目次

  1. 13年ぶりに宇宙飛行士を募集、文系も受験可に
  2. 海自医官と宇宙飛行士、仕事の共通点とは
  3. 部下が宇宙飛行士の試験を受けたいと言ったら……
  4. 宇宙にいない時、宇宙飛行士は何をしているのか
  5. 日本独自の有人宇宙船開発に携わりたい

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月19日、13年ぶりに宇宙飛行士を募集すると発表しました。

これまで宇宙飛行士の選抜試験を受けるには、自然科学系の学歴と実務経験などが必須でした。

しかし今回から学歴が不問になり、いわゆる文系の人も応募できるようになりました。

JAXAが13年ぶりに宇宙飛行士を募集することを報じた2021年11月22日付朝日新聞(東京本社版)の記事

JAXAは今後も5年に1度をめどに、宇宙飛行士を募集する計画です。

パイロットやエンジニアだけでなく、様々なバックグラウンドを持った人が宇宙飛行士を目指せる時代が来るかもしれません。

 

「宇宙飛行士は、自分の経験や職歴を踏まえたキャリアアップの選択肢の1つでした」

 

こう話すのは、宇宙飛行士の金井宣茂(かない・のりしげ)さんです。

金井さんは2008年の宇宙飛行士選抜試験に合格。

2017年12月から2018年6月にかけ、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在しました。

ISSから半年ぶりに地球に帰還し、笑顔を見せる金井宣茂宇宙飛行士=2018年6月、カザフスタン、朝日新聞社

もともと金井さんは、海上自衛隊の潜水員の健康管理をする潜水医官でした。

子どもの頃から宇宙飛行士に憧れていた、根っからの宇宙好きではなく、自分のキャリアを模索する中で宇宙飛行士という職業にたどり着いたといいます。

宇宙飛行士のキャリアや働き方について、金井さんにお話をうかがいました。

――金井さんが宇宙飛行士を目指したのはなぜですか。

仕事を始めて数年が経つ20代後半から30代前半って、一通りの経験を積んで、できることも増えて……さて、これからどうキャリアアップしていこう、とみんなが悩む時期だと思います。

実は私自身もそうでした。

立ち止まって考える時期がありました。

オンライン取材に応じる金井宇宙飛行士

そんなときに、当時所属していた海上自衛隊の医官としての業務と宇宙飛行士のミッションが非常によく似ていると知り、宇宙飛行士がキャリアの選択肢に加わったんです。

 

――似ているとはどういうことですか?

私は防衛医科大学校で医師の資格を取って、そのまま自衛隊に勤めていました。

自衛隊の隊員は、けがをされることはありますが、基本的には健康な方が多く、病気の患者を診ることはあまりありません。

 

では何をしていたかというと、例えば自衛隊員が海底で作業する際に、水圧がかかっても健康に害を及ぼさないよう管理する業務。

あるいは、太平洋のど真ん中を航海している船内で、急病人をどう助けるかという訓練などです。

こうした経験は宇宙飛行士の現場でも役立ちそうだと考えました。

 

宇宙は海底と同じで、気圧や空気などを管理しなければ人が生きていけない特殊な環境です。

急病人が出てもすぐに帰れないという点も、航海中の船と宇宙は似ています。

 

一方、人の身体は不思議なことに、無重力の環境には慣れることができ、地上と同じように元気に過ごせます。

無重力の宇宙でも眠れるのはなぜか。

食事はどうやって胃や腸を通っているのか。

考え始めるといろいろな疑問が浮かびますが、身体の中で調節が働く仕組みは、まだ分かっていないことばかり。

簡単なことからでも、1つずつ解き明かしていくことに面白さを感じます。

――宇宙飛行士選抜試験は難関だと聞きます。仕事とはどうやって両立しましたか。

宇宙飛行士選抜試験は、約1年間かけて候補者が絞り込まれていきます。

3次選抜では、閉鎖環境の施設に1週間入って、適性を判断されます。

そのときは職場に説明して、休暇をいただきました。

 

でも、それ以外は週末に英語の語学試験を受験するとか、1~2日だけ筑波宇宙センターに来て、健康診断や面接を受けるくらいでした。

仕事に穴を開けることはありませんでしたよ。

新たな宇宙飛行士候補に選ばれ、日本実験棟「きぼう」の模型を前に笑顔で記者会見する金井さん=2009年9月、東京都千代田区、朝日新聞社

――宇宙飛行士選抜試験を受験していることを勤務先に伝えると、転職活動をしているのが職場にバレてしまいますよね?

