コロナ禍に直面した「成田ゆめ牧場」 7代目が拡大する酪農ビジネス
年間30万人ほどが訪れる千葉県成田市の「成田ゆめ牧場」の運営や酪農業で知られるのが秋葉牧場ホールディングス(HD)です。社長の秋葉秀威さん(40)は135年続く家業の7代目で、父の急逝で経営を任されました。従業員のチャレンジ精神を引き出しながら、新しい牛舎をつくって乳製品の輸出を見据えるなど、創業以来の酪農を核にビジネスを広げようとしています。
年間30万人ほどが訪れる千葉県成田市の「成田ゆめ牧場」の運営や酪農業で知られるのが秋葉牧場ホールディングス(HD)です。社長の秋葉秀威さん(40)は135年続く家業の7代目で、父の急逝で経営を任されました。従業員のチャレンジ精神を引き出しながら、新しい牛舎をつくって乳製品の輸出を見据えるなど、創業以来の酪農を核にビジネスを広げようとしています。
目次
秋葉牧場HDは約30ヘクタールの牧場と従業員300人(パート・アルバイト含む)を抱え、観光牧場や酪農などを合わせて年商20億円の規模です。
「秋葉牧場」は秋葉さんの祖先が1887年に東京都江東区で創業し、その後、千葉県八千代市に移転。1976年から同県成田市で酪農を営むようになりました。
秋葉さんは牧場内にある実家で育ちました。創業100周年を迎えた1987年に観光牧場をオープンし、観光客が山のようにやってきました。
秋葉さんは物心ついたときから牛が身近にいたため、「なんでうちの牛を見にたくさんの人が来るんだろう」と疑問に思っていたといいます。
しかし、高校生の時に家業の長い歴史を知ると「4代、5代と続く会社はなかなかない。ここで終わらせたら先祖に申し訳ない」と感じるようになりました。
そのころ4代目だった祖父と祖母を相次いで亡くしました。秋葉さんは「命は有限だ」と感じ、後を継ぐことを現実的に考えるようになります。
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秋葉さんは「働いている人たちがどうしたら耳を貸してくれるのか」と経営視点で家業を捉え、ビジネス誌を読むなどして将来を見据え始めました。「30歳ごろに家業を継ごう」と逆算し、大学では経営学を学びました。
大学卒業後、営業と経理の経験を積むため、印刷会社に営業職として入り、2年後に大手テーマパークに転職。志願して経理のポジションに就きました。テーマパークの運営会社で経理を1から学び、経営戦略を身につけたいと考えたのです。
同社は2年半で退職し、27歳で英国バーミンガム大学のビジネススクールに入学しました。家業を継いだら海外とのビジネスを視野に入れたいと考えており、東南アジアでのビジネス戦略を研究しながらMBAを取得しました。
30歳でスイスのホテルマネジメントスクールに入学。シンガポールの5つ星ホテルで実習し、コンシェルジュやドアマン、人事などを経験しました。
言葉や文化が違う人たちとどう仲良くして寄り添うか。そんな海外での経験は今も仕事に生きているといいます。
そして2013年1月、31歳で家業の秋葉牧場に入社しました。
秋葉さんは5代目の父に相談し、1人だけの経営企画室を作りました。「従業員は目標に向かって頑張るよりも目の前しか見ていないことに気がつきました。『動物と触れ合っている方が好き』という人が多い中で、どうやってスイッチを入れて気持ちを引き出すかを考えました」
例えば、会議で「お客様が減っています」という問題提起があっても「雨の日は団体客が入らないからです」で議論が終わっていました。そうした現状を打破する必要があると感じていました。
秋葉さんは従業員がアイデアを出しやすくする仕組みを構築しました。あるキーワードを中心に置き、そこから全く関係のない言葉を次々と出してキーワードとつなげることで、全く新しいアイデアを生み出す手法です。
例えば、「自転車」→「三角形」→「青い」などの言葉から「三角形の車輪をした青い自転車」などという新たなアイデアに結びつけるのです。
秋葉さんはこの方法を各部署のキーマンにレクチャーし、企画書のやり取りを添削形式で行いました。そうすることで、ファミリー向けのオートキャンプ場を平日は企業向けにワーキングスペースとして貸し出す「Officeまきば」などの新企画が生まれたのです。
家業に入って2年目の14年、父に病気が見つかりました。経営手法に反発する間もなく、秋葉さんは急きょ代表取締役としての仕事を受け継ぐことになったのです。
父は翌15年に67歳で亡くなり、秋葉さんの母が6代目に就任しました。
急だったため、株式については相談できたものの、経営のことはほとんど話せないままでの別れでした。ただ一つだけ、父の「牛を常にそばに置きなさい」という言葉が耳に残りました。酪農を続けることの使命感を受け取ったように感じました。
18年7月、秋葉さんは36歳で7代目の代表取締役になります。「対外的に安心してもらうためにも、今後2年間は先代のやり方を維持しよう」と決め、ダイナミックな投資は控えました。
「自分が組織や従業員のことを理解するまでは、先代のやり方を踏襲しよう」と考えていたのです。
2020年、ついに秋葉さんは動き出します。新しい牛舎の建設を公表したのです。その理由は家業の成長のためでした。
当時は乳牛を40頭飼育していましたが、酪農事業単体では利益が出ないため、観光事業と合わせて収支のバランスを取っていたのが現実でした。両親が見据えていたのは10年ほど先に過ぎません。しかし、秋葉さんは当時30代。30年、40年先を見ながら経営する必要があったのです。
最終的には200頭以上にまで乳牛を増やせる牛舎を作り、酪農部門でビジネスを成り立たせていこうと計画しました。
