目次

  1. ダイナミックプライシングとは
    1. ダイナミックプライシングの仕組み【具体例付き】
  2. ダイナミックプライシングのメリットとデメリット
    1. AIを使ったダイナミックプライシング
  3. ダイナミックプライシングの設定方法7ステップ
    1. 目的の明確化と課題の把握
    2. データの収集
    3. 価格感受性の分析
    4. ルールの設定と運用体制の構築
    5. ソフトウェアの導入(必要に応じて)
    6. テストの実施
    7. 継続的な分析と改善
  4. ダイナミックプライシングを活用した成功事例
    1. スーパーマーケット
    2. 家電量販店
    3. 飲食店
    4. ソフトウェアサービス
    5. そのほかのダイナミックプライシングの成功事例
  5. ダイナミックプライシングの二つの失敗事例
    1. 観光地にあるホテル
    2. 洋菓子店
  6. ダイナミックプライシングを活用しよう

 ダイナミックプライシング(Dynamic Pricing)とは、需給や市場状況に応じて価格を柔軟に設定することです。欲しい人が多い(需要が多い)場合に価格を値上げしたり、反対に欲しい人が少ない(需要が少ない)場合に価格を値下げしたりします。

 ダイナミックプライシングが採用されている身近な例として、以下が挙げられます。

  • スーパーマーケットにおける生鮮食品の値下げ
  • 航空券の早割やハイシーズンでの値上げ
  • 時期や曜日に応じたテーマパークチケットの価格設定

 このように季節やタイミングによって需要量が大きく変動する場合に、ダイナミックプライシングが多く採用されています。

 上述したとおり、ダイナミックプライシングとは需給や市場状況に応じて価格を柔軟に設定することです。

 固定価格の場合、標準価格に販売量を掛けた値が収益となります。仮に需要が想定よりも高かった場合、販売価格が標準価格より高かったとしても購入する人は現れるでしょう。しかし、価格を変えずに標準価格のまま販売しているだけでは、収益の最大化が図れません。需要が高いときに販売価格を値上げすることで、追加収益の獲得が図れます。

固定価格とダイナミックプライシングの収益の差
固定価格とダイナミックプライシングの収益の差・著者作成

 具体的な例として、ホテル業界の戦略を紹介します。

 通常、ホテルの客室料金にはダイナミックプライシングが採用されています。平日料金と週末料金の設定に加えて、夏休みや年末年始などハイシーズンでの値上げがおこなわれます。

 近年のダイナミックプライシングはさらに高度化しています。チェックインの日が近づくにつれて空いている部屋数や予約の状況から需要量を具体的に計算し、価格をより細かく変動させているのです。

 例えば、大きなイベントの開催や海外の旅行客の急増など、多くの人がホテルを利用すると見込まれる場合には、従来の価格よりもさらに値上げします。逆に、あまり人が来ないときには価格を下げて、より多くの客を呼び込み空室を埋めようとします。

 以下の表は、あるビジネスホテルにおける売り上げシミュレーションです。従来型のダイナミックプライシングでは、平日の空室に対応できていなかったり、ハイシーズンの高需要を生かしきれていなかったりしていました。

客単価(円) 部屋数(戸) 希望入室数(戸) 空室(戸) 日数(日) 売り上げ(円)
平日料金 10,000 10 6 4 15 900,000
休日料金 13,000 10 10 0 6 780,000
ハイシーズン料金 20,000 10 15 0 10 2,000,000
合計 3,680,000

 一方、近年のダイナミックプライシングでは、平日に直前予約割引を設定して、空室を埋めています。また、ハイシーズンでは5部屋売り出したところでホテルに泊まりたい人(需要量)がホテルの部屋数(供給量)を上回ることが判明したことから、その後さらなる値上げをおこなっています。

