町の理美容店で採り入れたデータ分析 オオクシ2代目が重視した指標
千葉県を中心に理美容店59店舗を抱える「オオクシ」(千葉市)の大串哲史さん(54)は、29歳の若さで家業を継ぎました。コンビニでのアルバイト経験をもとにPOSシステムを導入。顧客の性別や年齢、カットパターンなどのデータ分析を接客に生かし、リピート率を重視した経営をしています。年間100万人以上の来店客数を誇り、21期連続の増収を達成しました。
千葉県を中心に理美容店59店舗を抱える「オオクシ」(千葉市)の大串哲史さん(54)は、29歳の若さで家業を継ぎました。コンビニでのアルバイト経験をもとにPOSシステムを導入。顧客の性別や年齢、カットパターンなどのデータ分析を接客に生かし、リピート率を重視した経営をしています。年間100万人以上の来店客数を誇り、21期連続の増収を達成しました。
目次
オオクシは大串さんの父が1964年、千葉市で構えた1軒の理容店として始めました。当時は中学を卒業したばかりの従業員5~6人が住み込みで働いていたそうです。
大串さんは物心ついたころには従業員と一緒にご飯を食べ、兄弟のように遊んでもらいました。家族旅行はいつも従業員と一緒でした。
警察官にあこがれ、小中学校で剣道を、高校に入ってからは空手を始めました。大会でもたびたび入賞するほどでしたが、高校3年生になると進路に悩み始め、母親の勧めで千葉市内の理美容師専門学校に通います。
専門学校を出た後、東京と千葉のヘアサロンで働く中で「自分はお手本とされるような立派な会社を作りたい。理美容業界でずっと頑張っていこう」という決意が生まれました。
高校時代の恩師の「自分なりの具体的な目標を持って努力した方がいい」という言葉も原動力となり、大串さんは「いつか自分の力で10店舗を抱える会社を経営したい」という目標を持ちます。
24歳となった1992年、大串さんは家業に入社。いちスタッフとして働きました。ただ当時は継ぐことを具体的に考えていたわけではなく「まずは5年頑張ろう」という気持ちでした。
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大串さんは20代半ばで従業員の採用や育成を任されます。理美容師の免許は持っているものの実務経験がほとんどない人たちを採用し、一から育てることを選んだのです。
当時の理美容業界は職人気質が強く、「技術は師匠を見て学べ」という時代でした。しかし大串さんはカット術や接客方法のマニュアルを作って育成しました。そのマニュアルは改訂を繰り返しながら、現在も従業員教育に使われています。
大串さんは「“教える”という経験が勉強になり、家業を継いだ今にもつながっている」と振り返ります。
大串さんが理美容師の専門学校に通っていたころ、コンビニエンスストアのアルバイトで、商品の発注などを任せられた経験がありました。
そのとき使ったのは、当時としては最先端の「POSシステム」を搭載したPOSレジです。会計時に性別や年齢層、購入した商品などのデータを記録して集計するシステムになります。
一方、90年代の理美容業界で顧客のデータを管理するシステムは一般的ではありませんでした。
家業では顧客の名前やカットなどの情報をまとめた「カルテ」すら作っていませんでした。カルテがなければ、スタイリストが退職すると担当していた顧客にその後、どう対応していいかわからなくなってしまいます。
大串さんはカルテ作成に着手。情報を集計し分析するためにPOSシステム導入を考えました。
あるとき展示会に参加すると、理美容業界向けのPOSシステムを扱う企業のブースを見かけ、すぐに契約します。ただ、そのときシステムは未完成でした。
そこで、大串さんはその企業と理美容店向けのPOSシステムの開発に着手。データの要不要や分析の仕方などを一緒に考え、必要なデータを無駄なく取得できるシステムを作り上げたのです。
大串さんは29歳だった1997年に、先代から急きょ家業を引き継ぐことになりました。そのときは先代が創業した1店のみで、従業員は6人でした。
早速POSシステムを活用し、顧客の再来店率(リピート率)を重視した人事評価に取り組み始めます。
現在では、利用客の性別や年齢層、126通りあるカットのパターン、リピート率といったデータが収集でき、店舗の運営状況やサービス内容を可視化しながら改善できるようになりました。
それまでは「売り上げや指名客の数」で従業員を評価するのが一般的でした。しかし、スタイリストが店を辞めてしまうと指名客も一緒に他店舗に移ってしまいます。そこでオオクシでは、指名客の数による評価をやめました。
データを分析すると、従業員の働き方の実態が見えてきたといいます。
例えば「仕事が上手じゃない」と先輩スタイリストに繰り返し注意を受けていた従業員がいました。しかしデータを分析すると、その従業員のリピート率は他の人より高かったのです。
顧客に理由を聞くと、丁寧な接客がリピートにつながっていました。実はこの従業員はカットにあまり自信がなかったことから、顧客により丁寧な言葉で接し、カットの途中で何度も鏡を見せて確認してもらっていたのです。
大串さんは「データに基づいて評価することの大切さに気づくことができた」と振り返ります。キャリアがあって本当にカットが上手な従業員が同じように接客を行えば、再来店率が上がると考えました。そこで、マニュアルにこの従業員の接客方法を採り入れました。