秋葉さんは入社直後から「酪農部門の従業員には、自信を持てていない人が多いのではないか」と思っていました。
当時、酪農部門の従業員は10人。「会議をしても主体的な意見が出ることがなく、新しい牛舎で今までの5倍の乳牛を飼育するというイメージが持てていない様子でした。『面倒だな』と感じていた人もいたようです」
秋葉さんは、酪農を担う従業員に成功体験を作ることで、仕事への気持ちを変える工夫をしました。
酪農部門の従業員を連れて、北海道を中心にいろいろな牧場に視察に行きました。従業員に新しい飼育の形を見せて回り、牛舎が完成してからのイメージを持たせるように意識したのです。
牛舎は2021年12月に完成。総工費の約3億5千万円は日本政策金融公庫と地元の銀行からの農業融資で用意しました。
以前の牛舎は1頭あたり8平方メートルでしたが、新しい牛舎はおよそ2倍の15平方メートルになりました。ライトはLEDではなく牛専用のものにして、まぶしくないようにしています。
搾乳は通常10頭~12頭ずつでしたが、一度に24頭を可能にしたことで牛の待機時間を減らしています。
いずれも牛にストレスをかけないための工夫で、現在は140頭の乳牛を飼育しています。
従業員の働き方も変えました。これまでは酪農部門の従業員は全員が全ての業務をこなしていましたが、担当を決めて役割分担しました。
さらに1頭1頭の動きをデータで管理できるソフトウェアを導入しました。それまでは、従業員の目で牛を管理していたので、発情に気づくのが遅れることなどもありましたが、システムを入れたことで夜間もすぐに兆候を察知できるようになったのです。
勤務の効率化で、これまで変化に否定的だった従業員の気持ちも変わり、「働きやすくなった」との声があがっているといいます。
20年12月、秋葉牧場は「秋葉牧場HD」に衣替えしました。HD化したことで、酪農、観光、スポーツクラブ、建築の子会社四つの収支を明確にし、対外的にも説明しやすくなりました。
21年4月には中途採用で初めて、経営事業と経理に1人ずつマネジメント層を採用しました。
秋葉さんは後を継ぐまで管理職の実務経験はありませんでした。自分と従業員との間に入るマネジメントの専門人材を採用することで、より明確に目標や目的を掲げ、それぞれの従業員を評価できる組織を目指したのです。
秋葉さんは「組織を経営者1人が突出する体制から、会社ごとの小さなピラミッド型の体制へと移行することができました。これからは小さくてもしっかりしたピラミッドをしっかり整えていきたい」と意気込んでいます。
観光客を引き付ける成田ゆめ牧場の運営でも、改善を進めました。18年11月には、牛の形をした「キッチンカー」を導入しました。
それまではイベントがあるたびに出店していましたが、キッチンカーが当時流行し、衛生面でも効果があることから挑戦しました。メニューは、秋葉牧場の牛乳を使ったアイスクリームのほか、ハンバーガーや肉巻きおにぎりなどの軽食を扱っています。
このキッチンカーは牛の顔が車体の後ろについています。後続車の運転席から牛の顔が見えるため、SNSで大きな話題を呼び、中国などの海外にも広まったといいます。
実は最初からインターネットで話題になることを狙ってデザインした車体でした。キッチンカーの導入で、成田ゆめ牧場が話題になる機会が増えるなどPRは大成功し、現在は2台が活躍しています。
20年、新型コロナウイルスによる最初の緊急事態宣言の2カ月間、成田ゆめ牧場は休業し、同年5月の売り上げはゼロとなりました。全体の売り上げは3億5千万円減り、利益も前年度比で24%減となりました。
成田ゆめ牧場ではそれまで牧場外でソフトクリームや牛乳などを提供する店舗を15カ所運営していましたが、コロナの影響で閉店を余儀なくされ、6店に縮小しています。最近は円安の影響でエサ代が130%増にもなりました。
しかし、秋葉さんは目先の利益にとらわれない姿勢で向き合っています。「成田ゆめ牧場の屋外施設としての強みを実感し、コロナによって本質的な価値を見直すきっかけになりました」
秋葉さんは今後、海外を視野に入れています。成田市には国際空港があり、新鮮な牛乳や乳製品を東南アジアに輸出することを目指しています。
牛舎ではAIを活用した効率化も考えています。牛の種つけの際、発情のタイミングの覚知には時間がかかります。これまでは従業員を交代で寝泊まりさせて対応していましたが、それでもタイミングを逃すことがあったためです。
現在、日本では乳製品の消費量が減り、酪農家も数を減らしています。秋葉さんによると、乳業メーカーの中には購入した生乳を使いきれない事態も生じているそうです。
秋葉さんは、秋葉牧場で搾乳した牛乳を使って乳製品を製造販売する6次産業化を推し進めたいと考えています。
「観光事業の成田ゆめ牧場はお客様に心地よい時間を提供し、先祖から代々受け継いできた酪農は、6次産業化で新たなサービスを提供したいと思っています」
準備期間も少ないまま家業を継ぎ、数十年先を見据えて経営を進める秋葉さんは、事業承継についてこう語ります。
「ゼロから会社を興すと大きなエネルギーが必要ですが、事業承継だと会社への信用がある状態からスタートできます。今、後を継ごうか迷っている人がいたら『やった方がいい』と背中を押したい。事業承継に使命感を感じられるならやった方がいい。最近は後継ぎがいない企業の話を聞くので、家業を持たない人も事業承継に携われるチャンスではないかと思います」
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