確かにそうです。

これからも会社や組織で働いてほしい人を快く送り出せるかというと、上司の方は悩まれると思います。

 

私も宇宙飛行士選抜試験を受験したわけですが、レベルアップにつながるありがたい経験をさせていただいたと思っています。

自分を高める努力をしましたし、同じ夢を追いかけるライバル……「強敵」と書いて「友」と読む、みたいな方々との良い出会いもありました。

 

宇宙飛行士選抜試験に挑戦する社員や職員を抱えている経営層にお伝えすべき話かもしれませんが、宇宙飛行士は人材を育てるチャンスにもなります。

宇宙飛行士に選ばれるような優秀な人材が輩出すれば、企業や組織にとってもアピールになると思います。

手前みそかもしれませんが、そういう観点で快くチャレンジを応援してあげていただきたいです。

 

――もし、宇宙飛行士選抜試験に不合格になっていたら、どうしていたと思いますか。

私の場合は、「宇宙飛行士以外考えられない」という人生を歩んできたわけではありません。

宇宙飛行士は、自分の経験や職歴を踏まえたキャリアアップの選択肢の1つ。

宇宙飛行士選抜試験の受験は、自分自身への挑戦であり、自分磨きでもありました。

 

なので、仮に不合格になっていたとしても、自衛隊に残ってキャリアを積むとか、自衛隊を辞めて宇宙とは全く別の道を行くとか。

もしもの世界の話ですが、やりたいことはたくさんあったので、シリアスにはなりませんでしたね。

宇宙での長期滞在と健康維持について考える「朝日宇宙フォーラム2019」で講演する金井宇宙飛行士=2019年2月、大阪市、朝日新聞社

――医師から宇宙飛行士へと全く異なる業種に転職されて、大変だったことはありますか。

いきなり宇宙開発やエンジニアリングの世界に飛び込んできたので、最初は何の話をしているのか分からず苦労しましたよ。

業界用語や専門用語の略語がとにかく多くて(笑)

でも、そこを乗り越えてしまえば、新しいことをどんどん学べるので、なかなか面白いです。

――宇宙飛行士の仕事にはどんなものがありますか。

一番大きな仕事は、もちろん宇宙飛行をすることです。

ミッションが決まると、打ち上げの1、2年前から訓練をみっちりと受けます。

ジョンソン宇宙センターで水中訓練用の宇宙服を着る様子 ©JAXA

訓練はアメリカ・ヒューストンにあるNASA(米航空宇宙局)のジョンソン宇宙センターのほか、日本やロシア、ドイツの訓練施設を転々とします。

次のミッションが決まっていない宇宙飛行士は、講演をしたり取材を受けたりして、宇宙開発業界で起きていることを伝えるアウトリーチ活動をするほか、ISSの運用をサポートする地上業務を担当します。

NASAの管制室で、ISSに向かう日本の宇宙ステーション補給機「こうのとり」を支援する金井宇宙飛行士 ©JAXA/NASA

私は管制官の資格を持っていて、筑波宇宙センターからISSの日本実験棟「きぼう」の運用を行っています。

それから、ISSで宇宙飛行士が使うマニュアルを準備したり、宇宙で使う新しい実験機器を開発する際には宇宙飛行士の視点で携わったりすることもあります。

 

――訓練が始まるとやはり忙しいのでしょうか? プライベートの時間は取れますか?

