M&A候補の探し方や調査項目を解説 家業とのシナジーを測るポイント
家業の成長を目指すためにM&Aを視野に入れる後継ぎ経営者は、まず何から始めればいいのでしょうか。M&Aのコンサルティングを手がける専門家が、買収先の企業の見つけ方や、家業とのシナジーを生み出せるのかを見極めるポイントについて、実例などをもとに解説します。
家業の成長を目指すためにM&Aを視野に入れる後継ぎ経営者は、まず何から始めればいいのでしょうか。M&Aのコンサルティングを手がける専門家が、買収先の企業の見つけ方や、家業とのシナジーを生み出せるのかを見極めるポイントについて、実例などをもとに解説します。
連載第1回で、M&Aの公表案件数が増加傾向にあると説明しました。そもそも経営者がM&Aを積極的に活用する理由は何でしょうか。
M&Aは経営上の重要なテーマを解決する「手段」です。自社の経営課題を認識しつつ、「自力(自前)でやりきることは人員、時間、難易度の面から難しい」と結論づけたときに、M&Aを検討するというパターンを目にします。
外部の力を活用する方法は、単なる取引(外注)から、業務提携、資本業務提携(一例として株式所有割合が過半数まで至らないマイノリティー出資の場合)、M&A(経営権を取得する場合)に至るまで、資本の結びつきの度合いで分けられます。
資本的な結びつきが強いほど経営に及ぼす影響力が高まるので、自社の経営方針に沿った形で運営するなら、M&Aのように100%支配下に置くことが求められます。
一方、売上高を伸ばすためや特定の技術の強化など、範囲を限定した効果を求めるなら、リスクを背負ってM&Aをしなくても業務提携や資本業務提携で事足ります。得られる効果に基づいた提携方法を選ぶことが大切なのです。
では、ツギノジダイの読者である後継ぎ経営者の皆様が、資本業務提携ではなく、経営権の取得によって自社の課題の抜本的な改革を目指した場合、まず何から着手すればいいのでしょうか。次章以降で詳しく説明していきます。
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M&Aの候補となる企業探し(ソーシング)のフローを分解すると、大きく分けて「着手」「候補企業の具体化」「探索」という三つのステップからなります。それぞれのステップを詳しく見ていきましょう。
まず、後継ぎ経営者の皆様が「M&Aをしよう」と考えたとき、まずはM&Aの専門家に話を聞く「情報収集」が、最初のアクションになります。
M&Aの長いステップで、最初の「着手」に当たる部分です。ここでの「情報収集」とは、何も分からない状態からのスタートであり、M&Aの一般的な進め方を知るフェーズとお考え下さい。
その時には、仲介会社やコンサルティング会社、金融機関、士業、公的機関などM&Aの専門家との面談から始めましょう。
M&Aの専門家を見極めるポイントは、まず実績です。端的な指標としてはこれまでの成約件数や扱ったことのある企業規模、業種などになります。
次に「登録支援機関」か否かという点も、昨今の基準の一つになっています。
「M&A支援機関登録制度」は、中小企業庁が実施しているファイナンシャルアドバイザー(FA)と仲介業者の登録制度です。中小企業が安心してM&Aに取り組めるように中小企業庁が設定している「中小M&Aガイドライン」を順守しているM&Aの専門家を登録対象としています。
2022年1月時点では2278件の専門家が登録されています。これらを参考に、初期の相談相手を選びましょう。
知識や情報が少ない中でM&Aを進めると、進め方や手数料も専門家にお任せという状態になる場合があります。
これが後に専門家とのもめ事に発展することがあります。それらを防ぐために、チェック項目の中で特に注意すべきなのは、M&Aの希望条件を明確に専門家に伝えているか、専門家との契約内容(どのような役務を提供してくれるのか)、手数料の計算方法などが挙げられます。
口頭ではなく、書面やメールでやり取りが残るようにしておくと、後から争点になった際に対応しやすくなります。
続いて「候補企業の具体化」です。これは常に経営テーマとセットで考えます。
例えば、既存事業の売上高を伸ばしたい、新しい事業の柱を増やしたい、経営資源を確保したいなどといったように、主要な経営テーマの中で、どの課題を解決するためにM&Aを活用するのかを考えましょう。これがM&A戦略になります。
間違ってはいけないのは、M&Aの候補にしたい相手企業の状態を見て買うかどうかを判断するのが、最初に来るのではないということです。イニシアチブは常に買い手側にあります。
M&A戦略の構築により、狙う事業領域が決まれば、そこに属する候補企業をリスト化していきます。最初は詳細な絞り込みはせず、いったん狙う事業領域に属する候補企業をリストアップし(ロングリストの作成)、そこから詳細条件で絞り込みをかけます(ショートリストの作成)。これらのリストをもとに、アプローチを開始することになります。
候補企業をピックアップしたリストを基にアプローチを開始します。既に売り案件としてM&Aマーケットに出ている企業もあれば、これから案件化していく企業もあるでしょう。
まず前提として、M&Aマーケットに出ていない候補企業には、後継ぎ経営者側から声をかけて感触を確認する必要があります。そこで詳しい話を聞いてみたいと言われれば、M&Aの売り手となりうる可能性があります。
