畑違いの障がい者支援で家業を成長 堀江車輌電装4代目がもたらす価値
私鉄や地下鉄などの車両整備を手がける堀江車輌電装(東京都千代田区)は、4代目の堀江泰さん(43)が障がい者サッカーとの出会いをきっかけに、畑違いの障がい者支援事業を立ち上げ、就労支援などに取り組んでいます。ビルメンテナンス会社を買収して自社でも障がい者を積極雇用しながら、「ユニバーサル野球」というゲームも事業化し、新たな売り上げと価値をもたらしています。
私鉄や地下鉄などの車両整備を手がける堀江車輌電装(東京都千代田区)は、4代目の堀江泰さん(43)が障がい者サッカーとの出会いをきっかけに、畑違いの障がい者支援事業を立ち上げ、就労支援などに取り組んでいます。ビルメンテナンス会社を買収して自社でも障がい者を積極雇用しながら、「ユニバーサル野球」というゲームも事業化し、新たな売り上げと価値をもたらしています。
堀江車輌電装は1968年の創業以来、鉄道車両の整備を主力にしています。祖父、伯父、父と3代続いた家業を継いだ堀江さんが、14年に立ち上げたのが障がい者支援事業「トライアングル」でした。
「鉄道車両整備の会社が、障がい者支援?」。誰もが持つ疑問に堀江さんは破顔一笑、こう答えます。
「障がい者が活躍できる場があることを発信したい」。4代目が目指すのは新しい時代の中小企業のありようです。
同社は堀江さんの祖父・武氏が創業しました。もともと建築設計事務所を営んでいましたが、鉄道会社からの依頼で車両整備を引き受け、会社を設立しました。
鉄道車両の整備や改造、点検、電装工事などで高い技術を持ち、西武鉄道や東急電鉄などとの仕事に携わってきました。従業員数は65人(2023年2月現在)で、埼玉県日高市と横浜市に作業所を構えます。
堀江さんは高校までサッカーに打ち込んでいましたが、部活引退後は目標を見失い、様々なアルバイトをしていたといいます。
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「当時は受験勉強に意味を見いだせませんでした。やがて大学に進んだ友人たちが就職活動を始めると、私も一つの仕事に取り組みたいと考え、父や伯父に頭を下げて20歳の時に入社しました」
当時の社員数は10人。伯父が社長で、父は専務、叔父が常務という家族経営でした。「みんな作業着姿で毎日現場で汗水流して働いていました。まさに昭和の中小企業です(笑)」
堀江さんは現場での仕事を次々と覚えました。
古くからの社員や取引先からは「堀江さん(父)の息子さんが来た」と言われます。「早く一人前にならなくてはと、夢中で仕事に取り組みました」
毎日、伯父や父と作業着にヘルメット姿で現場に出向く中で、作業の改善のアイデアも浮かぶようになっていきました。
「例えば、先輩社員たちの指導はマニュアル化されていませんでした。技術を安定的に次世代に継承するためにも共有できるものが必須と思い、今のタブレットによるデジタルマニュアルの開発などにつながっています」
27歳の時、2代目の伯父が急逝し、父・洋さんが後を継ぎました。堀江さんも常務に就任します。「想定外の社長就任だった父は、今後は私が会社を牽引するべきだと思ったようです」
堀江さんは12年、32歳で4代目社長に就任しました。「父は私に株を譲渡し取引銀行の連帯保証人も切り替えて、家業から手を引きました。オーナー経営者としての責任を改めて感じました」
堀江さんが常務に就任したころから、鉄道車両整備事業に加え、車両の内装も手がけるようになりました。「電装の業務だけでは大きな成長は見込めません。取引先から見ても、電装も内装も一括で引き受ける会社があれば、発注がシンプルになります。鉄道車両事業は右肩上がりで成長を続けました」
家族経営だった時代は、社長も役員も営業や管理と並行して現場作業にあたるのが当たり前でした。しかし、堀江さんは現場に専任の技術者を配置し、自身は顧客対応や営業に専念して事業拡大を目指しました。
堀江さんが障がい者支援事業に取り組むきっかけは、知人に誘われて13年に聴講した車いすバスケットボールの講演会でした。「障がい者スポーツの存在を初めて知り、感銘を受けました」
