M&Aに欠かせない調査と対話 買い手企業が見るべきポイントを解説
M&Aによる事業拡大を決断した買い手側の後継ぎ経営者は、譲渡先の候補企業の買収調査をやり遂げなければいけません。買収して終わりではなく、自社とのシナジーを生み出すには譲渡先の従業員との丁寧なコミュニケーションも欠かせません。M&Aを具体的に実行する時のポイントを、実際の買収検討事例を交えて解説します。
M&Aによる事業拡大を決断した買い手側の後継ぎ経営者は、譲渡先の候補企業の買収調査をやり遂げなければいけません。買収して終わりではなく、自社とのシナジーを生み出すには譲渡先の従業員との丁寧なコミュニケーションも欠かせません。M&Aを具体的に実行する時のポイントを、実際の買収検討事例を交えて解説します。
目次
M&Aに至るまでの流れを整理すると、まずは候補企業にアプローチした後、経営者同士の考え方を意見交換するトップ面談を複数回実施します。それと同時並行で、Q&Aによる確認事項の解消も進めていきます。
これらをもとに、両社が前向きにM&Aを進めることになれば、基本合意契約(LOI/MOU)を締結し、売り手側から買い手側へ独占交渉権を与え、買収調査(デューデリジェンス、以下DD)のフェーズに移行します。買い手側は基本合意契約の締結前から、候補企業の情報をある程度見てはいますが、本格的に調査ができるのはDDフェーズからです。
DDとは、買い手側が候補企業への投資や買収の適格性を判断するための調査全般を指します。その目的は、候補企業の事業評価や財務・税務の実態の分析、法務面の調査などを通じて正確な姿を把握し、潜在的リスクへの対応策、M&A後の経営課題やそのソリューションを検討するためです。
DDは買い手側が自己負担でその分野に精通する専門家に依頼して実施します。例えば、財務・税務DDは公認会計士や税理士、法務DDは弁護士が担当することが一般的です。
筆者の所属企業ではクライアントがM&Aを進める際、必ずDDの実施を推奨しています。買い手側は、小さい企業を買収する際にDDを実施せず、譲渡契約書の表明保証という項目の中で縛りをかけようとする企業もあります。
表明保証とは買い手と売り手の双方が、開示した資料や情報が真実かつ正確であることを表明し、相手方に対して保証することをいいます。買い手は短期間で売り手の情報を精査する必要がありますが、全てを追い切れるわけではありません。
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この情報格差は買い手にとってリスクになるため、表明保証条項を使ってリスクを軽減させます。売り手側で表明保証に記載されている項目について、譲渡契約後に異なる事実が発覚した場合は、買い手は損害賠償請求などができるわけです。
これを活用して、表明保証に包括的な文言(例:売り手側の開示した資料は全て正しく、簿外債務や法令違反はない)を入れることで、DDをしなくても売り手側の法令違反や経営管理上の不備を理論上は問うことができるようになります。
しかし、そもそも買収前にリスクに気付いていればM&Aを進めていなかったということもあります。候補企業が抱えるリスクを確認することは、買い手の「責任」であることを忘れてはなりません。
DDには種類があり、事業内容を把握するビジネスDD、財務諸表や税務申告書などの数字面を確認する財務・税務DD、契約書や規定などを確認する法務DDがよく実施されます。買い手側はM&A1件あたりにかけられる調査費用の総額や重点項目を踏まえ、実施する調査を決定します。
DDを進めるためのポイントは二つあります。一つ目はどれだけコスト面が気になっても、財務・税務DDは実施するということです。
売り手側の概要をある程度知っていれば、自社内でも事業内容の把握は対応可能です。しかし。財務・税務面での不備は、M&Aの実行後に気付いたのでは遅い場合があります。
特に財務面では、候補企業が粉飾決算を行っていないか、税務面では脱税、税務申告漏れなどがないかを確認します。粉飾決算・脱税の確認は一筋縄ではいきませんが、候補企業の総勘定元帳や月次試算表、在庫一覧の推移を見ることで、不自然な数値の変化がないかを判断します。
また、毎年の税務申告書の内容もチェックし、記載漏れがないかを確かめます。これらは、もし発覚すればM&A自体を中止するような重大事項に該当します。
ある案件で、上場企業が中小の印刷業の買収を検討した事案がありました。しかし、財務・税務DDの結果、会計処理に不適切な処理が見受けられました。本来、翌期に計上する売上高を前期末に計上し、決算書上の業績が良く見える形にしていたのです。
これらの処理を修正して「適正な決算書」に直すことも可能です。しかし、上場企業側からみれば修正すれば良いわけではなく、そもそも候補企業が不適切処理を容認していることがコンプライアンス上、問題視されました。
その結果、DD終了時点で本件は見送りになりました。DDはリスク発見の場であると同時に、候補企業のコンプライアンスや風土を確認する場ともいえます。
二つ目のポイントは、DDでどこまで調査をするかという「深さ(密度)」を事前に決めておくことです。
リスク把握の観点から網羅的に調査する場合もあれば、ヒアリングだけで終える場合もあります。
「調査の深さ」は、費用との兼ね合いや調査対象となる事業の範囲、物理的に調査が可能か否かなどによって左右されます。調査費用は、DDの種類によって異なります。財務・税務DDは数百万円する場合があります。
