目次

  1. 消費者の声に触れる機会を求めて
  2. 通行人を引き込む仕掛け
  3. 家電の活用シーンを伝える工夫
  4. アンバサダーを招いた座談会
  5. 一般発表前の新商品も実演
  6. ポップアップストアの意義は

 千石は1953年に創業し、ファミリービジネスとして成長を遂げています。事業はOEM・部品製造・自社ブランドの3本柱で、OEMや部品製造では祖業のプレス加工技術を生かし、様々な家電の生産を下請けとして支えています。従業員数は345人で、年間売上高(2021年度)は単体で約191億円にのぼります。

 自社事業の「アラジンブランド」では、0.2秒で発熱する独自技術「遠赤グラファイト」を用いた家電がヒット商品になりました。グラファイトトースターは22年4月累計出荷台数が200万台を突破しています。

グラファイトトースターを持つ千石3代目の千石滋之専務(同社提供)

 常設店やショールームを持たない同社は、小売店との交渉を有利に進めるうえで認知度の向上が重要な課題でした。そこで、消費者にアラジンブランドを知ってもらうため、ポップアップストア「アラジン展」を2019年から開催しています。ブランドの魅力を伝えるだけでなく、消費者の生の声に触れる機会としても活用されてきました。

 4回目のアラジン展は2022年11月11日から3日間開かれ、計約1200人が来場しました。集客方法はフォロワー数7万4千人を超えるインスタグラムでの発信がメインです。

 アラジン展のアピールポイントの一つは、フルラインアップ67点が一堂に会するところにあります。EC限定の商品も展示販売されるため、実物を手に取る機会としてブランドのファンが集います。

 アラジンブランドはストーブが3万円台、トースターが2万円台で高価格帯に分類されます。いわば「あこがれの家電ブランド」として市場に浸透してきました。1カ所で全商品に触れられるアラジン展は、ユーザーからの好評を博しています。

 アラジン展の担い手は主に20代の若手社員です。若手のアイデアを採り入れることでマンネリ化を防ぐのが目的で、ユーザーの生の声を通じて商品理解の促進、消費者目線の獲得、愛社精神の醸成という社員教育の機会にもなっています。

アラジン展の会場となった代官山「代官山 T-SITE」

 アラジン展はすべて東京・代官山の商業施設「代官山 T-SITE」で開いています。アラジンブランドはストーブやトースターなど火気を使うものが多く、会場選びには苦労したそうです。同会場は一定の条件のもとで火気を用いることが可能です。

 全面ガラス張りの壁面は、偶然通りかかった人を会場に引き込む仕掛けにもなっています。

壁面はガラス張りで、通りかかった人も千石の商品を見ることができます

 今回のアラジン展は「アウトドア」をテーマに据え、会場内に人工芝を敷いたり簡易テントを設置したりするなど、装飾にも工夫を盛り込みました。

今回のアラジン展はアウトドアをイメージしました

 アラジン展では来場者が家電の活用シーンをイメージできるようにしています。例えば、トースターには「グリルパン」の使用イメージを示し、他にはない「調理もできるトースター」という機能を強調しています。

グリルパンの使用イメージを示したトースター

 会場内は自由に商品を手に取ることができ、極厚ホットプレートの展示ではプレートのずっしりとした重みが購買欲をそそります。

 このように、千石がポップアップストアで重視しているのは「体験」です。来場者が実物を見ることで職人技を感じられる作りや機能美、利便性を感じ、購買の決め手になるからです。

極厚プレートのずっしりとした重みを伝えています。展示されている商品はすべて手に取って触ることができます

 アンケートへの回答を促すポップのデザインも細部にこだわっています。一般的に、イベント会場では多数のポップが必要とされますが、アラジン展では自社の若手デザイナーが活躍しています。

 オリジナルのタオルハンカチやステッカーといった各種ノベルティーの制作も、若手社員が担当しています。企画・発注・納品にいたるまでの進行や予算の管理を学ぶ機会になっています。

ノベルティーの制作も、若手社員が担います

 アラジン展の目玉企画の一つが「アンバサダー座談会」です。SNSによる情報発信が得意なアラジンファンをアンバサダー(宣伝大使)に任命し、いわば広報活動の応援団を担ってもらっています。座談会は、キックオフミーティングに相当します。

