まず自社製品を守るために商標登録を申請しましたが、難しいだろうとも思っていました。地域名のついた商品は一般名称になるため、いち営利企業の商標申請は通りづらいためです。
彦根市には、近江ちゃんぽんのようなちゃんぽんを出すお店がたくさんあります。昔からある店、ドリームフーズから独立した方が出した店、あるいはちゃんぽんを出すラーメン店など、形態は様々ですが、「近江ちゃんぽん」とは名乗っていませんでした。
しかし、近江ちゃんぽんを盛り上げるには、我々だけの力では足りません。少なくとも発祥地の彦根市では、色々な店で出してなんぼだと思っています。そのため、一定の条件を満たすことで「近江ちゃんぽん」の商標を開放することにしたんです。
まず、「近江ちゃんぽん協会」という任意団体を立ち上げました。全国にご当地ちゃんぽんが広がる中で、生まれた「全ちゃん協」(全国ご当地ちゃんぽん連絡協議会)の発起人からの助言を受けたものです。
商標を開放する条件は、近江ちゃんぽんの特徴(和風だしベースのスープ、中華麺、手鍋で煮込む)を備え、品質もクリアしていることなどです。協会が認定証を授与することで、観光客の皆様に「彦根には、近江ちゃんぽんというソウルフードがある」と認知してもらえるようになりますよね。
──協会としてはどのような活動を重ねましたか。
認定証発行のほか、認定店舗を記載した「近江ちゃんぽんMAP」の作成、「全国ご当地ちゃんぽんサミット」などへの参加、協会認定の「カップ麺」の販売などを行いました。
しかし、ご当地グルメブームが徐々に沈静化し、イベント数も減る中で、2023年現在、協会の活動は縮小しています。一定の活動と成果を残しましたが、残念ながら持続的な取り組みとはなりませんでした。
コロナ禍で来客数が半分以下に
──経営を続ける中で、困難や失敗、挫折はありましたか。
実際はいつも困難で失敗と挫折ばかりです。直近だとやはりコロナ禍で、ひどいときは来客数が半分以下になりました。店舗開発の仕事がなくなって、組織図を作り替える必要がありました。
滋賀県内の路面店は踏ん張っていましたが、県外のフードコートの店は家賃が高いところも多く、壊滅的な状況になりました。契約満了のタイミングを待って10店舗くらいは閉店させたと思います。
東京・銀座にも店舗がありましたが、緊急事態宣言で休業しました。その間、従業員を雇い続けるのも大変でやむなく閉店。仲間たちとの別れが、一番つらかったですね。
コロナ下ではECサイトやデリバリーに力を入れました。工場を持っているので、自宅で近江ちゃんぽんを楽しめる冷凍食品も作れます。今でも売れているので、あのころの取り組みは無駄ではなかったと思います。
でも基本的にはジタバタせず、嵐が過ぎるのをじっと耐えてました。
──再び東京に出店するビジョンはありますか。
もちろんです。東京に店舗を持つことは、ブランディングの面でも意義があるので、いずれ再出店を考えています。東京だけでなく、やむなく閉店したお店も「いずれまたこの地でリベンジするぞ!」という気持ちを持っています。
品質に差が出ないための工夫
──チェーン店の規模を急拡大させると、味や接客スキルの質を保つのが難しくなるという面もありますね。
この問題はどのチェーン店も抱え、終わりは無いと思います。今のちゃんぽん亭が、私が求める合格点に達しているかというと、まだまだ。常に改善意欲を持っています。
2018年、しょうゆメーカーのマルマタをグループ化して、セントラルキッチンで作ったスープを全国に配送することで、店舗ごとのスープのクオリティーを均一化しました。厨房設備も常に投資を続け、オペレーション品質に差が出ない工夫をしています。
ばらつきやすい調理工程を統一・標準化するために、様々な変更を行いました。安心・安全な商品として自信を持って提供できるように国産野菜に変えたり、減塩に取り組んだり、だしを強化したり、品質改良を重ねて今に至ります。
それでも、接客は生身の人間が務めます。マニュアルを作るなど、作業しやすくするための環境整備は当たり前のようにやっています。
僕らは何の価値を創造しているのか。「おいしいをつくる・つなぐ」というドリームフーズの理念などをまとめた冊子を全従業員と共有していますが、まだまだと思っています。
「荒くれ者」の集団を変えた
──従業員の意思統一を図るため、どのような組織マネジメントを進めましたか。
今だから言えますが、私が入社したころは荒くれ者の集団で問題だらけでした。店舗による品質のばらつきやオペレーションの乱れ、接客面での不備などが散見されました。
