倒産危機からV字回復を達成 東商技研2代目が磨いた付加価値
新潟県の燕三条地域でバレル研磨業を営む東商技研工業(以下、東商技研)。先代の娘婿として入社した2代目の今野祐樹さん(45)は、メインバンクの突然の訪問で、会社が倒産の危機にあることを知らされました。経営のバトンを受け取ると、取引先の見直しなど改革を次々に断行。製品の付加価値を高めて利益を増やし、V字回復を成し遂げました。
新潟県の燕三条地域でバレル研磨業を営む東商技研工業(以下、東商技研)。先代の娘婿として入社した2代目の今野祐樹さん(45)は、メインバンクの突然の訪問で、会社が倒産の危機にあることを知らされました。経営のバトンを受け取ると、取引先の見直しなど改革を次々に断行。製品の付加価値を高めて利益を増やし、V字回復を成し遂げました。
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東商技研のもとに、メインバンクの支店長がやってきたのは2012年のこと。リーマン・ショックでダメージを受けた会社の立て直しを進めているころでした。このときは先代が財務を管理しており、今野さんは詳細を知りませんでしたが、銀行側から告げられたのは、累積赤字が5千万円、長期借入金が1億5千万円という厳しい実態でした。
「驚きました。資本金が1千万円なので、完全に債務超過です。いつ倒産してもおかしくない状態でした」と振り返ります。
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同席していた中小企業診断士に「来週また来ます。あなたが中期の事業計画を作って、次回私たちに見せてください」と言われた今野さん。思わぬ展開に戸惑いながらも、中小企業大学校での学びや、インターネットで調べた内容をもとに事業計画を作成します。リーマン・ショック後に取り組んできた品質改善、コストダウン、取引先開拓、技術向上に加えて「技術を生かした高付加価値の製品づくり」を掲げ、目標と日程、役割分担を明記しました。
「翌週やってきたメインバンクにそれを見せると、『これでいいです。この計画の通りに、あなたが1年間、会社経営をしてください』と言われました」
経営のバトンを実質的に託された今野さんが計画を実行したところ、見事にV字回復を達成。売り上げは2012~17年の5年間で1.5倍に伸び、債務超過を脱することもできました。「技術を生かした高付加価値の製品づくり」という方針の徹底が、まさに実を結んだのです。
付加価値を高める取り組みの一つが、バレル研磨技術の認知向上でした。
「2014年から、『燕三条ものづくりメッセ』に出展しています。主に燕三条地域の製造業が集まる展示会で、バレル研磨での展示はうちが初めてでした」
社内では「うちみたいな下請けの加工屋が、展示会なんて出るもんじゃない」「目立つと取引先から叩かれるかもしれないし、あまり手の内を明かすと同業他社にまねされてしまう」といった強い反対の声も出たといいます。
「確かにバレル研磨の原理はシンプルですが、即対応できる研磨パターンを300種類持っているので、簡単にはまねできないと自負しています」
出展するには現物が必要ですが、日ごろ研磨を請け負う製品は守秘義務があり、展示会には出せません。それでも取引先に相談すると「東商技研が出展するなら、うちが協力する」とサンプル品を支給してくれました。
「ありがたかったですね。私と同世代の工場長と2人で、出展の準備をしました。初めての出展は『ここまでできるバレル研磨屋がいるのか』と反響が大きく、地元からの仕事が増えて売り上げ増加につながりました。周囲から叩かれたり、まねされたりすることもありませんでした」
それまで手をつけていなかった、取引先との関係見直しにものぞみました。
先代は今野さんにしばしば「うちみたいな加工屋は、取引先の要望に無理してでも応えないと、すぐに他社に仕事を持っていかれてしまう。いやなことがあっても、福沢諭吉(一万円札)に頭を下げていると思ってがまんしなさい」と話したといいます。
