目次

  1. 子どもが運営する「かき氷屋」 実は起業家教育の一環
  2. 協力する商店街「店を出したいと思える若者を増やしたい」
  3. 起業家教育、国のスタートアップ政策で再び注目
  4. 家庭内でのコミュニケーション、起業マインドにどう影響?
かき氷屋の呼び込みにたつ八木小由樹さん(中央)

 「おいしい、かき氷いかがですか~?」

 2023年8月26日、この日は東京都渋谷区の笹塚十号坂商店街で開かれた夏祭り「カンカンバザール」。

 最初は恥ずかしくて声が出なかった小学4年の八木小由樹さん(10)も、次第に「かき氷屋」の呼び込みに力が入るようになりました。お店に立つと、小さい子どもにかき氷を手渡すときは、なるべく目線を合わせようとするなど接客も工夫していました。

 そんな様子を温かく見守っているのが、向かいでキャラメルポップコーン店を出店している父親の八木茂久さん(52)。普段は、近くで自動車の販売・整備を手がけている「上群自動車」の2代目の代表です。

かき氷をつくる八木小由樹さん(手前)と向かいでキャラメルポップコーンを売り込む父親の八木茂久さん(中央奥)

 「普段から親の職場に来て、お客さんとコミュニケーションも上手に取ってくれるんです」とがんばる娘の姿を見てうれしそうです。

 この「かき氷屋」は、東京都と法政大学との共同事業「TOKYOこども起業家ゼミワークショップ」による起業家教育の一環です。こどもが出店の1日社長となり、自ら商品を企画・販売・宣伝などに取り組むことで、チャレンジ精神や他者と協働する力のアントレプレナーシップを醸成することを目的としています。

 そんな事業に協力を申し出たのが、笹塚十号坂商店街でした。京王線笹塚駅から徒歩圏内にある好立地。商店街の専務理事も務める八木さんは「商店街で店を構えているのは2,3代目の経営者だけではありません。30~40代の経営者も新しく出店してくれています」と話します。

 それでも、閉店した店舗がマンションに変わってしまうなど「商店街」として維持していくことは簡単なことではありません。若い人たちが今後もビジネスに挑戦し続ける場でもありたい、将来、商店街で店を出したいと思える若者を増やしたい、そんな思いから「TOKYOこども起業家ゼミワークショップ」に参加することにしました。

TOKYOこども起業家ゼミのプログラム開発と実施(東京都の公式サイト「東京都と大学との共同事業」から)https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/daigaku/kyodo-jigyo.html

 商店街の活動とは別に、八木さんは自社の事業承継についてはまだ決めかねています。

 「今後も自動車整備や販売が伸びるのであれば、ぜひ継いでほしいとは思います。でも、いまは整備士の採用も難しくなっているし、子どもたちが大人になるころにはどうなっているのかはわかりません」

 三女の小由樹さんからは保育士になりたいという夢があることも聞いています。八木さんは「将来、どんな仕事に就くにせよ、お客さんとコミュニケーションを取るという根幹は変わることはありません。今回は、まずその大切さを学んでほしいと思い、参加することにしました」と話しました。

東京都渋谷区の笹塚十号坂商店街で8月26日に開かれた夏祭り「カンカンバザール」

 ほかにも、ワークショップにきょうだいで参加した親からは「いつもお手伝い程度のことしかやらないのですが、自分で考えて人に伝えて、人を動かさなくてはならない経験は、とても貴重でした。本人が今後、この経験をどう生かしていくのか、見守りたいと思います」との感想が寄せられました。

 起業家教育とは、起業家精神(チャレンジ精神、創造性、探究心など)と起業家的資質・能力(情報収集・分析力、判断力、実行力、リーダーシップ、コミュニケーション力など)を有する人材を育成する教育です。

 ただし、諸外国と比べると、リスクに対する警戒感が強く、身近なところに起業家がいないことも影響し、創業に対して無関心な層の割合が高いことが課題となっていました。

 こうしたなか、政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、日本にスタートアップを生み育てるエコシステムを創出しするための「スタートアップ育成5か年計画」を決定しました。

 この計画のなかで「小中高生を対象にして、起業家を講師に招いての起業家教育の支援プログラムの新設や、小中高生向けに総合的学習等の授業時間も活用した起業家教育の実施の拡大を図る」ことが明記されています。

 文部科学省や中小企業庁は10年ほど前から、起業家教育(アントレプレナーシップ教育)に取り組んできましたが、国のスタートアップ政策をきっかけに起業家教育がさらに広がる可能性があります。

 子どもの起業家教育に取り組んでおり、今回「TOKYOこども起業家ゼミワークショップ」を企画した法政大の姜理惠教授は、笹塚十号坂商店街での取り組みだけで終わらず、地域のイベントや町内会、学校でも同じように実施できるようマニュアルと動画を作成し、講習会を実施することを考えています。

法政大学の姜理惠教授(研究室提供)

 姜教授はさらに研究者として取り組みたいテーマがあります。それは、ファミリービジネスの家族内のコミュニケーションが起業マインドにどう影響するか、です。

 親が事業家である場合、子どもの小さいころからキャリア教育をさせたいというモチベーションが高く、子ども自身も様々なリスクへの許容度が高い可能性があるといい、こうした傾向と家庭内でのコミュニケーションの関係について、一連の研究を通して解き明かしたいと考えています。