父とやり方が違っても ツルヤマテクノス3代目、親子の距離縮めた地域活動
千葉県市原市のツルヤマテクノスは、石油・化学プラントの建設、メンテナンスを行う総合エンジニアリング企業です。地域貢献活動にも力を入れており、3代目で取締役の鶴山智博さん(36)も、イベントの企画や「アトツギ友の会」の設立などに取り組んでいます。事業のことだけを考えると非効率なようにも見えますが、事業承継を前に、地元を大切にしてきた父との距離が近づいたように感じています。
千葉県市原市のツルヤマテクノスは、石油・化学プラントの建設、メンテナンスを行う総合エンジニアリング企業です。地域貢献活動にも力を入れており、3代目で取締役の鶴山智博さん(36)も、イベントの企画や「アトツギ友の会」の設立などに取り組んでいます。事業のことだけを考えると非効率なようにも見えますが、事業承継を前に、地元を大切にしてきた父との距離が近づいたように感じています。
目次
ツルヤマテクノスは、1969年設立。石油・化学プラントの建設、メンテナンスをはじめ、護衛艦やジェット機エンジンの消音装置の製造など、防衛省関連事業も展開しています。
2014年からは、多目的ホールを備えた複合ビルの運営を始めるなど、事業の幅を広げています。
2018年には経済産業省による地域経済のバリューチェーンの中心的な担い手である「地域未来牽引企業」に選ばれました。京葉臨海コンビナートに2つの工場と事業所を持ち、現在の従業員数は80人です。
鶴山さんは、大学卒業後、大手の同業他社で約5年間勤務した後、家業に3代目として入社しました。
当時、他業界の経験がないことに不安を感じていたといいます。
「家業でイノベーションを生み出すためには、井の中の蛙ではいけない。将来の事業承継に向けて、『知の探索』ができていないという危機感が強くありました」
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そうしたなか、Twitterの発信をきっかけに、市原市から遊休資産のリノベーション会議に呼ばれることになります。会議では、ほかの参加者から、ツルヤマテクノスが地域に貢献してきたことを教えられました。
詳しく聞いてみると、父の孝行さんが神社仏閣の修復や動物園への寄付、地元サッカークラブ「VONDS市原」のスポンサーなどを続けてきたといいます。
「このときから、地域との交流も事業承継の重要な要素として意識するようになりました」
ある日、ボラティア団体「桜さんさん会」のメンバーが鶴山さんのもとに駆け込んできました。「桜さんさん会」は、2001年に発足。
20年以上にわたり、養老川周辺の桜並木づくりやアート作品による景観づくりに取り組んできました。しかし、近年はメンバーの高齢化に伴い、活動の継続が難しくなりつつあったといいます。
「何か自分にできることはないだろうか」。そう考えた鶴山さんは、後日、会長の自宅に赴き、会の歴史を詳しく聞きました。
「会の歴史を改めて知り、このまま活動が途切れてしまうのは悲しいなと思ったんです。たとえ社内のリソースが使えなくても、私なりの地域貢献の方法があるのではないかと考えました。そこで、ツルヤマテクノスがこれまで地域に対して実施してきた寄付という形ではなく、“人と人との懸け橋”となるような活動をしたいと思いました」
そこで、桜の植樹を行い、養老川中流域に美しい景観を作ってきた「桜さんさん会」の活動を、より多くの人に知ってもらおうと、鶴山さんは応援イベント「さくらwalk」を企画します。
鶴山さんは市原市の協力を得て、市内の小中学校にポスターを配布。その効果もあり、養老川沿いの桜並木を散歩しながら、約400人 がマルシェやビンゴゲームを楽しみました。
なかでも印象に残ったのが、長年「桜さんさん会」の活動を続けてきたメンバーの女性が、涙しながら写真を撮っていたことだといいます。
「この活動を通して、さまざまな出会いに恵まれたことで、鶴山家とツルヤマテクノスの二つの観点から気づきがありました 。また、メールやSNSで『活動に協力したい』という連絡を何件もいただきました」
「さくらwalk」を機に、地域の中小企業の後継ぎとの交流が増えたことも生まれた変化の一つです。交流を始めるなかで「アトツギコミュニティをつくろう」という流れになりました。
