目次

  1. 社長のリーダーシップで決断
  2. 管理職の意識啓発を図る
  3. 家族・職場とのコミュニケーションを図る
  4. 育休取得が社内の人財育成に
  5. 意識ギャップを無くすには
  6. 育休取得へ十分な準備期間を
  7. 自律的なキャリア形成を支える
  8. 妻と向き合って育児について話す
  9. 育休経験が住宅販売にもプラスに
  10. 仕事は組織でカバーを

――まずは山田さんに伺います。積水ハウスの「特別育児休業制度」の概要を教えて下さい。

 3歳未満の子どもを持つ積水ハウスのグループ社員全員に、育児休業1カ月以上の完全取得を推奨しています。最初の1カ月は有給で、最大で4回の分割取得が可能です。2018年9月から運用を開始しました(グループ会社は19年8月から)。

 22年4月施行の改正育児・介護休業法に先駆け、21年4月からは制度を拡充し、男性産後8週休をつくりました。母体が心身共に不安定で産後うつも起きやすい産後8週間をサポートするために、この期間は分割回数に関係なく、1日単位で育休が取得できるようにしました。

ーー制度を導入したきっかけは何でしょうか。

 18年2月に就任した社長の仲井嘉浩が、同5月に仕事でスウェーデンを訪れた際、街中やカフェでベビーカーを押しているのがほぼ男性という姿に感銘を受けました。スウェーデンは男性が3カ月育休を取る制度が確立しており、社内でも男性育休を加速させようと動きました。

 仲井がスウェーデンを訪れた2カ月後には、「男性社員1カ月以上の育児休業完全取得」を宣言し、経営戦略として男性育休を推進するという旗を掲げたのです。

 「わが家」を世界一幸せな場所にする――。これが積水ハウスのグローバルビジョンです。お客様や社会に幸せを届けるためには、社員と家族の幸せこそが経営の基盤です。女性だけでなく男性も育休を取りたい人がしっかり取れるようにしようと進めました。

ーーそれまで、男性の育休取得日数は平均2日間にとどまっていたそうですね。

 たった2日間では家事も育児もできません。男性が育児休業を取る風土や意義を、しっかり啓発ができていなかったと思います。

 今回、1カ月以上の取得を強く推奨できたのは、社長の強いリーダーシップとトップマネジメントがあってこそです。休業中の給与面や仕事のカバーを心配する人もいるので、最初の1カ月は有給にして最大4回の分割取得で自ら取得の時期を決められるのが特徴です。

ーー育休期間が長くなれば仕事が回らないという懸念もあったと思います。社内の理解を得るためにどんな手を打ちましたか。

 一番難しかったのは意識改革ですね。社員のパートナーの専業主婦率が国内の平均よりも高く、家のことは妻に任せておけばいいという風潮がありました。しかし、妻の仕事の有無にかかわらず家事育児をシェアすることは、家族の未来に好影響をもたらし、社員の内面の多様性を高め、イノベーションにつながると考えました。

 1カ月以上という期間にこだわったのは、ただ休むだけでなく、事前にきちんと準備をしなければいけないからです。育児以外でも急病や介護などで休むケースがあります。仕事の属人化を減らし、職場で対応することは不可欠です。

 それまで女性社員向けだった社内イベント「仕事と育児の両立いきいきフォーラム」を、18年から男性にも広げました。「営業職は育休を取れない」といった思い込みもあるので、社内のイントラネットなども含めて取得事例を共有しています。

 実は若手社員が育休を取ることはそれほど心配していませんでした。管理職やそれ以上の役職の理解を深めるには、意識啓発が重要になります。

 ですので、フォーラムは上司の参加を必須にしました。社外有識者の講演を聴いた後に、上司同士でグループディスカッションして、悩みや事例の共有を図っています。コロナ禍ではオンライン開催になりましたが、その分、違う職場の人ともディスカッションできるようになり、いい機会になっています。

 22年からは「ダイバーシティマネジメントフォーラム」として、部下を持つ持たないにかかわらず、マネージャー層を対象とした研修に変更しました。育児に限らず介護や治療の他、家庭や個人の事情に合わせ、誰もが自律的に働き、持続的に成長できる職場形成が求められており、それには上司の存在や役割の影響が大きいと考えているからです。

ーー育休取得に向けて、独自の家族ミーティングシートと取得計画書を作成しました。

 家族ミーティングシートが家族と、取得計画書が職場とのコミュニケーションを図るものです。

 家族ミーティングシートは育休の約3カ月前に、家族で育児家事の分担を話し合ってもらうツールです。食事一つとっても、3食と離乳食の支度や片付けの分担を非常に細かく分けています。育児家事の質を高めるため、シートでは育休終了後の分担も決めています。

 取得計画書は取得の約2カ月前に、誰にどんな仕事を引き継ぐか、上司や職場の仲間と話してもらうためのものです。分割取得の場合は、1回目の取得申請の際に2回目以降の分割の取得計画書も含め、提出してもらいます。計画書にパートナーの署名を入れてもらうのがポイントです。仕事は職場に任せて、育休の間は家事育児にコミットできるようにしました。

