目次

  1. 中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画とは
  2. 官公需も含めた価格転嫁・取引適正化
    1. 官公需における価格転嫁策の強化
    2. 労務費等の価格転嫁の更なる推進
    3. 知的財産の保護強化と活用促進
  3. サービス業を中心とした中小企業・小規模事業者の生産性向上
    1. 12業種別の「省力化投資促進プラン」
    2. 成長企業の支援や地方企業の人材確保も
  4. 事業承継・M&A等の中小企業・小規模事業者の経営基盤の強化
    1. M&Aの売り手側支援強化
    2. 官民のM&A支援機能強化
    3. 優れた買い手へのマッチング支援等
    4. 地域金融機関のコンサル促進
    5. 事業承継税制等の検討
    6. 経営者保証に依存しない融資促進と承継時の解除促進
  5. 地域で活躍する人材の育成と処遇改善

 政府の新しい資本主義実現会議の資料によると、政府は、2029年度までの5年間で、日本経済全体で、持続的・安定的な物価上昇の下で、物価上昇を1%程度上回る賃金上昇を定着させる目標を掲げました。

 しかし、中小企業・小規模事業者は、経営者の高齢化を背景とした黒字廃業の増加、人手不足感の深刻化に直面しています。また、物価高騰の中で、コスト増を価格に転嫁できない構造的な問題も存在します。賃上げを可能にするためには、まず企業がその原資を確保できる環境整備が不可欠だとしています。

 中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画とは、日本の雇用の7割を占める中小企業・小規模事業者が物価上昇に負けない賃上げをできるよう、2029年度までの5年間で集中的に取り組む政策を取りまとめたものです。

 具体的には、以下の4つの柱を中心に展開しています。

  1. 官公需も含めた価格転嫁・取引適正化
  2. サービス業を中心とした中小企業・小規模事業者の生産性向上
  3. 事業承継・M&A等の中小企業・小規模事業者の経営基盤の強化
  4. 地域で活躍する人材の育成と処遇改善

 価格転嫁は徐々に改善傾向にあるものの、「全くできない」と回答する企業も依然として存在します。特に国・独立行政法人等および自治体による発注である官公需は、適切な価格転嫁が中小企業・小規模事業者の賃上げ・投資の原資確保に直結します。

 そこで、官公需について、物価上昇や最低賃金の上昇に対応できるよう、予算における単価や発注における予定価格に適切に反映させるようにします。契約後の状況に応じた契約変更も対応します。

 低入札価格調査制度は、国・独立行政法人、自治体などが最低制限価格に満たない入札を行ったものを落札者としない制度です。十分機能していなかったり、そもそも導入していなかったりするケースも多いため、きちんと運用し、工事以外の請負契約にも導入します。

 また、価格以外の要素(地域要件、新技術等)を評価する取り組みを徹底します。スライド条項等の契約約款ひな形作成・周知や、著しく低い価格での応札を防ぐ確認等を実施します。

 労務費を含む中小企業・小規模事業者の価格転嫁率は全体では改善傾向ですが、たとえばトラック運送・広告・放送コンテンツなどの業種ではさらに改善が必要であり、同時に、中小企業間や中小企業・小規模事業者間の価格転嫁も課題となっています。

 そこで、以下のような対応をとります。

  • 下請法改正等による執行体制強化
  • パートナーシップ構築宣言の拡大と実効性確保
  • 労務費転嫁指針のサプライチェーン全体への徹底
  • 労働基準監督署の活用
  • 官民でのデフレマインド払拭

 このほか、中小企業・小規模事業者の知財侵害を防ぎ、稼ぐ力を高めるため、知財経営リテラシー向上や侵害抑止、活用促進にも取り組みます。

 人手不足が深刻化するなかで、生産性向上が不可欠です。政府は、2029年度までの5年間を集中取組期間とし、官民でおおむね60兆円程度の生産性向上投資を目指すとしています。

 実現に向けて、最低賃金の引上げ影響を大きく受け、人手不足が深刻と考えられる以下の12業種について、業種別の「省力化投資促進プラン」をつくりました。それぞれ2024年度比で2029年度時点の労働生産性に目標値を定めました。

