで、現金を少しでも早く欲しいサプライヤーが販売業者に「商品の値引きをするので、現金で早く支払って欲しい」と頼んだのが、歩引きのきっかけとされています。

 しかし、時間が経つにつれて、支払い側が勝手に歩引きと称する支払値引きを、ある一定の率ですることが常態になった、と言われています。

 歩引きは、契約書に書いてあり、双方が合意したような形式になっていることが多いですが、実際には、大口の買主・注文主に歩引きをしないと取引できないと言われて仕方なく応じていることがほとんどです。また、契約書に記載がなくても当然に買主・注文主が一方的に行う場合もあります。

 値引きと歩引きの違いは、値引きは、納期・注文数・販売後のクレームなどを理由として双方の合意がありますが、歩引きは、支払い側が取引をしないと暗に言いながら形式的には条件を飲んだ形にする、といったように一方的に行われます。

 歩引きは、何の落ち度や正当な理由もないままに、代金を一方的に減額されるものです。下請け企業には当然ながら直接的な損害が発生するのですが、それ以外にも、下請け企業が被るリスクとして主に次のようなものがあげられます。

  • 株主から責任を追及される
  • 会計処理や監査が複雑になる
  • 価格競争に勝てなくなる

 請求どおりの金銭が支払われなかった場合、やむを得ない事情であったとしても、企業に損害を与えたことに代わりはないため、株主から「なぜその取引を受け入れたのか」と責任を追及される可能性が出てきます。

 また、請求金額と支払金額が異なるので、会計処理や監査の複雑化による負担増も避けられません。

 一方、損害を免れようとして歩引き分を考慮した販売価格を決めると、自社製品の販売価格が歩引き分上昇するため、競合製品との価格競争に負ける可能性もあります。

 上記以外にも、法律上のリスクがあります。例えば、歩引きが支払い側の担当者のリベートになっている場合です。

 「支払い側の担当者が、自分が所属している会社に報告せずに勝手に歩引きを行っている」「その歩引き分を自分のものにしている」状況で、かつそのことを知っている場合、下請け企業も横領・背任という犯罪に加担していることになります。

 歩引きは、下請け企業に一方的に負担を強いる行為であることから、下請代金支払遅延等防止法(下請法)によって規制が課されています。

 下請法とは、買主・注文主による下請け企業に対する優越的地位の濫用行為を取り締まるために制定された法律で、下請取引の公正化・下請事業者の利益保護を目的としたものです。1956年に公布され、2003年に改正されています。

 下請法の4条1項には買主・注文主がしてはならない行為が列挙されており、その3号に「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減ずること」と記されています。

  歩引きを行っていることが公正取引委員会に判明した場合、公正取引委員会から勧告が出されますが、このとき具体的な企業名が公表されるため、社会的な信用に関わってくることになります。公正取引委員会から原状回復を求められれば、減額した代金を下請け企業に支払う必要も出てきます。

 また、公正取引委員会の勧告に従わない場合、公正取引委員会によって、独占禁止法上の排除措置命令や課徴金納付命令が出されることもあります。

 独占禁止法上の排除措置命令は、歩引きをした会社に速やかにその行為をやめ、市場における競争を回復させるのに必要な措置を命じるものです。

 また、課徴金納付命令は、歩引きを行った会社に課徴金を国庫に納めるように命じるものです。

 歩引きを行ったと認定された事例は、公正取引委員会で公表されており、さまざまなケースがあることがわかります。

 たとえば、フランチャイズA社は、納入業者に対して、カタログ制作費など負担させて歩引きを行っていました。製造メーカーB社は、納入業者に対して、発注後に引き下げた単価で支払をしていました。

 コンプライアンスが重視される上場企業や大手企業でも行われているケースもあり、歩引きがいかに根深い問題かを知ることができます。

 下請法によって規制されているにもかかわらず、違反事例が後を絶たないのは、歩引きを依頼する会社には、取引先に仕事を出しているので、一定の値引きに応じて当然という意識が強くあるからです。歩引きを依頼された会社の方に、大口の取引先なので歩引きを断れないという意識があることも要因としてあげられます。

 では、もし取引先から歩引きを求められたら、下請け企業はどのような対処をしたほうがいいのでしょうか。さまざまな方法がありますが、特に重要なのは次の3つです。

 最近では、契約書では歩引きすることを定めていないことも多いので、歩引きを求められた場合は、断固として断るようにするべきです。

 それでも、歩引きを求められる場合は、下請法で禁止されていることや公正取引委員会に発覚したときは勧告を受けて公表されることを伝えます。

 取引停止を暗に言われるのが怖い……と思うかもしれませんが、歩引きは違法な行為です。違法な行為を持ち掛ける会社と取引を続けていれば、さらなる違法行為や無理難題を持ち掛けられるかもしれません。

 歩引きは、一度でも受け入れてしまうと後からやめることが難しいので、最初の対応が肝心です。

 歩引きを依頼された場合、専門家に相談して対応するほうが心強いと思います。周りに専門家がいない場合、中小企業庁の委託で全国中小企業振興機関協会が行っている「下請かけこみ寺」を利用してみましょう。弁護士を始めとする専門家に無料で相談ができます。

 「下請かけこみ寺」は全都道府県に設置されており、電話・オンラインでも相談を受け付けています。

 >下請かけこみ寺│全国中小企業振興機関協会

 悪質な歩引きの依頼であれば、公正取引委員会に申告することも考えましょう。歩引きを求めてきているということは、当然他の会社でも行っている可能性が高いからです。

 申告をしたことを理由に取引停止等の報復措置を行った場合、公正取引委員会の勧告の対象となりますので、報復に対する心配をする必要はありません。

 >下請法違反についての報告の受付│公正取引委員会

 歩引きは違法行為であり、求められた場合は毅然とした態度での対応が求められます。ただ、それと同じくらい重要なのが、そもそも歩引きを持ち掛けられないように予防線を張っておくことです。

 まずは、取引先に対して、法令を遵守する、無理や違法なことを断るという姿勢を常に見せるようにしましょう。

 普段から取引している相手だと今さら難しいと考えるかもしれませんが、もしそのような姿勢を見せたときに相手が拒絶反応をするようであれば、結局は利益だけで自社のことは考えてくれていない、と割り切ることが重要です。

 歩引きをしない契約書を作成していれば、後から一方的に歩引きが行われた場合、契約書に基づいて請求ができます。

 今は、一度ひな形を作って電子契約サービスを利用すれば、手間をかけることなく簡単に契約書の締結ができます。

 注文の度に作るのは面倒かもしれませんが、契約書は歩引きを持ちかけられたときに会社を守ってくれるものです。筆者のところに来る相談の中にも、作ってあればトラブルは防げたのに……というケースは少なくありません。

 歩引きは、直接的な損害が生じるだけでなく、さまざまなリスクをもたらします。違法な行為に加担せずに、会社の利益を守るためにも、自分の会社は自分で守るという意識を持つようにしましょう。

 また、中小企業であったとしても、コンプライアンスが求められている時代です。下請け1社が歩引きに応じてしまえば、「他社はやっている」として歩引きを強いらてしまうことになり、他の会社も損をしてしまうことになります。

 歩引きを断るという勇気は、業界全体で健全な取引が行われることを促す意味でも、非常に大切です。