やはりミッションが決まると、訓練のウエイトが大きくなり、プライベートの時間は切り詰められてしまいますね。

選抜試験で宇宙飛行士の候補者に選ばれた後、正式に宇宙飛行士になるための基礎訓練と、ミッションに向けての訓練があります。

この2つの訓練の期間中は仕事を優先しないと、宇宙飛行の準備は難しいと思います。

ある程度の割り切りと、「子どものこのイベントは重要なので、何とか都合をつける」とか、うまい判断が必要です。

 

逆に言うと、私は基礎訓練を終えてミッションにアサインされるまでの約8年間は、先ほど紹介した地上業務が中心でした。

家族のケアもできましたし、自分の時間を持つ余裕もあります。

 

――仕事を優先しなければいけないタイミングがあるのは、他の仕事でも言えることですね。

そうですね。

医師として働いていた頃も、プライベートを削って頑張らないといけない時はありました。

キャリアを積んでいく上でターニングポイントになるような時期です。

この点は、宇宙飛行士になってもならなくても変わらなかったと言えそうです。

 

とはいえ、宇宙飛行士になるには、やはり覚悟が必要です。

宇宙飛行は100%安全と言い切れる仕事ではありません。

どんなに技術が発展しても、最悪の場合はロケットが爆発して、自分が死んでしまうリスクだってあります。

金井宇宙飛行士らを乗せたソユーズロケットの打ち上げの様子 ©JAXA

本人は「宇宙に行ける。やったぜ」って、やる気満々だし、楽しいんですよ。

でも、自分ひとりで生きているわけではなく、支えてくれている両親や妻、子どもがいます。

私の家族はずっと応援してくれていましたが、自分の子どもが、夫が、パパが死んでしまうかもしれないという、大きな心理的負担をかけていたはずです。

 

それでも家族は覚悟を決めて、ロシアまで打ち上げを見にきてくれました。

感謝しています。

宇宙飛行士を目指す方にはハードルを上げるようで恐縮ですが、そういう不安を家族に与えつつ仕事をしなければならないことをご理解の上で、一歩踏み出していただきたいです。

――宇宙飛行士になってよかったと感じるのはどんなときですか。

医師を続けていたらできなかった経験ができたときです。

もちろん、宇宙空間で重力がない世界を体験できたことも挙げられます。

でもそれ以上に、多国籍、多職種のみなさんと同じチームの一員として、1つの目標に向かって仕事をさせていただいたことは、自分自身の世界が広がる経験でした。

ISS滞在中に撮影された記念写真。右上が金井宇宙飛行士 ©JAXA/NASA

――金井さんご自身の今後の目標を教えて下さい。

医師としての経験と宇宙飛行の経験を、宇宙開発にどう生かしていくのかが次のチャレンジです。

 

民間企業による宇宙旅行が盛んにニュースになっています。

最近では90歳の俳優さんが宇宙旅行に行かれました。

旅行で宇宙に行く方々の健康管理は課題です。

 

そして、次の日本の目標は、独自の有人宇宙船を開発することだと思っています。

健康を守るという観点で開発に携わってみたいですね。

 

それから、月や火星に人が行くようになれば、急病人が出たときに現地で対応できる宇宙病院のようなものが必要になるかもしれません。

こういうことに、自分の専門性をもとに何か貢献できないかと考えています。

ISSから帰還後、筋力やバランス感覚を取り戻すためリハビリに励む金井宇宙飛行士=2018年6月、茨城県つくば市、朝日新聞社

――終身雇用が当たり前ではなくなり、キャリアアップのための転職を考える人も増えています。宇宙飛行士の経験をさらに別の職業に生かそうと考えたことはありますか。

アメリカでは宇宙飛行士になった後、議員になったり、民間の宇宙開発企業に転職したりする方もいます。

宇宙飛行士のセカンドキャリアは決して変な話ではないと思いますよ。

 

私自身は、宇宙飛行士を辞めて別の道に進もうと考えたことはありません。

でも、医学と宇宙飛行分野の仕事は向いていると思うので、日本の民間企業が有人宇宙船を開発するなら、協力したいです。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年11月24日に公開した記事を転載しました)