後継ぎとM&Aとの親和性は 踏み切る際のメリットやリスクを解説
事業承継にめどをつけた後継ぎ経営者の中には、M&Aによる事業ドメイン拡大を考える方もいるでしょう。M&Aのコンサルティングを手がける専門家が、中小企業のM&Aの基礎知識や市場の傾向、後継ぎ経営者とM&Aとの親和性、踏み切る際のメリットやリスクを解説します。
事業承継にめどをつけた後継ぎ経営者の中には、M&Aによる事業ドメイン拡大を考える方もいるでしょう。M&Aのコンサルティングを手がける専門家が、中小企業のM&Aの基礎知識や市場の傾向、後継ぎ経営者とM&Aとの親和性、踏み切る際のメリットやリスクを解説します。
目次
中小企業のM&Aの案件数は、増加傾向にあり、公表されていないものを加えると総数はさらに増えると思われます。
中小企業庁の「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会」の資料(21年4月)によると、中小M&Aの実施件数は直近5年間で上昇トレンドにあり、この流れは今後も続いていくものと予想されます。
そのような状況の中、M&Aの買い主として、事業承継を終えた「後継ぎ経営者」の存在感が高まると考えられます。
21年度の中小企業白書によると、経営者の年齢が若いほど増収企業の割合が高くなっています。企業の増収・増益には相関性があり、白書も以下のように分析しています。
経営者年齢が30代以下の企業では増収割合が6割程度であるのに対し、80代以上の企業では4割程度となっており、経営者年齢が上昇するほど増収企業の割合が低下していることが分かる。
2021年度版中小企業白書
会社を引き継いだ(特に若手の)後継ぎ経営者は、先代から企業理念や組織を引き継ぎつつ、新たな戦略を打ち出すフレッシュさも持ち合わせています。
実際、コンサルティングの現場で見ていても、後継ぎ経営者に代替わりした後、矢継ぎ早に「変化」を打ち出す企業は多いと感じています。
同白書では、経営者が事業承継された後、5年程度の間に実施した取り組みに関するアンケートも紹介されています。
結果を見ると、最も多いのが「新たな販路の開拓」(44.9%)、次いで「経営理念の再構築」(33.5%)となっていますが、「新製品・新サービスの開発」(28.8%)、「新事業分野への進出」(23.8%)も高い割合を示しています。
「M&Aによる事業拡大」は5.3%という割合でした。しかし、M&Aという文言こそ入っていなくても、回答の上位に入った「新たな販路開拓」や「新製品・新サービスの開発」、「新事業分野への進出」は、自前よりも外部との連携で実行するほうが時間も手間も少なくて済む場合があります。
後継ぎ経営者がM&Aを推進する意義は、この点にあると考えます。代替わり後の自社に「変化」をもたらすための手段として、M&Aと後継ぎ経営者には親和性があるといえるでしょう。
1980年~90年ごろ、M&Aのプレーヤーは大企業であり、主戦場は海外におけるクロスボーダーM&Aでした。例えば、日本の大企業が数千億円かけてアメリカの有力企業を買収することで、日本企業の成長性をアピールする狙いがありました。
90年代から2000年代前半に入ると、バブル崩壊後の不良債権処理という形でM&Aが広がります。このときのプレーヤーは金融機関とファンドでした。
そして、00年代後半(特にリーマン・ショック後)になると、組織再編税制などの法整備も進み、中小企業も成長戦略や事業承継のための手段として、M&Aを活用し始めました。
M&Aの仲介会社が上場し始めるのもこのころからです。M&Aという言葉が広く中小企業に広まったのも、そうした会社による活発なプロモーションが一因と考えられます。
それまでM&Aの案件は金融機関など一部企業の独占的な情報でした。しかし、マッチングプラットフォームが整備され、誰でも簡単に情報に接するようになったことも、M&Aのプレーヤーが広がった要因です。
後継ぎ経営者が成長戦略としてM&Aを考える際、すぐに実行に移しやすい環境となりました。
M&Aと一口に言っても、様々なパターンが考えられます。今回は非上場企業を前提に挙げていきます。
M&Aの手法で最もよく利用される「株式取得」は、売り主が保有する対象会社の株式を買い主が買い取って、オーナーとなる手法です。
株式を買い取るため、対象会社のヒト・モノ・カネをまるごと引き継ぐことができ、手続きが比較的簡便になります。
一方で、会社の資産・負債をまるごと引き継ぐため、仮に簿外に負債が存在していた場合は、その負債も引き継ぐことになります。また、M&Aを実行する過程で、買収調査(デューデリジェンス)が必要になりますので、案件の複雑さによって調査費用が多額になる可能性があります。