インターネットで調べ、高校時代に打ち込んだサッカーにも障がい者の競技があることがわかると、がぜん興味がわきました。「知的障がい者サッカーの大会動画を見つけ、日本代表選手がイキイキとプレーする姿に感動し、すぐにボランティアとして関わりたいと思いました」
競技団体に「何か手伝えることはないか」とメールを送信。練習グラウンドに出向いて選手にお茶を入れたり、グラウンド整備を手伝ったりするうち、選手やチームとの一体感を覚えました。
「とはいえ、練習グラウンドは簡単に見つからず、ユニホームを作る資金も足りない。グラウンド使用の交渉をしたり、企業を回って寄付金を募ったりしました」
しかし、熱意とは裏腹に寄付金は思ったようには集まらなかったといいます。
「だったら、自分で何とかするしかない」。大会協賛や応援Tシャツを作って売り上げを寄付するなどしました。
「同時に、知的障がいがある選手たちと交流する中で社会人としてのポテンシャルを感じました。ところが実際は特別支援学校を卒業しても、限られた職場にしか就職できない現実がある。就職支援でも力になりたいと思ったのです」
堀江さんは14年、たった一人で障がい者支援事業「トライアングル」を立ち上げました。
社会福祉士、精神保健福祉士、企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)、そして障害者スポーツ指導員といった専門職員を配置し、障がい者向け職業紹介や企業向け障がい者雇用のコンサルティングを進めています。
最初の3年間は売り上げゼロを想定し、地固めに専念。当初の運転資金は内部留保を活用しました。「事業立ち上げから(公的な)助成金は一切、受け取っていません」といいます。
「新しいアイデアが出てきた時、即座に動けることが重要だと考えています。運転資金を助成金に頼ることで、助成金が受け取れなくなる事態になると事業が停止するリスクもある。自社で運転資金を賄うのは、決定速度、自由度、持続性の確保につながります」
新事業は社内で理解されにくいのではないかと思い、軌道に乗るまで社員にも具体的なことは伝えていなかったそうです。
「当初、社員は『また社長が何か新しいことを始めた』と静観していました。専任のスタッフが入社し、彼らから説明した方がいいと背中を押され、社員に事業内容を伝えました」
初めて社内報を制作し、少しずつ障がい者支援事業への思いをつづりました。鉄道車両の内装での実績があったので、社員の理解もスムーズだったといいます。
15年には障がい者の雇用支援サービスを始め、16年にはビルメンテナンス会社を買収し、自社でも積極的に障がい者雇用を進めます。
「特別支援学校の中には清掃専門コースがあり、知的障がいサッカーの日本代表選手にもビルメンテナンス業務に従事する人が多かった。彼らを即戦力として採用するため、買収しました」
その後、清掃業だけでなくIT業界や金融業界などへと受け皿を広げ、新事業立ち上げから3年後に売り上げが計上されるようになりました。
「新事業がたびたびメディアで取り上げられたことで、新しい受け入れ先企業の開拓にもつながっています。社会貢献のインパクトは予想以上に大きいです」
障がい者の法定雇用率は2.3%で、43.5人以上を雇用する企業は障がい者を1人以上雇う必要があります。法定雇用率は24年度には2.5%、26年度には2.7%に引き上げられます。
しかし、22年の厚生労働省データによると、企業規模が小さくなるにつれて雇用率が下がり、43.5人~100人未満の企業では1.84%にとどまります。
従業員65人の堀江車輌電装は障がいのある社員3人が在籍し、雇用率は4.62%です。うち2人はビルメンテナンス事業部で清掃事業のほか、他社への清掃事業指導(ジョブコーチ)としても活躍。残る1人は障がい者支援事業部で、障がいのある求職者や職場体験実習に参加する人の面談や対応などの実務を担っています。
「彼らは会社の売り上げにしっかりと貢献しています。また、障がい当事者と企業人という両方の目線を持って事業内容を見てくれるのが強みです」