問題の根本には、前近代的な社内制度や人材育成の遅れなどがあります。それらの解決が近江ちゃんぽんの評価につながると考え、社内規定の整備や採用条件の見直し、人材育成や組織運営における制度変更など、体質改善に取り組みました。
原価低減にウルトラCはない
──円安や原油高の今、ちゃんぽんは700円(税別)から、という低価格帯を維持するための工夫は何でしょうか。
工夫といっても野菜や肉を減らすわけにはいかないですしね。
原価には理論原価と実際原価があります。色々な物を仕入れて調理していくうちにミスをしたり、賞味期限が短いものを廃棄せざるを得なくなったりすると、実際原価は理論原価からどんどんズレていくんです。それを一般的にロスと言います。
そのロスを最少化できれば、原価を抑えられます。例えば、調理ミスを極限まで減らすことが、ロスの削減につながると思い、一生懸命取り組んでいます。ウルトラCはどこにもないですね。
全国200店舗超えを目指して
──全国展開や海外進出、新業態への挑戦など、今後の展望を教えて下さい。
「近江ちゃんぽんを日本のちゃんぽんに」というのがミッションです。
「誰でも知っているチェーン店」になるための店舗数は200くらいは必要かなと。競合他社さんの動向を見ても、200店舗を超えるあたりから全国的な知名度になっていますね。
ちゃんぽん亭は直営店が中心でしたが、これからはフランチャイズ展開も視野に入れ、向こう5年間で200店舗以上になればと思っています。
日本は今後、食べる人も働く人も減ることが確実です。一方、世界に目を向けると、うどんやラーメンといった日本の麺類を受け入れている国は少なくありません。
16~20年にハワイのショッピングセンターに出店し、期間限定のポップアップストアも、バンコクやニューヨークなどに出しました。そして23年は東アジアとして初となる台湾に出店しました。今後、海外進出を本格化したいと思っています。
食品事業も手がけてみたいです。工場で食品を作り、他社に提供するような上流工程には、店舗維持のためのコストも必要ありませんからね。
観光業を担う企業として
──「近江ちゃんぽん」を通じて、どのように地域振興を図ろうとしていますか。
僕らの事業はある意味、観光業だと思っています。
来県された方に滋賀の魅力を感じていただくための味であると同時に、滋賀を離れた方にも故郷を思い出していただくための味でもあります。
今、食品事業では冷凍のちゃんぽんを売っていますし、他にも漬物やタレなども製造しています。高速道路のサービスエリアでもお土産として売っていますから、観光業に従事していると言っても過言ではありません。
我々の事業の縦軸が外食だとしたら、横軸は観光なんです。日本が観光立国として歩む中で、ただのラーメン屋でいるか、観光事業に従事しているという意識でいるかによって、事業成長の可能性は大きく違ってきます。
滋賀県の観光産業に新しい付加価値を提供することで、地域のために貢献できるのではないかと思うんです。
──滋賀の観光産業はポテンシャルを秘めていますか。
秘めていると思います。彦根城をはじめ、これだけの観光資源がある県です。私が愛知県一宮市出身という「よそ者」だからこそ、一層そう思えます。
ドリームフーズが滋賀県に本社を構え、地元の皆さんと一緒に歩んでいく選択をしているのは、滋賀はポテンシャルを秘めていると確信しているからです。
彦根の個人店が出していたちゃんぽんが新しい世界で受け入れられるには、少しでも良くしていこうという想いが必要です。我々は失敗もしますが、これからも努力を重ねていくつもりです。
高い目標を持って努力する
──物流や顧客の所得水準など、大きなハンディーを抱える地方の飲食業の経営者に求められることは何でしょうか。
「高い目標を持って努力する」。これに尽きるんじゃないかなと思います。中小企業が成功するには、高い目標を設けて、普通のレベルを逸脱していく必要があると思うんです。
それ以外はすべて個性です。頭のいい人もそうでない人も、器用な人も不器用な人もいる。でも成功しているのは高い目標を持って毎日努力している人だけなんですよ。周りにいる経営者はみんなストイックで、私が気後れするくらいですから。
──最後に、山本さんのお気に入りのメニューや食べ方を教えて下さい。
私も最近知りましたが、近江ちゃんぽんに唐揚げをトッピングするとおいしいんですよ。
それを聞いた時、「本当か?」と思って試してみると「これめっちゃうまい」となりまして。今は唐揚げのトッピングをメニューに加えました。
うどんに天かすを入れるとおいしいように、うどんのつゆに近い近江ちゃんぽんに唐揚げは合うんですよね。唐揚げも中が柔らかくなって食べやすい(笑)。そして油がじんわり浮いたスープと酢がまた合うんです。これはぜひ、試してほしいですね。