目次

  1. 数字の上は優良企業でも…簿外債務の罠
    1. ケース①:1万円分のポイントを大量発行 実質1億円の債務が発覚
    2. ケース②:サービス残業が常態化…未払い残業代が10億円に
    3. ケース③:有害廃棄物や帳簿ごまかし…「書類だけではわからない」
  2. 売却から数年後に巨額の賠償も 契約上のリスク
    1. ケース④:「事業計画と違う」…売却から数年後に巨額の損害賠償請求
    2. ケース⑤:「名義変更」の見落としに注意 商標権などの移転忘れも
  3. 会社を動かすのは「人」 最も予想外が起きやすい
    1. ケース⑥:反発・病気…頼りのキーマンが抜けて大ピンチ
    2. ケース⑦:早すぎる「買い手側企業との面談」が事業存続の危機
    3. ケース⑧:不景気時に増加?怪しい「買い手企業」に要注意
  4. 円滑なM&Aへ 適切なアドバイザー選びを

 M&Aの過程で、買い手側は売り手側の財務諸表をチェックします。しかし、BSやPLに載らない、いわゆる「簿外債務(財務諸表に無い債務)」を見落としてしまい、M&A後に思わぬリスクとなって現れる場合があります。

 実際にあった事例ですが、ある会社が、1万人の会員を持つWeb系の消費者向けECサービスの事業を、2億円で買い取りました。しかし、サービスでは新規入会者に対し、1万円相当のポイントを入会者に発行するという大盤振る舞いをしていたことが後々わかります。

 サイト内でのみ利用できるこのポイントは債務ではありながら、貸借対照表に負債としては全額記載されていませんでした。しかしユーザーがこのポイントを利用することを考えると、本質的には1万円×1万人=1億円の債務を負っているのと同じことになり、売上拡大に向けていきなり重荷を背負ってのスタートとなってしまいました。

 また、未払いの残業代がM&A後に巨額の債務に膨らんだケースもあります。

 とある大手企業が飲食チェーンをM&Aで買い取ったものの、サービス残業が常態化していたことが発覚。自社のコンプライアンスに照らし合わせて未払いの残業代を支払おうと法律を基準に未払い額を計算した結果、10億円にまで達していました。

 また、パワハラ・セクハラなどで係争中の案件が買収交渉中には顕在化しておらず、買ったあとに損害賠償の支払いが発生するリスクもあります。

 他にも、売り手企業が別の個人から買収していた工場敷地の地下に有害な廃棄物が埋められていることが発覚したケースや、売り手側が会社の現預金を操作し、帳簿をごまかす事例など、書類だけの数字にとらわれてしまった結果、リスクを見落としてしまう失敗事例はよくあります。

 これらを見抜いてリスクを抑えていくのがM&Aアドバイザーの仕事ですが、近年の現場では、取引を成立させることだけを優先し、こうしたリスクに目を向けないアドバイザーも一定数いることを耳にします。

 M&Aアドバイザーに一番重要なものは株の知識、財務の知識だけではありません。売り手のアドバイザーには倫理的視点、買い手のアドバイザーには交渉、捜査能力が必要になります。

 これまで説明したリスクは買い手側の買収後のリスクに関する話でしたが、売り手側にも当然、思わぬリスクが生じる場合があります。そのひとつが「表明保証」です。

 表明保証とは、M&Aの取引で、買い手側が売り手側に対し「ここまで開示した情報が真実・かつ正確なものであること」を保証する契約のことです。しかし、内容をよく吟味しないまま契約したために大きな賠償リスクを負ってしまう場合があります。

 特に問題になるのが事業計画のような、未来の予想を伴う資料などです。

 未来や想定が含まれるため、その内容は確実とはいえません。一方で、買収時の株価は事業計画が反映された価格となります。

 もし、経営権の移動後、事業計画で見込んでいた契約が取れなかった等、事業計画が大幅に下振れするようなことがあったら、その責任はどうなるでしょう?

 契約によりますが、会社を売った数か月から数年後に、表明保証違反として多額の賠償金を請求される場合があるのです。

 保証の範囲を線引きしておくなど、リスクを避けるための打開策はもちろんあります。買い手側に言われるがまま表明保証をするのではなく、しっかりと内容を交渉することが大切になります。事前にきちんと確認しましょう。

 契約に関するリスクは他にもあります。

 たとえば、買収によって上司や方針が変わったことで、重要なキーパーソンが納得できずに辞めてしまうケースです。それにより事業が存続できなくなった場合、買い手側から当初の話(体制)と違うと言われた場合、どうされますか?