飲食業

 2029年度までに労働生産性35%向上を目指す。人手不足が、調理・接客・店舗管理のすべての工程で顕著であり、調理・接客ロボット、モバイルオーダー、ITツール導入等を推進。規模や業態に応じた細やかな省力化の指針や優良事例等をまとめたガイドブック(業界行動計画)を2025年度中につくり、優良事例表彰する。

宿泊業

 2029年度までに労働生産性35%向上を目指す。長期的に人手不足状態が続いており、PMS(予約等管理システム)、自動チェックイン機等の導入を推進。観光地・観光産業における人材不足対策事業や旅館業法フロント規制緩和等で後押しする。中小企業省力化投資補助金、IT導入補助金や、「賃上げ」支援助成金パッケージ等の活用を推進する。

小売業

 2029年度までに労働生産性28%向上を目指す。小売業は労働集約的な産業であり、生産性も他業種と比べて低い。接客対応やレジでの精算、店内清掃等の店舗運営に大きく人手を要しているため、POSレジ、シフト管理システム、掃除ロボット、遠隔接客システム等の導入を推進。優良事例集作成、業界団体とも連携した情報共有体制や説明会、セミナーなどを開催する。

生活関連サービス業(理容業、美容業、クリーニング業、冠婚葬祭業)

 理容・美容・クリーニング業は29%、冠婚葬祭業は24%の生産性向上を2029年度までに目指す。理容業、美容業、クリーニング業は、中小零細企業や個人・家族経営が多く、経営者の高齢化が進んでいるため、自動券売機、POSレジ、会計管理システム、顧客情報一元管理システム等の導入による店舗運営・事務作業の省力化を推進。

その他サービス業(自動車整備業、ビルメンテナンス業)

 いずれも2029年度までに労働生産性25%向上を目指す。とくに自動車整備業は、専門学校への入学者が20年で半減し、人手不足と高齢化が進展し、省力化が急務となっている。自動車整備業はスキャンツール導入等、ビルメンテナンス業は清掃ロボットや勤怠管理システム導入等を推進。

製造業

 2029年度までに労働生産性24%向上を目指す。繊維工業、プラスチック製品製造業、食品製造業等の一部の製造業では、中小企業の割合が高く、労働集約的な業態であることから、全産業平均よりも労働生産性が低い状況にある。そのため、ロボット・IoTシステム導入による製造工程効率化、会計システム導入による管理業務効率化等を推進。多品種少量生産対応ロボットの開発支援等も実施。

運輸業

 2029年度までに鉄道18%、自動車(物流)25%、自動車(旅客運送)26%、水運22%、造船・舶用工業等含む輸送用機械器具製造業21%、航空5%(実質値)の生産性向上を目指す。運輸業はいずれの分野においても人手不足が深刻化しており、紙での情報管理も残っていることから、運行・勤務管理システム、配車アプリ、自動化機器等の導入を支援する。

建設業

 2029年度までに労働生産性9%向上(実質値)を目指す。将来的な人手不足を見込んだ労働生産性が喫緊の課題となっているため、ICT活用(遠隔監視、ドローン測量)、現場・バックオフィス業務システム導入等を推進。ICT指針・事例集の周知、技術者専任義務緩和等も実施。 年間実労働時間を全産業平均並みに減少させることも目指す。

医療

 労働生産性向上を通じ、医師・看護師の時間外労働削減や配置基準見直しを目指す。省力化を具体化する施策として、看護業務の効率化に資する電子カルテへの音声入力及びバイタルサイン値等の自動反映、インカム等の導入支援、医師の労働時間の短縮に資するICT機器の導入支援、中小・小規模事業者に対するIT導入補助金の活用を進めていく。2030年までに概ね全ての医療機関での電子カルテ導入を目指す。

介護・福祉

 介護分野では2029年までに業務効率化8.1%、2040年までに33.2%の業務効率化(人員配置の柔軟化)を目指す。障害福祉分野では、ICT活用等により業務量の縮減を行う事業所の比率を2029年に90%以上を目指す。インカム、音声入力、見守りセンサー、移乗支援機器等のテクノロジー活用している事業所があるので、介護分野における生産性向上ガイドラインをセミナー等も通じて広く周知するとともに、介護現場の生産性向上の取組が特に優れた介護事業者を表彰し、事例集を作成・周知する。