また、法務DDも数百万円かかる場合がありますが、その他にも弁護士が調査にかかった時間をタイムチャージする方式もあります。DDを担当する専門家と調査項目・費用について事前に打ち合わせ、詳細を決めておくことをお勧めします。
DDが完了すると、その結果をもとに最終交渉に入ります。買収するかどうかの判断をするステップとして、以下の3点が挙げられます
①自社のM&A戦略に合致しているか
②DDで重大なリスク事項がないか
③最終交渉において、買収価格・候補企業の経営者の待遇面などの条件がまとまるか
これまでご一緒した案件では、①、②で予期しない事項が出てこない限りは譲渡契約まで進む案件が多かったように感じます。
M&A戦略(候補企業の絞り込み、自社の投資予算)に合致するかどうかで1次スクリーニングがかかり、DDの実施によってリスク事項に関する見通しも立てば、M&Aを実行する流れが強くなると考えられます。
①、②が固まっていれば、後継ぎ経営者の皆様が自社の幹部を説得する際の材料にもなります。
最終交渉では、条件(買収価格、候補企業の経営者の待遇、従業員の処遇、DDで見つかったリスクへの対応など)のすり合わせが行われます。買収価格はDDの結果で調整される場合がありますが、大きく買収額が減少することはまれです。
DDは買収価格の引き下げが目的ではなく、あくまでもリスク発見の場であるためです。また、買収価格を大きく減額する場合には、折り合いがつかずに案件自体が終了することもあります。
買収条件が固まった後から、後継ぎ経営者の皆様にとってある意味「勝負」が始まります。
条件が固まると譲渡契約書を締結し、交渉は終了します。しかし、M&Aはここで終わりではありません。M&Aが成功と言われるためには、買収後に売り手企業を成長させなければなりません。その第一歩は売り手側の従業員との顔合わせです。
売り手側の経営者は自社の従業員に伏せたままでM&Aの話を進めるのが一般的で、買い手側が譲渡契約締結前に売り手側の従業員に会えることはまれです。
譲渡契約締結日に従業員に説明し、その流れで新経営者が従業員にあいさつと今後の方針を話すことになるでしょう。
従業員への説明では、大きく二つの点に注意が必要です。一つは従業員を安心させること、もう一つは新経営者が新しいビジョンを示すことです。
従業員から見ると新しい経営トップである後継ぎ経営者の皆様は外様です。外部からやってきた経営者がいきなり変化を明言すると、不安を与える可能性があります。
従業員の雇用はこれまでと変わらないことをまず伝えた上で、「皆様の声を聴きながら、新しいビジョンを打ち出していく」というメッセージを出すことが重要です。
一方、従業員に迎合するだけでは経営者としての役割は果たせません。新しいビジョンは後継ぎ経営者の皆様から示す必要があります。ただし、事前に従業員全員と面談したり、売り手側の経営課題を把握したりした上で打ち出しましょう。
中長期的には買い手企業の企業風土に近づけていくことが必要ですが、最初の段階でそれを行うと変化に付いていけずに退職してしまう場合が多いです。
シナジーとは小さな成功体験の積み上げです。最初は「一緒に取り組んでいきましょう」というメッセージを込めて、双方の従業員を交えてシナジーを生み出すための検討チーム(または分科会)を組織し、その中で検討を重ねていくことが有効です。
最後にM&Aにおける企業風土の統一の難しさを示す事例を二つ紹介します。
年商約50億円の卸売業A社は、同業他社B社を買収しました。A社の社長は、先代から会社を引き継いで以降、営業力を磨き上げ、売上高を伸ばしてきました。今回のM&Aは戦略上、取引先・商圏が魅力的であることから実施しました。
譲渡契約後、A社社長はまず事業方針をB社に伝え、自社の業績管理手法をB社に導入。毎月経営会議を実施しました。
A社の業績管理は各担当者の個人成績を重視し、個人実績の積み上げに重きを置いていた一方、B社は旧オーナーが営業活動の前線に立ち、熟練の担当者が取引先をフォローして、個人成績よりも組織全体で数値目標を達成していくものでした。
進め方の明らかな違いから、B社の社員がほどなくして退職したいという相談をしてくるようになりました。
年商約100億円のサービス業C社は、マーケティング会社D社を買収しました。C社は現経営陣に代わったころからM&Aに積極的でした。
買収後、C社は大きく3テーマの分科会を立ち上げ、D社の従業員も交えて数値目標にとどまらず、実施項目(アクションプラン)を設定しました。プランの中には、コスト削減策などのネガティブな項目もありましたが、分科会内で意思統一を図りました。
最終的に決めた目標を、両社の分科会メンバー全員が集う場で発表し、共有しました。以降は進捗を各分科会で確認しながら、小さな項目でも実行できたら共有し、ほめる形を作りました。D社の離職者は買収後から1年以上が経過しても全体の数%程度です。
A社とC社の違いは目標設定の過程にあります。売り手側企業を成長させるには、従業員の離職をまず最小限にとどめなければなりません。そして、定性面と定量面から目標を設定し、売り手側企業の考え方も尊重する必要があります。
C社はD社の意見をうまく拾い上げて目標設定をしていることから、D社内にも納得感があったと推察されます。
M&Aを成功に導くために、後継ぎ経営者に求められることは売り手側企業の経営資源を最大限に活用できる仕組み作りと言えます。買収によって単純合算で売上高や利益を伸ばすことを目指すのではなく、グループインした貴重な経営資源をうまく活用するという視点でM&Aに取り組むことが必要です。
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