「私自身、父と世代間のギャップによる意見の相違があり、コミュニケーションが取りにくいという悩みがありました。事業承継は会社にとっても後継ぎにとっても重要な問題です。だからこそ摩擦も多い。新しいチャレンジへの抵抗もあるかもしれません。そんな悩みを同じ境遇の仲間に相談できる場をつくりたいと考えました」
また、「他人だからこそ言える言葉がある」という鶴山さん。自身も外部のメンターに相談したことがあるといいます。
「『継がなかった時の未来を考えたことはある?』『親父さんと会話の量少なくない?』という問いに答えることで、自分自身の本心を知り、新たな気づきにつながりました。他人だからこそ、自分の弱さをさらけ出せることがあると思います。社内でもがいている人間こそ、自ら外に出て忖度ない意見を聞いてほしいという思いもありました」
2023年5月には、一般社団法人ベンチャー型事業承継の協力も得て、「家業らしさ・自分らしさを再確認する」をテーマに、トークイベントを開催。アトツギ経営者に家業に向き合う姿勢やイノベーションの事例を共有してもらいました。
後日、うれしい出来事がありました。「ずっと家業を継ぐか迷っていたけれど、イベントに参加して継ぐ決意が固まりました」と父の代から付き合いのある鰻屋の姉妹が報告してくれたのです。
「この言葉を聞いて、本当にやってよかったと思いました」
さらに、トークイベントを機に、さまざまなシナジーが生まれました。市原市と館山市の須藤牧場とがつながり、須藤牧場が展開する「生シェイク祭り」に市内から新たに参加する店舗が増えるなど、地域を超えた交流が深まりました 。
「アトツギ友の会」には、社会起業家、スモールスタートアップ、市民サッカーチームに所属するメンバーもいます。「これは、後継ぎが地域と交流するうえで、触媒のような役割を果たしてくれるのではないかと考えて声をかけました」
また、学校教育に関わるメンバーのつながりから、県立姉崎高校の「総合的な学習」の授業に参加する機会も得ました。具体的には、バーベキューの企画をテーマにしたグループワークを通して、鶴山さんは問題解決の糸口の見つけ方などプロジェクト管理の手法をアドバイスしました。
後継者が地域活動に力を入れることについて、社内で否定的な意見はなかったのでしょうか。
「私の知っている限りでは反対意見はありません。父に対してはすべて直前または事後報告でした。相談なんかしていたら前に進まないと思っていたからです。こうした活動が、すぐに自分のビジネスにつながるわけではありませんが、中長期的には良い作用が働くはずです。最短距離が最速とは限らない。そんなスタンスで楽しんでいます」
地域活動に力を入れるのは、鶴山さんの心に父の教えが深く刻まれているからです。
父の孝行さんは、「何よりも『人』を大切に」「常に周りの人への感謝の気持ちを忘れてはいけない」と事あるごとに鶴山さんに伝えてきました。
同様に祖父も、「来る人だけでなく、去っていく人ほど大切にしなさい」「感謝は、やりすぎくらいがちょうどいい」とよく言っていたといいます。
「この理念は、しっかりと受け継いでいきたい。効率ばかり優先される世の中ですが、そもそも真心や誠実さは、非効率な方法でしか伝わらないと思っています。今までの人生を振り返っても人間関係はあえて非効率を選んできたように思います」
こう語る鶴山さんは、日頃から「人に会うこと」「足を運ぶこと」を大切に、人とのつながりを築いています。
鶴山さんの活動を、父の孝行さんは見守っています。面と向かって口には出しませんが、テレビで鶴山さんが話している姿を見て、「落ち着いているな」と一言、うれしそうに話していたと母から伝え聞きました。
「父も私も地域貢献に対する思いは同じ。ただ、やり方が違うだけ。父の理念は受け継ぎながらも、自分なりのやり方でリーダーシップをとっていく。『親父見ててくれよ』という気持ちが常にあります」
実は、「アトツギ友の会」の活動を機に、親子の距離が縮まったといいます。共通の話題が増えたことで、イベントの写真を見ながら会話が弾むようになりました。数年後の事業承継を見据え、少しずつ話し合いを進めています。
「企業の役割は、地域の資源を借りて付加価値を生み出し、社会に還元すること。さまざまな活動を通して得た知見を地域に生かしていくためにも、新たなチャレンジを続けていきたいです」
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