目次

  1. 私も一度は「宇宙」を捨てた。30代で新たな「宇宙」に出会うまで
  2. 官から民へ。宇宙ビジネスはアメリカのビリオネアたちが切り拓いてきた
  3. 自動車、ゼネコン、IT。異業種が続々参入する日本の宇宙ビジネス

突然だが、皆さんは宇宙と聞いてどんなイメージを持つだろうか。映画やSFの世界、神話やファンタジーの舞台、はたまた天体観測や宇宙科学の研究。そんなキラキラした夢の世界を想像し、宇宙に憧れる人も多いだろう。

私もかつて広大な宇宙に夢を膨らませる一人だった。学生時代は、ハワイ島はマウナケア山頂にある、憧れのすばる望遠鏡を使って、遥か遠くの太陽系外にある天体の研究をしていた。

そして、現在は宇宙ビジネスに携わっている。こう書くと「学生時代から宇宙を続けている人」「好きな宇宙を仕事にしている人」といったイメージを私に持つかも知れない。しかしそれはちょっと違う。私は、宇宙への興味を一度は捨て、そのキャリアは10年にわたって宇宙とは無縁だった。

宇宙が好きだから宇宙ビジネスをしているのではなく、あるきっかけでビジネスとしての宇宙に希望を見出し、仕事にした。これはキラキラした宇宙とは違う、ビジネスの話だ。

大学院時代の私は、研究者として一生の飯を食っていくだけの能力は無いと自覚していたので、民間企業に就職をすることにした。それでも、大学院まで学んだ宇宙や科学の知見を生かした仕事をしたいと思って探した。しかし、そのような選択肢は当時の日本にはほとんど無かった。私は、宇宙を仕事にする道を諦め、経営コンサルティングファームに入社した。

以来10年近く、しゃかりきに日々のコンサル業にいそしむ中、政府や大企業をクライアントとする、あらゆる案件に忙しく、宇宙はすっかりご無沙汰になった。丸の内勤務の30代ビジネスマンになった自分にとって、頭の片隅にも残らない、遠い存在になっていた。

宇宙は仕事にはならない。そう決め込んでいた自分が心を強烈に揺さぶるインパクトを受けたのが、33歳から2年間、海外留学していた頃のことだ。

世界は狭いもので、留学先だったロサンゼルスの日本人コミュニティで、たまたま日本の大学時代のサークルの同級生と再会した。彼は当時、日本人にしてNASAの研究所に勤める技術者だったのだが、近々転職するのだと言った。

その後招かれた転職祝いのホームパーティで、彼が見せてくれた企業PR動画に目を奪われた。自分も良く使うオンライン決済サービスの創業者が作った会社らしい。宇宙とは無縁のIT起業家が作った、設立わずか10年のスタートアップが、宇宙を飛ぶロケットを作っている。

Tシャツ・短パン姿の、いかにもカリフォルニアのベンチャーといったラフな服装の人たちが、打ち上げ成功に大歓声を上げ、飛び跳ねたりハグをしたり、熱狂する姿が印象的だった。NASAや大企業にはできないことにチャレンジを続けるこの企業は、すごい勢いで時価総額を上げていて、ストックオプションを持つ社員は、この会社が成功すれば大金持ちになるかも知れないという。自分の知らない、パンクでロックでギラギラした宇宙が、そこにはあった。

「新しい会社では、再利用できて市場で最も安いロケットを作ることになる」。世界でも前例のないロケットを作るのだと、彼はあっけらかんと言った。SpaceX(スペースエックス)という、聞いたことのない怪しげな名前の会社が、彼の転職先だった。宇宙空間から戻ってきて着陸をする、革新的な再利用ロケットの実験成功で、その名が世界に爆発的に知れ渡る3年前のことだった。

UCLAを修了した2013年当時の佐藤将史さん=本人提供

私は当時、UCLAで科学技術イノベーションやベンチャー起業を研究していた。どんぴしゃだった。ベンチャーが切り拓く宇宙ビジネスの世界に心奪われた私は、日本でもこのような企業が出てくる世界を創りたい、と思案するようになった。帰国後、私は宇宙ビジネスの世界に飛び込むことになる。