積水ハウスの育休取得計画書(原本の一部を修正しています)

 育休は取得する時期が分かり、事前準備ができます。これを「訓練」にして、介護やけが、感染症などで急に出社できなくなる事態も想定し、日頃から属人化の脱却や業務の平準化を図るように伝えています。

ーー建設業は男性社会とも言われます。取引先の理解はどのように得ましたか。

 男性中心の会社において、全員で1カ月以上の育休にチャレンジする風土を醸成することがイノベーションにつながるという思いもあり、経営戦略として進めました。

 休む側はお客様に迷惑をかけてしまうと思いがちです。取得計画書で引き継ぎの事前準備をしたり、お客様に休業中の担当者を紹介したりして業務に支障が出ないように段取りしました。

 お客様には会社の方針をしっかり伝えることで理解をいただいています。「自分の家族を大切にしない人に家は任せられません」というお客様もおられ、社会の理解は進んでいるように感じます。

ーー制度の導入から約4年。取得状況はいかがでしょうか。

 取得期限を迎えた男性社員1423人(19年2月の本格運用開始以降、22年8月末現在)全員が、1カ月以上の育休を取得しました。平均取得日数は1カ月が一番多いですが、3カ月や1年というケースもあります。

 子どもが3歳になる時期に、全員が育休を取っているか確認しています。2歳の誕生日を過ぎても取得計画書が未提出の場合は、本人と上司に勤怠システムで自動的にアラートが飛びます。

ーー社員のアンケートでは、男性育休を取得して「良かった」「まあ良かった」という回答が98.4%にのぼりました。

 こだわったのは育休の質を高めることです。取っても家でゴロゴロしているだけだと、夫の面倒を見る仕事が増えるだけでパートナーの不満も膨らみます。

 家事育児にしっかり取り組むことでスキルが上がり、多様な経験ができて、パートナーの満足度がアップします。何より出産後の大切な期間に家族の幸せや絆を育むことがその後の家族関係にプラスに働きます。

 男性育休から復帰した社員は「仕事をしている方が楽でした。大変だったけど貴重な経験になりました」と言っています。生き生きとした感じで、仕事にも周囲にもいい影響を与えています。

ーー職場でのパフォーマンスはどのように変化しましたか。

 職場の協力体制が助け合いの風土を醸成し、チームワークが高まりました。

 例えば、リーダーが育休を取れば部下がその仕事を代行しなければいけません。その結果、人財育成につながり、育休復帰後に部下の成長を実感して「仕事を任せても大丈夫と気付いた」という声を聞きます。

 育休を取る女性社員の気持ちが分かったという声もあります。たった1カ月でも不安だったのに、長期間育休を取る女性の思いや、家事育児を抱えながら仕事もする大変さに気付いたといいます。

 復帰後も家事育児の分担を続けているので、仕事もタイムマネジメントを意識するようになり、残業時間が減っています。

インタビューに答える山田実和さん

ーー経営面へのメリットはいかがでしょうか。

 育児だけでなく、介護や治療などの事情を抱えながら多様な働き方をしている社員がいます。ダイバーシティマネジメントの推進が、従業員エンゲージメントの向上と人財の定着につながっています。

 就職活動中の学生も男性育休への関心が高く、取得事例を聞きたいという声もあります。育休制度が実際に使える職場風土があることが、人財獲得にプラスに働いている実感があります。

ーー積水ハウスは男性育休をテーマに社外も含めた全国調査を行い、「男性育休白書」を発表するなど世間への啓発も進めています。

 男性育休を当たり前にするために始めました。「男性の家事・育児力」を都道府県別にランキング化するなど、自治体からも注目を集めています。

 調査によると、就活層の大多数は男性育休取得に賛成する一方、経営層になると4人に1人が反対という結果が出ました。「男性育休の壁」と呼ばれる世代間ギャップを掘り下げて、意識を変える必要があることが浮き彫りになりました。

ーー世代間ギャップを乗り越えるためには何が必要でしょうか。

 経営層の方々も、自分の息子や娘のパートナーが育休を取る姿を見ると、賛成して下さいます。身近な家族に育休取得者が増えることで、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)も解消されるのかなと思います。

 経営目線だとメリット・デメリットで捉えられがちですが、家族や本人の幸せという心に訴えられるようになると変わってくると思います。

ーー人的リソースが限られる中小企業などが、男性育休を進めるためにはどうすればいいでしょうか。

 男性育休の取得だけではなく、働き方改革や女性の活躍推進、企業価値の向上も合わせて効果やメリットを検証し、企業ごとの理念に合致した取り組みで、経営陣の理解を得ることが大事だと思います。

 事業を継続しながら男性育休を促進するには、普段から業務分担やローテーションのあり方を工夫し、取得のための準備期間を十分に設けることが大切ではないでしょうか。

 積水ハウスも育休促進を「男性育休3・2・1アクション」としています。3カ月前に家族と、2カ月前に職場と話し合い、1カ月前に取得計画書を提出する。そのくらいの準備期間が必要になるでしょう。