客単価(円) 部屋数(戸) 希望入室数(戸) 空室(戸) 日数(日) 売り上げ(円)
平日料金 10,000 10 6 4 15 900,000
平日
直前予約割引
8,000 4 4 0 15 480,000
休日料金 13,000 10 10 0 6 780,000
ハイシーズン料金 20,000 5 5 0 10 1,000,000
ハイシーズン
料金の値上げ
25,000 5 5 0 10 1,250,000
合計 4,410,000

 このように、ダイナミックプライシングは市場の需要と供給にもとづいて柔軟に価格を設定する仕組みでおこなわれ、収益の最適化に貢献しています。

 ここでは、ダイナミックプライシングのメリットについて紹介します。ダイナミックプライシングは、企業側・利用者側の双方にメリットをもたらします。

企業目線のメリット 消費者目線のメリット
適切な価格設定で収益を最大化できる 通常よりもリーズナブルに商品やサービスが手に入ることがある
設備や人を多く抱えるような固定費が大きい企業にとっては、稼働率を上げることで固定費の回収に貢献できる 価格変動から市場の需要動向が理解できるため、購入のタイミングを図れる
機会損失を最小化し、高収益性を確保できる

 一方で、ダイナミックプライシングには以下のようなデメリットもあります。ここでは代表的なものをいくつか紹介します。

企業目線のデメリット 消費者目線のデメリット
システム投資や運用体制の構築などにコストがかかる場合がある 高需要の時期には割高になったり、購入のタイミングを逃してしまったりすることがある
顧客からの印象が悪化する可能性がある 頻繁な価格変動により、購入計画が立てづらくなる
値上げされている時期の購買可能性が低下する

 上記のようなデメリットがあるため、すべてのサービスをダイナミックプライシングにすればよいわけではありません。サービスの特性や自社の環境などを踏まえながら、ダイナミックプライシングを導入するかどうかを決めましょう。

 近年はAIを活用したダイナミックプライシングも活発になってきています。AIを活用することで担当者の勘や経験ではなく、データと需給にもとづいた分析によって、最適価格の設定が可能になります。

 AIを使ったダイナミックプライシングには以下のようなメリットがあります。

AIを使ったダイナミックプライシングの主なメリット
精度の高い需要予測 過去のトレンド・季節性・市場動向の分析や、その結果をもとにした将来の需要の予測が可能になる
リアルタイムの価格調整 市場の変化に応じて価格をリアルタイムで調整し、競争力のある価格を提供できる
消費者行動の理解 消費者の購買パターンや好みの分析や、その結果にもとづいた価格設定が可能になる
在庫管理の改善 需要予測にもとづいて在庫量を最適化することで、売れ残りや品切れを減らせる
自動化による効率化 手動での計算作業が不要となり、価格設定の手間が省略できる
データ駆動型の意思決定 膨大なデータを活用することで、勘や経験に頼りすぎない価格設定が可能になる

 上記のようなメリットがある一方で、デメリットもあります。主なデメリットは以下のとおりです。

AIを使ったダイナミックプライシングの主なデメリット
コストの発生 AI導入のための初期投資や運用コストが必要になる
専門知識の獲得 システムを理解し、適切に運用するための教育が必要になる
適切な運用ルールの整備 頻繁な価格変動が顧客に不満を与える可能性があるため、運用ルールの整備が不可欠となる

 まずはAIを使わないデータ分析でダイナミックプライシングを導入し、効果が見込めることを確認してからAIを導入するとよいでしょう。

 ダイナミックプライシングの設定には、主に七つのステップがあります。ここでは、それぞれの手順について解説します。

 最初に、ダイナミックプライシングを導入する目的を明確にしましょう。ダイナミックプライシング導入の目的を明確化することで、価格を変える際の「意思決定」がスムーズになります。

 例えば、売り上げの増加を目的としてダイナミックプライシングを導入するのであれば、需要が高まっている際に、迷わずスムーズな値上げを実施できるでしょう。

 反対に目的が曖昧な場合、需要が高まっている際に値上げをしたくても、顧客離れや短期的な販売数量の低下を気にしてしまい、スムーズな値上げの実施が難しくなることがあります。