堀江さんは障がい者の職場環境づくりに「特別な配慮は必要ない」と言います。
「障がいがあるから配慮するというのは、逆に言えばそこに壁や距離、差別が生じかねません。もちろん最小限の配慮は必要ですが、その従業員の得意不得意を理解し対応するスタンスです」
「タスク10個では取りこぼしても、3個ならきっちりと仕事ができる人なら、その3個に集中してもらえばいい。失敗しても周りがカバーできれば仕事は進みます」
障がい者を雇用することで、個性を見つけて生かす職場環境を築ける。その柔軟性は、中小企業だからこそ実現しやすい強みになると、堀江さんは考えています。「誰もが働きやすい環境を整えられれば、障がい者だけでなく国籍や性別を超えてみんなが活躍できる会社になります」
障がい者支援事業を立ち上げたことで、「ユニバーサル野球」の発明にもつながりました。
ユニバーサル野球は、野球場の20分の1スケールの「野球盤」を使い、打席に備え付けられたひもを引っ張ることでバットを動かし、年齢や性別、障がいの有無に関係なく楽しめます。
1、2時間で組み立て可能で、屋外にも屋内にも対応できます。ウグイス嬢が選手を紹介し、選手は「かっ飛ばせ」という声援を受け、応援される喜びを感じることができるのです。
ユニバーサル野球は元高校球児の中村哲郎さんという社員のアイデアでした。中村さんは障がい者支援事業に共感して転職。障がいのある子どもも楽しめる野球を作りたいと、ひもを引っ張るだけでバットを動かしてボールを飛ばせる打撃システムを発明したのです。
19年3月、東京都小平市の特別支援学校での体験会を皮切りに、全国にユニバーサル野球を広げました。20年に「野球ゲーム盤」として特許を取得。全国の小学校や特別支援学校の授業で行われるようになりました。
ユニバーサル野球は、レンタル料(1日4万円~)を設定しています。「ボランティアでは経営が落ち込んだときに行き詰まるリスクがあるからです」
保護者には「ぜひ地元企業を回って協賛金を集めてください」とお願いしているといいます。
「1社からはわずかでも、2社、3社と集まれば、イベントを実施するくらいの金額になりますし、地元の理解が深まって障がいのある子どもたちの就職先になる可能性も秘めています」
現在、未来創造事業部という部署でユニバーサル野球を推進し、22年度には、19回のイベント(学校行事を含む)を開きました。事業の一つとして売り上げにも貢献しています。
中小企業だからこそ、障害者支援事業を即断即決で進められる――。堀江さんはそう確信しています。
「コロナ禍で業務を縮小せざるを得なかった時、社員に資格取得や研修などに取り組んでもらいました。障がいのある社員も同様です。今後は車両部でも障がいのある人を採用して、一流の鉄道車両整備士を育成したい」
障がい者支援の実績は、新入社員採用でも大きな変化をもたらしました。障がい者支援事業部を立ち上げた14年は25人だった従業員が、今は65人まで増えました。
「認知度が上がって優秀な学生が入社するようになり、タブレット端末を使った研修ビデオやアプリケーションの開発に携わっています。今後は職人の腕と人工知能(AI)を融合した鉄道車両整備の新しい技術開発にも着手したいと考えています」
障がいのある従業員とない従業員が一緒に働くことで社内のコミュニケーション力が格段に上がりました。あうんの呼吸で仕事をしてきた職人的な社員が丁寧な説明を心がけたり、デジタルを活用して仕事内容を共有したり。結果的に効率向上につながっていると、堀江さんは強調します。
「鉄道車両に関わる社員がユニバーサル野球なども手伝います。普段の厳しい表情とは一変して柔和な笑顔を見せ、新しい一面を発揮してくれます。祖業を含めて取引先の理解や共感が高まり、売り上げにつながっているところもあります。障がい者支援事業は会社のブランディングとなり、社員の意識を大きく変えてくれました」
堀江さんは、中小企業だからこそできる持続可能な共生社会の実現に突き進む決意です。
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