 今回のアンバサダーは3期目にあたり、付き添いを含め8人が集いました。東京都外の居住者がほとんどで、交通費が支給されています。

 アンバサダーはアウトドア、料理、インテリアといった嗜好性を軸に選ばれ、結果的に女性中心のメンバーとなっていますが、家族構成や年齢などその他の属性は偏らないようにしているといいます。投稿写真の雰囲気や文章の内容など、アラジンブランドのイメージとの相性が選考で最も重視されます。

 座談会の進行役は、販促担当の久保田遥さん(28)、片山幸二さん(28)、細田康平さん(25)が務めました。いずれも商品戦略部の若手社員です。

 簡単な自己紹介を経て、商品説明が始まりました。アラジンブランドの商品はアナログな使用感が魅力の一つ。商品説明は社員が使用法を実演しながら進めるため、飽きの来ない構成になっています。目を引く場面が多く、シャッターチャンスに事欠きません。

アラジン展で企画したアンバサダー座談会

 独自技術のグラファイトヒーターを搭載したストーブの実演では、0.2秒という発熱速度を体験することができました。

 また、細長い形状をしている発熱部分は通常時は縦向きですが、「ローテーション機能」で回転させれば横向きに使うことができます。縦向きのほうがピンポイントで限られた範囲を暖められる一方、横向きのほうがより広範囲を暖めることが可能です。ユニークな機能の価値を市場に浸透させるため、ポップアップストアで実演しているというわけです。

ローテション機能は、他社にはあまり見られない機能です。アラジン展ではそうしたユニークな機能を体感できます

 若手社員による説明は、五感を刺激する商品特性を伝えるため、熱・光・音などの感覚を会場内で共有しながら進めていく点に特徴がありました。LEDランタンに搭載されたスピーカーの実演では、光とともに流れる音楽にアンバサダーは興味津々の様子でした。

 持ち運びやすさなどの使い勝手は、オンラインではなくポップアップストアだからこそ伝わります。アウトドアギアとしての活用を想定している卓上コンロの説明では、持ち手がついているため運びやすく、設計の工夫で重さが抑えられていることをアピールしていました。

コーヒーブリュワーの機能などを実演する若手社員

 一般発表前の新商品コーヒーブリュワーのPRもありました。商品の特徴はドリップの雑味をカットする機能です。コーヒーはドリップの終盤に雑味が強くなってしまいますが、千石は独自技術で終盤のドリップのカットに成功しました。

 アラジン展で、ドリップの雑味をカットする機能でいれたコーヒーを試飲したところ、飲みやすさが格段に増していると感じました。なお、コロナ禍の前にはトースターで焼いたパンの試食も行われていたとのことです。

 アンバサダー座談会は簡単な流れだけを事前に打ち合わせしていますが、台本は用意していないそうです。ショールームを持たない千石は、アラジン展以外にもイベント出展に積極的に取り組んできました。そのため、各社員が「場慣れ」をしているとのことです。

 アンバサダー座談会では「製品購入のきっかけと情報の集め方」をテーマに、バックグラウンドの異なるアンバサダーが、自分なりの情報収集方法をそれぞれ説明していきました。千石ではアンバサダーからの意見をECサイトの拡充などに生かしています。

 もう一つのテーマは「あったらいいなと思うアイテム」です。出された意見をもとに実際に商品企画が立ち上がり、アンバサダーとともに1年をかけて商品のブラッシュアップにも取り組んでいるそうです。

 消費者との密な関係性のなかで進められる商品プロジェクトとして、興味深い取り組みだと感じます。

ポップアップストアは家電の持ち運びやすさなど、オンラインでは伝えにくい機能を実演することができます

 ポップアップストアに挑戦する地方の中小企業は少なくありませんが、千石のアラジン展は販売促進以上の意義を持った内容でした。

 会場で得られた消費者の生の声は、開発、営業、広告などあらゆるシーンに生かすことが想定されています。業務改善を議論するうえで、アラジン展での知見が、社内の共通認識の土台になっているというわけです。

 また、若手社員がファンとの交流を楽しんでおり、顧客目線を備えた人材の育成に役立っている様子が伝わってきました。初回のアラジン展から参加している販促担当の久保田さんは「“あこがれのオシャレ家電”というブランドイメージが浸透しているという実感を得られました。期待を裏切らず想像をさらに膨らませてもらうため、ウェブの情報発信では、写真に力を入れています」と話しています。

 ※後編では、アラジン展が社員教育にどのようにつながっているのかを、若手社員へのインタビューなどから探ります。