株式取得以外では、会社の特定の事業のみを譲り受ける「事業譲渡」という手法もあります。
この場合、譲り受ける事業の範囲を確定する必要があり、規模によっては譲渡側で株主総会の特別決議が必要になるなど、手続きも株式取得に比べると煩雑になる場合があります。また、事業譲渡の場合も株式取得の場合と同様に、買収調査に多額の費用がかかる可能性があります。
グループ企業の再編時などでは、合併や分割といった手法も用いられます。
このほか、他社とのアライアンスを進めて、自社の成長を促す道もあります。
自前で全ての経営資源をそろえることは難しく、かといって売り主の株式を買い取って事業を進めるにはリスクが伴う場合、まずは資本関係が伴わない形で他社と組んだり、段階的に資本を注入する資本業務提携を結んだりして、ともに事業を行うことがあります。
アライアンスの意味としては、「企業が独立性を保ったまま共通目的の達成のために経営資源を互いに融通する継続した連携関係」と捉えることができます。
しかし、自社以外の経営資源を活用するという点においては、M&Aもアライアンスも共通しています。実務上では、緩やかな結びつき(アライアンス)からスタートし、その後経営権を得るような手法を使う場合があります。その点では、アライアンスも広義のM&Aの一種といえるのではないでしょうか。
資本関係が伴わない形で行われるアライアンスは、一般的に「業務提携」と呼ばれます。株式の買い取りに比べ、事業への投資に対するリスクが低く抑えられ、企業の独立性を保ちつつ特定の事業の強化が可能になります。
一方、デメリットとしては、提携先との関係性の維持が求められ、提携内容を具体的に契約書で明記しなければ成果につながりにくいという点があります。
提携の実効性を上げるという意味では、一方の当事者が他の当事者に一部資本を注入し、資金的なリスクを負って提携する「資本業務提携」が挙げられます。
成長意欲の高い後継ぎ経営者はM&Aだけでなく、成長させようとする事業分野やリスクの大小によって、提携の形態を変えることで成果を上げられると考えられます。
M&Aはあくまでも手段に過ぎず、目的ではありません。後継ぎ経営者は、自社の中長期ビジョンを実現するための手段としてM&Aを検討していただきたいと思います。
特に既存事業を伸ばす、あるいは既存事業の一本足打法では今後生き残れないとなれば、M&Aを活用して新たな事業ドメインに進出することが考えられるでしょう。
M&A戦略は様々な角度から検討が可能です。例えば、同業他社を買収する吸収戦略、エリアを広げる戦略、製品・サービスを強化する戦略などです。
後継ぎ企業によるM&Aへの理解を進めるため、同業他社を買収した金属加工会社A社の実例を紹介します。
この買収を主導したのは、A社の後継ぎ経営者です。同社はBtoB事業でしたが、コロナ禍で既存事業の業界が影響を受けて業績が悪化。同種の技術を用いながらも、別の業界に製品を供給する会社の買収を検討したのです。
この際、A社は既存事業の強化ではなく、他の業界に展開できる企業を求めました。A社の経営者は、既存の業界へのこだわりではなく会社の成長・発展に軸足を置き、新しい分野に出ていくことを選びました。
A社の決断は、コロナ禍において大きな意味がありました。既存事業の運営のために必要になるかもしれないキャッシュを、投資に回すことになるからです。
しかし、コロナ禍の収束時期が見えない中では、既存事業の構造転換を急がなければならないという認識でした。幸い運転資金を除いても、手元の資金には余力があり、投資に回せる分を計算しました。
また、全くの新規事業の場合は予期せぬトラブルへの対応が難しいというリスクが高いですが、今回は同種の技術を持つ会社の買収でした。ある程度売り手側の事業構造が理解できているという事情も、M&Aを後押ししました。
一方、売り手側はコロナ禍でも業績を維持していました。社内をマネジメントできる人材はいましたが、今後の事業成長を考えると、扱っている技術を理解し、かつ事業をバックアップしてくれる連携先を探していました。そこでA社とのM&Aに踏み切ったのです。
新しい分野へ挑戦するA社のマインドは、後継ぎ経営者ならではといえます。コロナ禍で既存事業の業績は振るいませんでしたが、買収先の事業に関する利益は安定的に推移し、グループ全体の業績を押し上げました。
M&Aを用いて、後継ぎ経営者の先進的なマインドを実現することは中小企業にとって有益な面があります。
提携には様々な種類があります。その時の手元のキャッシュの状況や事業戦略によって、選択肢を変えることも可能ですが、短期間で効果的な変化を起こすために、ぜひ戦略の中にM&Aを採り入れてはいかがでしょうか。
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