目次

  1. チョコとクラッカーの組み合わせ、商品化まで5年
  2. 里山をイメージしたネーミング、ぴったりのデザイン
  3. 国民総選挙、永遠のライバル対決を演出
  4. 「きのこ」と「たけのこ」、売上多いのは?

世の中にはさまざまなライバル関係が存在するが、お菓子の世界で有名なライバルと言えば、「きのこ対たけのこ」。

「きのこの山」と「たけのこの里」だ。

一口サイズのかわいらしい形、チョコレートと焼き菓子の絶妙な組み合わせ。

ほのぼのとしたネーミングとは対照的に、「どっちが好き?」をめぐる論争はファンの間で長年繰り返されてきた。

今から半世紀ほど前。

菓子メーカーの明治が1969年に発売した円錐(えんすい)形のチョコレート「アポロ」は、売れ行きがいま一つだった。

アポロの製造設備を有効活用して、別のお菓子をつくれないか――。

社内では、そんな検討が進められていた。

 

まだ板チョコやチョコバーが主流だった時代。

ある時、大阪工場(大阪府高槻市)の担当者が、アポロにクラッカーをさしたチョコスナックを試作した。

斬新な組み合わせ、形のかわいさ、そして、インパクト。

「アイデアを実現しようと、さまざまな工夫を重ね、数百もの試作を繰り返したそうです」

明治カカオ開発部の瀬戸正輝さんはそう話す。

 

商品開発を始めてから約5年。

1975年に「きのこの山」という商品名で発売すると、大ヒットとなった。

1975年に発売された「きのこの山」の初代パッケージ=いずれも明治提供

ヒットの背景の一つにあげられるのが、その商品名だ。

当時のお菓子はカタカナや横文字の商品名が多かったが、明治が「きのこの山」のネーミングで意識したのは「里山の世界観」だった。

高度経済成長から安定成長へと時代が移っていた頃。

郷愁や自然といったイメージを表現した商品名と、里山を子どもたちが走りまわる様子をあしらったパッケージのデザインがぴったりはまった。

 

「きのこの山」の発売から4年後。

1979年に発売した「たけのこの里」も、たちまちヒット商品になった。

1979年に発売された「たけのこの里」の初代パッケージ

商品開発のきっかけは、「きのこの山の『きょうだいブランド』をつくろう」という社内の声だったそうだ。

「きのこの山」がクラッカーを使っているのに対し、「たけのこの里」ではクッキー生地を採用。

「当時はクッキーをとがった形に焼く技術がなく、大変苦労したそうです」と瀬戸さん。

試作を重ね、一口サイズでもクッキーの味わいや甘さがしっかり楽しめるチョコスナックを完成させた。

またたく間に“国民的お菓子”となった「きのこの山」と「たけのこの里」。

お茶の間に二つを並べて、「どっちが好き?」という会話が始まるのも自然な流れだった。

 

ファンの間では「どっち派?」論争がずっと続いていた。

そこで明治は2001年以降、二つの商品の人気投票をたびたび実施し、ライバル対決を演出してきた。

明治カカオマーケティング部の船山慶さんは「『どっち派?』というファンの自発的な会話を継続的に増やすことが重要だと考えています」と話す。

 

2018年にSNSを使って人気投票を実施した際は、約1600万票が投じられた。

結果発表のイベントには、アイドルグループ「嵐」のメンバーでCMに出演していた松本潤さんも参加。

この時は、17万票というわずかな差で「たけのこ」が勝利した。

海を渡りアメリカでも人気の「きのこの山」

ファン同士で話題がどんどん盛り上がったケースもある。

2020年6~7月に広がった抹茶味をめぐる論争だ。

京都をルーツとする宇治抹茶を使用した「きのこの山 濃い抹茶」と、愛知県産の西尾抹茶を使用した「たけのこの里 まろやか抹茶」。

SNSでは《新たなる戦国の火ぶたは切られた》とライバル対決を楽しむ投稿が相次いだ。

 

話題づくりと言えば、「記念日」の制定もその一環。

国民の祝日「山の日」が制定されたことに便乗し、明治が2016年に定めたのが、8月11日の「きのこの山の日」。

2017年には、3月10日を「たけのこの里の日」にした。こちらは、「里」→「さ・と」→「3・10」の語呂合わせだ。

発売から間もなく半世紀となる「きのこの山」と「たけのこの里」。

チョコレートとクラッカーやクッキーのバランスなどは改良を重ね、もともとミルク感が強くて甘かったチョコレートは、2003年から2層構造に。

外側はほろ苦くして最初の一口はカカオ感を味わうことができ、内側はまろやかで甘さを楽しめるようにした。

 

2019年には、ともに11年ぶりに中身とパッケージをリニューアル。

チョコと焼き菓子の味のバランスを見直し、パッケージは水彩画のやさしいタッチで里山の風景を表現した。

11年ぶりにパッケージがリニューアルされた「たけのこの里」

ブランド全体の売り上げは、「きのこの山」「たけのこの里」をあわせて推定230億円(2019年度)。

コロナ禍の巣ごもり需要もあり、売り上げはさらに伸びているそうだ。

 

さて、素朴な疑問。

「きのこの山」と「たけのこの里」、どっちが売れているのですか?

船山さんが答えてくれた。

「数字は言えませんが、断然、『たけのこ』です」

でも……。

と、船山さんが言葉を続けた。

「我が社のチーム内では、ファンの愛の深さは『きのこ』が上ではないかと話しています。『きのこ』を食べる人は、もうずっと『きのこ』を食べますから。ちなみに、チョコの量も『きのこ』のほうが多いです」

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年4月3日に公開した記事を転載しました)