「確かにうちは、磨くものがあってこその会社です。でも、バレル研磨の技術を突き詰めて、ミクロン単位の精度で研磨する技術を持ち、安定供給できるようになったのに、なぜそこまで弱い立場でいなければならないのだろうと疑問でした」
昔からの取引先のなかには、「仕事を発注しているのだから、何でも言う事を聞け」という態度を隠さない担当者もいたといいます。厳しい納期や高い品質要求に応えても評価せず、逆に値下げを要求するありさまでした。
「私が耐えられなくなりました。その取引先の名前を聞くだけで、現場の士気が明らかに低下するうえに、注文を受ければ受けるほど赤字だったのです。売り上げが年間1千万円を超える取引先でしたが、継続するのはもう無理だと思いました」
工場長と相談し、その取引先を失った場合の事業をシミュレーションすると、他の分野の仕事でリカバーできそうだという結論に至りました。そこで取引先へ行き、それまでの経緯を話してこう切り出しました。
「価格、納期、品質の全てにおいてもう限界です。御社との取引を続けることはできません。うちも供給責任があるので、あと1年は注文を受けます。その間に、うちのような品質で、御社の厳しい納期と価格で仕事をする研磨屋を見つけてください」
先代には「不当に厳しい仕事はもう受けられない。かわりの仕事は私たちが見つけるし、売り上げが減ってもコストを見直していけばいい」と説明し、最終的には取引を終了した 今野さん。その後は宣言通り、営業活動でつかんだより利益率の高い仕事を増やせたことで、増収増益 となりました。
2016年に社長に就任した今野さんが次に着目したのは、医療分野でした。
「バレル研磨での鏡面加工を、それまで困難とされていたチタンでも実現できるようになり、それを医療器具に生かせないかと考えました。具体的には、骨折の治療で骨を固定するのに使われる骨端(こったん)プレートです。『大量に低コストで鏡面加工ができる』とメディアにも取り上げられ、多くの問い合わせをいただきました」
リーマン・ショック前は、売り上げの7割を自動車関連部品が占めていた東商技研。徐々にその比率を、より高付加価値の分野に分散していきました。かつて1個あたり46銭だった加工賃が、約3倍の1円50銭にまで上昇しただけでなく、経営のリスク分散にもつながりました。
「付加価値の高い仕事を受注できるように、研磨技術をもっと高めたいです。うちが長年取り組んできたバレル研磨や、サンドブラスト(圧縮空気で投射材を吹き付けて研磨する方法)といった物理的な研磨に加えて、2021年から化学的に溶解させる『電解研磨』を学び始めました」
バレル研磨では研磨しきれない複雑形状の部品にも対応でき、研磨のグレードも高い電解研磨を自分たちの技術にしたいと、地元の技術センターや大学などと連携し、情報やアドバイスを得る日々だといいます。
今野さんは社長就任前から、社内環境の整備にも注力したといいます。
「私が入社した当時は、ベテラン従業員のほとんどが先代の友人でした。平均年齢は50歳で、30歳だった私が若い方から3番目でした。バレル研磨の現場は体力が必要な工程も多く、基本的に歳を取るほどパフォーマンスは下がります。それを創意工夫でカバーできればいいのですが、やろうとしないベテラン従業員もいました」
それでも給与体系は年功序列だったといいます。今野さんはそれを見直し、従業員一人ひとりのスキルマップ (業務に必要なスキルを洗い出し、各自ができるスキルを明記したもの)を作り、達成目標を立て、その達成度を人事評価につなげました。
「がんばった人が評価される仕組みです。年功序列のままでは若い世代が定着しないという危機感がありました」
今野さんは、それまであまり見直されていなかった、若い世代や女性従業員に配慮した取り組みも進めました。
「24人いる従業員のうち10人が女性なのにもかかわらず、どこか男尊女卑的な環境でした。女性トイレが和式で使いにくかったり、男性のベテラン従業員がくわえたばこで仕事をしていたり。産休や育休を使う人もいませんでした。社外の人からは『そこからですか』と思われるようなことかもしれません。それをひとつひとつ改善していきました」