 目的の具体例としては、売り上げの増加・利益の最大化・市場シェアの獲得・在庫の最適化など、さまざまな目的が考えられます。また、目的を達成するための課題や阻害要因を把握しておくことも大切です。

 市場データ・顧客データ・競合他社の価格・自社の販売履歴など、価格設定に必要なデータを収集します。データは、需要の予測や次に続く価格感受性の分析に不可欠です。

 ダイナミックプライシングの導入を考えている商品の価格感受性(価格弾力性)を分析します。価格感受性を分析することで、価格を変更した際の販売量の増減を予測できます。

【価格感受性(価格弾力性)とは】
商品の販売価格が消費者の購買決定に与える影響度合いのことを指す。
価格が変わったときに需要が大きく増減する商品は「価格感受性が高い」と表現する。
例えばスーパーで売られている大衆品は、他店で安く売られていると消費者が流れやすくなることから、価格感受性が高いとされる。

 価格感受性は、以下の計算式で求められます。

価格感受性 = 需要の変化率(%)÷ 価格の変化率(%)

 例えば、ある1カ月の間、商品Aが110円で10個売れたとします。次の1カ月で商品Aの価格を100円に値下げしたところ、その月は15個売れました。このときの価格感受性は以下の計算式により「約1.1」となります。

需要の変化率…(15 - 10)÷ 10 = 1
価格の変化率…(100 - 110)÷ 110 = -0.090909
価格感受性…1 ÷ 0.90909 ≒ 1.1

 価格感受性は1を基準として考えます。1を上回ると価格感受性が高く、1を下回ると価格感受性が低いといえます。

 次に、どのような条件のときにどの程度価格を変動させるか、価格設定のルールを定義します。ルール定義の際は以下の観点を考慮するとよいでしょう。

  • 最低価格・最高価格はいくらにするか
  • 競合他社との価格差がいくらになるようにするか
  • 在庫はどの程度確保しておくか
  • 季節に応じて変動幅を変えるか
  • 特別なイベントのときは変動幅を変えるか

 あわせて、ダイナミックプライシングをおこなう際の運用体制も決めておきます。

  • 誰がどのように需要変動を把握するのか
  • 把握した需要変動を、誰がどのように価格に反映させるのか

 これらを準備しておくことで、スピード感をもったダイナミックプライシングの運用が可能になります。

 市場にはダイナミックプライシングを支援するITツールやソフトウェアが多く存在します。ソフトウェアを活用することで、例えば需要の変動を自動で分析してくれるなど、ダイナミックプライシングを運用・実行していくプロセスの一部を自動化できます。ビジネスのニーズに最適なものを選択しましょう。

 小規模なテストをおこない、選択した価格戦略やソフトウェアの有効性を確認します。テスト結果を分析し、必要に応じて戦略を調整します。

 市場は常に変化しているため、一度設定したダイナミックプライシングのルールも固定的なものではありません。定期的に価格戦略を修正し、顧客のニーズに合わせて調整していきます。

 中小企業で検討できる、ダイナミックプライシングの活用例をいくつか紹介します。

 スーパーマーケットでは、1日のなかで需要の変動が大きい商品にダイナミックプライシングを導入しています。商品の過剰在庫を防ぐためです。

 スーパーがおこなっているダイナミックプライシングの例として、以下が挙げられます。

  • パンなど、朝食のタイミングで購入されるものを夕方に値下げ
  • 揚げ物など、夕食のタイミングで購入されるものを20時以降に値下げ
  • 賞味期限が近い商品や時間が経った生鮮食品を値下げ