あれから時は流れ、今やイーロン・マスクのSpaceXは日本でも知らない人がほとんどいない有名企業となった。SpaceXは再利用ロケット、商業有人宇宙輸送機、全地球衛星通信ネットワーク計画など、これまでの国家主導の宇宙開発では成し得なかった革新的な事業を立ち上げ実践してきた。

火星への有人宇宙船の構想を語るイーロン・マスク氏=2016年6月、朝日新聞社

Amazon創業者のジェフ・ベゾスが設立したBlue Originも同様の事業計画を持ち開発を進めている。Virgin Group会長のリチャード・ブランソン率いるVirgin Galacticは有人宇宙旅行事業を手掛け、初の商業フライトは間近まで来ていると言われる。

アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏=2012年10月、朝日新聞社

ITやメディア事業で財を成したビリオネアたちが私財を投じて宇宙ベンチャーを興し、急成長をさせてきた。前例のない壮大なスケールのビジネスに挑戦を続けるこれらのベンチャーは大きく注目を集め、熱狂的なファンやフォロワーを生み、世界中に数多くの宇宙ベンチャーを創出することへとつながった。

現在アメリカには1000を超える宇宙ベンチャーがあり、また、Google, Amazon, Facebook, Microsoft, IBMといったITジャイアント企業が、自社衛星を開発したり、自社が誇るクラウドプラットフォームやコンピューティング力を衛星データの統合や解析に使ったりするケースも出てきている。

国家主導の宇宙開発を中心にした、特定の企業だけが宇宙に携わる時代は終わりを告げ、ITやライフサイエンスがたどってきたような、出身業界や企業サイズの大小を超えた民間ビジネスとしての広がりが生まれている。

このような新しい民間宇宙産業の流れを、ニュースペース(NewSpace)と呼ぶ。その潮流は、欧州や中国、その他の国々へと波及し、ここ日本にも影響を与えている。

このニュースペースの熱気は、この日本にも上陸している。2015年頃から機運が高まり、それ以前は10社にも満たなかった宇宙ベンチャーが、今や60社程度まで急増している。

国内のベンチャー業界では非常に珍しい、累積100億円を超える大きな資金調達を行った宇宙ベンチャーはAstroscale(アストロスケール)、ispace(アイスペース)、Synspective(シンスペクティブ)の3社あり、メディアが報じる未上場ベンチャーの時価総額ランキングの上位や、各種ベンチャー表彰の常連となっている企業も複数ある。

日本が他国と比べてユニークなのが、ここからだ。ベンチャーにとどまらず 、大手の企業、しかも宇宙業界とは無縁の異業種企業が宇宙ビジネスに参入する流れが拡大している。

近年の国内大企業では、新規事業創出やオープンイノベーションが流行しているが、そのテーマの一つとして宇宙が大きく注目されているのだ。

現在、約100社の異業種大手がベンチャー投資やジョイントベンチャー設立、自社事業の立ち上げなど、様々な形で宇宙事業を始めている。著名なケースだけでもANAホールディングス、伊藤忠商事、清水建設、ソニー、ソフトバンクグループ、トヨタ自動車、三井物産、楽天などの名前が並ぶ。

ここ数年、宇宙事業の部門を設立した異業種は多い。また、それに呼応するように、弁護士、キャピタリスト、経営コンサルタントといったビジネス・プロフェッショナルが宇宙ビジネスを取り扱うようになってきている。

宇宙が仕事にならなかったのは今や昔。大企業で働くにしても、ベンチャーに挑戦するにしても、宇宙を仕事にするチャンスが様々な所に生まれている。もしあなたが何か新しいこと、大きなことにチャレンジをしたいと考えているのであれば、宇宙ビジネスに目を向けてみてはどうだろう。

2020年代は宇宙ビジネスの時代になる。1960-70年代のロック・ミュージック、1990-2000年代のインターネット・ITビジネスに通じる、熱くてイノベーティブな、人・モノ・金・カルチャーが集まるギラギラした現実の世界が、宇宙ビジネスにはある。

これから、そんな世界の宇宙ビジネス・シーンの最前線を伝えていきたい。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年4月7日に公開した記事を転載しました)