個々の売り上げやリピート率は、全従業員に毎月示しています。
オオクシはPOSシステムを活用した経営が評価され、2010年の「中小企業IT経営力大賞」で、経済産業大臣賞を受賞しました。
オオクシでは事業報告書と事業計画書を、パートを含む全従業員に1冊ずつ渡しています。毎月の最高決定会議の議事録も、全従業員が見られるようにしています。
大串さんは、社長の思いや考えていることと従業員が見ているデータ量に違いがあると、互いの意見や認識にすれ違いが生じると考えました。そこで、データをできる限り従業員に公開することにしたのです。
さらに会社をよくするための意見を募り、一緒に方針を考えることを呼びかけました。
東日本大震災が発生した2011年、オオクシは22店舗にまで拡大していました。しかし、震災後は売り上げ1位だった店舗が営業停止に追い込まれただけでなく、液状化現象で10店舗が営業できなくなりました。
大串さんは従業員にこう呼びかけました。
「大震災を言い訳にしない。雇用は絶対に守る。その代わり、どうしたらこの窮地を乗り越えられるか、みんなで知恵を出し合おう」
従業員とアイデアを出し合い「営業できない店の従業員は、他店へ応援に行く」、「計画停電にあわせ営業時間を変更する」といった緊急対策を取りました。震災の起きた月も黒字を維持し、4月以降は前年と変わらない売り上げに戻すことができました。
震災下でも給与を下げず従業員の生活を守ったこともあり、当時の従業員のうち8割以上は、今もオオクシで働いているといいます。
20年からのコロナ禍で最初の緊急事態宣言が出たときも、営業を継続しました。
一方、従業員や家族に健康上の不安があるときは休みをとってもらい、独自のサポートも行いました。従業員やその家族が新型コロナウイルスに感染した場合は、約1週間分の食料を自宅に送付したといいます。
同年4月は単月で約4千万円の赤字になりました。それでも大串さんは「コロナ禍でも自社の理想の姿を実現するには何をすればいいのか、従業員と一緒に考える」という姿勢を持ち続けました。
来店客数が減っていた時期、大串さんは自身の思いを2時間の映像にまとめ、空き時間に全従業員に見てもらうことにしました。
オオクシでは働き方改革を進めようと、指紋静脈認証技術を導入し、全従業員の指紋と静脈をパソコンに登録。従業員がどの店舗に行っても労働時間を正確に把握できるようにしました。
勤怠管理に指紋認証を採り入れることで、残業時間を正確に算出できるようになりました。
それまでは、最後の顧客が店を出てから仕事を終えるまで1時間以上かかっていましたが、20分以内に業務を終えるという目標も掲げました。無駄な仕事を省くことができた結果、労働時間の短縮につながりました。
1人あたりの売り上げはコロナ禍以前よりも増加したといいます。
22年6月の決算では過去最高の売り上げを記録し、21期連続の増収を達成しました。店舗数も千葉県内を中心に59店舗にまで成長しています。
一般的に理美容のように形のないサービス業は、同じエリアに複数の店舗を構えるのに向かないといわれています。1店舗あたりの商圏が狭くなるからです。
しかし、オオクシはあえて同じエリア内での出店を促進し、店舗数を増やしてきました。サービスの質を高められれば、店舗の認知拡大やブランドイメージが浸透し、事業の成長に結びつくと考えたのです。
また、大串さんは他業界も参考に、常に会社が倍の規模になった場合を想定した経営を心がけてきました。将来を見据えて人材育成に投資するため、研修事業のみに特化した別会社の研修センターを設立しています。
トレーニングセンターではしばらく理美容業界から離れていた理美容師を有給で昼間に研修し、スタイリストデビューに導くサポートも行っています。
現在、パートも含めた従業員数は約300人。30~40代が多く、役員は現在、全員女性です。
一般的にリピート率が70%を超えれば優良店と言われる理美容業界で、オオクシの平均は85.8%。最も高い店舗では95.3%に達しています。
大串さんはコロナ禍を経て、顧客のニーズが急速に変化してきたのではないかと捉えています。例えば、感染予防のためマスクを着用したままのカットや消毒の徹底などです。そのため、コロナ禍前にはなかった仕事が増えました。
そこでオオクシでは店内のオペレーションや接客を見直し、効率的なサービスを提供しました。そうすることで、コロナ禍当初は一時5%以上低下したリピート率を大きく改善させました。
POSシステムでのデータ収集の仕方や分析方法は変えていませんが、データの活用方法は見直しています。「成功体験に縛られすぎず、あるべき理想の姿を見失わないことが大切です」
競争が激しい理美容業界で生き残るために、大串さんが大切だと思うことは何でしょうか。
「他のまねや過去の成功ではなく、未来を見据えたビジネスモデルを生み出すことです。いろいろな物を見て『あれをやろう』ではなく、想像力を持ち続けることが大事だと思います」
大串さんは「働く人たちが良かったと思ってくれる会社にしたい」と語ります。
「経営者として次の世代のお手本になりたいですし、お手本とされる会社を作っていきたい。家業を継ごうとするみなさんも『あるべき理想の姿』に向けて着実に取り組むことで、会社も社会も必ずよくなるはずです」
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