 こうした値下げが、廃棄量の低減と売り上げの向上に貢献しています。

 家電量販店などでは、競合他社との価格競争に勝つために、リアルタイムで価格を最適化するダイナミックプライシングを採用しています。

 家電量販店での販売は、他店での販売やインターネット販売と競争になることが多くあります。同一商品が自社より安く販売されている場合、店舗での販売価格をその価格まで下げて販売し、対抗することがあります。

 例えば居酒屋では、閑散時に客足を増やすための施策として、ハッピーアワーを採用することがあります。ハッピーアワーとは、比較的早い時間帯に、通常よりも安い料金でドリンクを提供する仕掛けです。また、ハッピーアワーと同様の効果をねらって、天候が悪い日にドリンクの値段を下げている店舗もあります。

 そのほか、店舗の近くでお祭りなどの大きなイベントが開催される際に、店内飲食よりも高い価格でのテイクアウトサービスをおこなったり、お酒や食事の単価を上げて提供したりすることもダイナミックプライシングの一例です。

 期間限定で、通常よりも安くソフトウェアのライセンスを販売することがあります。こうした値引きは買い取り用のソフトウェアだけでなく、利用料金を設定してソフトウェアをサービスとして提供しているSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)においても頻繁に採用される方法です。

 そのほか、ダイナミックプライシングの成功事例には以下があります。

Google広告 Google広告は購入するキーワードにダイナミックプライシングを採用している。市場における需要と供給がリアルタイムで反映され、広告の入札単価が決まる。
プロ野球やJリーグの観戦チケット 各チームで需要量に合わせたダイナミックプライシングの採用が進む。主に放置しておけば売れ残ってしまう席を適正価格で販売することで、売り上げの増加をねらっている。
航空会社の搭乗チケット 早割などの割り引きサービスや、需要が高いときの値上げなどが積極的におこなわれている。
駐車場の駐車料金 需要が高い日や時間帯と、夜間や深夜の時間帯とでは価格が異なる。
USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)の入場チケット 曜日ごとの来場予測や予約の消化率などのデータをもとに、あらかじめ変動させたチケット価格を提示している。売り上げ向上のほか、繁閑差の平準化を目的としているといわれている。
ユニバーサルスタジオジャパン WEBチケットストア
出典:ユニバーサルスタジオジャパン WEBチケットストア

 ダイナミックプライシングは必ずしもうまくいくわけではなく、失敗事例も存在します。ここでは、失敗事例を二つ紹介します。

 あるホテルではコロナ禍で低迷した売り上げを回復させるために、宿泊価格の値上げをおこないました。有名な観光地の近くに位置していること、コロナ収束後に日本を訪れる外国人旅行客が急増したこと、円安状態であることなどから、海外の旅行客をターゲットにした強気な価格設定をおこなったのです。

 日本人観光客が多少減少しても、高単価の外国人旅行客で部屋を埋めることでの売り上げ増加を期待しての対策でした。しかしながら結果的には、日本人の旅行客から「宿泊サービスや施設が価格に見合っていない」との悪評が口コミサイトに立て続けに投稿される事態となってしまいました。

 輸入食材を利用したある洋菓子店は、店舗とオンラインショップの両方を運営しています。また、地域の大型スーパーでの販売もおこなっていました。原材料価格の高騰もあり、店舗とオンラインショップでの販売単価を値上げしました。そして、値上げにともなう需要の減少を防ぐため、タイムセールのキャンペーンも同時に開始したのです。

 ところが、スーパーでの購入価格よりも安い価格でタイムセールがおこなわれていることを、スーパーに指摘されてしまいました。洋菓子店は、タイムセール時と同価格で販売できるように、仕入価格のさらなる値下げをスーパーから要求される事態となっており、対応に苦慮しています。

 ダイナミックプライシングは、適切に採用することで収益向上を見込める施策です。人力でおこなおうとすると負荷も高くなりますが、ITツールやAIツールを採用することで効率化を図れるようになってきています。ダイナミックプライシングに積極的に取り組まれてはいかがでしょうか。