京屋染物店 四代目 代表取締役社長 蜂谷悠介(はちや・ゆうすけ)
半纏(はんてん)や浴衣など祭り用品メーカー。1918年に岩手県一関市で創業。小売店や祭り団体などを顧客とするオーダーメイド製造が主力事業で、先代社長までは染色工程を専門としてきた。悠介さんは2010年に事業承継したのち、デザインから縫製まで一貫生産する体制を確立。近年は自社ブランド商品の販売が目覚ましい成長を遂げている。

三田理化工業 三代目 専務取締役 千種純(ちぐさ・じゅん)
病院で用いられる洗浄滅菌設備や消耗品の製造・販売・修理が主な事業。1949年に大阪府大阪市で創業。入院中の新生児のミルクを作るために使用する「調乳機器」という分野では国内トップのシェアを誇る。社長の婿にあたる純さんは2017年に入社。機器営業、消耗品工場の生産管理を経て、現在は消耗品事業部長として、事業部全体のまとめ役を担っている。三代目就任予定。

なぜ「顧客管理」がアトツギにとって大問題なのか?

蜂谷 父の代までお客様情報の管理は、アナログな方法でしたね。お名前・住所・電話番号が記された名簿用紙を留めたバインダーファイルがお客様情報を管理するための唯一の道具でしたので、急に父が倒れて事業を引き継いだときは名簿を見ても過去の履歴などが分からずとても困りました。うちはオーダーメイド製造がメインなので、「過去にお客様とどのようなやり取りをしてどのような注文をうけたか?」といったことの記録がとても大事なのです。

千種 引き継がれた資料に表面的な情報しか記されていないと大変ですよね。似たような経験は私にも覚えがあります。

私は当初、機器事業の営業として入社したのですが、引き継ぎ資料として渡されたA3用紙1枚程度のエクセルデータを見ると、病院名や医師名といった基本情報がならんでいるだけで、見積もりや過去の提案といったこれまでの訪問内容がわからず非常に困りました。

京屋染物店代表取締役社長の蜂谷悠介さん

蜂谷 すごく分かります。帳簿から情報を探したり、過去のやり取りから推測したりと、いちいち調べてから対応しているとスピードが落ちますよね。私は「対応が遅い」とクレームをいただくことがしょっちゅうで、「お前の親父のときにはこんなことなかったよ」と何度親父と比べられたことか……。がた落ちになっていく信用に心底焦りを感じました。

千種 急遽社長に就任された蜂谷さんと少し状況は違うかもしれませんが、私もなかなか思い通りに情報が集められず満足に営業ができない状況に焦っていました。アトツギなのに大したことないなって社員から思われてたらどうしよう、と。

三田理化工業専務取締役の千種純さん

遅れる対応、止まる現場

蜂谷 結局、父が生きているうちは属人的な方法でお客様情報をアナログ管理していてもなんとかなったんですよね。父にしてみれば頭の中に全ての情報が詰まっているんですから、逆にやりやすかったのかもしれません。

千種 そうなんですよね。弊社も1人の営業担当者が任されるお客様の数は100件ほどですから、最初のしんどい場面を乗り切れば、属人的でアナログな管理でもなんとかなってしまうんです。

蜂谷 でも、引き継ぐ側の私達としては過去の履歴が整理されていないと、お客様対応のたびに時間をとられますよね。何も知らないままお客様のところを訪問するわけにはいかないですし……。

弊社の場合、工場で別途保管されている製造記録だけが、お客様対応の履歴を知るための唯一の手がかりでしたが、1人のお客様を対応するたび工場に行って型紙などの製造記録を探して、そこに書いてあるメモの情報から当時のやり取りを推測して……と、半日がかりの調べ物が必要でした。

千種 私も同じです。訪問1件あたりの準備に1時間、5件訪問しようと思ったら5時間を
要する状況で、前任者が残した過去のメールを掘り起こして手がかりを探していました。

とてもつらい作業だったので「同じ思いを未来の新人にさせたくない」と心に誓いましたね。これがお客様情報の管理方法について改善をあれこれ模索するきっかけとなりました。

蜂谷 たしかに、人が増えるときは改革のタイミングですよね。私も社員が増え始めた段階で、お客様情報の管理問題が段々と深刻化していったと感じています。

一貫生産の体制を整えるために採用し、社員が増えたわけですが、急に社内の雰囲気がぎくしゃくし始めたんです。

その原因は、問い合わせの度に製造の手が止まることでした。お客様からのお問い合わせに、私が判断しないと何もできない状況にもかかわらず、私が社内にいない事が多々あって、問い合わせがあると製造の手が止まることで社員全員がフラストレーションを溜めていたんです。