 経営権を移動したのに、会社の連帯保証人の名義は売り手の代表者のまま放置してしまった……といったリスクもゼロではありません。

 特に非上場企業同士が直接やりとりをするような場合、サイトなどの名義の移動漏れや対応の遅れが大きな問題になる場合があります。商標権・知財の権利等も含め、きちんと名義を移転させる必要があります。

 これまで説明してきたような契約・会計上のリスクは、見落としやチェックさえ細かくしておけばよいものです。しかし、会社で働く「人」となるとそうもいきません。

 人それぞれに考えがあるわけですから、予想もしない様々なことが起きてきます。

 たとえば、買収によって上司や方針が変わったことで、重要なキーパーソンが納得できずに辞めてしまうケースです。それにより事業が存続できなくなった場合、買い手側から当初の話(体制)と違うと言われた場合、どうしますか?

 当然、M&Aの際にはロックアップ(M&A後の一定期間、役員などのキーマンとなる人物が在籍を続ける条項)を定めるのですが、憲法で職業選択の自由が認められているわけですから、完全に行動を縛ることは難しい場合があります。

 従業員も高齢の方が多い事業承継などでは、本人に在籍する意思があっても、思わぬ病気などで働けなくなってしまう場合もあります。

 よくある失敗例としてあるのが、M&A取引の初期の段階で、会社のキーマンを買い手企業の役員と面談させてしまうケースです。

 『自社が売却に向けて動いている』という情報は、従業員にかなりの不安を与えます。

 そのことを想定しないまま、買い手や買い手のアドバイザーに言われるまま、取引が確実ではない早い段階においてキーマンを会わせてしまうと、どうなるでしょう?

 売却がうまくいけばまだよいですが、そのあとM&Aが破談になってしまった場合、従業員には不安だけが残ります。キーマンが退職し、事業の存続自体が難しくなる…ということになれば、どれほどの損害でしょう。

 一方で、買い手側も当然キーマンとは面談する権利があり、それがないと価格も出せないと言われる場合があります。

 そのため、「M&Aの可能性について検討をしていることがキーパーソンにわかってしまったのに、買収は実行されなかった」ことが起こる確率を下げて交渉する必要があります。

 具体的には、キーパーソンの面談の前に基本合意書などの契約を締結し、買収について基本的な合意契約を締結することなどが挙げられます。

 細かい交渉術などは直接話し合いをするともめることもあり、M&Aアドバイザーが代理で契約の調整、キーパーソンの面談の調整を行うことも多くあります。

 また、会社の背後に暴力団などが存在しないかどうかを確認する、いわゆる「反社チェック」についても慎重に行う必要があります。売り手側の会社をチェックすべきという論調はよく見られますが、売り手側もまた、買い手側の企業がどういう会社なのかよく確認しておくべきでしょう。

 コロナ禍において、多くの企業が弱っている現状、M&Aが「表に出せない」マネーロンダリングに利用されるケースもあります。

 バックグラウンドはわからないが、なぜかお金をたくさん持っている……という買い手企業と取引をした結果、後日大変な問題に発展する場合があるのです。

 このように、M&Aには様々な「見落とし」や「想定外」が思わぬリスクとなる例が多くあります。それらを回避する対策は色々とありますが、最終的には売り手側と買い手側がきちんと信頼関係を築けるか?という点が重要となってきます。

 買い手側の担当者が「買ってやる」という態度をあからさまに見せ、売り手側のメンツを潰してしまったり、売り手側が先に伝えるべき状況を隠してしまったり……。

 M&Aにおける失敗事例の多くは、感情・情報の行き違いが発端です。だからこそ、間をきちんと取り持ち、前述のような倫理感と調査能力、打開策提示力を持つ実績のあるM&Aアドバイザーの存在が重要になるのです。

 数字だけを見てドライな仲介をするだけでは、売り手側としても買い手側としても、満足いくような結果は絶対に得られません。

 買い手様と売り手様の将来を考え、契約に反映させる。きちんと両者それぞれの間に立ちながらアドバイスできる。そんなアドバイザーを探すことが、適切なM&Aを実現する唯一の手段であるといっても過言ではありません。