ーー22年4月から改正育児・介護休業法の施行が始まりました。

 企業側に育休対象者への周知義務を課し、産後パパ育休を創設したことで、企業に育休取得の動きが広がっています。この流れをどんどん進めていただきたいです。

ーー男性育休を進めるため、東京都は育休の愛称を「育業」に決めました。

 分かりやすくていいですよね。すごく賛同します。育休は「休めていいね」という反応になりがちですが、実際は「仕事の方が楽」という声が出るくらい、育児も家事も大変なんです。まさに「育児業務」という仕事ですよね。育児家事をしっかりするという考え方が、普及するといいなと思います。

ーー男性育休の推進も含めたダイバーシティ経営に向けて、経営層の役割も大きくなっています。

 働き方は多様になっています。会社の資源を必要なところに手厚く配分し、一人ひとりを生かす制度やサポートが、企業に求められます。男性育休も必要な人が必要なときに必要な期間を取れるようにしなければいけません。

 育児家事の経験は、本人だけでなく周囲やお客様にもメリットになります。育休に限らず、従業員の自律的なキャリア形成をサポートすることが、お客様や社会の幸せにつながります。我々もしっかり取り組んでいきたいと思います。

――次に、特別育児休業制度を取った杉山さんにもお話を伺います。まず担当業務と制度の取得時期を教えて下さい。

積水ハウス東京北支店マネージャーの杉山優さん(撮影:植原みさと)

 戸建ての請負業務を担い、12人のチームを率いるマネージャーです。子どもは小学校1年生の長男、幼稚園年中の長女、1歳の次女の3人です。

 制度は、長女が1歳を過ぎた2018年11月から、2週間、1週間、1週間の3回に分けて取りました。次女が生まれた直後にも1週間取得しています。

――制度ができる前、男性育休への意識はいかがでしたか。

 長男が生まれた2016年は今のような制度が無く、男性育休の習慣も知識もありませんでした。妻は里帰り出産したのですが、私は2、3日くらいしか休んだ記憶がありません。

 18年に特別育児休業制度ができたときは「やった!」と思いました。住宅業界は古い体質の面もあるのですが、これからは時代に沿った流れになるんだなと。妻からは「すごく画期的。どんどん活用して」と言われましたね。

――育休前、仕事の引き継ぎはどうしましたか。

 最初は自分がいないと回らないんじゃないか、トラブルもすぐに対応できないのではなど色々考え、お客様の状況など細かく引き継ぎました。

 でも、育休期間中も部下はきちんとやってくれたし、みんな優秀なんですね。今まで細かいことを言いすぎていたのではと反省しました。

――「家族ミーティングシート」は役立ちましたか。

 妻と向き合って育児について話せたことが良かったです。今まではそんな機会が無かったので。私が思うより、妻には何倍もやることがあると気付かされました。

――育休中はどのように過ごしましたか。

 私は延々と長男と長女の相手をし続け、その間に妻が好きに家事をやったり、外出したりして過ごしました。

 子どもはこちらが予想しない動きをするので、本当に大変でしたね。妻は子どもといるだけで疲れるだろうなと。

 育児をする妻がどれだけ大変なのかが分かり、接し方も変わるようになりました。それが育休取得で一番良かったことだと思います。

――育休を経験して仕事の面でプラスになったことは。

 私は家を販売する仕事をしているので、お客様ご家族の中でも、特に奥様やお子様の気持ちが分かるようになりました。今までは気付きにくかった思いに、より共感し、提案しています。

 例えば、子どもをお風呂に入れた後、どこで髪の毛を乾かすのか。台所などの水回りとリビングが遠いと不都合ではないかなど、色々と考えています。あとはおもちゃなどの収納スペースも大切ですね。子どもって数分間目を離したら、おもちゃを散らかしてしまうので。

インタビューに答える杉山さん

――管理職としては育休取得をどのように推進していますか。

 まずは上司が取らないと部下は取らないですよね。そのうえで、私からは「積極的に取りなさい」と言っています。自己成長を考えると、やっておいて損ではなく家庭にも仕事にも生きる話なので。

 私が所属する東京営業本部では21年4月から、組織営業体制を取っています。今までは同じお客様を1人で担当する属人的な体制でしたが、必ずもう1人、2人付けるようになりました。

 育休だけでなく、総労働時間の削減、生産性、お客様の満足度を考えると、単独で仕事をする時代ではありません。育休などで担当が1人抜けても影響は無くなりました。

 人数が少ない組織などは、1人が抜けた時の戦力ダウンが大きいかもしれません。ただ、私も最初はそう考えていましたが、組織で対応する体制にすれば、仕事がカバーできていい方向に進むのではないでしょうか。

――男性育休を取ろうと考えている方へのメッセージをお願いします。

 子どもがいない上司などから「休みを取った分、仕事で結果を出せ」と言われるような会社もあるかもしれません。そうなると部下は取りにくいですよね。私自身は管理職として、そういうことは言わないようにしています。

 育休を取るにあたって、周りのことは気にしなくていいと思います。仕事は何とかなるし、自分が思うより周りは優秀です。私も育休を取ったことで「もっと部下を信頼しないといけない」と考えるようになりました。