そしてある日、社員の不満が爆発しました。「社長の判断なしでは私たちが何もできない状況をわかってますか!?」と、社員一同に詰め寄られてしまったんです。その事をきっかけに「社員全員でお客様対応ができる環境を作らなければダメだ!」と危機感を鮮明に抱くようになり、なんとかしなければと奮闘し始めました。

京屋染物店の半纏製造の様子(同社提供)

千種 お客様へのレスポンスの遅れは致命的ですよね。弊社の場合、病院内の設備を扱う会社なので患者様の健康に関わる事も多く、修理部門が受ける問い合わせは特に緊急性が高いです。
それにも関わらずお客様の情報が属人的に管理されており、特に、部門間の隔たりによって対応が遅れる事に課題を感じていました。そこで、お客様と日常的に接している営業部門と修理部門、お互いの情報をシェアできれば対応がぐっと良くなるはずと考えたのです。

顧客情報のデータベースを作る事がデジタル化の第一歩

蜂谷 私が模索したのは、お客様の情報をデータベース化することでした。例えば、お問い合わせの履歴といった情報を、電話がかかってきた瞬間にパッと見ることができれば、社員全員がお客様対応できるようになると思ったわけです。そのデータベースを作るために使ったクラウドサービスがkintone(キントーン)でした。

導入のきっかけは先んじてkintoneを活用していた知人に実際の画面を見せてもらったことです。
実はkintone導入前に別のツールを100万円かけて導入していたのですが、現場からの評判が悪く、要望にも応えられず苦い思いをしていました。
そんな時、ドラッグアンドドロップで簡単に業務システムを構築していく様子を目の当たりにして「これは便利だ!」と思いました。千種さんもkintoneを活用なさっているとうかがっていますが……。

ドラッグアンドドロップで業務アプリを作成できる

千種 はい。お客様情報の属人的な管理から脱却するため、私もkintoneを活用しています。蜂谷さんと同じように、kintoneを導入して最初に営業と修理部門のお客様訪問記録を入力するアプリを作りました。実は前職でkintoneを少し触った経験があったのですが、その当時は全く理解しておらず……(笑)

ですが、使い勝手の良さだけは覚えていたので、当時を思い出しながらkintoneのような使いやすさをイメージして色々ツールを調べていました。顧客管理だけなら他にもツールはあったのですが、もっと他に管理したいものがあったので、汎用性があるものを求めて結局kintone以上のツールは見つけられませんでした。現在では顧客管理・販売管理だけでなく、クレーム管理、文書管理、設備管理にも応用していますし、今後は、製造部門の工程管理にも活用したいですね。

蜂谷 同感です。「顧客管理」や「見積り管理」に特化したクラウドサービスは他にもありますが、kintoneは何にでも使えるので会社の進化にあわせて活用法を模索していける点が素晴らしいと思います。

弊社も現在では、製造部門の管理、Webサイトのフォーム対応の自動化など、様々な用途に活用しています。お客様情報のデータベースを軸として、社内の動きがガラッと良くなりました。事業承継直後のクレームの嵐が遠い夢のように感じますね(笑)。

千種 お客様情報のデータベース化はデジタル活用の第一歩ですよね。弊社でも、修理部門ではクレームを減らす以上の効果がありました。顧客情報の管理と合わせて修理履歴もデータ化することで、故障する前に点検を提案ができるようになり、営業のスタイルが“待ち”から“攻め”に変わった事で売上アップに繋がっています。kintoneを見ればお客様の状況が手に取るようにわかるので、点検のタイミングを先読みできるようになったわけです。

三田理化工業の調乳機器点検の様子(同社提供)

デジタル活用は導入期が大変?

千種 蜂谷さんにうかがいたいのですが、情報のデータベース化にあたってのデータ入力はどのように進めましたか?

うちは顧客データは流し込みが出来ましたが修理履歴をマスタにするためのデータが8,000件もあって……。その時は妻の手もかりながら本当に苦労しました……。今なら解決策も思いつくのですが、その当時は「自分たちでなんとか形にしないと」と急いでやりきりましたね。

蜂谷 デジタル活用を進める際に直面しがちな課題ですよね。私の場合、データ入力を一気に済ませるという方法は諦めていました。代わりに、お問い合わせをいただいたタイミングでお客様情報をデータベースに入力していったわけです。お問い合わせが来たらどのみち調べないといけないわけですからね。

千種 たしかに、考えることが多い導入のタイミングでは、効率的に作業を進めていくための工夫が大事ですよね。

私はずっと1人でkintoneの導入を進めており、データベースについて経験不足だったので試行錯誤しました。使いながら覚えられる直感的な操作がkintoneの魅力ですが、便利な機能が数多くあります。当時は知らない機能もいっぱいあったので、アドバイスしてくれる人がいればもっとスムーズに導入できたと思うことがあります。

