成長産業に属し、かつそのエリアで先駆者的な位置にいる企業。あるいは、エッジが強く効いた事業に取り組んでいる企業。そうした「他の企業がお金を投資しても同一の事業状態を作れないような価値」を持った企業は、業界における他の企業やユーザーの認知度が評価された場合、高額で取引されます。
そのケースのベンチャー企業はかなり独創的なビジネスモデルで、またある市場においてトップのシェアを持つベンチャー企業でした。一方、買い手側の上場企業は、新規事業でそのエリアに参入することを発表していました。
買い手側は自社で新規事業を立ち上げ、たとえ数億円投資したとしても、そのベンチャー企業のポジションに届くことはないという認識を持ってました。そのため、銀行からの貸付さえ厳しいほどの債務超過を抱えた企業を数億円で買収することにしたのです。
自社の潤沢な営業力や資本を使えば、業界トップのベンチャー企業が有する力を更に増大させ、利益を生むことができる。つまり、シナジーが生まれると買い手側は踏み、数億で買収を行ったわけです。
市場が一時的に下火になっているが将来的に回復が見込まれる
新型コロナウイルスの影響で苦しい経営を強いられてきた旅行業者なども、基礎的な算定とは別のロジックで取引される可能性があります。
もちろん、M&Aは安いときに買い、高いときに売るのが基本です。そのため経営が苦しくなった旅館などは安く買い叩かれてしまう傾向があります。
しかし、現在、訪日外国人観光客の入国規制緩和などが進み、また旅行業の景気が戻る兆しがみえています。つまり旅行業の市場自体に発展性が認められる状況になってきたわけです。
このような状況においては、たとえ赤字のホテルや旅館だとしても、数値的に測れる価値以上の値段で買いたがる買い手が現れます。
過剰に期待を煽るつもりは一切ありませんが、このような買収が行われていることは事実です。経営が困難で売りに出すのさえ絶望的な状況だとしても、相談する人やタイミング次第で、買い手が見つかることもあります。M&Aにおいては、しっかりとしたアドバイザーなどとともにそういった買い手との出会いを探求することが重要です。
サプライチェーンとなっている外注先を自社グループに参加させる
たとえば、買い手側が自社製品の支払い先(サプライチェーン)に位置する事業を買収する場合、赤字であっても買収する場合があります。たとえば通販事業における印刷会社や、コールセンター会社などがあげられます。
こうした買収は主に、自社で支払っているコストを自社グループ内で吸収し連結する意図で行われます。また、自社製品に必要な重要な支払い先を自社グループ化することで、「値上げします」と言われて自社製品が販売できなくなる……といったリスクも減らすことができます。
もう一つの目的として、買収により事業の多角化をはかるという側面もあります。
最近の実例として、自動車の整備板金業者を車の販売ディーラーが買収しているという状況があります。
一時的にコロナでの売上は上がっても、免許保有者数が減り、車が売れなくなってしまう市況がある中で、自動車販売ディーラーは自動車修理の事業を買収することで、修理に訪れる人を将来の購入顧客として取り込むことを狙っているのです。
こうした買い手の思考にもとづき、事業のノウハウや人材集めを一から実施する必要がないM&Aが強く検討されることになります。
競合他社を買い取ることで市場のシェアを上げる
ある業界において競合となる企業を買い取るケースでも、定量的な算定以上の価格で取引が行われることがあります。
たとえば、ある業界においてシェアが4、5位ぐらいの企業があったとしましょう。そうした企業の買収案件が、1位・2位・3位の競合企業へそれぞれ持ち掛けられる場合があります。
その際、1位の企業が買い取ると、2位の企業はさらに1位との差を広げられることになります。だから2位の企業としてもなんとか買いたい、3位としてもやはり買いたい……という風に、買い手側の買収意欲が激しくなります。この場合、やはり定量的に測れる価値以上の値段がつくことがあります。
株価の価値は一定の計算にしたがって算出することができます。しかし上記の例のように「買いたい」「買わなければならない」という気持ちが高い買い手がいれば、計算によって算出する以上の値段になることがあります。
売り手側が赤字の場合、交渉において弱気になってしまいがちです。しかし、こうしたポイントを押さえておくことで、赤字であったとしてもM&Aが成立する場合があるのです。
利益が出ていても買収が困難なケース
このように、PL上の数字などに問題があっても高い値段で取引される企業はありますが、一方で、きちんとした利益が出ているにもかかわらず買収されない企業もあります。
以下では、たとえ基礎的な算定価格が高くても買収されないケースについて解説します。
役員・幹部・株主の反社チェックで引っかかる
企業の役員・幹部だけでなく株主が反社チェック(反社会的勢力との取引や関与がないかを調べること)で引っかかる場合、たとえきちんと利益が出ていたとしても買収することを意思決定できない場合があります。
M&Aでは、買い手側は一般的なシステムを使い、全社員または幹部以上の人間に関する情報を確認します。株主にも同様の調査を行います。
難しいのは過去の犯罪歴に対する考え方です。犯罪歴があるというだけで反社として認定されるわけではありませんし、差別することも許されません。しかし、犯罪歴が見つかった場合、最終的に買収を決断しない上場会社は一定数います。