候補企業にアプローチする際に注目するべきポイントは以下の八つです。これはすでにM&Aマーケットに出ている案件、または声をかけて譲渡に興味があると反応した先に対してアプローチしていく場合になります。
①後継者の有無
②事業内容(業種・得意先)
③従業員(年齢・保有スキル)
④エリア
⑤業績(損益・財務)
⑥企業風土
⑦株主構成
⑧譲渡対価
まずは前提として、①~④は事前の公開情報でも確認できる可能性があるポイントで、候補企業をショートリスト化する際にも確認する内容です。この部分で買収する側の後継ぎ経営者の考えと相違があるなら、M&Aの候補とはなりえないでしょう。
①~④は自社が構築したM&A戦略と合致しているかどうかを見定めるポイントといえます。
①~④である程度戦略と合致していると判断した場合は、⑤以降の詳細情報を確認します。⑤及び⑥のような詳細情報を確認する場合は、秘密保持契約(NDA)を締結して開示をいただくことになります。
⑤業績はM&A候補企業の財務諸表を確認して把握します。特に、候補企業が戦略と合致していても、損益(PL)が悪化しておりグループ化しても立て直すことが難しい場合は、見送ることがあります。
財務面(BS)においても、使途不明金が返済されずに貸借対照表上に残っていたり、有利子負債が多かったりした場合は、リスクが大きいと判断して見送る場合があります。
逆に保有している不動産に大きな含み益がある場合などは、M&Aを積極的に進める理由になります。
⑥企業風土も買収前に確認しておく必要があります。風土が大きく異なる企業同士が一緒になってもうまくいかないケースが多いためです。
具体的にはM&Aを進める過程でのトップ面談を通じて、経営者の考え方や人柄、M&A候補企業の雰囲気を感じることで把握します。
企業風土を理解する上で見るべきポイントは、候補企業の「経営理念」です。創業時の精神も含めて経営理念の考え方や実践度について、トップ面談を通じて買収相手の経営者から読み取れるかどうかが判断のポイントになります。
中には、経営理念を明文化していなかったり説明ができなかったりする企業もあります。買収側は売り手の社長が経営理念を語れるかどうかをまず確認すべきです。語ることができなければ、従業員にも浸透していない場合が多いからです。
最後に、⑦株主構成と⑧譲渡対価です。これは①~⑥を通過してから見るポイントになり、買収時のスキームの設計などに影響を及ぼす項目です。
候補企業の株式が複数の株主に分散している場合、買収方法やかける工数が変わるので、状況を把握する必要があります。また、言わずもがなですが、譲渡対価は自社の投資予算内に収まるかどうかを確認します。
買収先とのシナジーには、定量的なものと定性的なものがあります。後継ぎ経営者の皆様は家業を引き継いでいる場合が多いと思います。家業である既存事業をM&Aを活用してどのように強化するのか、という視点でシナジーを見ていきましょう。
まず、定量的なシナジーには、売上高を押し上げる要因をもたらす売上シナジー(収益シナジー)や、コスト削減効果をもたらすコストシナジーがあります。
売上シナジーは単純に売上高を合算した増加分だけでなく、クロスセリングや販売チャネルの増加、ブランド力の向上による売上高の増加も考えられます。
コストシナジーについては、M&Aによる規模拡大で営業所の統廃合や仕入れ、その他のコストをまとめることで規模のメリットを生み出し、コストを引き下げることが考えられます。
一方、定性的なシナジーとしては、候補企業の人材や製造設備を活用して、サービス・製品の品質の向上を図ることが考えられます。例えば、不足している人材をM&Aを活用して確保することでより細やかなサービスが可能になります。
また、規模は大きくなくても熟練の技術を持っている会社を買収した場合、その技術を取り込むことで、買収側の企業価値の更なる向上につながる場合があります。
それでは、自社に合致する買収先企業をどうやって見極めるのでしょうか。実際にあった小売業B社のケースを紹介します。
結論から申し上げると、B社は食品製造業の会社の買収を検討していましたが最終的には見送りました。
B社は前述した①~⑧の項目に従ってM&A候補企業を見極めていきましたが、最後に大きなポイントになったのは、シナジーを定量的に想定できるかどうかという点でした。
初期情報から事業内容や従業員、エリアなどは問題なかったのですが、ネックになったのは候補企業の「開発力」でした。
長年、主力商品以外の開発ができておらず、その主力商品の売上高も緩やかに減少傾向にあったのです。
小売業のB社としては販売は得意でも商品開発は異分野です。この部分の強みが候補企業にないと、買収に踏み切ることができません。最終的には開発力を含めた生産工程の調査を行い、買収を見送る判断に至りました。
候補企業の見極めでは複数のポイントを短期間で確認し、M&Aを進めるか否かを判断する必要があります。
M&Aをすることが「目的」になってしまうと、ブレーキがかからず勢いで最後まで進めてしまう、つまり良い点しか見えなくなることになりかねません。
M&Aは自社の経営戦略を実行するための「手段」であることを、最初に理解しておきましょう。
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