蜂谷 なるほど。私の場合、kintoneの公式パートナーの力を借りたのでスムーズに導入を進められたという事情があります。やっぱり、専門家のアドバイスがあると楽になりますよね。kintoneならすぐにコツを掴めるので自走できるようになりますし。

伴走者がいて良かった、と一番思ったのが「お客様をお待たせしたくない」という本質的課題に集中するように促してくれたことでした。おかげでデータベース化を進める目的がぶれなかったと思います。ITツールの導入の際には「あれもこれも」と機能を欲張って当初の課題解決をおろそかにしてしまうという話しをよく聞きますが、これは後々、使いこなせなくなる原因だと思っています。

“見える化”が進んだ事で、「自分ごと」の意識が芽生えた

千種 先ほどの蜂谷さんのお話は「デジタル活用の本質はお客様により良いサービスを提供するため」という教訓だと思います。kintoneを導入し情報を見える化する事で無駄な時間をなくし付加価値の高い仕事に専念できるようになりますよね。
私は、お客様の訪問履歴を深掘りすることで、提案の質を上げることに時間をあてられていますが、以前はお客様の情報を整理するだけで手一杯で、表面的な訪問準備になってしまっていたと思います。

蜂谷 デジタル活用で働き方が効率化されると会社の雰囲気も良くなりませんか?
弊社ではkintoneの導入後、お客様情報に誰もがアクセスできるオープンな状態になったことで他人任せにしないムードが生まれました。全員がお客様対応を“自分ごと”として捉えるようになったからです。

目に見える変化は、電話対応の態度に現れました。以前は、かかってきた電話を押しつけあうような雰囲気があったのですが、現在は事務や販売の担当者だけでなく、染め物職人やデザイナーといった技術職も率先して電話を取っています。お客様情報が私の頭の中だけにあったときは、電話の受け答えに自信が持てず、みんな怖かったんだと思います。お客様対応に全員で取り組む中で会社の一体感が育まれていると感じます。

お客様情報に誰もがアクセスできるオープンな状態に(京屋染物店提供)

千種 たしかに数字に表れない効果がありますよね。弊社ではkintoneの導入が新入社員のモチベーションアップに繋がりました。

弊社が扱う商品は病院向けの高額な医療設備なので予算の承認までに数ヶ月〜数年と時間がかかることが多く、営業担当者はなかなか伸びない売上に凹みがちなんです。でも、kintoneに登録された顧客対応状況のデータを見れば新人の頑張りも可視化されて見えるようになります。

とある新人営業は入社後数ヶ月たっても売上が伸びず、会社に貢献出来ていないのではと非常に悩んでいたのですが、kintoneの提案管理アプリを見るとものすごい数の提案を行っていた事が分かるんです。動きが見えている事で目の前の売上だけでなく、彼の行動やアクション量、努力をしっかり褒めることが出来た結果、モチベーションアップに繋がり、今では彼はトップセールスの道を突き進んでいます。

三田理化工業の実際のkintoneの画面。提案管理アプリで可視化されたことで社員のモチベーションアップにつながった(同社提供)

蜂谷 それはすごい! お客様のための情報共有から始まったデジタル活用は、社員の働きがいの増大に繋がっていくということですね。デジタル活用には仕事の負担を減らす効果がありますが、その結果余裕を持てるようになり社員が主体的に動ける環境が整うのだと思います。

弊社でも、社員全員がお客様のご希望に添うためには自分がどうすればいいのか、と考えてくれるようになりました。

千種 アトツギ経営者としては、社員の仕事の負担はできるだけ減らして、力を発揮できる環境を整えたいですよね。

蜂谷 そうですね。アトツギという立場では、社内が思うようにまとめられず、暗闇の中を手探りで歩くような不安な時期を経験する方が少なくないのではないでしょうか。私も、以前は一人の顧客対応のために神経をすり減らすような事も多々ありましたが、デジタル化を進めた事でそういう時間を無くし、本当に大切な事に時間を使えるようになりました。私の場合、kintoneが「ヘッドライトのように未来を照らしてくれた」と言っても過言ではありません。

千種 ヘッドライト! かっこいいですね。おっしゃる通り、目的を明確にしたデジタル活用は組織改革のきっかけになりますよね。

蜂谷 私たちはkintoneの活用が組織改革の手がかりになりました。今回お話した体験談が、行き詰まっているアトツギのみなさんのヒントになると幸いです。

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kintoneは、日々の業務に必要なシステムをだれでも簡単に作ることができる、サイボウズのクラウドサービスです。
導入担当者の93%が非IT部門で、全国20,000社以上に導入されています。
プログラミングなど特別なスキルや知識は不要です。 データの登録・共有はもちろん、集計やグラフ化もマウス操作のみで行えます。
スマートフォンやタブレット端末にも対応しているので、外出先からも社内のデータを確認できます。