ユーザーとの対話で気付く視点 ポップアップストアが若手社員の成長に
「アラジン」のブランド名で知られる家電メーカー・千石(兵庫県加西市)は2019年から毎年、東京・代官山でポップアップストア「アラジン展」を展開しています。自前のショールームを持たない千石にとって、リアル空間で商品をアピールできる貴重な機会です。後編では、アラジン展の企画や運営で工夫を凝らす20代の若手社員の話などから、ポップアップストアがもたらすファンづくりや社員教育の意義を探ります。
「アラジン」のブランド名で知られる家電メーカー・千石(兵庫県加西市)は2019年から毎年、東京・代官山でポップアップストア「アラジン展」を展開しています。自前のショールームを持たない千石にとって、リアル空間で商品をアピールできる貴重な機会です。後編では、アラジン展の企画や運営で工夫を凝らす20代の若手社員の話などから、ポップアップストアがもたらすファンづくりや社員教育の意義を探ります。
アラジン展は毎年、東京・代官山の商業施設「代官山T-SITE」で開いています。22年11月が4回目の開催となりました。前編ではトースターやコーヒーブリュワーといった家電の見せ方や、消費者の声に耳を傾ける「アンバサダー座談会」について報告しました。アラジン展の企画や運営を担うのは、同社商品戦略部の若手3人です。ポップアップストアの運営を経験して、どのような成長を遂げたのでしょうか。
22年のアラジン展の目玉企画は、同社の看板商品グラファイトトースターの人気色ブラック(通称・ブラックトースター)の復刻販売でした。「22年3月に復刻が決まったとき、アラジン展の目玉企画として打ち出すことにしました」と語るのは、入社6年目の久保田遥さんです。自社ブランド事業の販売戦略を担当し、初回からアラジン展に関わっています。
ブラックトースターが販売終了して以来、復刻の要望が多数寄せられていました。しかし、売れ行きの具体的な予測が難しく、会社は復刻に二の足を踏んでいたといいます。
そこで、公式インスタグラムで限定カラーのトースターの人気投票を行った結果、ブラックトースターが1位となり、ファンの熱い後押しを受けて復刻が決まりました。
久保田さんは「その時点でアラジン展の開催は半年以上先でした。しかし、目玉企画が先に決まったことで、早いうちからアラジン展が社内の話題にのぼりやすくなり、時間をかけて社内を巻き込んでいく雰囲気ができました」と言います。
自社ショールームを持たない千石にとって、アラジン展は消費者と直接の交流の機会を得られる数少ない場で、重要なイベントと位置づけられていました。社内外の注目を集めた復刻企画を目玉に位置づけることで、関係者の意識をアラジン展に向けていきました。
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22年のアラジン展ではブラックトースターなどを、外からガラス越しに見える位置に展示するなど、ファンの耳目を集める「イベントの顔」の役割を果たしました。
検討に時間をかけたプログラムのひとつが、前編でも触れた「アンバサダー座談会」です。
千石ではSNS発信を得意とするアラジンファンをアンバサダー(宣伝大使)に任命しています。自社のコミュニティーサイト「&Aladdin」では、アンバサダーがアラジン製品の体験記をつづるなど、コミュニケーション機会の創出に一役買っています。アンバサダーの任期は1年で、3期目を迎えました。
座談会の限られた時間では、対話テーマは一つか二つに限られます。久保田さんは「販売戦略で重要なヒントを得るため、テーマ設定にはずいぶん悩んだ」と語ります。
検討が重ねた末に決めたテーマが、「製品購入のきっかけと情報の集め方」でした。同社では自社メディアの制作に注力しており、ウェブの導線についてヒントがほしかったとのことです。
「今回の座談会では『アウトドア商品は友人から借りて試したあとに購入する』という実態を知ることができました。キャンパー同士のつながりの強さが表れており、口コミの重要性を再認識できました」
もう一つのテーマが「あったらいいなと思うアイテム」です。前回に続いて今回もオイルランプが求められていた点が興味深いと思ったといいます。「千石がオイルランプを製造していた歴史を知る方からの要望でした。レトロアイテムの人気がじわじわ高まっていると感じました」
座談会は、アンバサダーと一緒に商品企画を進める「&ものづくり」というプロジェクトに関連しています。このプロジェクトはアラジン展がキックオフで、商品企画のため1年かけてオンラインによる対話をアンバサダーと重ねていきます。
「アンバサダーとの交流は、社内からは出てこないアイデアに出会う貴重な機会です」と久保田さんは説明します。
他の若手社員のアイデアもアラジン展の企画に生かされています。例えば、新発売されるコーヒーブリュワーで、プレゼンテーションの流れを提案したのは商品開発担当の片山さんでした。
コーヒーブリュワーには、コーヒーを飲みやすくするため独自の仕掛けが搭載されています(前編参照)。しかし、他社製品でいれたコーヒーと比較すると、ライバルをおとしめている印象を抱かれることが懸念されました。
「アラジン展のために独自の仕掛けをオフにするプログラムを作るので、飲み比べの時間を作らせてほしいと提案しました」と片山さんは語ります。
自社製品の機能について「使用時」と「不使用時」で比較するという見せ方にしました。開発担当者ならではの知見がイベントの盛り上げに生かされています。
アンバサダー座談会では、若手社員がアピールポイントや活用方法など詳細な商品説明を披露しましたが、言いよどむことなく聞き手の反応に気を配りながら進められている点が印象的でした。
滑らかな商品説明は、日頃の積み重ねが支えています。営業担当の細田さんは「週1回の部門会議では、自社ブランド事業に関わる全員が集まって情報共有をしています。ベテランから若手まで自社ブランド事業に関わる社員は、全商品の説明ができるだけの知識が培われています」と言います。
日頃の積み重ねがあるため「アラジン展」に先立つ準備は最小限で済みます。「急ごしらえの準備は、自然体でしゃべるうえで邪魔になります。アンバサダー座談会で皆様がリラックスして本音をしゃべってもらうには、私たち自身が自然体で話すことが大切です」と細田さんは説明します。
アラジン展には若手社員が触発されるシーンがたくさんあるとのことです。
細田さんは日頃から小売店との商談で対面での説明に慣れていますが、「エンドユーザーと対話すると自社製品の理解が一気に深まる感覚があります。自社製品の良さはお客様に聞くのが一番だと思います」と語ります。
アラジン展は千石の社員が自社ブランドのファンについて理解を深める機会にもつながっています。
「皆様の顔を見ながら説明していると、興味関心を引く内容が一目瞭然です。例えば、実物を触りながらあれこれ試している様子を拝見していると、活用シーンをイメージできるようなコンテンツが求められていることに気づきました。会社のなかにいるだけだと心に響く情報発信は難しいと思います」と久保田さんは説明します。
開発担当の片山さんは消費者との対話が日々の開発に向き合う原動力になっているといいます。
「技術職は社内にいることが多く、実は商品が世に出回っている実感を抱きにくいんです。アラジン展ではお客様の反応を目にすることで、理屈では説明できないうれしさがこみあげてきます。商品開発ではたくさんのダメ出しを受けるなど大変なことが付きものです。喜んでくれるお客様の顔を思い出しながら頑張っています」
一般的に、販売促進を目的とするポップアップストアが少なくない一方で、アラジン展では「ファンとの交流」が最優先事項です。認知度の向上に加えて、顧客目線の発想が社内に根付くきっかけを作っています。
地方に本社のある中小企業が、大都市でポップアップストアを催すことは多大なる労力が必要となります。それでも、工夫次第では社内が変わる糸口が生まれるかもしれません。
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