目次

  1. 「人前でしゃべれるようになりたい」で天職に出会う
  2. 20歳で「10年に一人の天才」に
  3. 回り道の末に独立を決意
  4. 開業資金が借りられない
  5. 人通りの少なさに「商売は無理」
  6. 起死回生となった口コミ

 埼玉県出身の秋葉さんが八百屋の仕事に出会ったのは高校生のころ。アルバイトを募集していた店舗で、若い店員が大人の客に元気に売り込んでいる姿を見て「これだ!」と思ったそうです。今でこそテレビにも多く出演し、元気で話し好きのキャラクターで知られる秋葉さんですが、幼少期は口下手な性格だったと言います。

高校時代の秋葉さん(アキダイ提供)

 「子どもの頃は人前で喋ることは基本、避けてきました。中学3年生の時にやらされた体育祭の応援団長をきっかけに、言葉のキャッチボールの楽しさに目覚め、もっと人前で喋れる人間になりたいと思うようになったのです。高校からは生徒会長など、あえて人前で喋るステージに立つようにしました。八百屋さんでのアルバイトも、そのひとつだったんです」

 これが結果的に、天職との出会いとなりました。

 アルバイトでは手取り足取り仕事を教えてもらえるわけではありませんでしたが、先輩や社長のやりとりを聞いて商売の基本を覚えていきました。積極的な姿勢が評価され、2年目の夏には高校生でありながら売り場の値付けを任されるようになります。

 「社長から桃の原価表を渡されて、『好きなように値段つけて売っていいよ』と任されました。接客を工夫して130ケースを完売し、『明日は150ケースに挑戦するからもっと持ってきてください』と言ったりしてね。それが自分の原点ですね。商売は本当に楽しいと思った。もちろん楽じゃない仕事です。外で働いているんですから、当然夏は暑いし冬は寒い。だけど、お客さんとのやりとりや、売れたときのうれしさ、まわりから必要とされることなど、商売の喜びを感じられました」

 商売の楽しさをアルバイトで覚えた秋葉さんは、高校卒業後、計測制御機器の大手メーカーに就職します。

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