私が担当したケースでは過去の経緯を丁寧に説明することで「犯罪歴がある人間がいても関係なく、しっかりと刑を終えられているため、買収を検討したい」と言われ、交渉したケースもありました。
とはいえ、こうしたケースは多くはありません。反社チェックと言っても、各企業によって調査するまたは判断するレベルがバラバラであり、買い手の考え方に依存するところも多くあります。
売り手側・買い手側のコンプライアンス基準のズレ
M&Aでは企業の事業判断や取引に関するコンプライアンスチェックも行いますが、その基準が売り手側・買い手側のあいだで大きく異なる場合、買収を行うことが困難です。
コンプライアンス基準は業態ごと・企業ごとに異なり、買収後に思わぬリスクとして立ち現れる場合があります。そのため、事前にそれぞれの基準が合っているのかどうか? をチェックする必要があります。
つまり、売り手側がホワイト(グレー)と判断していることを買い手側の企業ではブラックとして判断することに差が出ると買い手側はその収益や取引をマイナスとして計算していきます。
また、法改正により、安全管理基準などが変わるタイミングで買収が行われる場合には、今年度までOKだったことが来年度からNGになるなどといったことが起こります。このような移行期に発生するコストなどで買収後に揉めることがないよう、チェックが行われます。
経営者変更に伴う利益減少やコスト上昇
買収による社長・株主の変更に伴って売上やコストが大きく変動する場合、M&Aを断念することがあります。
これは何も、社長や株主の能力による物だけとは限りません。
たとえば、社長(株主)の親族が会社ビルのオーナーであり、賃料を特別に安くしてもらっていた…といったケースがあります。M&Aによって株主が変わった場合、当然オフィスの家賃が通常の値段になり大幅なコスト上昇につながります。
そのほか、社長の個人的なつながりで大口の取引先を有利な条件で維持しているようなケースも、社長交代による売上減少のリスクが高いと言えます。人間関係に依存する取引は株主が変更になれば不安定になることが予想されるからです。
こうした潜在リスクがある場合、いかにPL上で利益が出ていても、事実上は赤字として判断され、買収を行うことが難しくなる場合があります。
将来的な市場のシュリンクが予想される
将来的に市場がシュリンクすると想定される場合も、現時点で出ている利益が評価されないことがあります。
有名な事例として、写真の現像事業やパチンコ市場の例があります。昔は、写真のフィルムを現像してもらうために写真屋さんに行く…という光景が当たり前でしたが、携帯電話が普及するにつれて、市場の大部分が失われました。またパチンコ市場は数年で市場の3分の1が失われたケースもあります。
このように、将来的な市場のシュリンクが予想される場合は買収目線が難しくなります。
従業員に対する労務上の問題が大きい
従業員に対する労務上の問題を抱えている場合もまた、買収が困難になります。
現在、残業代を遡って請求できる期間は数年間です。残業未払い金もコンプライアンスチェックされます。従業員に対して残業未払金のチェックを直接行うので、買収のタイミングで請求する人も現れます。その際、未払金の費用だけではなく、弁護士相談など法務上のコストもかかるので、労務上の問題は重要になります。
こうした事例は飲食店によく見られます。「修行」ということでサービス残業がされていたり、まかないをつくることも仕事だったりすると、未払い金が多く発生します。「タイムカードがない」といった企業も多く、どの程度の実態の残業があったかを証明するものがない場合、買収後のリスクを想定できないとなると買収が困難になります。
商標登録をしていない等の訴訟リスク
何万人も会員・顧客がいながら商標をとってないケースもありました。競合がいて、競合と似たような名前であるにもかかわらず、商標をとっていない。そんな状況で買収が行われると、高い金額で損害賠償請求をされた場合のリスクが想定されます。
商標権の侵害の過去の有名な例としては、「白い恋人」と「面白い恋人」の訴訟などが挙げられます。「白い恋人」はいわずと知れた有名なお土産で、一方の「面白い恋人」は吉本興業が後からつくったお土産です。面白い恋人は商標権侵害で訴訟を受けました。
すでに和解も成立していますが、基本的に商標権侵害にかかるコストは無視できません。M&Aではこうした潜在的リスクがあるか厳しくチェックを行います。
M&Aは「一物一価」だが評価軸が変われば企業の価値も変わる
このように、実際のM&Aでは、数値によって算定できない要素によって価格が高騰するケースや、あるいは利益が出ていても破談になるケースがあります。
M&Aは「一物一価」が原則と言われており、「同じような会社であれば、同じ価格がつくはず」とされていますが、景況感や買い手側の状況によって、同じ会社であっても価値は変動するのが実情です。
こうした数値化できない価値を売り手・買い手側の状況を踏まえて適切に打開策を検討し、双方にとってのリスクを減らすことが、M&Aアドバイザーの仕事です。
そのためには、倫理観がはっきりしたM&Aアドバイザーを味方につけることが重要。信頼できるアドバイザーを見つけることからはじめてください。