今では従業員の平均年齢は34歳です。2016年の社長交代がベテラン従業員たちの定年退職と重なり、一気に従業員が若返りました。
「子育て世代も増えたため、家族行事などで休暇が取りやすい雰囲気をつくり、誰が抜けてもカバーできるような『多能工化』を進めました。あわせて、105日だった年間休日を徐々に増やし、120日にしました」。
ものづくりのまちとして名高い燕三条地域も、若い世代の減少や後継者不足が課題になっています。
「営業活動だけでなく、若い世代に『バレル研磨』を知ってもらうために、ウェブサイトの制作や動画での情報発信に力を入れています。従業員が20人を超えるバレル研磨会社は、全国で10社ほど。それぐらいニッチな業界です。バレル研磨で鏡面加工ができる会社は他にもありますが、ウェブサイトのこまめな更新などで検索上位になるため、うちには毎週、新規の問い合わせが寄せられます。ウェブサイトを通じて、年間20社ほどの新規取引先がコンスタントに増えています」
それまでは中途採用が多かった従業員も、新卒が増えつつあります。
「2023年4月に、地元新潟のテクノスクールから3人が入社予定です。学校で行われた会社説明会で、若い従業員が多いこと、誰にでもチャンスがあること、将来ビジョン、福利厚生などを話したところ、クラスの四分の一ほどがその後の会社見学に来てくれました。会社見学を踏まえ、『入社したい』と手を挙げた3人を全員採用しました。新しい仲間の入社を楽しみにしています」
コロナ禍で、2020年度の東商技研の売り上げは前年から10%ダウンしました。21年度はコロナ禍前の水準に戻り、22年度 も同じ水準で持ちこたえています。
「コロナ禍で伸びたものもあります。地元のステンレス洋食器を、バレル研磨でわざと傷をつけてアンティーク調の風合いにした『ワンウォッシュ加工』が、アウトドアブームで販売を伸ばしました。屋外で鏡面加工の食器を落とすと傷が目立ちますが、ワンウォッシュはもともと傷をつけているので、アウトドアに向いていたのです」
ワンウォッシュ加工の需要に素早く対応できたのも、バレル研磨パターンを300種類持っていたからだといいます。それでも、最近の原材料費や電気代の高騰は、経営にダメージを与えています。
「もう、大変です。4月に導入した太陽光発電で電力の3割は賄えていますが、それでも厳しいです。研磨石や洗剤だけでなく、輸送費アップも影響しており、企業努力で吸収するのが難しいです。もともと安いバレル研磨の加工賃を、なんとかここまで引き上げてきたのに、原価が上がって経営を圧迫しています。値上げせざるを得ない状況が心苦しいです」
仕事量が増えるにつれ、バレル研磨で発生する排水の処理も重要視しています。
「うちではバレル研磨に1日50~60トンの水を使います。もともと最大50トンの前提で設計された排水設備が、仕事量が増えるにつれて処理能力を超えつつありました。そこで2019年に、微生物による排水処理設備を増設しました。土地購入も含めると大きな出費 にはなりましたが、環境対応は次世代に向けた投資だと思って取り組んでいます。同型の設備を使っている、燕市の給食センターから微生物の株をわけてもらって設備を稼働させました。今ではうちの前の用水路には、ザリガニや小魚が生息しています」
バレル研磨を軸に、倒産のピンチを乗り越えて経営体質を強くしてきた今野さん。今後目指す姿を聞きました。
「バレル研磨だけでなく、『研磨』と名の付くもの全てに取り組んで、研磨を通じた困りごとの解決や、新しい価値の提案といった『ポリッシングソリューション』を目指したいです。私たち研磨屋にできることは、まだまだあります。チャレンジ魂を持ち続け、会社の皆でおもしろいことをやり続けていきたいです」
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