保育

 ICT導入等により、保育士がこどもと向き合う時間を確保。計画・記録、保護者連絡、登降園管理、実費徴収のキャッシュレス化(いわゆる4機能)といった周辺業務のICT活用を推進。ハンドブック周知、システム導入補助、保育ICTラボ事業等を実施。2029年度までに事務作業時間10%減少を目指す。

農林水産業

 農業は1経営体あたり生産量1.8倍(2030年)、林業は木材生産性50%向上(2030年)、水産業は漁業生産量30%向上(2030年)をそれぞれ目指す。スマート農業技術活用促進、スマート林業技術開発・実装、スマート水産業普及推進事業等により省力化・生産性向上を促進。

 また、「100億企業」が次々と生まれてくるメカニズムを構築するため、売上高100億円を目指す成長志向の中小企業の大胆な投資への支援(成長加速化補助金等)を進めるほか、経営強化税制の活用、リスクマネーの供給促進等を通じ、中小企業・小規模事業者の成長投資を後押しします。

 地域の人材確保・育成にも取り組み、都市部の経営人材が、副業・兼業の形式で週に1回程度、地方の中小企業等の経営に関与する「週1副社長」といった副業・兼業の促進や、経営人材マッチング機能の強化を進めます。

 相続税・贈与税の 100%を猶予する事業承継税制(特例措置)に関し2025年度与党税制改正大綱で「事業承継による世代交代の停滞や地域経済の成長への影響に係る懸念も踏まえ、事業承継のあり方については今後も検討する」と書かれていることもふまえ、事業承継に係る政策について検討を進めます。

 中小企業・小規模事業者の経営者が、自らの意向や経営基盤の状況に基づき、事業承継・M&A 等の選択肢も含めて先々の経営判断を計画的に行える事業環境を社会全体として作り上げる観点から、中小企業・小規模事業者の事業承継・M&Aに関する様々な障壁を取り払うための「事業承継・M&Aに関する新たな施策パッケージ」を作ります。

 M&A後の不安解消(買戻し・解除スキーム検討)、経営者の再チャレンジ支援(廃業・再チャレンジへの補助金活用)、取引相場の醸成(M&A取引データ公開)、事業承継・全国キャラバン実施(事業承継・引継ぎ支援センターに経営者を紹介することに対するインセンティブを検討)、財務状況把握支援、事業承継・引継ぎ支援センターの周知等を進めます。

 M&Aアドバイザーの質・倫理観向上のための新たな資格制度検討や、事業承継・引継ぎ支援センターの体制強化(金融機関・専門家活用、エリアを超えたマッチング促進)に取り組みます。

 経営能力のある個人・企業へのマッチング(サーチファンド・事業承継ファンド後押し)、計画的なPMI(Post Merger Integration)推進(PMIの重要性周知、補助金活用)を促します。

 地域金融機関が事業継続のためのコンサルティングを積極的に行い、事業承継・M&Aを含むプラン検討を促します。

 相続税・贈与税の猶予制度である事業承継税制(特例措置)を含め、事業承継政策のあり方を検討します。

 金融機関に対し、「経営者保証に関するガイドライン」に沿った対応を徹底し、新規融資での経営者保証の減少、M&Aや事業承継時の経営者保証解除の促進に取り組みます。

 それぞれの地域で労働者個人が活躍できる環境を整備し、賃上げの流れを地方にも波及させることを目指します。

  • デジタル技術等も活用して生産性を高めつつ、より高い賃金を得るアドバンスト・エッセンシャルワーカーの育成
  • 保育・介護等、一定の資格や実務経験を持つ人材も含めた幅広い労働者のリ・スキリング支援
  • 労働者が社内外の職種の需給動向や、リ・スキリングで得られるスキル・賃金水準を把握できるようスキル・賃金水準の可視化と情報提供
  • 医療・介護・保育・福祉等の現場での公定価格引上げ